後日談【青空(後)】

アグニオスが討伐された後、見届けた紫髪の少女"ジーク=フリーデン"。



「アレが、欲に縛られていた者の末路ですか。」



─────なんて、無様。

かくも本質を自覚が出来ないまま生き長らえば、あんな風になる。

救われないし、心底愚かと思う。


だが同時に、彼女は頭が良かった。

そんな彼女は、漆黒焔竜アグニオスと在り方の起源が似ていることを自覚していた。

だから、自分もまた道が違えばあんな風に成り果てていたという、"もしも"を想像するのも簡単だった。


・・・ゾッとする。

自分が自分で何が望みが何だったかを思い出せなくなるなんて。

死んで禊を受けてもなお、死に着れないまま彷徨い続けるなんて。

そしてようやく、塵になって何も残さないまま消えゆくなんて。


そんな、地獄を受けたいなんて、間違っても思わない。

他者の心情を理解し、弄ぶ者だからこそ、その末路が恐ろしい。


「・・・私は、漆黒焔竜あなたとは違う。」


それは虚勢ではなく事実で。

結果的に彼女は、世界で生きることを赦された。

だから、これは参考だ。

間違っても、生きるのだと決定するにはいい機会だった。


「さようなら、愚かな竜。」


せめて、参考程度には覚えておいてやろう。

そしてジークは振り返ることなく、飛び去っていった。





















「ありがとう、助かったよ。

君のような普段冷静で居られる人がいて、何よりだ。」

「いえ、僕は盾になることくらいしかできなかった。これくらいのことは・・・。」


アグニオス討伐の翌日、ピースが営む探偵事務所にてレオは手伝いをしていた。

書いていたのは、アグニオス討伐のレポート。

確かな事実として、記録を残そうとした。

比較的負荷が無かった二人は、このように事後処理を進めていた。


「これくらい、なんて言わせないさ。

君の盾が無ければ、何人も犠牲が出ていた。

それくらい、誇ってもいいんじゃないか。」

「・・・そう、ですね。」


命を救っておいて"これくらい"は流石に言い過ぎだったかもしれない、と反省する。

戦うものが誇るべきは、拭った涙の数だろうから。

きっとこれは誇りなのだろう。


「それに─────。」


ピースが視線を向ける。

そこには簡易なベッドでセブンスがすっかり熟睡していた。

ピースの手伝いをすると言ったものの、彼女は戦いの後、治癒をかなり行っていた。

その疲れがたたったのだろう。

手伝いが始まってすぐに、寝落ちてしまった。


「君がいなければ、私はずっと机に齧り付いて居ただろうね。」

「ああ・・・それは、うん。」


流石に気の毒が過ぎる。

苦痛の作業で、想像するといたたまれない。

なるほど、自分が来たことは間違いじゃなかったのだと、痛感することになった。


「・・・さて、あと一息だ。やろうか。」

「そうですね。そろそろ、僕もキツくなってきた・・・。」


これは、終わった後のお茶や食べ物が美味しくなりそうだ。

帰るべき場所、いつも会う人たちを思い浮かべながら、再び机に向かうのだった。










「・・・貴女が、マシロさんですね。」

「はい、よくぞ来てくれました。」


アグニオス討伐から二日後、ようやく出逢えた。

グランとレイジは滄劉の浜辺で、アストレアと対面する。

目的は単純。

託された宝具ヴィエーチルを、返す為である。


「優しい風を感じた時から、貴女に一度逢ってみたかった・・・。」

「私も、逢えて嬉しく思います。勇気ある弓使い、貴女から確かに、強い勇気を感じる。」


グランがそっと、弓をマシロに手渡した。

お互い形は違えど感受性が強い性質で、お互いが託し託された者だと疑いはなかった。


語るに及ばないほど、お互いが尊敬し、微笑みあう。

たったこれだけのやり取りで終わる話だったが、これでもう会わないというのが酷く勿体ないと感じた。


「またいつか、会ってくれますか?」

「ええ、勿論。」


グランの申し出に、マシロは快諾する。

会って話したいと思ったものの、何を話せばいいのか分からない。

だったら次の約束をしたらいい。

時間は、まだあるのだから。


グランは一礼して、その場から離れてゆく。

