第2話

 目的の駅に着いて、駅舎の外に出る。


 この駅は市街地から少し離れたところにある。あたりには住宅が多く、大きな商業施設は見当たらない。何棟かの小規模のマンションとコンビニ、それと交番があるくらいだった。


 目指している神社はこの駅のすぐそばだ。住宅の並んだ通りを数分歩けば、もう石の鳥居が見えてきた。灯篭に明かりが灯り、人々のざわめきも聞こえてくる。この時間でも、それなりに人は集まっているようだった。


 境内にはドラム缶焚火がいくつか設置されていて、その周りに、厚着をした人がまばらに集まっていた。屋台もいくつか出ており、様々な色のテントが並んでいる。


 僕たちはまずお参りをすることにした。石灯篭に照らされた石畳の道を歩き、拝殿前に出来ていた参拝者の行列に並んだ。


 小銭が賽銭箱に投げ入れられる音、手を叩く音、しばらくの沈黙、というセットが何度か繰り返され、やがて僕たちの順番が来た。


 手袋を外してトートバッグに仕舞い、財布から取り出した小銭を賽銭箱に投げ込んで、二礼二拍手のあとで合掌した。僕の家にも、また僕自身にも信仰している宗教はなく、何かで神頼みをするようなこともなかったけれど、この日は、目を閉じると今抱えているいくつかの不安――受験のこと、そして春になったら遠くへ引っ越していく彼女とのこれからの関係のこと――が、泡のように意識に浮かんできた。僕は、それらの不安の裏返しのような願いを、しばらくの間祈った。


 願い事を心の中で唱えたあとで、手を降ろして目を開ける。隣を見ると、沢元はまだお祈りをしているようだった。すっと背筋を伸ばして、顔の少し前で手を合わせ、目を閉じている。その姿が綺麗だと思って思わず見とれていると、ふいに、彼女がぱちっと目を開けた。視線が合ったとき、少しだけ驚いたような表情をしていたけれど、その後すぐ、照れたような苦笑いを浮かべた。


 最後に二人そろって一礼をしたあと、僕たちは拝殿の前から退き、後ろの人に場所を開けた。


 その後、屋台が並んでいる区画に向かった。屋台は焼きそばやチョコバナナ、フライドポテトなど、食べ物の店がほとんどだった。テントのそばで稼働している発電機の低い音が響き、様々な食べ物の雑多な匂いが漂っていた。何か買って食べて行こうかとも思っていたのだが、沢元の様子を見る限り、ピンとくるものはないようだった。


 その区画の先にはお守りの授与所があった。巫女服姿の女性たちの前に、様々な色合いのお守りや縁起物が並べられている。参拝を終えた人々の多くが、そこに立ち寄っているようだった。


 なんとなくその賑わいに目を引かれていると、ふいに沢元が僕の袖を引いてきた。それから、なんだか嬉しそうな顔で言った。


「向こうで、甘酒を振る舞ってるみたいだよ」


 彼女が指さした先には、白いテントがあった。そこで、温かいお茶や甘酒が振る舞われているようだった。


 僕たちはそこまで行って紙コップ入りの甘酒をもらい、近くの焚火にあたりながらそれを飲んだ。身体の内側と外側、それぞれから熱を受け、夜明け前の空気のなかで冷えていた身体が、ほぐれるように温まっていくのを感じた。


 沢元もにこにことした柔らかな表情で甘酒を飲んでいた。そういえば、以前彼女が好きだといっていたレモンティーも甘い味がした。彼女は甘い飲み物が好きなのかもしれない。


 時刻は七時を過ぎて、太陽がその姿を見せ始めていた。空の低い部分を金色に染めながら、その光で地上を照らしている。僕たちがいる場所にも朝日が射していて、地面にはっきりとした影が出来ていた。朝になって、人の姿も増えてきているようだった。拝殿の前には、僕たちが並んだ時よりも長い行列ができ、あたりの雰囲気も少しずつ活気づいてきていた。


「この後、どうしようか」


 甘酒を飲み終えるころに僕が言った。彼女は少し考えたあとで、「よかったら、ちょっと街の方まで歩かない?」と提案した。


「いいよ」と僕は頷いた。今日、いつ頃まで彼女と一緒に過ごすかは決めていなかったけれど、もともと、今日一日くらいは受験勉強を休むつもりだった。


 ここから二十分ほど歩いた先に市街地がある。このあたりでは、最も栄えている地域だ。僕たちの住んでいる街にはない大きな書店や映画館、スポーツ用品専門店があるので、僕も何度も買い物に来たことがある。僕たちの中学でも、休日に少し遠出して遊びに行くというような場合には、だいたいその街に行く。僕たちは神社を出て、そこに向かって歩き出した。


 〇


 街に着くと、まず、寒さから逃れるために商業ビルに入った。自動ドアの付近には門松が置かれ、店内には筝曲そうきょくがかかっていた。


 建物のなかは暖房が効いていて、ずいぶんと暖かかった。まだ朝早い時間だったが、アパレルのテナントにはすでに多くの女性客が来ていた。正月の華やかな売り場をぶらぶらと歩いたあと、営業していたチェーンのカフェに入った。


 僕たちは窓際の二人掛けテーブルに座り、そこでサンドイッチとカフェオレを頼んだ。店内に客の姿はほとんどなく、のんびりとした雰囲気が漂っていた。彼女はポーチのなかに英語の単語帳を持ってきており、僕たちはそれを見ながら、クイズのように英単語の意味を当てあった。


 一時間ほどそうやって過ごし、その後で外に出た。その頃にはすでに日が高くなっていて、気温も少し上がっていた。まだ寒いことは寒いが、よく晴れた空から射す陽光には柔らかな温かさを感じた。

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