第7話:不正

「さてさて、と。そんじゃまあ、一丁やってくる」

「隊長、徹底的にですよ? あの性獣共が二度と使い物にならないように、完璧にすりつぶしてやって下さいよ!」

「コラコラ、うら若き乙女が"性獣"とか"使い物に~"とか言うんじゃありません。程々に懲らしめてくるから、静かに観戦してなさい」

「分かっていらっしゃれば、それで良いんです! それなら、安心です!!」


いや、別に君の意見を分かったつもりはないからね?

どうして皆、こう興奮しやすいのか。


そうこうしている間に、各員が各々のシミュレータに搭乗していく。

その中で、オタオタと手間取っている隊員が二人いた。美鈴と紗耶香だ。


「倉貫。あの子達を手伝ってやって」

「分かりました」

「あと、分かっているとは思うけど……」

「はい、すべて承知しています。ご安心ください」


その言葉に、零斗は安心してシミュレータの中に潜り込む。

内部はあっという間に精神同調用のマナによって満たされ、設定された仮想環境への接続が可能となる。


音声による、接続開始のアナウンスが聞こえ、次の瞬間には視界がぐるりと回るような微かな不快感が巡る。


(さて……と。予定通り、作戦位置に到着したか)


仮想空間に転送された零斗の意識はアバターへと移され、その身を完全に武装した状態になっていた。


無線通信機能をはじめとする戦術支援機能を盛り込んだヘッドギア、そして耐衝撃性能に優れた戦闘服。単発式グレネードランチャーが追加されたアサルトライフルを持ち、左腕にはアンカーショットを基本としたオプション装備が装着されていた。


(一見した限り、装備に目立った異常はない……が、実際はどうかな)


周囲の安全を確認し、零斗同様に仮想空間に転送された美鈴と紗耶香に指示を出す。


「さて二人とも、装備を確認するぞ」

「え、どうしたんですか?」

「いーから、いーから」


その後、三人は身に着けていた装備を解き、点検を開始すると、驚くべき状況に置かれていることが分かった。


「―――― そんなッ」


紗耶香が驚愕の声を上げる。無理もない。

なぜなら、零斗達の装備は事前に説明されていたものとは全く異なる内容だったからだ。


「弾薬は空砲。グレネード系の弾はすべて信号弾に置き換えられているな」


シミュレーションの内容は、参加者の視覚情報を元に設備内に中継されているはずだ。不正を隠すつもりもないらしい。


「戦闘指揮所(OIC)へ、こちらハウンド1。作戦開始位置に到着した」

《…………》

「OIC、こちらハウンド1」

《…………》

「……やはり、か。面白みに欠ける奴らだ」


戦闘指揮所(OIC) ―――― つまり、シミュレーションの管理者に対し応答を求めるも、一切の応答が返ってこない。

やはり、奴らが何らかの手を打ってきた事で間違いなさそうだ。


「こちらハウンド1。ハンター1、聞こえるか?」

《こちらハンター1。問題なく聞こえている》


「OICとの通信に異常発生。申し訳ないが、以降の作戦行動はこちらの判断で行う」

「ハンター1、了解。健闘を祈る」


現実世界に設置されたOICとは違い、機甲隊として一緒にダイブしている直哉には通信が届くらしい。


「む、無理ですよ。まともな武装もなく抗体を相手にするなんて……。先輩、今すぐに抗議しましょう。こんなの、勝負の体裁すら成していないじゃないですか!」

「そ、そうですよ。私も紗耶香と同意見です!」


確かにその通りだ。

武装の殆どをすり替えられ、人数的にも完全に不利。

対する相手にはこれらと同じことが起きているとは考えづらい。万全の状態で勝負に臨んでいるだろう。ハッキリ言って、勝負にならない。しかし ――――。


「いや、続行する」


零斗は、諦める気はなかった。


「な……、どうしてですか! こんな条件じゃ、どう足掻いたって勝てっこないですよ!」

「理由はいくつかあるが、まず、相手が何らかの不正を行うことは事前に認識していた。ここまで露骨な対応だとは思わなかったが、戦場で補給路が断たれることはあり得ない状況ではない。想定すべき範囲内だ」