次にマシロはレイジを見る。

用が済み、レイジも帰ると思っていたのだろうか。

不思議そうに首を傾げるマシロに、思わず笑ってしまいそうになる。

凛とした彼女が、すっかりふにゃってしまう様子を知っているから。


「えっと、レイジさん?」

「ああ、ごめん。俺はお礼しに来たんだ。」


マシロはぽかん、という顔をする。


「い、いえっ!今回のことでしたら私がむしろ恩返しと言うか・・・。」

「そうなのか・・・?」

「しかも、どちらかと言えば私の我儘ですから・・・。」


本当ならば、自分も戦いたかった。

だが、滄劉を守る彼女がそこから離れるわけにはいかない。

だがらせめて、助けになるように。

何もかも不確かなまま、自身の宝具を託した。


「だから、そんな気を遣わなくていいんですよ・・・?」

「なんだ、そんなことか。」


思わず吹き出してしまう。

マシロは、そんなに可笑しな話でしたか!?と慌てているが、そうじゃない。


「俺にとっては、あの弓を託した君は恩人だよ。」


英雄と肩をならべ、一か八かで賭けて実行した二刀流。

そしてイメージして再現した絶技。

一人20連撃の猛攻ですら、仕留めるに至らなかった。

そんな怪物を葬ることができたのは、他ならぬグランの勇気と、宝具を託したマシロに他ならない。

それに恩を感じないなど、なぜ言えようか。


だから、どうか────


「俺たちの恩人を、そんな悪いように考えないでくれ。

それは少し悲しいぞ。」


それを聞いたマシロは少し困った顔をして、そして諦めたようにため息をつく。

そう言われてしまっては遠慮もできたものじゃないだろう。

少しずるい言い方をしている自覚はある。

こんなにも優しい人だから、聞き入れないわけにもいかなかっただろう。


「わかり、ました・・・では・・・。

勘違いさせちゃいそうな事を言わないとういう前提で、またわらび餅を奢ってください。」


少し恥ずかしそうに頬を赤くして、目をそらし、軽く握った拳で口元を隠して言った。

自分にそんなつもりはないというのだが、女の子なりに意識はしていまうのだろう。

そういう所が可愛いと言われる所以だと思うが、それは言わないでおくことにした。

むしろ・・・この人にはちゃんとした真っ当な男性がついてあげるべきなのでは、と逆に心配になった。

それも、彼女の名誉の為に言わないでおいたが・・・。


「お安い御用だ、またあの店に行こうか。」


それはそれとして。

そういうお願いならば応える他ない。

そこで食べた和菓子は、苦難を超えた祝杯のような気分で、美味しかった。
















「お待たせ。」


滄劉の街にて、グランとレイゴルトは待ち合わせしていた。

いまレイゴルトは仮面をつけてケラウノスとして此処にいる。

グランの声にレイゴルトは振り向いた。


「ああ。もういいのか?」

「ええ。またきっと会えるから。」

「そうか。」


グランは、レイゴルトが笑っているのが分かる。

常任のような視界がないけれど、ちょっとした動き、心の動きが、彼が笑っているのだと、自信をもって言い切れる。

ほんの他者とは違う見方だけど、自分だけの特権と思うと、こちらの表情も綻ぶというものだ。


「彼は・・・?」

「レイジさんは、マシロさんと一緒よ。」


レイジなりの恩返しをしたいと聞いていたため、驚くことはない。

彼が不誠実な人物とは思えなかったのだから。



流れるようにグランはレイゴルトと腕に抱き着き、自然と腕組で歩き出す。

こんな風にデートという形で外に出かけるのは久しぶりだ、うれしく思う。


「・・・。」

「・・・どうかしたか?」


気がかりなことが、一つあった。

彼はいい人だということは分かる。

でも何か────


「あの人は・・・きれいな色でも、陰りがあるように思うの。」


素直に打ち明けられた懸念を、レイゴルトは黙って聞き入れた。

少し考える仕草を見せて、レイゴルトなりに返答をする。


「彼と言葉を交わす機会はこの戦いで多少はあったが・・・そうだな、壁を感じたよ。ただこれは、まだ彼がここに慣れていないだけの可能性も否定できん。」


故に明確にこれといった答えは出せない、ただ───


