第6話:対決

「レイちゃんがオニね!」


肩まであるロゼ色の髪を振りながら、少女は振り返る。


零斗は、目を閉じるといつも同じ夢を見る。

それはきっと、忘れ去られた記憶の欠片。決まってそこには顔を黒く塗りつぶされた子供たちが現れる。他にもう二人、少年と少女がそこに居た。


「「「おーにさんこーちらー、て―のなーるほーうへー!」」」


きっと彼らとは親しい間柄だったんだろう。

自分の姿を見てみると、彼らと同じ7歳前後の幼い体になっている。夢であるためか、彼らの顔も名前も分からないのに、懐かしさをハッキリと感じる。

余りにも違和感がない。そのことに違和感がある。


「まってよ、ねぇ!」


知りもしない相手を前に、零斗は鬼ごっこを始める。

追いかける相手は捕まえる寸前になると霞のように消え、オニである零斗が子を捕まえることは出来ない。


「皆、ズルいや。なんで捕まりそうになると消えちゃうんだ」


不意に吐いた疑問の言葉。

この言葉を聞いた三人は、皆一様に動きを止め、零斗に向き直す。


「だって、レイちゃんは"鬼"だから」


向き直り、放たれた言葉はこの世のものとは思えないほどに無機質で、冷たく心に響いた。


『僕らは捕まってしまったら、君に殺されてしまうから』

『みんな、そうやって君に殺された』

『大切な人、守りたかった人、みんな、君が殺したんだ』


「なにを……言っているの?」


『アレを見て、まだそんなことを言っていられるのかい』


そう告げると、男の子はスッと腕を上げ、零斗の背後を指さす。


見てはいけない。見たら、きっと後悔する。

そんな確信に似た予感があった。

けれど、その光景から目を逸らせない ―――― 逸らしてはいけない気がした。


振り返った零斗の目に飛び込んできたのは、地面を赤く染め、力なく横たわる十代前半の少女。


黒い長髪のその少女は、身に纏った和服の左肩から右脇にかけて刃物で深く切り裂かれ、重傷を負っていた。


「かえ……で……?」


膝をつき、目の前の光景に愕然とする。

黒塗りの少年少女とは違い、この少女の名前が楓という事を零斗は知っていた。忘れるわけがない。彼女は数少ない、彼の理解者の一人。零斗の家族同然の存在だった。


茫然と楓の前に立ち尽くすしかない零斗。

顔を黒く塗りつぶされた子供たちが二人を囲むように、子供たちが立ち、言葉を連ねる。


『君は触れたもの全てを破壊する』

『君に触れる全ては破滅を迎える』

『全ては君が、災厄を招くから』


「違う! こんな事、僕が望んだことじゃない!」


外に居るにも関らず、閉鎖空間のように少年少女の声が反響し、響き渡る。

力なく横たわる少女の手は氷のように冷たく、反応がない。そしてその凶行を成した者が誰なのか、ロゼ色の髪の少女が告げる。


『なら、その手に染みついた赤いものは、なに?』

「えっ……?」


様々な感情が絡み合い、思考の整理ができない。

何が起きているのか事態を呑み込めず、ただただ狼狽えるばかり。そんな零斗の両手は真っ赤な血に濡れていた。


『君のせいだ』『君が壊した』『化け物の君が』


両手についたおびただしい血を見た時、思考する頭の中から何もかも抜け落ちていくような感覚があった。

次第に体が冷たくなり、鉛になったような重たさを覚える。


おれが、壊した……? 何も、かも……」


まるで自然発火するように周囲から炎が巻き上がり、零斗を包むように渦を巻く。

発生した火災旋風がほどけ、再び周囲の景色が見えるようになった時、そこは先ほどまで零斗がいた場所とは異なっていた。


周囲に充満した樹木の焼ける匂いが鼻腔を刺激する。

聴覚をやられているのか、耳鳴りが聞こえるばかりで周囲の物音を知覚できない。


膨大な炎の熱量に思わず閉じた目をゆっくりと開けると、自分がいる場所はどこかの森の中であることが伺えた。

大きな爆発が起きたかのように周囲の木々はなぎ倒され、その場にあるのは大量の瓦礫と、人間の亡骸の山。


『みんな、君がやった』

『君が、みんな壊してしまった』

『大切なものも、そうでないものも。何もかも無差別に』


既に日は沈み切っているにも関わらず、周囲の状況がはっきり分かるのは、森の至る所で火の手が上がっているからだろう。

本来であれば漆黒の空間は夕刻ほどに明るく、零斗の視界を照らし出す。


ぼくは、化け物……何もかも、傷つけ壊す……」


『君がいるから、皆が傷つく』

『君は皆とは共にいられない』

『だって君は、"化け物"だから』


少年と少女の姿は既にない。

だが、頭に直接響くようなこの声は、止むことはない。


「化け物の俺は、生きていてはいけない……」


『その爪は、全てを引き裂く』

『その牙は、全てを食い千切る』

『その瞳は、生きとし生ける全てのものに恐怖を与える』


「俺は、誰とも関わってはいけない……」


見えない人間に、上から恨み言を浴びせられる。

呪いのような言葉に、零斗の思考は次第に静かになっていく。


「俺はずっと……一人」


何も感じなくなった。

何も望まなくなった。

何も思わなくなった。

そうすることを、皆から望まれたから。

だから自分は一人になった。


膝を抱き、顔をうずめ、その場から決して動かない。

そうすることで、皆が安心して暮らせるから。


例え自分が、孤独になるとしても。


 リイィィ ――――……ンン……… 


そこに響き渡る、ハンドベルのような美しい音色。

その音色に呼び戻されるように、零斗の意識が僅かに引き戻される。


【一人じゃないよ】


幼い彼の頬に、優しく添えられた暖かい手があった。

半ば透けて見えるそれは、先ほどの幻影のようにも見えるが、決して同じではない。


触れられた手から、暖かさを感じる。

語られた言葉から、温もりが伝わってくる。


【泣かないで。必ず、会えるから。再び、君と会えたなら、私は……今度こそ、貴方の傍を離れない。だから、もう少しだけ】


光に溶けてしまうように、その手が離れていく。

温もりが消えてしまう。そう理解したとき、零斗は思わず手を伸ばす。


「待って、君は ―――― ッ!」


幼い零斗の声を無視するように、彼女の姿は空へ消える。

そして、零斗自身も彼女の後に現れた光の中に呑み込まれていく。



 ∴∵∴∵∴  ∵∴∵∴∵  ∴∵∴∵∴



「――――……ぅ……」


ぼんやりと視界が開けていく。

時間になるまでの間、シミュレータの中で横になっていたのだが、どうやら居眠りをしてしまったらしい。普段着慣れていない隊服で寝落ちしてしまったせいか、首と肩の筋肉が張ったような微かな違和感をおぼえる。


「あの、起きられたのなら、そろそろ離して頂けませんか?」


傍らから、誰かの声がした。


「……何をしているんだ?」

「それはこちらのセリフです」


目の前には、青筋を立てながら平静を取り繕っている東子が居た。

その東子の右手首を、零斗がしっかりと掴んでいる。


「時間になったので起こしに来たのですが、隊長の寝相は一体どうなっているのですか?」

「あぁ、そういう事か。スマン」


掴んでいた東子の手をパッと離すと、よほど強く握ってしまっていたのか東子は右手を軽くブラつかせ、手首をほぐし始めた。戦地でなかろうと、いつ如何なる状況に巻き込まれても行動できるよう、常在戦場を心掛けている。とはいえ、あのような夢を見るのは、きっと気が緩んでいたからなのだろう。


(自身の願望が生み出した虚像、か……無様だな)


と、自分が来た時とは比べものにならないほど、何やら周囲が騒がしい。

酸素カプセルの様な形をしたシミュレータから頭をひょっこりと出すと、そこには思わぬ光景が広がっていた。


「なんだこりゃ……」


加賀谷高等戦技養成機関の第二シミュレーションルームは

240台のシミュレータが待機する構内最大の設備だ。

225人が同時にシミュレート可能で、過去に会敵した抗体のデータを元に、出現環境、規模、脅威度、手持ち装備等々のデータを元に作成した設定を仮想空間上に投影・再現する。これにより限りなく現実に近い環境で訓練できる。


シミュレータによる勝負とは言った。

何やら吹聴して回っていることも知っていた。


だが、何で新兵のほぼ全員が押し寄せる?

精々、一部のミーハー共が噂に釣られて顔を出す程度じゃないのか?


「何でコイツ等こんなに集まってんだ? みたいな顔されていますけど、そう思っているのは完全に隊長だけですからね?」


うわぁ、心の内を読まれた。

いつの間にか、ジト目をした倉貫が零斗の背後に立っている。


「冗談だろ? 公式戦でも何でもない、ただ訓練だぞ?」

「ですから、そう認識しているのは隊長だけですって。ただでさえ、紅神のネームブランドは人目を引きつけるのに、隊長の場合、その中でもとびきりの曰く付き物件なんですから。情報統制されていても、人の口に戸は立てられませんからね。そりゃ皆、興味を持ちますよ」