そんな無茶な……、と美鈴が言いかけて、零斗は説明を続ける。


「何より、こちらの状況を把握している相手が、油断している可能性が高い。まだ何か仕掛けてくる可能性は否めないが、作戦どおりに真っ当な勝負を行うのであれば、まだやりようはある。幸いなことに、最低限必要な物資は残っているみたいだしな」


そういって、零斗は装備のいくつかを美鈴と紗耶香の前に並べ始めた。


「信号弾に、アンカーショット、手投げ式の閃光弾に、これは……何ですか?」


目の中に並ぶ装備には、美鈴たちにとって見慣れないものが紛れていた。


「コイツは誘引弾だ。殺傷目的の武装ではないから手を加えられなかったみたいだな。内部に命素エナを貯蔵できる特殊な装置で、起動と同時に多量のマナを周囲に放出することができる、特交隊独自の装備だ」


シャープペンシルの上半分のような形状をしており、押し込み式の起動スイッチは、ダイヤルのように回すことで起動時間を設定できる仕様となっている。


「抗体は生物から発せられるマナを感知し、捕食対象となる獲物を探す。これはその特性を逆手に取ったもので、格納した命素エナから多量のマナを発することで抗体を呼び寄せる装置だ。特交兵の主な任務は、この装備を使って抗体を集め、ストライカーによる掃討ポイントまで敵を誘導すること。だからこそ、死亡率の高さも相まって"撒き餌隊"なんて呼ばれ方もする。一般徴兵組の二人は、知らないかもしれないけどな」

「"撒き餌隊"って……ひどい呼び方ですね」


普通の兵士なら、そのようなことは既に知っているはず。

しかし、ここにいる二人は一般市民から徴兵されたため、今後の訓練を通して学ばねばならぬことが多く残っている。


「レクリエーションは兵科選別とその説明も兼ねていたからな。参加できなかった君らが知らなくても無理はない。日本は国土の大部分を森林が占める国だから、樹木の生い茂った環境下ではストライカーの巨体ではかなり制限を受けるし、こうでもしなければ抗体に有効な作戦を展開できないのさ。さてと、即席の講義はここまでだ。作戦を説明する」


必要な説明を済ませると、零斗は自身の見ているディスプレイの映像を二人のヘッドギアに共有し、作戦の説明を始める。


「俺たちの現在位置はここ、ここから山の斜面沿いに3キロ進んだ位置にいる抗体群を、山頂に向かってポイント誘導する。君達はこの抗体の位置と目標ポイントまでの中間にこの誘引弾を仕掛けてほしい。それ以外の抗体誘導はこちらで行うので、設置した後は即座に現場を離脱し、直哉のいるストライカー隊の座標まで撤退すること。いいね?」


しかし、その説明に異を唱えたのは紗耶香だった。


「それじゃあ、先輩が一人で抗体の相手をすることになるじゃないですか! 私達も」

「いや、それは無理だな。というより、御免こうむる」


キッパリと言い切った。

これらの事に関しては、一切の遠慮は無用だ。なぜなら、これが戦場であればそんな危険を冒すわけにはいかないし、何より命を懸けた仕事なのだ。無駄な配慮で命を落とすことなど、あってはならない。


「正直、君たちの参戦を許したのは、戦力の増強が目的じゃない。一人では手間のかかる作業の効率化と、スコアの確保のためだ。だから、それ以外で君たちが出てくると、むしろ足手纏いにしかならない。ハッキリ言うと、物凄く邪魔だ」

「えー……」

「そんなハッキリ……」

「戦場では結果を出すために必要なことだけを考え、それ以外は、無駄と切り捨てろ。こちとら命を懸けているんだ。思いやりだの、優しさだのは学生生活の中だけにしておけ」


少々不服そうではあるが、二人は聞き分けてくれたらしい。

責任感からくる発言ではあるが、以降の訓練では現実を理解できるよう、機会を設けようと零斗は思った。


「それともう一つ。先ほど教えた、誘引弾の設置ポイントだが、中間地点以外にも、このポイントに設置してもらいたい」

「え、でもそこって……」

「良いから、良いから。カウント開始の合図はこちらからする。それを確認してタイマーを起動したら、先ほど教えた通り、安全圏まで二人は退避すること。いいな?」

「「了解」です」


二人の言葉を確認した零斗は、ディスプレイの共有を解除し、姿勢を正す。


「さあ、状況開始だ」

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