アグニオス討伐.1【漆黒焔竜と黄金竜】




夜の砂漠は冷える。

乾いた風が身体を吹き抜ける。

死を運ぶ風、癒しのない風。

その砂漠を、漆黒焔竜アグニオスは優雅に歩く。


最近、数々の宝に遭遇した。

この世は不要な宝が多い中、群には良いモノが揃っている。

また再会し、今度こそは奪いたい。


・・・そんなことを、500年続けてきた。

いつか、審判を受ける。

その報いを、受けることになる。


誰も彼も、本人も、そんなことは理解している。

だがこの乾きを癒してくれよ、と。

そんな風に叫んでも終わらなかった。


ならば、アグニオスが歩む生涯たびじは永遠に乾く喉を癒そうとし続ける数寄道でしかない。

どうせ、一度触れれば向こうからやってくる。


だからほら─────もう、そこにいるじゃないか。





「ごきげんよう」



綺麗な金髪を靡かせ、対照的にツギハギな皮膚を見せ、おぞましく笑う者がいた。


「ご機嫌よう、黄金竜よ。

君に私の居場所を教えた覚えはないがね。」


ただ、悲しいかな。

確かに彼女も宝ではある、が。

いま欲しいと思っている中では、価値が低い。

せいぜい、頭蓋を盃にすればいいだろうな、くらいだった。


だが、黄金竜は気にしない。

常に自分しか見えてないのだから、そんな事情を耳を貸すほど上品ではない。

むしろ、嘲笑うだろう。


また悪役ヴィランが何か言ってるぞ、と。



「偶然なんかじゃないのよォ。」


嗤う。

偶然?冗談じゃない。


には鼻が効くの」


中々手にかけられない、竜族のサンプルだ。

素材として、これほどいいものはない。



「そうか。では丁度いい。今なら互いに万全だろう。」

「言い訳は効かない、というワケだよねェ。」


此処は、敵対した竜族が本気で殺し合う舞台になる。

そして竜族とは、精神がまともではない程、強くなる。

彼らはそれに当てはまる。


ならば彼らが作り出す戦場セカイは────地獄と成るのが必然だろう。




骨格が、皮膚が、体積が、形が、驚異が。

普段の姿とは別格に作り変わる。

竜とは本来、恐ろしい存在である。

人間とは価値観から異なるのだから。

産まれた世界が違う。

育った世界が違う。


本来はそういうものなのだ。



結果いまの彼らの姿はまさに、災厄に他ならなかった。



片や、黄金の鱗に覆われ、三つの首を持つ巨大な黄金竜。

片や、漆黒の鱗に覆われ、黒い焔を噴き出す立ち上がる巨大な竜。


三つの首とは即ち、かつて姉妹を喰らった誇りの象徴。

漆黒の焔とは即ち、尽きぬ欲望に縛られて生きた象徴。


言葉はない、咆哮をあげる。

その瞬間、巨大な竜たちはぶつかりあった。

動くだけで雷と焔を撒き散らす。

余波だけで近くにいる生命が砕け散るかのような衝突は次に進む。



「「■■■■■─────!!!」」


黄金竜の首のひとつが、漆黒焔竜の身体に食らいつき。

漆黒焔竜の爪が、黄金竜の身体を裂く。


血を吹き出し、そしてその血は稲妻になり、焔にもなる。

恐ろしい怪物同士の攻防は、出血すら災厄に成り果てる。

此処はもはや、死の大地。

それが深くなり、そして広がってゆく。


黄金が雷を吐き出した。

漆黒が焔を吐き出した。


ぶつかり合い、大地が揺れる。

余波を撒き散らし、周りが爆発して砂は巻き上がる。


再び二体は衝突する。

噛みつき、踏みつけ、切り裂く。

或いは雷を放ち。

或いは焔を放つ。


早く壊れてしまえばいい、と。

竜として、お互いを壊し合う。


初戦のような、皮肉の応報はない。

言葉なく、攻防する。


傷つき、怯み、だが終わらない。

同じように相手に傷を負わせるから。

最後の命が尽きるまで終わらない。

決着がつくまで壊し合う、化け物同士の鉄則だ。








─────だがそれは、互いがそう思っていればの話だ。



『些か飽きたな。』

『─────!?』


どれだけ化け物の壊し合いが続いたのだろうか。

一瞬すら長いと感じる地獄の精製は、唐突に幕を降ろす。


三つの首の噛みつきを、全て焔の壁で防ぐ。

その頃にはもう、黒い巨大な竜など居なかった。


「中々楽しめはしたとも。それは嘘ではない。

探究心、狂気、独善、力。

ああ、どれを取っても狂っているな。

。」



──────で、それが?



