第17話:抗体 vs 零斗
ギュゥォオオオ ―――― ッ!!
敵の放つ殺気を感じ取ったのか、抗体は咆哮を上げながらまっすぐ向かってくる。
それを確認した零斗は車両を飛び降り、車体の前方に装着されていた牽引用のワイヤーを手に握ると、抗体の攻撃を避けるために横に飛び出した。
抗体の巨大な体が直撃した軍用車は、さらに形状をゆがめて弾き飛ぶ。
まるでルアーをキャストした時の釣り糸のように、吹き飛んだ車両からは勢いよくワイヤーが飛び出していく。
「なかなか活きの良いイソメだ」
避けられたことに気づいた抗体が体を翻し、再び零斗に襲い掛かるも、既に零斗はそこにはいない。
引き出されたワイヤーを、まるで鞭でも扱うように抗体の
勢いよく飛び出した際のワイヤーのたるみを利用し、抗体の動きに合わせて外殻に巻き付ける。
それは暴れるほどに絡みつき、抗体の動きを制限していく。
「ッぉお?」
とはいえ、容易なことではない。
ワイヤーを巻き付けるごとに抗体の動きは制限されていくとはいえ、地面が揺れるほどの巨体である。
当然ながら、ワイヤーを掴んだままの零斗の体も振り回され宙を舞うが、そこは戦闘技術がモノをいう。
振り回される勢いを利用し、時には地面を、樹木を、抗体の体を足場にして、加速度的に抗体へワイヤーを巻き付けていく。
ワイヤーの残量が少なくなるにつれて、抗体の動きは鈍くなり、体を大きくひねるような動きは大幅に制限され始めた。
そして、車両のリールからすべてのワイヤーが出きったことを確認した零斗は、先端に設けられた輪状部に軍刀を通し、ワイヤーごと軍刀を抗体の体に突き立て固定する。
ギャギギィイイイイイッ!!
掴までしっかりと刀身を刺された抗体は悲鳴を上げ、全力を以って体を捻り上げると零斗の体を自分から引きはがす。
そして、地面に零斗が着地する瞬間を狙い、大きく口を開くと彼の体を一飲みにするべく肉薄する。
その牙が、あと数十センチで零斗に届くところだったが、抗体の体は何か強力な力に引かれ、進行を止められた。
懸命に零斗を食らおうともがく抗体を止めた力の正体。
それは、直哉の搭乗するストライカーが車両側からワイヤーを引き寄せたためであった。
「遅ぇ」
「ジャストでしょ」
期待を裏切らないタイミングで登場した直哉に、零斗は小言を言いつつも頭の中では満足していた。
腰に差したもう一振りの日本刀に手を伸ばすと、滑走音とともに刀身を抜き放つ。
引き出された鏡面のように艶やかな刀身には怪しい波紋が浮かび上がり、業物の一振りであることが伺えた。
ギ……ギィッ……ギキィ……
突進時の力を利用してストライカーに引かれたワイヤーは抗体の体に一層食い込み、もはや一切の動きを許しはしなかった。
およそ抗体に感情と呼べるものがあるのかは分からないが、少なくとも身動きを封じられたこの抗体には、目前に迫った死に対し、何か感じたものがあったのだろう。
最後に大きく咆哮を上げ。
ギシャァアアアアッ!
