第23話:零斗の正体

「あ、起きました? 気分はどうですか?」


美鈴が目を覚ますと、見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。

顔の前にはくりくりの目をした女の子が居て、ジッとこちらを覗きこんでいた。


「……へ?」

「今、零斗ニィを呼んできますね!」

「あの……、誰?」


若干戸惑ったものの、言葉を発した美鈴の様子に少女は満面の笑みを浮かべ、何処かに走り去っていった。


「おねえちゃん、起きたよー!」


ポスポスと足音をたてながら少女は部屋から遠ざかっていく。

周囲を見回してみるが、とても病院とは思えない。


「いったい……何がどうなって……」


美鈴は記憶に集中し、あの時に何が起きたのかを思い出そうとする。

目まぐるしく変化する視界。零斗に抱えられ、地上へと一直線に向かっていた。そして飛び出した瞬間、地下の爆発によって生じた炎の奔流に呑み込まれた。


「そうだ……確か、あの時 ――――」


死を覚悟したとき、紅い何かが視界を覆っていくのが見えた。

意識を失うとか、そういったことじゃない。爆炎とは違う何かが自分たちを包み込み、守ってくれた。


「……」


そんな彼女をジッと見つめてくる小さな少女がいた。

先ほどの少女よりも二回りは小さく、まるで子猫のような愛らしさを感じた。薄茶ボブのくせ毛の中に、猫耳を幻視してしまうほどに。そして、そと表情にはこう書いてあった。"逃げ遅れた"、と。


「え、あ……あのぉ~?」

「……」


何と声をかけるのが正解か分からない美鈴は、とりあえず声だけは発してみたが、少女は微動だにしない。

本当に、緊張して動かなくなった子猫のようだ。


「目が覚めたか」


扉の方から聞きなれた声がする。

部屋の入り口に目を向けてみると、そこに立っていたのはやはり零斗だった。零斗の声に反応した少女は、一目散に彼の元へ向かっていき、足に抱きついた。と、傍らに人影がもう一つある。


「先輩と……り、理事長!?」

「お、ちゃんと私の事も覚えていたかぁ。感心、感心」


零斗の傍らに立っていた女性は腕を組み、キチンと上司の顔を覚えていたことに満足している。


「君が霧島 美鈴かぁ。聞いたよ。以前、零斗が向かった都市の出身なんだってね。最初、零斗の後を追って抗体の穴に飛び込んだって聞いた時は、新兵が錯乱したのかと思ったが。既に抗体の襲撃を経験済みだったという訳だ」


突然あらわれた雲の上の存在に、美鈴は口をパクパクさせてうろたえる。

まるで酸欠の魚のようだ。


「驚かせて悪かったな。此処は緑ヶ丘児童児童養護施設。俺が厄介になっている所だ。さっきお前が目を覚ました時に居た、こっちの栗色ストレートの子が"吉岡よしおか ユウ"。俺の足に引っ付いているくせ毛の子が"小日向こひなた 朝日あさひ"だ」

