第5話:悪い子

「お、隊長。ようやく来たッスね」


医務室に場所を移した面々を待っていたのは、零斗の部下の一人だった。


いずみ 元親もとちか。階級は一等抗士。

彼は、部隊の情報処理全般を担当する隊員で、政府の機密から実利のある情報のみ盗み出し、売りさばいていた前科持ちである。そのたぐいまれな技術力を買った零斗がANA’sに従軍させるよう、上層部に掛け合った。いわゆる司法取引というやつだ。


美鈴たちの現場に出くわした際に連絡を取り、平馬達の素性を調査するように頼んでいたのだ。


「これ、ご所望の資料ッス」

「頼んだのはついさっきだぞ、もう調べ終わったのか?」

「この程度なら朝飯前ッスよ。でも、何でまた自分にまで徴兵組の事を調べさせたんスか? まぁ、情報自体は事前に把握していたし、少し話しておきたい相手も居たんでね」

「??」


零斗の横を通り、元親はある人物の前に立ち、品定めをするように相手を見定める。

そしてその相手とは、紗耶香だった。


「君ッスかぁ。ANA’sの機密ファイルにアクセスした手癖の悪い子は」

「―――― ッ!?」


元親の言葉に、紗耶香の肩がビクリと跳ね上がる。

機密ファイルにアクセスしたとは、何の事だろうか。


「何の話だ?」

「つい数日前にANA’sのセキュリティを突破して、ウチの機密情報を覗き見した奴がいたんッスけど、それが彼女ッス」

「……は?」


皆の視線が一斉に紗耶香に注がれる。

当の本人は冷や汗を流しながら、わざとらしく明後日の方角を向いている。


「どういうことだ?」

「これは……その……」


いきなりの場面転換に、紗耶香は戸惑いを隠せなかった。

医務室で治療を受けるはずが、突然、尋問の雰囲気に変わったのだから無理はない。


「いやいや、チョーっとだけセキュリティホール開けとけば、それなりに腕の立つ奴が見つけるかと思いましてね? そしたら期待に応えてくれた猛者がいて、挨拶代わりに素性を確認したらまあ驚き。今年の新兵だったんスよ」

「……うちの情報部は一体、何をしてるんだ」


お前、娯楽のために軍のセキュリティに穴開けたんか……。

今回が初犯という訳ではないため、頭に浮かんだ突っ込みを、零斗は一先ず置いておくことにした。それに気づかない情報部の人間も悪い。後で注意しておくことにする。


「なんだ今年の新兵は。問題児だらけじゃねぇか」

「まあまあ、どうせ訓練が始まったら嫌でもトラウマ植え付けられて、強制的に躾けられるんスから。いいじゃないっスか、今くらい自由にやらせても」

「お前が言うな。この末期患者め」


末期患者と言われても、元親は全く気にした様子がない。

それほどに気が知れた仲という事だろうか。実際、「照れるっスねぇ」とか言っている始末だ。


呆れた零斗は好きにしろとばかりに、資料に目を通し始めてしまった。


「でもまぁ、何でもかんでも調べ上げようとするのは褒められたことじゃないッスね。強すぎる好奇心は、いつか身を亡ぼしますよ、"GreenPaprika"さん?」


紗耶香の体が、一緒の間に硬直するのが、美鈴には分かった。


"GreenPaprika"。

それは、紗耶香がコッソリと秘密の作業を行う際に使うアカウント名であり、足取りに気づかれない限り、バレることのない情報だからだ。


「曲がりなりにもウチは軍ッスからね。外部からのセキュリティ防護は徹底されてるッス。今回のように、内部からのアクセスを装えば、ある程度の情報は入手できますが、身バレは避けられませんよ。まあ、営利目的という訳ではなさそうだし、今回は目を瞑っとくッス。でも次は相応の処罰が下るんで、事前相談に来てもらえると有難いっス」

「……事前に相談、ですか。二度とするな、ではなく?」

「何でもかんでも情報を鵜呑みにするような阿呆は、第38独立遊撃大隊ウチには必要ないッスからね。大っぴらに許可することはできないッスけど、内容によっては事前に差し止めることもできるから、問題ない範囲で自身の力量を試してみるといいッス」