「うるせぇ」
零斗の放った袈裟切りによって、抗体は頭部を両断された。
ズルリとずれ落ちた抗体の頭部は生々しい音と共に地面に滑り落ち、流れ出た液体の悪臭が鼻を刺す。
「すっご……」
その光景を一番近くで見ていた美鈴は、もはや目の前で起きた出来事が夢なのか現実なのか、分からずにいた。
ただ確かなのは、自分は助かったという事。
安心感からか、張り詰めていた緊張の糸が途切れ、その場に座り込んでしまった。
"腰を抜かす"とどうなるか、人生で二度目の経験をすることとなる。
「美鈴ッ! あぁ、良かった……本当に良かった……!!」
「紗耶香……」
抗体の沈黙を確認し、ようやくその場から動けるようになった紗耶香は、いの一番に美鈴の元に飛び込んだ。
「バカ美鈴! なんで考えもなしに飛び出したのよ!!」
「あ、あはは~……ちょっと、頑張ってみちゃった~、みたいな?」
「こんの大馬鹿!!」
美鈴のおどけて見せた言葉に、ちぇぃあ! と言わんばかりのツッコミが飛ぶ。
頭部へとまっすぐに振り下ろされたチョップが直撃し、美鈴は頭を抱えたまましばしの間、悶絶する。
そんなやり取りを横目に、零斗は状況の分析を始める。
そう、この抗体を倒して終わりではない。これ以外の個体がいても何ら不思議はないのだ。
事態は急を要する。
一刻も早くこの抗体の侵入経路を特定し、まだ表面化していない被害の可能性を潰さなくてはならない。
零斗は美鈴の介抱を他の隊員に任せ、抗体が現れた訓練場の大穴を覗き込む。
直径およそ5メートル。抗体の巨体が掘り進めただけあって、なかなかに大きな穴であった。
「先輩、あの抗体はいったい、どこから……」
ようやく落ち着いたらしい紗耶香が零斗に歩み寄り、抗体の侵入経路について切り出す。
「現状だと何とも言えん。この大穴を辿っていけば何か手掛かりが得られるかもしれないが、万が一にも別個体に遭遇した場合、逃げ場がないからな」
「もしかして、最初はもぐってみようと思ってたなんて……ないですよね?」
「……」
零斗は何も答えない。無言は肯定だ。
余りにも不自然に視線を逸らした零斗に対し、紗耶香は信じられないモノを見た気持ちになった。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、って言葉がある」
「ことわざは教訓として生かすものであって、言葉通りに実践するものではないと思います。しかも、虎じゃないです」
紗耶香の視線がいたい。
そんなサイコパスでも見るような視線を向けないでほしい。自覚がないわけではないが、これでも真面目に考えているのだ。
「ともかく、俺はいったん隊舎に戻ってこの事を ――――」
「……先輩?」
その後の行動について、言いかけた時だった。
零斗の耳には、それは確かに聞こえていた。
リイィィ ――――……ンン………
高音のハンドベルのように、空間に共鳴するような音色。
それが屋外では考えられない反響感を伴い、零斗の意識を引き付けた。
(今の、音色は ―――― )
その音を聞いた瞬間。彼の脳裏にある光景がよみがえる。
それはいつも夢の中で聞いていた、彼女と共にある音。
しかし何故、今その音が聞こえるのか?
何が起きているのかわからずに混乱し、僅かに意識を逸らした。それが命取りとなった。
「先輩ッ!!」
「ッ!?」
突然、美鈴が叫ぶ。
その声に反応した零斗は、素早く彼女の視線が向けられた方角を確認する。するとそこに居たのは、ワイヤーごと拘束を振りほどいた抗体の姿があった。
(仕留め損なっていたか!)
頭の中で悪態をつき、すぐに臨戦態勢をとる零斗。
その零斗に対し、抗体は真っ直ぐに突っ込んでくる。横へ躱し、すれ違いざまに体を両断、そう判断し刀の柄に手をかけた時だった。
「!? 御堂、何をしてる。下がれッ!!」
躱す直前、視界の端に紗耶香の姿を捉えた。
その時の彼女はガクガクと足が震え、恐怖で動けないようであった。
「ッ、くそ!!」
踏み出した足に無理やり力を込めた零斗は、半ば紗耶香を突き飛ばすように抗体と彼女の間に割って入った。
「ぐぅ……ッ!」
急な判断の変更によって生じた僅かな遅れ。それが齎したラグは致命的だった。
抗体の牙が零斗達を飲み込み、その巨体に任せて大穴の中へと引きずり込む。高速で変化する視界と同時に、現場にいた部隊員や美鈴の声が聞こえた気がしたが、瞬く間に零斗の視界は暗い闇の中に沈んでいった。
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