第4話:紅神 零斗
「紅神 零斗……何故、ここに」
背後からかけられた突然の言葉。
その声の主にその場にいた一同は驚き、動きを止める。
「お前は確か、入隊式の……まぁいいか。聞きたいことは色々とあるがその前に、その子達を解放してもらおうか」
美鈴を羽交い締めにしている男を見て、それが入隊式の際に自分へヤジを飛ばしていたものだと零斗は気づくが、どうでもいい事だったのか、美鈴の拘束を解くように指示を出す。
「だ、誰がテメェの言うことなんか ――――」
気圧されながらも、美鈴を拘束している男は零斗の指示を拒んだ。
その言葉を受け、零斗は一瞬で距離を詰め、男の首を手中に収める。
「がッ!?」
「そうか。ならば仕方がない。入隊式でも言った通り、余計な手間をかける人間はこの場に要らない」
首を締め上げられた男は美鈴の拘束を解き、零斗の腕を振りほどこうとするが、機械で締め上げられるような強烈な力に、全く歯が立たない。
ギリギリと締めあげていく腕の力は増していき、男の意識が遠くなっていく……。
目の前で起きている出来事に、美鈴たちはただただ茫然としていた。
「そのあたりにして頂けませんかね? それでも一応、私の仲間なものでして」
「貴官は?」
「平馬 武晴であります。このような場所でANA‘sの狂犬にお会いできるとは思いませんでした」
意図せぬ零斗の登場にも動じず、小馬鹿にするかのような口ぶりで揺さぶりにかかった。
だが、零斗が気になったところはその態度ではない。
「で、これは一体どういった状況なのか、お前の口から説明してもらえるのか?」
「少々、行き違いがありまして。我々は普段通りに友人と接していたつもりなのですが、そちらの方々から謂れのない非難を浴びせられまして」
「……だそうだが、何か言うことは?」
あくまで自分たちは悪くない。そう言いたいらしい。
その言葉を聞いた美鈴は、直ぐに反論する。
「そんなことはありません! 現に、彼女は私たちの前で暴力を振るわれていました!!」
「ですがそのようなこと、我々にはまったく記憶にありません」
「
「でしたら、本人に直接きいてみたらどうですか?」
平馬を始め、一同の視線が一斉に加藤へと向けられる。
それらの視線を受けた加藤はビクりと肩を震わせ、蒼い顔をしながら立ち尽くす。
「わ、わたし……は……」
「どうした、加藤。正直に話して良いんだよ?」
平馬に促され、加藤の顔色がますます悪くなっていく。
そしてようやく、重く閉ざされていた口を加藤が開く。
「……私は彼らから暴力を振るわれて、いません。そちらの方々が、一方的に言いがかりを、つけてきただけです」
「そん……な……」
被害者自身の言葉を前に、美鈴はがっくりと膝を折る。
「教官殿。そういう事です」
「……なるほど、理解した。では、双方共に医務室へと行くように。処罰は追って通達する」
締めあげていた男の首を手放し、零斗は短い言葉でその場を終わらせようとする
「待って……!」
「話は以上だ。速やかに解散しなさい」
零斗はその場を後にすべく、踵を返す。
しかし、引き下がらない者もいた。
「げほッ……えほ……、待てやぁ、紅神ぃ!」
大声で零斗を呼び止めたのは、先ほどまで零斗に首を締めあげられていた男だ。
血走った目のまま、今にも零斗に飛び掛かりそうな様子で睨みつけている。
「俺を覚えているかぁ……二年前、てめえが組をツブしたせいで、俺達は警察にパクられることになったんだッ!」
何のことを言っているのか美鈴たちには呑み込めないが、どうやら犯罪者として捕まった時のことを言っているらしい。
何故、その話に零斗が出てくるのかは、まったく分からないが。
「貴様なんぞ、知らん」
「しらばっくれるんじゃねぇよッ! お前があの時、俺らの邪魔をしなければなぁッ、俺らはこんなことにならずに済んだんだッ!!」
まったく動じた様子もなく、淡白な反応を返す零斗に対し、男のボルテージはますます上がっていく。
「……つまりお前たちは、過去に俺がした行いで不利益を被った、という事か。で、だからどうした?」
「なんだとぉ!?」
「何度も言うが、俺はお前たちの事など知らん。お前にとやかく言われる覚えはない。それともなんだ、大人しく報復でもされてやればいいのか?」
冷静に物事を語っているように見えて、実はただ相手をあおっているのではないか?