マイノリティは俺だけらしい。まあ、別に良いけど。


「約束した時間よりも、随分と早いお着きですね。おや、女性同伴とは羨ましい」


野次馬の海が割れるように道が開かれると、その先から現れたのは平馬達であった。


「機材の扱いが分からないと思ってな。まあ、どうも杞憂だったようだが」

「えぇ、当然ですとも。我々とてANA’sの一員。候補生学校の訓練では同じような機材を扱っていました」


相変わらず、育ちの悪そうな面構えの取り巻き達を引き連れて、不敵な笑みを浮かべている。


「で、どうしてこんな事になっているのかな?」

「どうやら、誰かがと聞いていたようでして。まさか、新兵ほぼ全員に情報が広まるとは、私自身も思ってもみませんでした。ですが、別に構わないでしょう?」


ニヤニヤと鬱陶しい笑みを浮かべながら、平馬は説明した。

その言葉通り、第二シミュレーションルームのギャラリーには噂を聞きつけた新兵たちが押し寄せ、到着時よりも人数が増えている。


「ハァ……まあいい、好きにしろ。それで、お前たちの準備は整ったのか? 時間も限られているから、さっさと終わらせたいんだがな」


零斗の催促の言葉に、平馬は一瞬だけ戸惑うような素振りを見せる。


「此方の準備は既に出来ています。それで、そちらのメンバーがまだ四人しか揃っていないようですが、残りは何方に?」

「ん? いや、参加するのは俺とコッチの二人だけだ。彼女は俺の付き添いで、今回の訓練には参加しない」

「は?」


一体コイツは何を言っているんだ?

平馬は零斗が言ったことの意味を理解できなかった。


「……随分と面白い冗談ですね。つまり、たった三人で我々全員を相手取る、と言っているのでしょうか?」


平馬達は全員で7人のチームだ。

対する零斗のチームは3人。

半数以下である。


「それ以外の意味で言ったつもりはない。まぁ正確には、敵は抗体だ。この人数にも、戦略的な意図があるとでも考えてくれ」


衝撃的な言葉に、場に集まっていたすべての人間が静まり返る。


これは挑発なのだろうか?

それとも、何か策を画策しての事なのだろうか?


集まった人間の数だけ、推察は生まれるが、そのいずれにも正解は当てはまらない。


「……なめられたものですね。ここまでコケにされたのは初めてですよ。あなたは余程、我々の神経を逆なですることがお好きなようだ」


平馬の中に、静かな怒気が渦巻いていく。


「いいでしょう。その自惚れ、後悔させてみせましょう」


用意ができたのか、教官エリアから降りてきた小柄な少女の一人が零斗たちの元に歩み寄り、設定内容を読み上げるその少女は加藤だった。


「今回の勝負では公平性を確保するため、審判には彼女が適任だと判断しました」


何やら足取りがフラフラとあやしいが、大丈夫だろうか。


「それでは、シミュレートする内容について、再度確認します。再現環境は、樹海エリア。出現抗体はBレート以下。装備は、特殊交戦部隊のC装備をベースとして、主武装をGMS-450B小口径機関銃に変更、特殊装備にBHA-600A誘引弾を追加してあります。遮蔽物の多さから、質量兵器の使用は禁止とします」


加藤は淡々と訓練の条件を述べていくが、この場に立って以降、目に見えて顔色が悪くなっていく。


明らかに様子がおかしい。


と、説明の途中で、少女と平馬の目が合った。

平馬はニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべ、それに対して少女の方は、何か怯えた様子だった。微かにだが、カタカタと手元が震え、脂汗がにじみ出ている。


「く、訓練の終了条件は、敵勢力を作戦目標地点まで誘導し、その殲滅を確認すること。または味方チームの全滅に、なります。何か、質問はありますか?」


「ありません」「ないでーす」

「で、では、訓練を開始します。参加者は、各シミュレータに搭乗ください」


事前説明が終わり、各員が自分に割り当てられた搭乗機へと向かう。


「あ、あの……教官、殿……」

「ん?」


不意に呼び止められ零斗が振り返ると、そこにいたのはさっきまで訓練の事前確認を説明していた新兵の少女だった。


「俺に、何か用か?」

「えっと、私、教官にお伝えしないといけないことが……あの、この勝負は……ッ!!」

「なーにをしているの、かな?」


少女の言葉を遮るように、踵を返してきた平馬の言葉が会話に割り込むと、肩を大きく弾ませ少女の体が強張っていく。


「ひッ……」

「ほら、せっかく操作オペレータに指名したんだから、早く持ち場につかないと、開始が遅れるよ」


そんな彼女に、平馬は肩を回しながら、言葉をつづける平馬に、明らかにおびえた様子の加藤。


「……そうだな。さっさと始めよう。持ち場に戻ってくれ」

「……はい」

「"加藤かとう 紀子のりこ"一士」

「え……あ、はい!?」

「大丈夫だ。慣れない操作で戸惑うかもしれないが、落ち着いて操作すれば、問題ない」

「……はい……分かりました。ありがとう、ございます」


その返事に、零斗は納得した様子でその場を後にした。


「チッ、いちいち気に障る奴だ……。お前もさっさと持ち場に戻れよ」

「あぅ! ……はい……」


半ば、平馬に突き飛ばされるようにして紀子はその場を後にした。

伝えたかったことも結局伝えられず、これではあの教官も、平馬の狙いどおりの結果を迎えてしまう。自分には、何もできなかった。

けれど、一つだけ疑問が残った。


「……あれ……? 下の、名前……何で……??」


零斗には、自分は下の名前まで名乗った覚えはない。なのに何故、彼は自分の名前を知っているのだろう、と。

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