「ユウでっす。今年で9歳になります」


零斗に紹介されて、ストレートロングの髪形をしたユウという女の子が扉の影から姿を現した。

それに対し、朝日という小さな女の子は今も零斗の影に隠れて前に出てこない。


「ほれ、朝日。お姉ちゃんに挨拶はしたか?」

「ん」


フルフルと顔を振り、まだしていない、と振る舞いで答える。


「そんじゃあ、ちゃんと挨拶をしないとな。お姉ちゃん、驚いて固まったままだぞ?」

「……こひなた あさひ、です。4さい、です」


あらヤダ、可愛い。

おずおずと名前を言いながら、指を四本立てた手で年齢を伝える。自己紹介を終えると、再び零斗の足に引っ付いてしまった。


「よしよし。きちんと挨拶できて偉いな」

「んっふー」


そう言って零斗は褒め、彼女の頭を優しく撫でる。

頭を撫でて貰ったことに満足しているのか、朝日はとても嬉しそうに笑みを浮かべている。


「さて、俺達はお姉ちゃんと少し話があるから、朝日を連れて居間に行っててくれるか?」

「お仕事の話?」

「そう、仕事」

「分かった!」


キチンと教育が行き届いているのか、零斗の簡単な説明にユウは納得し、朝日を連れて部屋を出ていった。


「さて、改めて自己紹介だ。私は紅神 綾香。零斗の姉で、君が今日から通う加賀谷高戦の理事長をしている」

「あ、ハイ。知ってま……って、ええぇ!? 零斗先輩のお姉さんなんですかぁ!?」


名前を知っていれば苗字で何らかの関係性に気付きそうだが、美鈴はそうでなかったらしい。


「リアクションのいい子だなぁ」

「遊んでないで、さっさと話を進めるぞ」

「つれないわねぇ。話を切り出す前の世間話ってのは、人間関係を円滑にするの。そんなだから、お前は友達が少ないのよ」

「ほっとけ」


綾香はいちいち過剰に反応する美鈴の反応が気に入ったらしく、ニマニマとおもちゃを見るような目をしている。


「……ところで、なんで私は先輩のお宅にお世話になっているんですか?」

「状況が状況だったからな。あのまま軍の目に触れるのはマズいと判断して、ここに運び込んだんだ」

「そうですか……」


確かに、あのまま加賀谷高戦に居れば、事情聴取だのなんだのと捉まっていたに違いない。

その代わり、きっと東子や直哉は恨み言を口にしているかもしれないが。


「なら、あの時の人もここに?」

「彼女なら別の部屋でまだ眠っているよ。どうやら随分と長い間、あの状態だったみたいでな。目を覚ますまでには、まだ時間がかかりそうだ。それより、体調に問題は?」

「はい、おかげさまで。私よりも、先輩の怪我の方が……」


若干ためらいながらも、美鈴は口を開いた。

何故ならあの時、零斗は敵にナイフで腹部を貫かれていたからだ。今も青白い顔のまま、やせ我慢をしているようだった。


「腹の具合は問題ない。気にするな」

「問題ないって……」


明らかに問題大有おおありだが、これ以上の言及は避けたほうが良いだろうと思った美鈴は一瞬、口をつぐんだ。

しかし、どうしても聞かなければいけない事がある。これからの事を決めるために、知らなくてはいけないことがある。


「あの私、何がどうなっているのか……。抗体が現れて、いきなり変な人たちに襲われて、紗耶香はその人たちと一緒に行っちゃうし、先輩は……」


そうだ。何事にも動じず、それを普通の事のように受け入れていた。

まるで、彼は全てを知っているように。


「零斗先輩……あなたは一体、何者なんですか?」


音のない時間が流れていく。

肝心の零斗も、どう伝えたモノかと眉を顰め、言葉に困っているようだった。そんな彼に呆れ、口を開いたのは綾香だった。


「それについては、私から説明するわ」

「良いのか? 彼女は一介の訓練兵だぞ?」

「構わない。私が彼女の立場で、ここまで巻き込まれてなお碌な説明もなければ、要らぬ疑念を抱く。無駄な火種を作らないためにも説明してあげた方がいい」


綾香はそういうと、腕を組んで壁に背を預ける。


「それにここまで事態が大きくなった以上、今後に我々がとれる行動はかなり限定される。そうなった場合、内部で自由に動けるよう協力者がいると何かと都合はいい。もちろん、守秘義務は負ってもらうけどね。キミもそれで良いわね? 霧島 美鈴 二士」

「はい。教えていただきたい、です」


これだけ様々な事態に巻き込まれていながら、キチンと覚悟はできているようだ。

精神的にも経験的にも駆け出しの新兵だが、零斗が気に掛けることはある。それこそ、この孤児院に連れてくるほどには。そう、心の中で綾香は納得した。


「さて、まずは君たちを襲った者達についてだが……人工覚醒者実験の存在は、ざっくりとした内容は零斗から説明されていると聞いてるけど?」

「ハイ。上位の抗体が持つ固有能力を人間に移植しようとした実験だと。そう聞いていますし、この目で見ました。とても信じられないものでしたが」


実際、美鈴は自分の目で目の当たりにした。

ウォズと呼ばれた男が、致命傷の怪我を瞬く間に再生する光景を。巌人と呼ばれた男が、物体の位置を自由に入れ替えている光景を。


「なら話が早いわね。"ノーマン・スチュアートの戯言ざれごと"という言葉に聞き覚えはある?」

「少しだけなら。確か、実験事故の影響が人間に与える結果について発表する場で提唱された、抗体の研究でとても有名な方の言葉ですよね。人間が抗体のように進化を遂げることは実質、不可能だと報告したにもかかわらず、それを目指して研究を進めようと説いて、会場からバッシングを受けた出来事、だったような……」

「そのとおり」


綾香は人差し指を頭に当て、説明を続ける。


「抗体の強さは素体となった生物の知性に比例するけど、それと同時に抗体化する可能性は著しく反比例する。実験名に含まれている覚醒者というのは、この可能性が形を成した存在……人間を素体とした抗体の事を指すの。その発現率は0.0000000005%。これを不可能と考えない方がおかしい。ならばせめて、抗体の持つ能力を人間に移植できないか。そう考えて実行された計画が、人工覚醒者実験よ」


綾香はポケットからとあるものを取り出し、近くにあった棚の上に置く。

それは、巌人が零斗に薬品を射ち込んだ器具だった。


「実験による成果はほぼ上げられなかったと聞いているわ。失敗した被検体の多くには灰目症という、瞳が白く濁った現象が現れ、命を落としたと聞いているけど。こんなものを持っている位だし、あなた達を襲った連中は、どうもその実験の生き残りだったみたいね。結果として、実験は人は抗体のようになれないと裏付けた形になってしまったけど」


長い説明が続き、ここで話が一区切りついたのか、綾香は話題を美鈴の質問に戻す。


「さて、それらを踏まえたうえで質問に対する答えだけど、仮にその可能性が形を成していたら、こんな無粋なものを打ち込まれたとしても、ピンピンしているとは思わない?」


無粋なモノ。薬品を打ち込まれて、ピンピンしている者。

そんな人間は、美鈴の知る限り一人だけ。


「それって……つまり ――――」

「そう。零斗は、その可能性が人の形をとったもの ―――― 人間を素体とした【抗体】よ」

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