第11話:"敵"
「ひっ……ぃ……」
ビクビクと全身が痙攣した男の体は、貫かれた傷口から大量に流血しており、足元には血だまりができていた。
静かに姿を現した人の背丈ほどもある大きなサソリは、尾針を男の体から抜き、地面に落とす。
「おねがぃ……たず……げ……」
僅かではあるが男にはまだ息があり、意識もあった。
恐怖に染まった虚ろな目を向け、助けを求める声を絞り出す。
ズズッ……
しかし、捕食者にとって獲物の感情など、どうでもいい。
前足のはさみで男の足首を掴んだサソリは、そのまま巣へと持ち帰ろうというのか、男の体を静かに引きずり始めた。
「や、ぃやだぁ……やめてぁ……!」
男はそれ以上の声を発することが出来ず、茂みに引きずり込まれた。
その中からは耳を覆いたくなるような
「ヒッ……うわああぁぁあああ!!」
残された者たちの胸中など、確かめるまでもない。
彼らの抱く感情などただ一つ、"恐怖"だ。
それに支配された一人が、男が引きずり込まれていった茂みをはじめ、周辺に向かって無作為に銃弾を乱れ撃つ。
そこに敵味方の区別などありはしない。
反射的に頭を低くし、流れ弾を回避する。
「クソったれ、どうしてこんな……ヤツは、紅神は何処に行った!?」
突然姿を現した抗体に注意が逸れ、その一瞬の間に全員が零斗の姿を見失っていた。
そして、その姿を最初にとらえたのは、美鈴を拘束していた男であった。
「ふへぇ?」
死角から一気に距離を詰めた零斗は、振り上げた拳で男の顎先を捉え、意識ごと平衡感覚を揺らす。
「せんぱ……わ、ヒャ!?」
「貰ってく」
そして拘束が緩んだ一瞬の間に美鈴を担ぎ、その場を後にした。
後方から平馬の喚き声が聞こえたが、そんなことはどうでもいい。
今は、この場を離れることが先決だ。
「……申し訳ありません、先輩」
「謝るのは、後にするんだな」
口数少なく、零斗は美鈴の言葉に応える。
その口調は淡々としたものだが、彼のまとう空気は怒気を孕んでいた。
「来るぞ」
「来るって、何がですか?」
ヘッドギアのディスプレイに表示された抗体の反応が茫然としつつあった美鈴の意識を覚醒させた。
夥しい数の光点が、今なお増加していく。それに比例して、美鈴の表情から血の気が引いていく。
「先輩、コレって……」
「見ての通り、抗体の群れだな」
「どうしてこんな勢いよく、抗体が集まってきているんですか?」
「俺が誘引弾を大量に使用したからだな」
美鈴は、開いた口が塞がらなかった。
「え、なんで!? 教本には、抗体の誘導には退路を確保してからって!」
「仕方ないだろ。アイツ等を見てたらムカっ腹が立っちまったんだから」
「そんな理由で!? それって完全に自爆じゃないですか!」
「だぁから、今こうやって敵の包囲を抜けようとしているんじゃないか」
「こんな九州の島津さんみたいな方法で脱出を図るのは、先輩くらいですよぉ!!」
酷い言われようだった。
至極マジメに考えているのに、と零斗は思った。
ともかく、ブチブチと文句を垂れていても始まらない。
泣きたい気持ちを我慢して、美鈴はナビに努めることとなった。
「先輩、後方約20メートル位置に、三体の抗体の反応です!!」
一瞬だけ後方を見ると、巨大で不気味な黒い物体が追いかけてきていた。
外見は巨大なムカデ。先ほどの個体同様、ただ生物が巨大化しただけのレーティング対象外の抗体だ。だが、数が多い。
「来たな。歯ァ食いしばっとけよ!」
そう言い放ち、零斗はさらに速度を上げる。
足場も悪く、木々の枝などの障害物も多い中をまるで苦にすることなく踏破していく。
時には岩を足場にして。
時には木を蹴り、段差を飛び越える。
現代スポーツで例えるなら、パルクールに似た動きであったが、もっと異質なものだった。それは例えるなら、身に沁みついた、獣の様な身のこなし。
「前方30メートル! まっすぐ向かってきます!!」
と、正面から零斗達に向かってくる反応が一つ。
後方の抗体と比べて、速度が速い!
それは牛ほどもある大きさのネズミで、強靭な四肢と、鋭利な爪を持っていた。
「目ぇ瞑れ」
零斗は美鈴に対しそう指示すると、自分は片目だけ瞑り正面に閃光弾を投げつける。
すると前方から飛び出した抗体は、視覚を奪われて近くにあった木に激突した。
閃光が周囲を飲み込んだ直後、零斗は閉じていた目を開き、近くの木の幹を足場に天高く跳躍する。
それと同時に、アンカーショットを抗体の首筋に穿つ。
ギュキキィィイイイッ!?
