アグニオス討伐.3【地獄の先に花束を】
最終章の幕開けもまた、苛烈の一言だった。
「君に合わせる、好きに攻めろ。」
「わかりました・・・!」
怪物となった竜がまき散らす焔はそのまま爆散し、区別なく目の前の三名に暴威が振るわれる。
レイゴルトとレイジは、グランを後衛とした陣形を崩さないように回避していく。
回避だけなら何とかなる。
だがもはや、それによる時間稼ぎをしても埒が明かない。
ならば如何にあの怪物を潰すか。
見るからに満身創痍でありながら、傷ついた猛獣のように手が付けられない。
普通の攻勢が通じないのであれば、それを超える攻勢にて潰すしかない。
だったらもう迷いはない。
今、ともに戦っている人たちが仲間なのだから。
負けるわけにはいかない。自分はおろか、まだ身近な誰かを失うことなどあってはならない。
「ふっ・・・!!」
身体能力が格段に上昇する。
身体強化とは違い、そしてそれ以上の出力を発揮する。
こうなった彼の攻勢は、もはや常人とは程遠く、これに追いつける存在はそういない。
「────ほう」
英雄は感嘆の音を漏らす。
なるほど、最後の攻勢として流星たちは推奨しただけはある。
そう、確かにレイジの能力によって格段に上昇した身体能力と剣技に追いつける者はそうそういない。
だが、その隣が
「いいだろう・・・我が主よ、俺も続く。
この枷を外し、眼前の悪を鏖殺する許可を。」
《───許可する。》
主、白星から許しを得る。
英雄の真価を縛る鎖は外された。
片目を赤く煌めかせ、彼もまた限界を超える。
────
「────■■■■■■■!?」
レイジにあわせ、レイゴルトの出力も上昇する。
猛攻は何十倍にも加速する。
レイジが七つ連撃を重ねるときにはすでに、レイゴルトは七つの神速居合が炸裂する。
硬い鱗は傷を増やし、出血は焔として反撃する。
「はあっ!」
「ふんっ!」
それを、レイジは渾身の一振りで振り払い、レイゴルトが六双で鱗を裂く。
「─────■■■■■■■■!!!!!」
怪物は赫怒の黒い焔を滾らせる。
広範囲にわたって、大地から火柱が上がる。
「こいつまだ・・・!」
レイジとレイゴルトは距離を取る。
血肉をまき散らしながら、怪物は前傾姿勢を取る。
「■■■■!!!」
黒い焔を纏い、突撃する。
咄嗟にレイゴルトは魔力の刃を飛ばすが、それを簡単にかき消して突進する。
「ぐっ・・・!」
「ぐあ・・・こんの・・・!」
刀と剣で二人で抑える。
火事場の馬鹿力という表現がかわいいくらいだ。
全開してもなお、この突進を弾けないのか。
一方で、怪物の攻勢はまだ終わらない。
突進で一時的に停止した二人に向けて、肥大化した腕と爪を振り上げる。
万事休す。
だがそれは───
「させない・・・!」
──彼女がいなければの話だ。
赤黒い戦意でできた矢を、怪物の傷口に向けて放つ。
おそらく敵が万全ならば、鱗で弾かれただろう。
だが傷があれば、そこを狙える。
怪物の動きは止まり、再び動き出そうとする。
怯むにしても一瞬、一度でも失敗すれば手が付けられない。
矢は効くが、だが致命傷にはなり得ない。
不毛とも呼べる後衛でありながらも、グランの戦意が尽きることはない。
どこかの強い人が、誰かもわからない自分に賭けた。
加え、目の前の愛しい人が、誰よりも自分を信じてくれている。
勇気は尽きない、戦意はもはや無限大だ。
「■■■■■■───!!!!!」
「吼えるな、貴様に次はない。」
体制は立て直した。
また、地獄のような攻防が開始する。
戦況はレイゴルトたちに傾きつつある。
確かに暴威は本物だが、もやはアグニオスとしても脅威がない。
幾度赫怒の焔を浴びせようとしても、そんなものはとっくに慣れている。
反撃をするたびに、鱗が裂かれ、矢にて抉られる。
そしてついに、よろける。
怪物は怪物のまま、いっそ寒々とした幕引きとなる。
「────それは、困るな。」
黒の剣と、黄金の刀を、素手でつかんだ。
手からはやはり血が滴り、焔になる。
「なに・・・!」
「こいつまだ、生きていたのか・・・!」
生命活動が終わっていないのは明らかだったのだから、レイジの言葉はそのままの意味ではない。
