貴族が見た騎士の夢
「ナーガさん達2人で大丈夫でしょうか」
バンディットにディオネを任せ、僕はロッドと2人で森の奥へ来ていた。
「なに、気にすることはない。バンディットのことだ、多少嫌悪はされているだろうがそのくらいの事なら奴はうまくやるだろう」
「ネザー様はナナシさんのことを信用しすぎですよ……一体ナナシさんのどこが信用に値するんですか……」
「それはロッド、おそらく貴様も同じだろう?奴を敵に回したくないのだ、貴様とは理由は違うだろうがな」
ロッドはどうしてそれを?とでも言いたそうな顔をしているが想像は容易だ。
アレクサンドやアルカと長くを共にし、アレクサンドと同じレベルで悪意に敏感な聖職者であるロッドが奴を敵に回したがるわけがない。
ただ一つ、アレクサンドとロッドに違いがあるとすれば勇気とかいうものの差だろう。
それは僕には理解し難いものだがな。
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僕が初めて勇者のパーティーを見たのは12の頃だった。
王宮の庭で第一王子、つまり僕の兄と剣術を学んでいた時のことだ。
庭から見える王室に向かうための渡り廊下で僕と変わらないくらいの子供が歩いていた。
それが勇者のパーティーだった。
フィーナ・アレクサンド、エルザ・アルカ、メアリー・ロッドの3人。
僕は兄であるヘル・アルメリアに尋ねた。
「兄上、彼らは何者なのだ?とてもではないが父上に謁見出来るようには見えないのだがな……」
「彼らは勇者のパーティーだ。お前も聞いたことくらいあるだろう?魔王を倒すべく選ばれた3人だ」
「ふむ……つまり彼らは強いということだな兄上!一度手合わせをしてみたいものだ!」
「お前は本当に戦いが好きだなネザー、だが駄目だぞ?彼らは私たち……ひいてはこのアルメリアの国を守るべくここに来ているのだから。彼らと戦うということは私の敵になるということだぞ?」
「ふむ!!願ってもない話であるな!!」
「ハハハ!そういうクチは私に一太刀くらい入れられるようになってからいうものだぞ?」
僕は兄上をこれ以上ないくらい尊敬していた。
兄上は強く、優しく、賢く、まさに僕が憧れる立派な騎士そのものだったから。
たまに兄上と街に買い物に行くと街の者たちは笑顔で兄上を迎えてくれる。
口調こそ王子である兄上には敬意を払って丁寧な言葉を使っていたがその距離はとても近いもので、兄上もそれを良しとしていた。
どれだけ小さな事件でもどれだけ幼い子供でも兄上は助けを惜しまなかった。
だからこそ兄上は街の者たちから尊敬され慕われていた。
僕が憧れた騎士は貴族でありながら誰とも壁を作らず、守ることを当然としていたのだ。
仕方なくなどということはない。
兄上は貴族だということを決して鼻にかけず、仲良くなりたい者と仲良くなり、守りたい者を守っていた。
父上は貴族と平民は違うのだから必要以上に仲良くなる必要はないとよく言っていたが兄上はただただ自由だった。
ある日のことだ。
兄上と勇者が戦うという話を聞いた。
「兄上!勇者と戦うというのは本当か!?いつだ!?どこでだ!?何故だ!?」
「相変わらず喧しいなネザー、明日王宮の闘技場でね。この街を守る騎士様と戦ってみたいそうだ」
「ふむふむ!騎士にはそんなメリットもあったか!!これは僕も益々騎士になるべく精進せねばならんな!!」
兄上と勇者の決闘、僕がこんな催しを見逃せるはずがない。
僕は兄上が勝つことを信じて疑わなかったが兄上は違った。
相手がどれだけ幼い子供でも相手は勇者、兄上の目には油断の隙などなかった。
ふむ、やはり僕はまだまだだ。相手の見た目で勝敗を判断して油断するなど騎士として三流以下だ。
「兄上、相手は勇者だ!絶対勝てるということなどないだろうが僕は兄上が勝つと信じているぞ!」
「ハハ!もちろん相手が子供だからといって油断なんてしないよネザー、僕にはこの街の騎士として戦いで負けることは許されないのだから」
やはり兄上は立派だ。
僕も兄上のようになりたいと本気で考えている。
そしていつか兄上が僕に背中を預けて戦えるくらい強くなるのだ。
そして決闘当日。
僕は貴族席ではなく一般の席で応援していた。
兄上が守っている街の者たちと一緒に兄上を応援するためだ。
そして街の者たちの兄上に対する声援を聞くためだ。
「ヘル・アルメリアさん、よろしくお願いします!」
「あぁ、言っておくが子供だからといって手加減はしないぞ?」
-------始め!!