身に穿たれたアンカーの痛みに、耳を劈くような鳴き声を上げた抗体に対し、零斗はつぶやく。
「うるっせえ、ネズミが」
アンカーの巻き上げによって速度を増した零斗の蹴りが直撃し、抗体の頭部が地面にめり込む。
アンカーを巻き上げる機械のエネルギーが加えられた二人分の運動エネルギーは、抗体の頭部を
耳を覆いたくなるような音を立てて抗体の頭部は飛び散り、勢いを殺すことなく零斗は逃走を再開する。
「せん、ぱ……後ろ……うぷっ」
「問題ない」
今の襲撃によって、後続の抗体が追いつく時間が出来てしまった。
零斗の戦闘機動により加わる強烈な負荷に苦悶しながら、そのことを零斗に伝えようとしたが、それは不要だった。
「仲間を……?」
後方から零斗達を追っていた抗体は足を止め、先ほどの抗体の死骸に群がっている。
「抗体は、
説明しつつも、疾走を続ける勢いは衰えない。
むしろ、速度は上がっていた。
「だが所詮、一時凌ぎだがな!」
再び大跳躍する零斗。
その足元には、トラばさみの様な凶悪な顎で噛みつこうと飛び出した、植物の姿がある。これも、抗体である。潜伏型の為、反応を捉えづらく、新兵達の多くが被害に遭うタイプだ。
跳躍のタイミングで、零斗は敵から拝借した手榴弾をばらまき、通り過ぎた後の抗体を吹き飛ばす。
美鈴のディスプレイ上に、次々と抗体を現すシグナルが追加されていく。それはもう、ウジャウジャと湧いてくる。
「ボーっとしてないでストライカー隊に指示を送る。急ぐ!」
「は、はい!」
零斗に促され、美鈴は慌てて無線を操作し、直哉たちとコンタクトをとる。
「こちらハウンド3。ハンター1、聞こえますか?」
《こちらハンター1。無事か!?》
「ハウンド1および3は一緒です。現在、抗体の追跡を受けています」
《確認した! っておいおい、ソレ、そのままこっちまで連れてくるつもり!?》
「はぇ!? そうなんですか!!?」
「そうなんでっすよぉ」
意図を把握していなかった美鈴は、素っ頓狂な声を上げ、それに対して笑いながら零斗が突っ込む。
「現在、ストライカー隊展開ポイントまで500メートル! 信号弾の合図と共に、殲滅されたーし!」
《ちょ、零斗! 後で覚えときなよ!》
零斗達の後方に、続々と抗体が集っていく。
既に視認可能な数を超え、もはや暴走と言っても良い規模ではないだろうか?
「霧島、信号弾。用意!」
「は、はい!」
森の切れ間が見え、あと数秒で脱せられるだろう。
それまでの時間、およそ5秒。
「
信号弾発射の合図とともに、零斗はさらに加速・跳躍し、森の切れ間に飛び込む。
すると目の前には3メートル程の巨大な機械が10機並んでいた。
「口を開いて耳を塞げ!」
人型強化外骨格兵装 ―――――― 通称:"ストライカー"
「ストライカー隊、撃ち方はじめぇッ!!」
直哉の合図とともに、発射音とは思えない轟音が空気を伝搬する。
背面パックから発射される迫撃砲。
人間が持つそれとは比較にならない大口径のアサルトライフル。
脚部等に取り付けられた要所から射出されるRPG。
その攻撃は木々を蹴散らし、抗体の悲鳴と共にその命を駆逐していく。
砲撃をかいくぐった敵がいても、それはストライカーのアサルトライフルによって排除される。数秒もすれば、消えていく硝煙の中から一片の命も残らない更地が現れた。
「ッふぅー……、しんど」
「そりゃそうだろうね。まったく」
傍にやってきた直哉は、先ほどの誘導劇を他人事のように呟いた零斗に突っ込みを入れた。
そこに、紗耶香が慌てて駆け寄ってくる。
「美鈴! 大丈夫!?」
「ふぁ~、紗耶香だぁ~?」
心配そうに友に駆け寄った紗耶香は、気の抜けた美鈴の様子にまじめでいるのが阿保らしく感じた。
どうも、先ほどの一斉掃射の轟音と衝撃にやられたらしく、零斗の肩から降ろされた美鈴は、目を回していた。
「さて、ノルマは取り返したことだし、後片付けに行きますかね」
「やっぱり放っておかないんだね」
「当然」
「なら、装備はどうする? 銃火器なら渡せるよ?」
「必要ない。後は、説教して終わりだからな」
「了解。彼、救いようのない馬鹿だけど心底同情するよ」
おー、怖い、怖い。そう言いながら、追って連絡するよう零斗に伝えると、直哉は自分の持ち場に戻っていった。
「あの、零斗先輩。後片付けって?」
「今回の訓練では色々と嫌がらせをされたからな。ちょっと、その
腰に手を当てながら上体を反らし、ずっと美鈴を抱えて強張った筋肉を引き延ばす。
「後は俺一人でやる。二人はここから一歩も動かないこと。いいな?」
「了解しました!」
「よろしい。ではまた、シミュレーションルームで」
そう言い残し、零斗は再び森の中に消えていった。
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