クウガたちとの戦いで、消し飛んだはずの意識が、いま目の前で蘇ったのだ。
「そうだったな・・・私はこの程度では死ねんのだ。」
それは、なんて生き地獄。
「思い出したよ、私は───そうやって生きながらえてきた。」
死すべき時に、死ねなかった。
報いを受けたら、もうそこで報いは終わって生き続ける。
そうなったのは今からどれだけ昔だったか。
「卿らはどうだ?」
そら、早く攻撃を仕掛けてこい。
さもなくば、もう一度己は寒々として乾いたままの・・・欲に縛られた
「終わらせてみせるといい。」
願わくば、終止符を打ってくれ。
アグニオスは爆風にて、二人を吹き飛ばす。
「っ・・・!」
「ち・・・!」
ずいぶん遠くに吹き飛ばされた。
身体中に痛みが走る。
擦り傷、裂傷、火傷。
それらが一気に身体についてしまう。
「まだだ────!」
レイゴルトが先に立ち上がる。
そんな傷ごときで止まる彼ではない。
先んじてアグニオスに仕掛ける。
神速七連撃、続く六双、
宝具・七元徳を最大限の攻勢。
それらを再び、焔の剣で防いでみせる。
確かに、英雄は最高峰の
剣技もまた、極限に至る。
誰もが認める事実だが、相手はその何倍もの時を重ねて練り上げている。
「くっ・・・!」
連撃の中で、反撃を行う。
剣技、爆裂、全てを駆使する。
刀を弾き飛ばれ、腕に裂傷が増える。
「レイ兄ぃい!!」
「レイゴルトさんっ!!」
スノウの叫びと、グランの援護。
スノウはもう、魔力が残っておらずあげられるのは声だけ。
グランは赤黒い矢を放つ。
「はっ。」
アグニオスは矢を素手で掴み、折り曲げる。
グランは歯を食いしばり、まだ矢を放つ。
「っ・・・!レイジさん!」
「・・・!これは・・・。」
漸く立ち上がれたレイジに、クウガが剣を投げる。
キャッチしてそれが何かを確かめる。
それは、月光の聖剣。
「・・・これなら、そうか・・・!」
自分の剣は星の由来。
受け取った剣が月ならば、星と同じ宇宙からのモノ。
「レイゴルトさん、グランさん!少しだけ時間をください!」
アレを打ち倒すには、可能な限りの絶技で押し切るしかない。
「承知した・・・!」
レイゴルトは振り返らず、ひたすらにアグニオスに対抗する。
アグニオスが繰り出す業が、レイゴルトの傷を増やしてゆく。
魔力がもう尽き始めている。だが身体は動くせいで、まだレイゴルトとグランだけでは届かない。
「卿は、まだ地獄に往くのかね?」
「無論だ────俺は進んで地獄へ往こう。」
竜人の問いは、英雄への根源の問い。
無敵で在り続ける鋼の勇者が往く先は、いつも地獄だ。
だが、ならば何故────
「卿は孤高で無くなったのだろう。
卿は愛を知ったのだろう。
地獄へ往き続ける翼など無いはずだ。」
「逆だ、竜人よ。貴様は見誤っている。
そう、俺が往く先は地獄で、堕ちた後もまた生き地獄だった。」
友を救えなかったことを始まりに、ただ一人で進み続けられる異常者でいた。
裏切りから、友への贖罪。
最早何があっても止まらぬ姿は、異常以外何者でもない。
そしてようやく、愛を知った彼が今も尚、進むのか────。
「彼女が、地獄の先で咲く花だったからだ。」
進んで進んで、それでも受け止め続けた彼女こそが、地獄の先にいた。
英雄はそれを知った。
振り返ることも無論、それと同じように証明しなければならないことが出来た。
「────俺たちは、地獄の先でも花は咲くことを証明しなければならないだろう。」
それが出来ると、英雄は誰よりも信じている。
そして、時が来た。
───
英雄の言葉に続いたように、黒の剣士は動き出した。
「────来たか。」
アグニオスの呟きに応えたように、黒の剣士は二つの剣を握りしめて、アグニオスと鍔迫り合いをする。
「二刀流か・・・!」
今の動きを見るに、付焼き刃ではないらしい。
レイゴルトは直ぐに、手放した刀を拾い上げて、レイジに続き、アグニオスに仕掛ける。
防御したアグニオスは後ろに下がり、体勢を立て直す。
「創生せよ、天に示した極晃を────我らは煌めく流れ星。
太古の秩序が暴虐ならば、我らは認めず是正しよう─────!」
七元徳は、黄金の煌めきを宿す。
放射されるはずの魔力を、宝具に秘めさせる。
「私は・・・」
じゃあ自分は・・・?