そんな感想を抱きながら美鈴たちは事態の流れを見守っていた。と、そこに口をはさんできたのは、平馬だった。
「いえいえ、私も彼もそのような事は考えていません。ただ……」
ジロリと平馬の視線が美鈴を捉える。
「人の感情というものは、簡単に割り切れるものではありませんからね。その結果、教官殿の目の届かぬ場所で、感情の矛先が他者に向かってしまうことがあれば恐ろしいな、と」
平馬の濁った眼で見つめられた美鈴は、ブルりと肩を震わせる。
どうやら、今回の一件で完全に目を付けられてしまったらしい。逃がすつもりはないと、視線を通してそう言われた気がした。
「なるほど。では、貴官はどのようにすべきだと考えている」
「今回の一件を含め、全てのわだかまりを清算すべく、一勝負設けるというのは如何でしょう?」
「ほう」
「勝負の条件は、訓練シミュレータを使用したものと致しましょう。内容は、教官殿が教鞭をとる特殊交戦部隊の訓練で、より少ない損害で抗体を多く撃滅した方の勝利、というものでどうでしょう」
よほどの自信があるのか、平馬は零斗にとって有利な条件を提示してきた。
「面白い、その提案にのろう。ただし、その勝負の結果がどのようなモノであってもこの因縁は今回限りとするが。構わないな?」
「ええ。それで異論ありません」
「良いだろう。着任初日の午前は、レクリエーション以降の予定は設けていない。準備の時間が必要であれば、好きにするといい」
「許可を頂けるのであれば、設備の使用申請については私から提出しておきます。時間はレクリエーション終了予定の11:00から30分後。11:30開始と致しましょう」
「許可する。ただし、それまでに少しでも問題を起こせば……分かっているな?」
念を押すように、ギロリと平馬をにらみつける。
当然ではあるが、零斗は先の加藤の発言を鵜呑みにはしていなかった。
「もちろんです。それでは」
踵を返し、平馬たちはその場を後にしようとする。
零斗に背を向け、噂の教官を警戒しつつ、取り巻き達は恐る恐るといった様子で、平馬に声をかける。
「平馬さん、良いんスか!?」
「いい。今は何もする必要はない」
「けど、俺らがパクられたのは、アイツが原因じゃないっスか。ガキを引き渡すだけの、簡単な仕事だったはずなのによ……アイツが裏から手を回しさえしなければ、俺らはこんなことにならなくて済んだんだ。アイツさえ……アイツさえいなければ……ッ!」
「まぁ、そう慌てるな。だからこそ、この場ではなく勝負という形に持ち込んだんだ。なに、既に策も考えてある」
意味ありげな笑みを浮かべながらその場を去った平馬。
一方、零斗達はその場からどのように移動しようか悩んでいた。
「うっ……」
「頭に強い衝撃を受けたんだ。無理に動こうとしなくていい。そっちの君も、肋骨にひびが入っているかもしれない。人手が来るまで、ジッとしていろ」
「すみません……」「お手数をおかけします……」
比較的軽傷であった雅彦は意識がハッキリしているものの、巧の方はそうはいかなかった。
本人の意識はあるものの、頭に受けたダメージというのは遅れて症状が現れることもある。
不用意に動かすべきではない。
「あの、紅神せんぱ……教官。私たちのせいで……その、本当に、なんと言っていいか……」
美鈴は、ようやく零斗と再会できたにもかかわらず、このような状況で何と言っていいか分からなかった。
再会してすぐに面倒ごとに巻き込むなど、印象は最悪以外の何物でもない。
「やれやれ……、どうして君は会うたびに何かしら窮地に立たされているんだろうな?」
「え、それって……」
「以前、君を公園で救出したときも、抗体に襲われていたと記憶しているが、俺の記憶違いだったか?」
「お、覚えていてくれたんですか!」
零斗は美鈴の事を覚えていた。
その事に美鈴は驚愕し、同時に嬉しくなった。それはもう、今までビクついていたことは嘘のようだ。
「まぁ、民間人が逃げ遅れるケースは稀だったからな。さすがに覚えているさ。確か名前は、霧島さん……だったか」
「はい! 霧島 美鈴です!」
「てことは、そっちの彼女は……」
「その節は、本当に感謝しています。その場で先ぱ……教官にお礼を言えなかったこと、申し訳ございませんでした」
「無事であったことが何よりさ。それと、呼び方は先輩で良いよ。できれば下の名前の方で呼んでくれると有難い。嫌いなんだ、苗字で呼ばれるのは」
「は、はぁ……分かりました」
それを聞いて、零斗は満足そうに微笑む。
「迷惑といっても、目の前で誰かが虐げられていた。その現場を目の当たりにして、果敢に声を上げた行いを迷惑なんて思ったりしないさ」