審判の合図と共に勇者が走り出し、街の者たちの兄上への応援が聞こえてくる。
勇者は兄上に模擬戦用の木の剣で斬りかかるが兄上はそれを同じく木の盾でうまくいなして盾を持つ勇者の左腕に向かって突きを繰り出した。
兄上の突きは勇者の肩に当たり、勇者は盾を落としてしまった。
しかし勇者は盾を拾うことなく剣のみで兄上に立ち向かってきた。
だが騎士である兄上に向かって剣だけで戦うなど無謀だ。
兄上は勇者の剣戟を次々と受け流しながら的確に反撃していく。
僕はどんな相手でも手加減などしない騎士の鑑である兄上を全力で応援していた。
「………勇者様かわいそう」
兄上を応援していた八百屋の女がそう呟いた。
………今、なんと言った?
「ヘル様も大人気ないよなあ」
続けて武器屋の店主の男がそう言った。
貴様たちは何を言っているのだ?
「勇者様ー!頑張ってー!!」
先程まで兄上を応援していた宿屋の娘がそう叫んだ。
それに続いて街の者たちは次々と勇者に声援を送り出した。
……なんだこれは?貴様たちは--
「何をやっているのだ貴様たちは!兄上の応援をするのだろう!?兄上に声援を送るのだろう!?」
しかし僕の声は街の者たちの勇者への大きな声援で掻き消されていく。
会場中の人間たちが勇者を応援している。
会場中の人間たちが勇者に声援を送っている。
僕はふと父上と母上がいる貴族席に目線を送る。
しかしそこにいるはずの2人はそこにはいなかった。
僕は会場から抜け出し父上と母上を探して走り回った。
2階席も厠も控え室も。
たくさん走って2人を探した。
そして勇者への声援はどこを走っていても聞こえてきていた。
そして会場の外まで出て、ようやく声援も聞こえなくなるくらいの場所に2人はいた。
そこにいたのは地面に膝を着き声を上げて涙を流す母上と背中をさすりながら母上を慰める父上の姿だった。
「うぅ……可哀想なヘル……どうしてあんな……」
「だから街の者たちと仲良くなることはないと言ったではないか……馬鹿息子め……」
「父上…?母上…?あれはなんなのだ……?」
僕は2人に尋ねた。
「ネザー!?何故ここに!?」
「そんなことはいい!あれはなんなのだ!?何故街の者たちは兄上ではなく勇者に声援を送るのだ!?」
「……勇者様がまだ幼いからだろう、16の男が12の男子と戦えばそうなるに決まっている……!!勇者が可哀想になってこうなるに決まっている……!!」
………可哀想?
「可哀想だと!?何が可哀想なのだ!?いつも彼らを守っていた兄上を応援しないことでどれだけ兄上が傷付くと思っているのだ!兄上のことは可哀想だと思わぬというのか!?」
気付くと僕の目からも母上と同じように涙が流れてきていた。
「何が可哀想だというのだ!?今だって兄上は街の者たちの為に戦っているのだぞ!?貴様たちの街を守るのは勇者よりも強い騎士であると示すために戦っているのだ!!だというのになんなのだアレは!?兄上は何のために戦っているのだ!!奴らは兄上が負ければ満足だというのか!?」
僕にしては珍しいことだ。
ボロボロと涙を流し、それを拭うこともせずただ不満を叫ぶだけ。
「あれが兄上が守ってきたものだというのか!?心を鬼にして魔物の子供を殺したり!身体中傷だらけになって強い魔人と戦ったのはあんなものの為だというのか!?奴らは兄上をなんだと思っているのだ!?騎士ならば傷ついていいとでも思っているのか!?強いものは自分たちを守っていればいいとでも思っているのか!?」
僕が憧れた騎士の夢はそのままに。
しかし確かに、僕がこの街で守りたいと思ったものはその日になくなった。
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