第5話 終わりの始まり⑤

 街の中心部へとやって来た。俺と同じ様に元の世界から迷い込んで来た人物を捜す為だ。そんな人物がいるのかどうかも怪しいところだが、俺だけだと決め付けるのも悪手だと断定したからだ。見晴らしを考えてホテルの高層階にチェックインをした。またもや「サービスです」と500円ポッキリで高級ホテルのスイートルームを抑えて貰ったのは良いが、今回ばかりは多少の罪悪感が残った。初めて需要と供給が折り合った正当なサービスを受けられたからだ。優しさとお節介の境界線は海と川の境を定める定義より難しいのかも知れない。


 高級感のある厚手のカーテンを開けると窓辺から外を眺めた。昼時の賑わいを見せる大通りは行き交う人々で溢れ返っている。不審な動きをしている人物を見逃さない様に目を凝らして見渡す。が、街中で不審な動きをする奴を捜すのが正解なのか? そもそも迷い込んで来た人物が小心者ならこんな中心街には来ないのでは無いか? と途方も無い自問自答を繰り返していると、「おい、コラー!」と廊下で怒号のような女の声が聞こえてきた。恐る恐るドアを少しだけ開けて耳を澄ませる。


「だーかーらー、芳香剤振りすぎなの! 公衆トイレか! 鼻がツンツンして眠れないわ。世の中には加減ってものがあるの。わかる?」


「はい、失礼いたしました」


「もう行っていいよ。あと、そこのドア開けて聞き耳立ててる奴……お前だよ。お前!」


 瞬時に自分の事だと察知した俺はゆっくりと音を立てずにドアを開け、顔だけをチラリと覗かせた。そこには鷹の様に鋭い目付きをしたショートカットの女の子が仁王立ちで待ち構えていた。


「出てこい」


「えっ?」


「良いから出てこい」


「なん……ですか?」


 女の子の威圧的な態度に動揺してつい敬語になってしまった。それも明らかに年下の女の子に。


「3回まわってワンして」


「えっ?」


「だから、3回まわってワン」


「何で? ……ですか?」


「言うこと聞けないの? あー、君もこっち側か」


 鷹の目の女の子はそう言うと眉間にシワを寄せて何かを考え始めた。


「んー……まあいいや、こっち来て」


 急激に態度の変わった女の子に誘われるがまま部屋へと入った。女の子は俺が見ている目の前で「服まで芳香剤臭い」と悪態をつきながら無造作に服を脱ぎ捨て着替え始めた。


「えっ? ちょっと」


「何? もしかして童貞?」


 恥ずかしさともどかしさでパニックになった俺の脳内は、「こんな時どんな顔をすれば良いかわからないの?」「笑えば良いと思うよ」と自問自答のベストアンサーを導き出した。


「えへへへへへ」


「きもちわる、あっち向いといて」


 めでたくパラレルワールド初のあだ名がエロ坊主となった瞬間だった。

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Tender world 恋するメンチカツ @tamame

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