勇者
「おい呼んでるぜ?」
「そうですね、でも多分今私が行っても多分もう勝てないですよ」
メアリーは無表情かつ冷静にそう言う。
確かに今メアリーが2人の元に駆けつけてフィーナの回復と強化に力を入れても魔王には勝てないだろう。
それほどまでに戦況は出来上がっていた。
メアリーが始めからこの戦いに参加していれば確かに戦況は変わっていたかもしれない。
しかしそれはもう遅い、【魔炎】は既に300個以上になっておりフィーナの動きも鈍っている。
2人が殺されるのは時間の問題だった。
「バンディットよ、貴様確かアレクサンドを殺すとか言っていたが見ていてよいのか?」
「アイツは負けねえさ、それに……」
「それに、なんだ?」
『それに』、そう言ってナナシは言葉を止めた。
口に出しそうになってしまったのだ。
ここでフィーナが殺されれば俺が殺さなくて済むというような戯言を。
「………いやなんでもねえ、でもフィーナは負けねえさ」
「……ふむ、とてもではないがそのように言い切れる戦況には見えぬがな。貴様もそう思うのか?ロッドよ」
「はぁい、フィーナ様は負けませんよ。強いですからね」
そう言う2人を不思議そうに眺めながらネザーは戦いに視線を戻す。
ーーーーー
「どうした勇者よ!?貴様の力はその程度か!?」
魔王は少しずつ動きが遅くなっていくフィーナを煽る。
エルザはメアリーの魔力回復無しで魔法を使い続けて既に立っているのもやっとだ。
「僕は負けない、相手が魔王を名乗る阿呆でもね」
「………いいだろう、その挑発に乗ってやる。貴様は少しでも早く殺してあの世でメタルドラゴンに首を垂らしてこい!!」
そう言うと魔王は300個を超える【魔炎】を全てフィーナの方に発射する。
【魔炎】は次々とフィーナのいた場所で爆発を起こしていく。
その全てが爆発し煙でフィーナの姿は見えない。
死んだはずだ、魔王はそう思いつつも違和感を感じていた。
それはフィーナにではなく、エルザに対してだった。
あれだけの【魔炎】がフィーナを襲ったにも関わらず、エルザは全く心配する事なく息と魔力を整えている。
何故だ?フィーナが斬られた時はすぐに駆け寄ったあの女が今は駆け寄らないのだ?
その答えはすぐに出た。
「…………僕は負けないんだよ」
魔王は驚きながら煙で見えないフィーナのいた場所に視線を戻す。
「き……貴様……何故……!?」
「僕は負けないんだ、勇者なんだから。魔王なんかに屈しない」
フィーナはボロボロになりながらも立ち上がる。
【魔炎】による火傷と爆発によって飛び散った石での切傷や裂傷で傷だらけになりながら。
「………さぁ続きをやろう【魔王】、僕を殺してメタルドラゴンに謝らせるんだろう?」
ーーーーーー
「………俺の言ったフィーナは負けないには根拠も理由もなかったんだがな、なんだアレ……?」
「あら、ナナシさんは知りませんでしたね。あれがフィーナ様が誓約によって手に入れた能力【勇者】です」
「勇者?」
「あ、もちろんあの能力を手に入れたのは勇者に選ばれた後ですよ?その代わり赤魔法と緑魔法は全く使えないんですけどね」
「で?【勇者】って能力はなんなんだ?」
「単純です、心が屈しない限り体力が尽きないというだけです」
「なんて恐ろしい能力だよ……勇者ってのも相当イカれてるよな……」
恐ろしい、それは当然の感想である。
しかしそれは【勇者】という能力に対してではなく、そのリスクにあった。
体力が尽きないというのはまるで無限のように聞こえるが当然の事ながらフィーナにも痛みはある。
つまり今の魔王との戦いのような単純に勝てない戦いにおいて延々と痛みを負い続け、勝てないと負けないが延々と繰り返される。
そしてその痛みと勝てない絶望を繰り返し、勝てるまで成長を待つしかないのだ。
「本当にイカれてますよね、フィーナ様はほぼその能力だけで今まで戦ってきたのですから」
「あれって例えば身体が千切られたり木っ端微塵になったりしたらどうなるんだ?」
「木っ端微塵にはなってるのを見た事がないですが……以前魔王の使いを相手にした時に両足を切断された事があったんですけど」
「ほう、魔王の使いか。戦ってみたいものだな、それでどうなったのだ?」
「………フィーナ様は切断された足を掴んで地面を這いながら敵に向かっていってました、敵とはその足を白魔法で接合しながらほぼ上半身だけで戦っていました」
ナナシもネザーも唖然としていた。
イカれているとは言ったがまさかそこまでとは。
「勇者としての意地とプライドか、フィーナのいう負けないってのは肉体での戦いの話じゃなくて最初から心での戦いの事だったわけだ」
「ふむ……あまりこういう言葉は好かぬのだが……気持ちが悪いな」
「まあ、そう思われても仕方がありません。事実、その戦い振りを見て恐怖で敗北を認めた方も少なくなかったですから」
そして今の戦況に目を戻すと、魔王の表情は今にもそうなりそうな顔をしているのだった。
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