第3話 終わりの始まり③

 この世界に来てから4日目の朝、アパートの窓から見える代わり映えの無い風景に全てが夢だったのでは? と自分を疑ってしまう。


 だが、そんな疑いを晴らす様に「サービスです」と玄関ポストへと新聞の朝刊が投げ込まれた。もちろん頼んでもいない。断りようの無いサービスの朝刊に目を通すが、特に気に止める様な記事はなく、元にいた世界の情勢となんら変わらない。ここまで来ると自分がおかしくなったのでは無いかとも思う様になった。そこで自分をよく知る人物として、この世界の桐乃とコンタクトを取ることにした。元の世界では振られたばかりで少し気がひけるが今はそんな事を言っていられない。


 身なりを整え桐乃の住むアパートへと向かう。桐乃の家に近づくにつれて桐乃との6年の思い出が鮮明に蘇って来た。手を繋いで買い出しに行った品揃えの悪いスーパー、特に美味しくもないが近いからという理由でよく通ったお好み焼き屋、店員の態度が横柄な薬局。外から覗き込んだ店内は、どれもここにあって。俺の知っている店や店員ではなくなっていた。複雑な気持ちになりながらも「桐乃は……桐乃だけは変わってくれるなよ」と心で念じながら桐乃の家のインターホンを押した。


「はーい」


 ドア越しに聞こえる桐乃の声に唇を噛み締める。


「俺だけど……剛志」


 ドアを開けて顔を覗かせる桐乃は、パジャマ姿ではあるものの別れたあの日のままだった。


「どうしたの? 中入る?」


「あっ、うん」


 部屋に入るとホワイトムスクの懐かしい香りが鼻をついた。


「相変わらずこの部屋は良い匂いがするな」


「えっ? 何いきなり、いつもの匂いじゃん」


「まあそうなんだけど」


「変なの」


 そう言いクスクスと笑う桐乃を見ていると、最後の会話が別れ話だったとは思えないほどの緊張感のなさに案外すんなりと復縁できるのでは? と邪な思いが脳裏をよぎった。


「なんか飲む? お茶かコーヒーしかないけど」


「じゃあコーヒーで」


「はーい」


 カウンターキッチン越しにコーヒーを淹れる桐乃の姿につい見惚れてしまった。別れる前までは当たり前だと思っていた光景がこんなに輝いていたなんて思いもしなかった。


「なあ、俺たちやり直さない?」


 自然と口をついてしまった自分の一言に俺は、やっちまったと顔を伏せる。


「ん? いいよ」


「え?」


「えっ、って。だから復縁してもいいよって」


「マジで? やったー」


 俺は両手で顔を覆い、満面のニヤケ面を隠していると桐乃が「サービスです」とバケツ一杯のコーヒーを俺の目の前に差し出した。やはり、俺の知っているものはここにあって……。バケツの中で不気味に揺れるコーヒーはいつも以上に黒く感じた。

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