第8話:罠

「さて、こちらはそろそろ抗体群のいるポイントに到着する。二人とも、進捗状況はどうだ?」

《こちら、御堂。まもなくポイントに到着します》

《こちら、霧島。ポイントに誘引弾をセット完了しました》

「了解した」


美鈴と紗耶香の状況を確認し、零斗は通信を切った。

多少緊張した声音であるものの、冷静に作業を行えているようだ。であるならば、問題なく作戦を進められるだろう。

しかし、零斗には気がかりな事があった。


(特に遅れることなく進んでいる。後はこちらで抗体をけしかけるだけだが……どういう事だ、ここまで目標ポイントに近づいているにも関わらず、抗体に遭遇する気配がない)


現在の零斗の位置は抗体群がいるとされるポイントからそう離れていない。本来であれば、計器類が何らかの反応を示しても良い頃である。


(まさか、抗体の出現ポイントの設定も手を加えられている? だとすれば、あの二人を急いでここから ――――)


抗体の出現ポイントにまで手を加えられているとしたら、誘引弾を設置している二人に危険が及ぶ可能性がある。

ならば、急ぎ安全なポイントへ退避させる必要があるだろう、そう考え周囲への注意を逸らした瞬間だった。


 パパパァンッ!

「―――― ぐぅッ!」


薄暗い森の中に響く、数発分の銃声。

それと同時に肩口から飛び散る、零斗の鮮血。


(発砲? 待ち伏せか!)


右肩を貫いた衝撃と熱さに怯むことなく、零斗は瞬時にその場を離れ、木陰に身を隠す。


「ッひゅう、当たりだぜ!」


零斗の被弾を確認し、草むらの中から数人の人影が姿を現した。

おそらく、抗体の誘導にやってくる零斗を待ち伏せていたのだろう。


(右肩を抜かれた。おまけに今の攻撃でナビゲーション機能がイカれたな)


当たり所が非常に悪かったのか、零斗のヘッドギアに備えられたディスプレイが故障し、自分の位置をはじめとするマップ表示が乱れた状態で静止していた。


《あー、聞こえていますか? どうも、平馬です》

「こちら紅神。熱烈な歓迎をどうも。一応確認するが、共闘するために会いに来てくれた、訳じゃないよな?」

《はは! 銃で撃たれたのにまだそんな強がりを言えるなんて、流石ですね!》

「生憎と、この程度の負傷は戦場じゃ日常茶飯事なんだ。騒ぎ立てるような事じゃない」

《負け惜しみも此処までくると笑えますね。まともな武装もなしに作戦を継続するなんて、はじめは正気を疑いましたよ》


あっさりと自白したな。はじめから隠すつもりは無いという事か。

正気を疑うとか言うくらいなら、こんな三下丸出しの手管を使わずに正々堂々と勝負してもらいたいものだ。


「まあ、必要な物資がないなんてことは有り得なくないからな。とはいえ、随分と味な真似をしてくれる。物音一つ立てずに撃ってきたってことは、最初から俺を仕留めるために此処で待ち構えていたな?」

《えぇまあ、その通りです。とはいえ、あのタイミングで躱されるとは意外でした。どうして気づいたんです?》

「なんてことない、ただの勘だよ」


そんな筈はない。

ポイントに到達するまでに一度も会敵しないことを考えれば、抗体の出現ポイントが変更されていることは誰でも予想がつく。なら、何のためにそんなことをするのか?


答えは単純だ。

そこに抗体がいると思い込ませ、近づいてきた者を待ち伏せるためだ。


《それで、どうするんですか? 潔く諦めていただけるのであれば、こちらとしても穏便に済ませることも、やぶさかではありませんが? それとも残されたナイフ一本で我々全員と戦いますか?》


弾は貫通し、体内に残ってはいない。

傷口の状態を確認した零斗は、止血するため凝固剤を塗り、開口部に蓋をすると、傷のすぐ横に鎮痛剤を打ち込む。


(いけしゃあしゃあと、よく言う。そんなことを本気で考えている奴が、一発目から殺しにくるか。どう考えたって、手を挙げて出てった瞬間、頭をズドンッだろうが)


脈打つ度にズキズキと騒いでいた傷口が、わずか数秒の間に大人しくなってきた。


「せっかくの申し出だけど、お断りするよ。うちの部下にも発破をかけられているんでね。あと、自分のしたことの責任は、キッチリととってもらう」

《それは怖い。もしかすると、噂の紅い刻印を見れるかもしれない、という事でしょうか?》


紅い刻印とは、ANA’sの中で有名な逸話だ。

紅神の人間は、戦いの中で興奮した状態になると、体のどこかに赤い刻印が浮かび上がるという戦場の噂話。


その姿はまるで人間とは思えず、敵味方の返り血が飛び交う中へ嬉々として飛び込んでいく、という内容だ。


「赤い刻印? その年でまだ噂や都市伝説に興味を持っているのか? 案外、幼稚なんだな」

《火のない所に煙は立たぬ、というじゃないですか。まぁ、おそらくは付着した返り血がそう見えただけでしょうが、我々の間では教官を恐れる理由の一つとして有名なので》

「そーかい。ま、見せられるなら見せてやりたいがね。見物料は高いぞ」


相手の話に乗り時間を稼いだことで、凝固剤による止血が効いてきた。

これなら何とかなりそうだ。


「言っておくが、先に仕掛けてきたのはお前だ。そこを忘れるんじゃないぞ。以上、話は終わりだ」


そう言って、零斗は平馬の返答を聞かずに一方的に通信を切った。


「さて、まずは三人……か」


逆手に構えたナイフの表面に、普段の雰囲気を失った零斗の姿が映っていた。

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