「はぁ……。では、零斗先輩は、初めから私たちを助けるために、あの場に割って入って下さったのですか?」
「立場上看過できる状況でなかったこともあるが、意外か?」
「まさか! 同期が噂していたイメージとはやっぱり違ったので、うれしくて!」
「ちょっと、美鈴!」
感じたことをそのまま口にしてしまった。
そのまま過ぎて、
あ! といわん勢いで、慌てて美鈴は口を手で覆った。
(ああ、やっぱり新兵の中での印象って、そんな感じなのね。なんか悲しいけれど、別に間違っているわけでもないから、良いか。慣れてるし)
内心、ちょっとだけ傷つきながらも、零斗はそれを表情には出さない。
「いやいや、正直で結構。ただまぁ、何を聞いたか知らないけれど、あまり思ったことを直球でぶつけるのは止めといた方が良いな」
「はい、申し訳ありません……」
しゅん……、と萎びた植物のようになってしまった。
「それよりも先ほどの話だが、あの加藤とかいう女の子に何かあるのだと感じたが、認識はあっているかな?」
状況からなんとなく事態を察した零斗は、その裏付けを取るべく彼女たちに聴取をすることにした。
その後、彼女たちの口から様々な情報を聞き出し。一言。
「なるほどな。状況は分かった。その詳細は後で確認するとしよう。さて、そろそろ来ると思うんだが……」
そこへ、二人分の足音が近づいてくる。
「お、いたいた。待たせたね」
「遅いぞ」
「そんなことはないと思うんだけどなぁ。ねえ、倉貫さん」
曲がり角から姿を現したのは、男女の二人組だった。
「なんで私達が悪いみたいになっているんですか! レクリエーションをすっぽかして、何処をほっつき歩いているのかと探してみれば。何ですか、この状況」
「お、おう……探してくれていたのか、すまん」
ついて早々、女の子の方は不満の声を上げる。
実のところ零斗は、本当であればこの時間は予定があり、こんな所で油を売っている場合じゃなかった。どうやら彼女は、そんな零斗を探し回っていたらしい。
「はぁ……もういいです。それで、今回は何をやらかしたんですか?」
「ああ。ちょっとトラブルに巻き込まれてな。悪いんだが、彼女たちの手当てを頼む」
「分かりました……ってあなた達、何を呆けているのですか?」
ここで、新たに現れた二人を前に、巧と雅彦が茫然としたまま動かなくなっていた。
「あ……あの、もしかして、お二人は第38独立遊撃大隊の……!?」
「巧君と雅彦君は、お二人の事を知っているの?」
ようやく動き方を思い出したのか、巧が若干上ずった声で二人の事を確認する。
「知っているも何も、第38独立遊撃大隊のストライカー隊 部隊長と大隊長補佐だよ! この界隈だと物凄く有名な二人だよ!? 飯島先輩はストライカー運用始まって以来の天才操縦者って言われてるし、倉貫先輩は大隊の指揮権限の一切を任されているANA’sきっての智将だって、誰でも知っているよ!」
「照れるなぁ」
何で知らないの? と言いたげな表情を向けてくるが、入隊式の時にも言ったように、美鈴は本当に知らないのだ。
巧も巧で大いに狼狽え、美鈴の発言をすっかり忘れているらしい。
「僕は飯島 直哉。階級は准尉。第38独立遊撃大隊の機甲隊 部隊長をやっているよ」
にこりと爽やかな笑みを浮かべた直哉は、とても自然な流れで握手を求める。
彼は物腰柔らかな雰囲気を醸し出す、爽やか系イケメンで、高戦内の知り合いも多い人物だった。
「初めまして、倉貫 東子です。階級は曹長。大隊長不在時には第38独立遊撃大隊の臨時指揮を執っています」
「臨時と言わず、いつもだがな」
「それは隊長が指揮を放り出して前線に行ってしまうからじゃないですかぁ!」
「だって俺、隊長なんてガラじゃないし」
「ガラとかそういう問題じゃないんですよぉ! せめて前線に行かないで、一緒に指示を考えてください!!」
「お世話んなってマース」
「誠実さを感じないッ!!」
黙っていれば落ち着いている印象を抱きそうな外見だったが、どうやら中身は違うようだ。
上官である零斗に対し、何の遠慮もなく不満をぶつけていた。
「っと、二人共そろそろ医務室に行くよ。そっちの頭を打ったこの方が、何か顔色が悪くなってきてるから。挨拶はまた後でね」
「わぁ! 巧君、しっかり!!」
いきなり空気が変わったこの急展開が原因なのか、それとも有名人がいきなり登場したことが原因なのか。
ひとまずその場を後にし、続きは医務室で詳しく聞くことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます