第7話

 森を抜けると、すぐに公園の管理施設のある場所に辿り着く。その辺りには芝の整えられた広場と大きな花壇、地元の野菜や果物を売っている店やカフェの入った建物もあり、道中には見られなかった人の賑わいがある。この日も、広場で遊んでいる小さな子供を連れた家族や、野外テーブルで休んでいる年輩の人の姿があった。


 時間的には少し早めだったが、僕たちは建物の中にあるカフェで昼食をとることにした。


 学校の教室二つ分くらいのスペースに、四人掛けのテーブル席がゆったりとした距離を置いて並び、窓に面したカウンター席がある。四十代くらいの夫婦、カウンターで一人本を読んでいる男性、それから、アイスクリームを受け取っている小さな男の子と若い女性(たぶん母親だろう)がいた。


 僕たちは窓に近い、明るい場所にある席に向かった。僕はオムライスとアイスコーヒー、彼女はサンドイッチと、レモンが添えられた紅茶を頼んでいた。


 木製の椅子に座ると、彼女が、透明な光が射しこんでくる窓の向こうを見て「いい天気でよかったね」と言った。


「うん。このまま、夜まで晴れていてくれるといいんだけど」と、僕も空を見ながら言った。


 僕たちは今日の夜に、少し歩いた先にある博物館に行く予定だった。そこは天文をメインに扱っている博物館(かつてこのあたりには天文台があり、天文にゆかりのある土地だったらしい)で、展示スペースには、天体写真や星座の解説、望遠鏡などの機器や人工衛星の模型等があった。


 ひと月前にこの『中間の街』に来たときに、僕たちは探検のつもりで、このあたりにある施設をめぐっていたのだが、その時に初めて訪れた。古い建物で、あまり賑わうような施設には見えなかったけれど、中の展示は充実していて、僕たちは意外なほどに興味をひかれた。


 来館者はちらほらとしかいなかったので、僕たちは初めから順番に、ゆっくりと展示を見て回ることが出来た。その帰り際に、ふと彼女が足を止めて、一つの掲示物を見ていた。それは定期的に行われている天体観望のイベントについての告知ポスターだった。


「そんなのもやってるんだ」と僕もそれを見て言った。


「うん。楽しそう」


 彼女はそう言った。その後、またポスターに目をやり、「でも今日はやってない日みたい」と言った。


「今度、予定が合ったら参加しよう」


 僕はそう言って、日程を後から確認できるように、そのポスターをスマートフォンで撮影しておいた。そして、次の予定(つまり今日のことだ)を立てるときには、天体観望のイベントがある日を選ぶようにしていたのだった。



 食事をしながら、僕たちは、ここまで来る道中にもしていた、お互いの生活についての話を続けていた。時折、彼女はスマートフォンを出して、話に関連するいろいろな写真を見せてくれた。


 料理を食べ終えた頃に、彼女がこんなことを言った。


「ねぇ青木君。私達のことって、周りに言っても大丈夫かな」


「どういうこと?」と僕は訊き返した。


「今まで、私たちのことは、周りには隠してたんだけどね。一番仲のいい子には、青木君とやり取りしてるところを見られたりしてて、遠くに付き合っている人がいるんじゃないかって疑われてるの。っていうか、たぶんあれは気づいてる」


 そう言って、スマートフォンの画面を何度かタッチして、数人の女の子が写っている写真を表示した。全員が白地に紺色のラインの入ったジャージを着ている。そして、その右端に写っている、前髪をまっすぐに切りそろえた子を指さして言った。


「この子が、その友達」


「みんな同じ部活の子たち?」


「そう。この前、同じ学年の女子で集まった時に撮ったの」


「へぇ」


 僕はその写真にしばらくの間目をやっていた。引っ越し先の街で出来た彼女の友達を見るのは、このときが初めてだった。


 知らない女の子たちに囲まれている沢元の姿を見て、当たり前のことなのだけれど、彼女が日々生活している世界が確かに存在するんだなと思った。それまで想像していた彼女の人間関係に関する光景が、その写真に上書きされて、急に霞んでいくような感じがした。


 たぶん、僕が写真をじっと見ていたからだろう。「興味ある?」と、彼女が僕に訊ねた。


「うん。沢元さんの今の友達を初めて見るから。こんな感じなんだ、と思って」


 しばらくして、僕は彼女のスマートフォンの画面から視線を外した。彼女はそれをポケットに戻して、「それで、どう? 言ってもいいかな」と言った。


 僕は少し考えてから、首を縦に振った。僕の方に、僕たちの関係を彼女の友達に告げられて困るような事柄は思い当たらなかった。遠く離れた学校で、知らない人達の間で交わされる話に自分が登場することになったとしても、特になんとも思わない。


「沢元さんの人間関係がわからないから何とも言えないけど。こっちとしては、話してもらっても構わないよ」


「じゃあ、そうするね。二学期になったら話すよ」


 そう言って、紅茶を一口飲んだ。カップをソーサーに丁寧な手つきで戻し、それからふと思いついたように、「ねぇ、そういえば青木君の方の写真はないの?」と言った。


 僕は首を振った。


「普段、写真なんて撮らないから。本当に一枚もない」


「まぁ、そうだよね」と、彼女は少しがっかりしたように言った。「男の子ってそういうのしないよね」


「うん。そうかもしれない」


「じゃあ、亜美に頼んでおこうかな。青木君の学校での様子を撮って送ってほしいって」


 どこまで本気なのか、少し冗談めかした感じで彼女は言った。彼女が口に出した名前で、ふと僕は昨日の夕方のことを思い出した。


「ああ、そういえば昨日、湯川さんに会ったよ。部活からの帰り道が一緒になって」


 僕がそう言うと、彼女は「知ってる」と言った。「昨日の夜、『青木君と話したよ』って連絡があったから」


「そうなんだ」


「うん。青木君と話した時はいつもすぐに教えてくれるんだよ」


「確かにそう言ってたな。『監視役』、だっけ」


 昨日湯川自身から聞いたことを思い出しながら言うと、沢元も、「そのつもりみたいだね」と苦笑した。

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