そう言いながら、元親の表情は終始、笑顔だった。

気骨のある後輩が入ってきたことに、内心喜んでいるのだろう。


「隊長も、これで良いッスよね?」

「ああ。それで良いぞ」

((((良いんだ……))))


思い出したように零斗の許可を求める元親。

パラパラと資料に目を通し、明らかな空返事で許可を出す零斗。その言葉に、責任の所在とは? と疑問を抱く新兵一同。


とはいえ、話の本筋とは関係ないので、今はツッコまないことにする。

部下が部下なら、上司も上司という事だろう。


「んで、今度は何をやらかすつもりなんスか。似たようなタイミングで、相当頭に血が上った連中とすれ違ったんスけど。アイツ等、もしかしなくてもその資料の連中ッスよね?」

「お前ら……なんで俺を見ると開口一番、何やらかした~、何やらかすんだ~って……。もう少し自分たちの隊長を信用してもバチは当たらないと思うんだが」

「それを言いたければ、常日頃の行いを反省してください」「まあ正直なところ、大方の察しはついてんスけどねぇ~」


資料を読む手を止め、つい口にした不満に対し、東子と元親が取り付く島もない言葉を返す。


俺の部下、自由すぎないか?

まあ、有能だし命令にも忠実なので別にいいけど。


「で、何をやるんすか」

「別に、新兵と抗体狩りで勝負するだけだよ」

「え、半殺しにでもするんスか?」


半殺し、って。

そんなことを一言も言った覚えはない。


「いや待て、新兵……あ、そういう事ッスか」

「まあ、そういう事だ」


その言葉に、その場に居合わせた人間は新米を除いて納得の表情を浮かべた。


一人は呆れ半分に。

一人は不憫そうに。

一人はどうでも良さそうに。


何故三人がそのような表情を浮かべているのか分からない新兵組は、話の腰を折らないよう黙っていることにした。


「けどアイツら、何か画策しているみたいスよ。他の新兵たちにも、面白いものを見せてやるとかって吹聴して回っていましたッスから」

「新兵ってのは血気盛んだねぇ。何をやろうとしているのかは、大体の予想がつくけどな」


苦笑いを浮かべる直哉と東子とは対照的に、零斗と元親は若干楽しそうだった。


「まったく、何がどうしてこうなったのか……」


酷い頭痛に悩まされているように、東子は眉間にしわを寄せていた


「その、これには事情がありまして……。あ、私は ――――」


医務室に集った面々は簡単に自己紹介を済ませると、事態を把握していない三人に事の成り行きについて説明した。


はじめは零斗が何らかの面倒ごとを起こしたのだと思っていた東子であったが、説明を受け、状況を理解した後に、打って変わったように一言告げる。


「なるほど、大体の事情は把握できました。奴らをシバき殺しましょう」

「はい。ですので、悪いのは我々で……え、えええぇ!?」

「生ごみは匂う前に処分するに限ります。その勝負、僭越ながら、私と泉も参加させて頂きます」

「えぇ、俺も~?」


性獣死すべし! と言わんばかりの勢いで、東子は零斗に参戦の意を示した。


「気持ちは嬉しいんだけどな、相手がどのような工作を仕込んでいるかわからない以上、勝負には俺一人で臨もうと思う」

「いえ、何をしてくるか分からないからこそ、不測の事態に備え、我々も参戦するべきです」

「今回の勝負内容は、短時間における抗体撃滅を目的としたものだ。情報戦のように時間をかけられる状況じゃない」

「ならば、なおのこと隊長一人では不利じゃないですか」

「んん~まぁ、不利っちゃ不利なんだけれどな。流石に入隊したばかりの新兵を相手に、しかも自分の部隊の精鋭を従えて対決してもさぁ……。それで勝っても、唯の弱い者イジメじゃん。それってどうなの?」

「うぐ……で、でも、部隊の規律を乱す要因は早々に排除すべきです。隊長だって、その重要性はよくご存じでしょう」


悩ましいところではある。


「で、でしたら、せめて私だけでもお手伝いさせて頂けませんか?」

「霧島さん?」

「ただでさえ、助けていただいた立場なのに、自分たちは何もせずに傍観しているだけなんて、そんなの出来ません。お願いします。おとり役でも、何でもやります。だから、私にも何か手伝わせてください!」