「だが悲しいかな、化け物が化け物たらしめる要素はもう見飽きていたのだ。

事実私がそうなのだから。」


同じ竜だからこそ、癒せはしない。

化け物が化け物たらしめる闘争など、最早彼らには出来て当然でしかない。


なにより─────



「私自身、竜属として産まれたのはよ。」


巨大な黄金竜の前に、翼を広げた黒い鱗の竜人はそう語る。

また喋っている。 口上もいい加減飽きてきた。

黄金竜は稲妻を落とし、アグニオスを狙う。

それを、躱して着地する。


「竜属の分家である私たちは所詮、上位の竜に一言言われてしまえばお終いだ。

そして、王に逆襲するはずの始祖はあのザマだ。

分かるかね?」


黒い竜人は指を鳴らし、三つの首に爆発を起こす。

先の、巨大な竜の姿と変わらない出力で迎え撃つ。


竜人の語りは終わらない。

ああ、確かに強い、驚異的だ。

だが、現在の生態と現状が示す答えとはつまり─────


「────もはや、先など無いのだよ。

とうの昔に袋小路に迷い込んだ、古い遺産でしかない。」


繁栄もなく、滅びもなく。

ただ叶いもしない目標のみ残した、停滞したままの古代人。


こんな悲劇が何処にある?

よくも、こんな種族に産んでくれたものだと。

────かつて、そんな怒りがあったような気もする。

今となっては、そんな熱が湧き上がることさえ無いが。


「悲しいな、君が例えば────人間だったとしたら、宝になっていただろうか。」


交戦は続く。

だがなお、言葉は続く。

地獄はいまもなお加速し、そして天秤は傾き始める。


黄金竜は疲弊し始める。

自己改造による強化は脅威だが同時に、某弱な面が表立つ。

少し首がだるそうに垂れた頃か。

感傷に浸るように、黒い竜人は言う。



「────まぁ、気がするだけだ。」



もしかしたらあったかもしれない宝など、無いも同然だから考えるだけ無駄と判断した。

さあ、そろそろ首を落とそうか。


そう決めた時だった。


此処は地獄だ。

誰が見たってそう言うだろう。

だが────地獄だからと言って、踏み込めないと誰が決めた?








「能書きが喧しいな、喉を潰せりゃ黙るか?」

「足りないよ、全部潰そう。」

『アグニオス・・・!』

「今度は────負けないッ!」



背徳の紅。

赫怒の悪鬼。

流星。


三つの存在が、この地獄に割り込んだ。

同時に武器を振るい、黒い竜人を弾き飛ばす。




「────流石に、騒ぎすぎたか。」


その程度で傷にはならない。

黒い竜人は立ち上がる。

さて困った。

アーキタイプと戦って、消耗したのはアグニオスも同じ。

そこに加えて彼らが来た。

惜しいが、アグニオスは迷わず撤退を選択する。



だが、忘れてはならない。

これは、末路の物語だ。



「──────。」



アーキタイプを締め出すように、アグニオス、イグニス、ブラン、クウガとミーティアを囲うように、結界が作られた。


更に、結界の向こう側に複数人見える。

スノウ、マリア、ヴィノス、ピース。

魔術師たちが、協力して強固な結界を作り上げていた。


「・・・結界の重ねがけ、実に・・・四重か。」


嵌められた。

つまり、アーキタイプはこの展開を作り上げるための布石だった。

逃げ場はない。

数々の困難を切り抜けてみせた、英傑とすら言える面々で、こうして黒い竜人を倒しに来た。



「────そうか。」



黒い竜人は笑う。

久しく感じなかったこれは、そう────戦慄か。

打ち震える。此処まで本気にされたのは生涯数える程だ。


笑みを浮かべ、舞台は次なる戦いの火を鳴らす。



「ついに私も奏でられるのか────!」












「・・・ホントに、愚かですね。」



遠くで見つめる、翼を広げた紫の髪を伸ばした少女。

黒い竜人の末路を見届けるが為に、傍観に徹していた。



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