悪の威
約10年、私は勇者のパーティーの僧侶として沢山の経験をしてきました。
圧倒的な力を持つキングオーガの討伐。
村の人を魔物にして王になろうとした狂科学者の阻止。
桁外れの魔力を持つ魔王の使いとの戦い。
国同士の戦争を止める為、たった3人で二国の軍隊を殺さないように戦った戦争。
その経験が私の戦いに挑む勇気になっていました。
どんな強大な相手にも怯まず戦う為。
長い月日と幾多の経験によって積み重ねられた心。
この心があればきっと本当の勇者様の力になれると信じて疑いませんでした。
事実、ナナシさんはフィーナ様と比べると魔力は半分以下。元山賊とはいえ戦闘の経験も未熟。灰適正のため、戦闘では使うレベルにならない赤魔法と緑魔法。
私がナナシさんを支えていくのだ。
そう思いつつ、ナナシさんの黒魔法を見る。
魔力の解放と維持という黒魔法の基礎中の基礎。
ナナシさんは集中して魔力を練っている。
私でももう既に魔力は解放まで出来ているだろう。
やはり実力は私の方が上だ。
頬に冷たい物が触れる。
……なんだこれは?汗?
背筋に経験した事がないような寒気が走る。
背筋が凍る。
足が震えだし、立っている事もままならず、私は地面に手と膝を着く。
あれは何だと考えるが脳が思考を拒絶する。
あれは何だと考えてはいけないと本能が叫ぶ。
魔力は心の具現化。
あれがナナシさんの心。
まずい。魔力の解放をとめなければ。
声を出そうと口を開けようとするが、身体がそれに従わない。
過度の恐怖で全身が悲鳴を上げている。
自然と目から涙が流れる。
全身から鳥肌が溢れ出す。
心臓の鼓動の音が随分大きく聞こえる。
これが悪。
人に恐怖を植え付ける邪なる力。
聖を滅し、魔を活かす破壊の力。
「ナナシさん!!!魔力の解放をやめてください!!!!!」
ようやく声が出る。
ナナシさんはすぐに魔力の解放をやめた。
まずい。ここにいてはまずい。
急いでナナシさんの元に駆け寄り魔法を唱える。
「転移!!!」
急いでいた為、場所の指定もろくにせず転移してしまった。
間違いなく多くの人間があの魔力に気づいた事だろう。
幸いなのは皆が気付いたであろうこと。
噂になればあらぬ尾ひれもつくだろう。
私の思考は全力で隠す事に働いていた。
「おいメアリー!」
「………っはい!!」
そう返事をしてようやく気付く。
自分が今までまともに呼吸をしていなかった事に。
「なんだよいきなり」
「……ナナシさん、今まで誰かの前で黒魔法を使った事はありますか?」
「いや?魔物を狩る時の足止めに使ったくらいで人間相手にはねえよ」
そうだったのか。
ナナシさんにとって黒魔法は『ただの威圧』なのだ。
しかも今の黒魔法は纏おうとしただけ。
それはまだナナシさんが黒魔法を使っていない事を示す。
その黒魔法は自分に意識を向けられていない。
そしてその黒魔法を纏いながらの行動もしていない。
模擬戦でフィーナ様が3割も力を出していないのは事実である。
しかし、もしナナシさんがこの黒魔法を使ってフィーナ様と戦っていたら。
普通に戦えばナナシさんが勝てるわけがない。
だがもしナナシさんが黒魔法を纏い、その状態でフィーナ様に悪意を示し、フィーナ様の方へ步を進めたなら?
フィーナ様はナナシさんの悪に立ち向かえるだろうか?
フィーナ様は自分の力を3割も出せるだろうか?
背筋にさっきとは違う震えが走る。
私は彼に仕える事ができる。
圧倒的なまでの悪。
その悪は私の味方なのだ。
なんという幸運なのだろう。
私は彼に立ち向かわなくてもいいのだ。
私は彼に敵対する必要はないのだ。
「ナナシさん、魔力の解放はこれからは控えてくださいね」
「なんでだよ」
「せめて魔力のコントロールが出来るようになるまでは絶対にダメです」
その後もナナシさんは文句を言っていたが今の私の頭には何も入ってくる事はなかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます