第9話:マンハント
「通信を切られたか。くく、どうせこの状況から逆転なんて不可能だってのに。こっちはOICの情報をすべて共有しているんだ。いくら隠れていたって無駄さ」
自分たちが圧倒的に有利な状況に、平馬は愉悦感に浸っていた。
OICからデータを共有している平馬には、仮想空間上の全隊員の位置情報が筒抜けとなっている。勿論、零斗が今まさに隠れている場所も把握できるため、ヘッドギアのディスプレイ上には、彼の現在位置を示す赤いポインタが光っていた。
「奴はその木陰に潜んでいる。両側から挟み込んでハチの巣にしろ。ああ、仮に反撃されても良い様に一人は後方で待機しているんだよ?」
《うぉっす》《はいよ~》《ちぇ~》
足音を殺しながら、零斗が隠れている木陰に回り込む。
視線でタイミングを確認し、零斗の前に飛び出す。
その直前だった。
《ガササッ!!》
何者かが急に動く音が聞こえ、慌てた一人が銃口を木陰に向けながら目の前に飛び出す。
しかし、その場所には零斗の姿はなく、ゴロリと転がる拳大の石が転がっているだけ。
「は? なん ――――」
なんで? そう言いたかったのかもしれない。
しかし、その言葉を言い切ることはできなかった。
「一つ」
木の上の息を潜めていた零斗は、音を立てずに自由落下し、男の喉をナイフで掻っ切った。
水を撒くように空中に飛び出した赤い液体は、反対側から木陰に回り込んでいた男の全身に飛び散る。
一瞬で全身が赤く染まった男は驚愕し、動揺のあまり零斗に向けて銃を乱射するが、その一発も彼に届くことはなかった。
未だ首から血が流れ出る1人目を盾にし、零斗は2人目に肉薄すると、1人目を半ば押し付けように投げ、二人目を押し倒す。
後方に控えていた三人目は、冷静に零斗に照準を合わせ、射殺を試みたが、それ以上に零斗の行動は素早かった。
バシュンッ!!
「ぁぎゃッ!!」
アンカーショット。
それは戦闘目的ではなく、崖を上る際や、小型の抗体を拘束する際に使用する装備である。先端部はワイヤーで左腕の本体と繋がっており、着弾と同時に返しが飛び出すことで、対象を拘束できる。
しかしながら、最低でも人ひとりを確実に支えられるよう設計されたこの装備は、普通の岩程度であれば
零斗が射出したアンカーショットは後方に控えていた男の右肩を貫き、その衝撃で銃口が明後日の方向を向いたまま、無為に銃弾が撒き散らされる。
「二つ」
ワイヤーを巻き取る機能が作動し、人ひとり分であれば容易に巻き上げる力が、容赦なく三人目を零斗の元に引き寄せる。その上、巻き取りの終盤には零斗自身がアンカーショットを装備した腕を振り、勢いよく男の体を引き寄せた。その反動で男の体は勢いよく宙を舞い、木の幹に叩きつけられる。
「てめ、調子こいてンじゃッ……!?」
死体の下敷きになっていた二人目の男が、ようやく這い出し、零斗に再び銃口を向けた瞬間。急激に視界が動く。
正確には男の体が、宙に吊り上げられた。
バタバタと藻掻く男の首には、先ほど零斗が腕を振った際にたるんだワイヤーが絡みついていた。
三人目の男を強引に引き寄せた際、腕を振ると同時にワイヤーを二人目の男の首に巻き付けていたのだ。
「三つ」
木の上には息ができずに藻掻く二人目の男。
地面には、ワイヤーを通して振動が傷口に伝わり、激痛に泣きわめく三人目の男。
「右肩くらいで情けないぞ、っと」
ぼやきながら傷口を足で踏みつけると、激痛で静かになった男の顔を自分の正面に向けさせる。
そして、男の視覚情報を通して状況を観察しているのであろう平馬に対し、投げかける。
「見えているか? 次は、お前らだ」
その言葉を告げた零斗は、友人のそれに向けるものと変わらない笑顔を浮かべていた。
そしてその言葉を最後に、零斗を仕留めるべく放たれた三人の生態信号は途絶する。
平馬を含む、残りの4人の空気が凍り付いた。
その中で、恐る恐る一人が口を開く。
「ひ、平馬さん……、大丈夫……っすよね?」
「……」
平馬は何も答えなかった。
否、何も答えられなかった。
武装をすり替え、情報戦でも不利な立場に追いやり、奇襲をかけてなお、敵は勝負を投げ出さない。
それどころか、こちらから仕掛けたことをいいことに、正面から堂々と攻め滅ぼすつもりでいる。
(一瞬で、三人を……何なんだ、あの化け物は!!)
あまりにも予想外の出来事に混乱し、思考がまとまらない。
こうしている間にも、奴は正面からこちらの座標を目指して接近している。時間を稼ごうにも、敵は通信を切っている。余計な話に付き合うつもりはないという事だろう。
「くそッ! どうする、どうしたら良い!?」
零斗の移動速度からすれば、あと10分もすれば此処に到着する。
罠を張るか?
否、奇襲は既に一度失敗している。二度目はない。
正面から迎え撃つ?
三人ですら数十秒と持たなかったのだ。奴は素のままで完全武装状態の戦闘力があると考えていたほうが良い。
非礼を詫び、元の内容で勝負するよう願い出る?
論外だ。あの化け物は応じないだろうし、何より頭を下げる事など有り得ない!
必死に思考を巡らせても効果的な作戦は見つからない。
額に浮かぶ脂汗。固く握った拳の中がじっとりと湿っていく。
その時、零斗とは別の反応がマップ上に映し出されていることに気が付いた。
「これは……くく、まだまだ俺は運に見放されていないッ!」
化け物め。
これでお前はもう終わりだ。
平馬は心の内で、そう思った。
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