「教官、私からもお願いします」

「御堂さんまで……」

「お、俺も!」

「彼女たちだけに任せておけません!」


美鈴にはじまり、紗耶香、巧、雅彦と新兵達全員が名乗りを上げる。


「元々は、私たちの不注意が招いた事態です。本来であれば、自分たちの力で事態を収拾すべきところなのに、これ以上、零斗先輩に何もかもお任せするなんてできません」

「いえ実のところ、この状況は貴方たちとは関係な……」


その言葉に、未だに勘違いしたままと理解した東子はすぐに齟齬を解消しようとしたが、それを零斗は手で制した。


「……確かに、今年の新兵はなかなか気合の入った逸材がそろっているようだ。良いだろう。君達には俺の部隊員として協力してもらう。ただし、参戦するのは霧島と御堂の二名のみ。負傷している西村と本庄は無理をせず、休んでいろ。加えて、戦闘行為に参加するのは俺だけだ。君たちにはあくまで、支援に徹してもらう。それでいいな? 倉貫曹長」

「それでいいな、って……」


ろくに訓練を積んでいない新兵など、一般市民と大して変わらない。

それを二人も引き連れて抗体の相手をしようというのだから、どうかしている。


そう言いかけて、東子は言葉を飲み込んだ。

きっと隊長には何か考えがあるのだろう。彼は無茶苦茶だが、無能ではない。

むしろ、全幅の信頼を寄せるに値する、前線将校だ。


「……はぁ。わかりました。直哉さん、申し訳ありませんが、万が一、彼らに負けるようなことがあれば、隊長の亡骸ごと彼らを地面のシミにしてやってください」

「ちょっと、倉貫さん!? あなた、上司の扱いが雑ですよ!?」

「隊長だって部下の扱いが雑でしょ! それに隊長が負けなければ良いだけの話です。大人しく引き下がるんですから、絶対に勝ってくださいよ!?」

「あ~ハイハイ。わかりましたよ。必ず勝ちますよ」

「ちょ、どこへ行かれるんですか?」

「悪いけど、時間までに資料を読んでおきたいから、先にシミュレーションルームに行って待機しているよ」


倉貫の言葉を適当にあしらい、零斗は医務室を後にしようとする。


その時に彼の表情を見た美鈴は、本当に大丈夫なのかと少しだけ心配になった。元親から渡された資料に目を通した零斗の表情が、僅かに曇っていたからだ。そして心配なのは紗耶香も同じだった。


「本当に、零斗先輩は大丈夫なのでしょうか」

「ん、何がだい?」

「私たちは零斗先輩の実力については詳しく知りませんが、相手は新兵の中でもトップクラスの適正値の兵です。ましてや、裏工作の可能性まであるとすると、いくら零斗先輩でも……」


平馬達、義務徴兵組はANA‘sへの所属が決まった時点から様々な訓練が施される。


此処、加賀谷高戦は軍属の練兵設備としては国内トップクラスの基準値を誇っており、ここに配属されたということは、義務徴兵組の中でも選りすぐりの人材という事だ。


「ああ、そういうこと。いくら零斗に実力があっても、搦手でこられたら足元をすくわれるんじゃないか、と君は心配をしているんだね?」

「ええ、まあ」

「零斗に限って言えば、その心配は必要ないんじゃないかなぁ。彼、そういう次元で測れるような奴じゃないし。むしろ、やりすぎて事後処理に追われないか、自分たちの方が心配さ。いや、十中八九、面倒なことになるんだけれどさ……」


直哉が遠い目をしている。

先ほどから思っていたのだが、何故、皆は零斗の身の心配をしないのだろうか。少しばかり疑問に思いつつも、対人関係を探るような質問は失礼である。その疑問を、紗耶香はグッと飲み込んだ。


「とにかく、君たちが気にするべきは、自分の身の安全を第一に考える事。零斗の指示に従って立ちまわっていれば、それで問題ないよ」

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