グランは一人、自分に出来ることを思考する。
目を瞑り、宝具を握りしめる。
"大丈夫です。"
「─────。」
目を見開いた。
声が聞こえた。
何がどう言う原理なのか、理解できないが────優しい声だった。
"・・・身を任せて、貴女ならできます。"
心を落ち着かせ、勇気を振り絞り、宝具に集中する。
────優しい風を、感じた。
「行きます・・・!」
「ああ・・・!」
レイジとレイゴルトは、大きく踏み出した。
イメージする絶技、今なら出来るか?
いいや、出来なければ────
故に、イメージする絶技に全てを賭ける。
「─────
「─────
黒い剣は陽を浴びて煌めき、月光は神秘の光を帯びる。
そして七つの刀は黄金の輝きを纏いて必滅と刃と成る。
右斜め上から、左斜め上から、それを二度。
黄金も続き、四連撃。
まだ序章に過ぎない。
アグニオスの防御が、もつれ始める。
続き、右斜め下から、左斜め下から、横に薙ぎ、切り返し、交差して突く。
英雄もまた居合として、神速七連撃を行う。
一撃の全てが必殺。
守りを捨てて、敵を滅ぼす為の必殺の連続。
更に、左右同時に斬り開き、また左右斜め上から四連撃。左右から交差する横斬り、そして左右斬り開き、交差突き。
英雄は左右三本ずつ刀を取り、竜の爪の如く6連撃。
息が苦しい、目の前が暗くなりそうだ。
総てを出し切って鏖殺する連撃ならば、必然的に消耗は激しい。
だが、まだだ、まだ相手は膝すらついてないじゃないか─────そうだ。
「「─────まだだッ!」」
開くように斬り下げ、交差を描いて上に斬り開く。
六双により二連撃。
防御は完全に崩した。
「「おおおおおおッ!!!」」
黒の剣士は両手で斬り下ろし。
英雄は六双で斬り下ろす。
アグニオスの両腕を裂いて、胴もまた裂かれ、血を噴き出し、内蔵がむき出しになる。
もはや血液を燃やす魔力すら残っていない。
「────終わり、かね?まだ私は息絶えていない。」
このままではまた逃げて再起を図るぞと。
暗にその意味を持たせた言葉を吐く。
「────ええ、まだよ。」
まだ、託されたモノがある。
謳う。優しい風に乗せて謳う。
風は集う、邪悪を薙ぎ払う天を裂く風を呼ぶ。
邪竜の終止符は、此処にある。
さあ、風は集った。
閉じていた目を開く。
「────さあ、
矢は、放たれた。
「─────
それは、天地を揺るがす嵐だった。
地獄の大地すら巻き込んで、竜人に向かってゆく。
「──────ああ。」
残った五体が、鱗が、内蔵が。
生命と共に塵となってゆく。
形を残したままでは死ねなかった竜人は、漸くをもって死に至ることが出来た。
嵐は空へ、高く高く舞いあげてゆく。
地獄の終着点はそのまま、天に地に、散ってゆく。
500年を生き、奪い続けて騒がせていた災厄、
その最期は、静かなものだった────。
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