弱さに潜む猛毒

「ナナシ君、私はどうすればいいですか」


 ネザーがメアリーを鍛えると言って森に入ってすぐの事だ。

 ナーガが自分からこの俺に聞いてきた。

 あのナーガが自分からである。

 相変わらず目をはっきり見続ける事はないが目があっては目を逸らし、再び見たかと思えばまた逸らすと言うのを繰り返してはいるもののあのナーガが自分からである。

 何か考えに変化があったのだろうか?


「お前はどうなりたい?」

「それは………」


 ナーガはまた目を逸らす。


「お前がなりたいようになるべきだ、俺はそれに協力を惜しまない」


 優しさで言葉をかけたつもりだったのだがナーガはまた俺の目を見て今度は俯いた。

 ナーガにとってなりたい自分というものは口に出すにも烏滸がましいものなのだろう。


「私は……その……」

「……まあ多分メアリーから聞いたんだろ?あいつが1人で戦えるようになったことを」


 ナーガは勢いよく顔をあげて俺を見る。

 今度は今までより長く、はっきりと目が合う。

 そしてまたナーガは俯いた。


「強くなりたいってのがそんなに烏滸がましいのかよお前」

「.………ナナシ君みたいな強い人にはわかりませんよ。ネザー様みたいな強くなるように生きた人にも、メアリーさんみたいに強くなれた人にも」


 また随分卑屈なものだ、しかしこれは間違いなくナーガの欲だ。

 そしてその欲の先に手に入るものが自分以外が求めていないことを知っている。


「お前の毒を生成する緑魔法で1人で戦うとするなら狙うべきは体内だ。目や肌に毒を飛ばしたり、武器を酸で溶かしたりだな」

「………はい」


 この返事を聞くに自分でも考えたことはあるのだろう。

 そしてそれが効果が薄いことも。


 毒というのは強力な力だ。

 麻痺毒で相手の動きを止めることもできるし出血毒で相手の治療に仲間を割くこともできる、致死毒を使えば相手をそのまま殺すことだって容易なことだ。


 しかしそれは全て相手の体内に取り込まれるのが前提となる。

 蜘蛛や蛇のように牙から毒を注入出来るようなものや海月や蠍のように刺して毒を注入できるようなものとは違う。


 彼らは毒の他に毒を武器にするための力がある。

 蜘蛛のような素早さだったり蛇のような瞬発力だったり海月のように水中だったり蠍のように硬い殻を持っていたり。


 それに対してナーガという人間はそれがない。

 毒を武器にするための力がない。


 赤魔法を使えるとは言え相手が反応できないほどの突風で毒を飛ばすこともできなければ、毒の津波を起こすような多量の水を作り出すこともできない。


 ナーガが望むのがパーティーとしての強さならいくらでもやりようはある。

 オーガと戦った時のようにネザーの作り出す武器に毒を付与したり、単純に俺の【完全超悪】で動きを止めたところに好きな毒をぶち込めばいい。


 だがナーガが望んでいるのはそうではない。

 ナーガが1人でも戦える毒を使うための力。


「毒を火で爆発させるのはどうだ?」

「範囲的にはいいかもしれませんが直接相手に火を当てた方が手間なく火力はでます……」

「毒を熱で蒸発させて有毒な煙にするのは?」

「私は毒を使えるだけで毒に対する免疫があるわけではないので……」

「……なるほどな、そう考えると毒ってのもなかなか困りもんだな」

「…….やっぱり向いてないですよね」


 思った以上に使い勝手が悪い。

 毒を武器にするからといって自分に毒が効かないわけではなく、液体として生成される毒を気体や固体に変化させるには熱や冷気を必要とするため赤魔法を経由しなければならない。

 剣などの武器に毒を付与した物を持ったとしてもナーガでは相手にそれを当てるのも難しいだろう。


「髪……は無理だな強度も範囲も足りない……赤魔法でやるなら火、水、風、雷……どれとも相性が良くないな……緑魔法でなら木、土、鉄……」


 火ではナーガの言う通り、水では量を増やせば増やすほど毒は薄まる、風では狙うのが面倒で鎧などに当たっては意味がない、雷も火と同じ。

 荊のような棘に毒を付与してもそれを掠らせる以上の精度と棘一つ一つに毒を付与するのは効率が悪い。

 そしてそれは土や鉄でも同じ。


「いや効率と範囲を考えれば硫化水銀鉱物で……いや水銀蒸気じゃナーガも駄目か。対人で確実に命中させられて尚且つ付与効率がよくて素人でも使えるようにってなるとそうだな……水の針……鋭い雨を降らせてその一部に毒を……そうなると赤魔法の方が効率が悪いな……」

「ナナシ君……」


「まず作るべきは手段じゃなく空間か?

 毒を使うにあたって有利なフィールド。

 比重の重いガスを貯めるための縦でなく横を岩壁で囲って硫化水銀鉱物を岩壁と地面の表面に敷いて……あ、水銀中毒は解毒出来ないか……さらに先に毒耐性か……誓約……いや赤魔法の使用不可はリターンに対してベットが大きすぎる」


 なら赤魔法の一部を使用不可にする?

 するならば火と雷と水。

 生成の早さと弾速の速さと射出の疾さ。

 これが理想か?風で毒を……

 ………風で?


「ナーガ、赤魔法で作った風で毒を飛ばせるなら風に毒を纏わせることもできるか?」

「……できるとは思いますが毒自体が液体なので風で飛び散って効果は期待できないと思いますよ?」


 そう、風を纏う以上風は自分の外側に向けて流れなければならない。


「その毒液が飛び散らないように纏った風の外側にもう一枚内側に流れる風を纏うことは?全身でなくてもいい、例えば腕に2枚の風を纏って中に毒液を生成する。風は強ければ強いほどいい。出来るなら相手の鎧を肉ごと削ぐことができる螺旋状の風ならどうだ?」

「……魔力が足りないかと」

「魔法の誓約をしたらどうだ?火と水と雷の使用不可、いや赤魔法での風以外の使用不可、リターンは風魔法の強化ならいけないか?」


「………試してみます!!」


 口では試すとそう言ったものの満面の笑みのナーガの顔が言っている。

 それなら出来るはず、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る