正義と魔と悪

【魔炎】を食らい尽くしてそれでも立ち上がるフィーナに対し、あれほど優位に立っていた魔王は見るからに動揺していた。



「き……貴様は……!!貴様はずっとそんな戦いをしていたのか……!?痛みに怯える事もなく……!?」

「まぁ、そうだね。痛いのは嫌いだし慣れることなんてないんだろうけどね」


 フィーナは後退る魔王に当然だと言わんばかりに言葉を返す。

 そして魔王の元へ歩こうとするが足が動かないのに気付く。


「あ、左足壊れちゃったみたいだ……メアリーがいればすぐ治して貰えるんだけどな」


「…………ッ!?」


 自分の身体に対して壊れたという表現をするフィーナに魔王はさらに恐怖する。

 仲間2人を殺されて怒りに震えるような人間が自分を壊された事に対してほんの少しも乱れない事に。



「まぁ、いいや」


 フィーナはボソッと呟くと地面に剣を立てながら剣を杖のようにして左足を引きずりながら魔王の元へ歩いていく。


「ち……近づくなァ!!!」


 魔王は再び【魔炎】を作り出すとすぐにそれを撃ち出す。


「【アルカナメテオ】」


 しかしその【魔炎】はエルザが撃ち出した小型の隕石のによって相殺された。


「貴方、魔法の威力が落ちてるわよ?魔力はちゃんと練らないとダメじゃない」


 あれほど怯えているように見えたエルザが笑みを浮かべながら魔王を煽る。


「貴様……!?魔力が尽きたはずではなかったのか!?」

「はぁ?あたしの魔力がそう簡単に尽きるわけないでしょ?まああなたの魔法の生成見ててヤバいなー、一旦フィーナに全部撃ってくれないかなーとは思ってたけどね」

「……エルザ?僕だって痛いんだよ?」


 既に戦況は完全に入れ替わっていた。

 魔王が冷静であればまだ対等に戦うことは出来たかもしれない。

 しかし魔王には2人を同時に相手にしつつ、【魔炎】を耐え抜いたフィーナを殺す手段は思いつかなかった。



「君から来てくれてよかったよ魔王、覚悟はいいよね?」



 ーーーーー


 俺はずっと侮っていたのかもしれない。

 フィーナ・アレクサンドという親友を。

【完全超悪】という力を手に入れて、メアリーやネザーという仲間を手に入れたことでいつか勝てると思っていた。

 しかし、いややはりというべきだろうか。

 そうだった、アイツは勇者だったのだ。


 激しい戦いを重ねて傷つき続けるたびにフィーナは強くなる。

 いつかなどと言っている場合ではない、アイツが強くなる前に俺はアイツを殺さねばならない。




 その為に今やることは決まっている。



「おいメアリー、ネザー。お前たちにやってほしい事がある」



 ------


 これはどうなっている?

 何故魔王であるオレ様がこれほどまで劣勢に陥っている?

 負けるのか?このオレ様が?


 メタルドラゴンだけではない、勇者に殺された友たちの仇を討つこともできないままここで果てるというのか。

 そんな事が許されるわけがない、我が友たちも。

 何よりこのオレ様が許しはしない。


 転移で一旦逃げるか?否、このまま退くことは勇者達に自信を与える事になる。

 自信とは油断にもなり得るが力にもなり得る。

 だがしかしコイツらの場合、身についた自信が油断に繋がることはないだろう。


 しかしだからといってどうする?

 時間はない、今こうして考えている間にもフィーナは剣を持ちオレ様に近づいてきている。

 考えろ……考えるのだ……



「まさか逃げないとは思わなかったよ、逃がすつもりもなかったけどね」


 ………ダメだ、思いつかない。

 仕方があるまいな、オレ様の死で皆が仇討ちに燃えることでも祈るとするか。



 勇者がオレ様に向かって迷う事なく剣を振り下ろす。


 オレ様に仕えていた魔人達の顔が浮かぶ。

 殺され捨てられた事で魔力の感知ができない同胞達の亡骸を探して周った事があった。

 見つけた亡骸の状態は様々だったな。

 眼球だけをくり抜かれていた物、ツノだけが乱雑に折られていた物、皮だけが剥がれ肉が剥き出しにされていた物。


 それを見た同胞達の反応も様々だった。

 涙を流しながら亡骸を見つめ悲しむ者、「馬鹿が」と吐き捨て亡骸から目を逸らす者、怒りに震え握りしめた手から血を流す者。


 通り道の邪魔にならないように道の端に寄せられた亡骸。

 臭いが強いために燃やされ、骨だけになっていた亡骸。

 人間の事だけが考えられた殺され方、人間の事だけが考えられた捨てられ方。



 生きることをやめさせられた亡骸の死んだ眼。

 くり抜かれて空洞となりながらも目から涙のように血を流す眼のあった場所。



 …………あぁ、オレ様はまだ死ねない。

 復讐を果たさねばならない。

 まだオレ様は何も果たしていないのだ。

 これが走馬灯というやつか。


 眼前に迫る剣が随分スローモーションに見える。

 ……もう遅いか、せめて死ぬ時の顔は見せぬ。

 顔を下げて地を見つめ、死を待つとしよう。



 ------ガァン!!


 激しい音が鳴り、それと共に勇者の魔力が乱れる。

 勇者の剣がいつまで経っても届かない。

 何者かが勇者の剣を止めたのか。

 オレ様が顔をあげると、目の前には現れた勢いによって風になびく僧侶らしい蒼いローブと透き通るような金色の髪。






「…………それは一体どういうつもりかな?




 メアリー?」

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