「君の見た陰りがその壁だというのなら、その壁が人間的な陰りなのか、果たして俺のような破綻者としての壁なのか。」


願わくば、前者であってほしい。

それはきっと、誰かが少しずつ氷と解かすように解決できることだから。

だたそれが破綻者であった場合────己のような融通の利かない大馬鹿者だろう。

それが大変なことなのは、レイゴルトとグランが誰よりも知っている。


「ただどちらにせよ、俺たちができることは今はない。」


それはどうしようもない、という意味を示しているのか。

むしろ逆だ。

今はどうにか出来ないのなら、そこから少しずつ積み重ねていくだけ。

自分たちはただの個人なのだから、焦って功を成すことなどひとつもない。


「今は見守ろう。それが何もしていないということには断じてならないと俺は信じている。」


そして、何かできることがあれば、手を差し伸べればいい。

どこかの誰かを救うのは、いつだってどこかの誰かだ。

すべてが自分であるという必要などない。


「以上だ。さて、グラン。」


話を切り上げて、グランを仮面越しで見る。

なに?と見上げて首をかしげるグランに、大事なことを告げる。


「残りの時間は折角だ。他ならぬ俺たちの為に、楽しむべきではないか?」

「・・・そうね!」


だって、そうだろう。

折角のデートなのだから、偶には考え事なしで良いじゃないか。


「行きましょ!いい店知ってるの!」

「それは楽しみだ。だが是非、仮面をつけたままでも食事できる店だといいな。」










アグニオス討伐から一週間後、戦場だった砂漠はいつのまにかいつも通りの砂漠になっていた。


もう、あの死闘はなかったかのような、いつもの通りの死の大地と化していた。


その砂漠に、一人────いや、二人が降り立つ。


『ここ、だよね。』

「うん。」


それは流星。

クウガとミーティア。

此処に来た理由は、一つ。


融合を解除し、二人並んで砂漠に立ち。

その手にあるのは、とある花の種。


────思えば、漆黒焔竜アグニオスを弔うものは誰もいない。

当然のことだった。

彼は誰の味方にならなかったのだから。



「僕たちはお前を許したわけじゃないよ。」



もう塵と散ったアグニオスに、ミーティアは語り掛ける。

そう、彼が行ったことは許されたことでは断じてない。

いつか終わるべきだったし、そもそも誰かの未来を奪うことなどしてはならなかった。


だけど、それでも・・・。



「ただ誰も弔うことがないなら、俺たちがやろうと思っただけだよ。」



死んでしまったら、たいていの場合は平等だ。

敬意とはいかないが、せめてもの義理だった。



二人はその場にしゃがみ、あるものを埋める。

それは、砂漠でも咲く花の種。

何もかも覆いつくしてしまう死の大地でも、いつか咲く強い花。

彼の故郷など知らない、けれど。

命の終わった地は此処だったから、ここで弔おうと思った。



此処まで来るまで。いろいろあった。

アグニオスといきなり戦うことになって、そして全く敵わなくて。

ミーティアが死んでしまうところを、タイミングよりアーキタイプが通りすがって助かって。

ひどく落ち込んでレイジに励まされ、イグニスに殴られ。

再起して、みんなと一緒に戦って勝利して。

すべてが終わってもう一度此処に来た。


種は植えた。

死者に弔いはした。

後はせめて、安らかであってほしい。



「・・・帰ろう、クウガ。」

「うん。」



再び彼らは融合する。

そしてもう一度、空に向かって飛翔していった。























────それから時がたって、その大地はただの砂漠ではなくなった。

突如降った雨が恵みになって、一凛だけの花が育った。

そこは名もない墓場。

変わらない青空の下、靡いて枯れないその花の意味を知るものは少なかった。

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叙唱イベント:漆黒焔竜アグニオス @axlglint_josyou

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