火花は目にも止まらぬ速さで散る 4
裏海の海に太陽が沈み、夜が訪れる。
裏海の山奥には開けた場所があり、そこに
だからこの池までは山道が整備されており、誰でも簡単にたどり着くことが出来る。
その所為かいつからかこの池に身を投げる者が増え続け、いまでは池の周りを柵が一周し、人はその池に立ち入ることは出来ない。
だから死者への供え物は、総じて柵の前にみんな置いていく。
花や食べ物が供えられ、その中のひとつ、缶ジュースを一本の腕が掴む。
「オイオイ、罰当たりなヤローだな」
「罰なんかより食い物を粗末にする方が悪いぜ。こうしているうちにもアフリカで食料を待っている子たちがいるんだ。だから俺は飲む!」
生きている人間、ふたりの男の内のひとり、体格のいい方が、供え物の缶ジュースを一気に煽り飲み干す。
「そーいやさっき連絡あってさ、ショーちゃん。焼け死んだって」
「あ? なに、つーことは死んだのか? あー……どーすっかなー、アイツが請け負ってたのロリコン共だろ? 俺ロリコンの奴らにアレルギーなんだよね」
「俺もだよ」
夜に山を登るものなどまずいない。だがこのふたりはこうして池の前で仲良く談笑しながら、供え物に手を付けている。
そんなふたり同様に、もうひとり、この山を登っているものがいた。
「ん? おい誰か来てないか?」
「ああ? 管理人とかじゃねーの?」
ガタイのいい方が飲み干した缶をその場に放り捨て、次の新しい缶ジュースを開け、一口飲む。
闇夜に目を凝らし、向かってくる人影の正体を見る。月明かりに照らされたのは、男だった。それもこのふたりより年下の、髪を半分金髪に染めているのか、金と黒の二色の髪が月光の元に露わになる。その手にはまるで赤ん坊を抱きかかえるように花束が収まっている。
「なんだガキじゃねーか。つーかアイツ花持ってないか?」
「つーことはあの女の知り合いか。ちょうどいい、あの女がこれから稼ぐ予定だった金、アイツにでも請求すっか」
ハハハとガタイのいい方が笑いながら提案する。
「オイオイいじめんなよー」などと冗談交じりに言いながら、ふたりは男が近づいてくるのを待ち構えている。
そしてふたりの目にもハッキリその姿が見えるほどに、瀧上空は近づいた。
「よお兄ちゃん。こんな夜更けにお参りかい? お優しいねぇ、まだ高校生だろ」
「兄ちゃんもあの女の知り合いか何かか?」
空は質問には答えず「ああ」とだけ返すとふたりの横を通り過ぎ、柵の前に持ってきた花を置く。
供え物の前にしゃがんで、身動きひとつせずに静かに池を眺める空の肩に、ガタイのいい方が手を置く。
「なあ兄ちゃん、実は俺たち、ちょーっと困ったことがあってさ。いやそんなに大したことじゃないんだが」
空はゆっくり振り返ると、ガタイのいい方の男を見る。そして次にもうひとりの男に視線を向けた。
ガタイのいい方は空が醸しだす、異様さに少しだけおののき、いつの間にか肩から手を放していた。その感覚から、ふたりの男は、もしかして幽霊ではないかと思い始める。そしてこの恐怖を払うかのように、声を荒げた。
「な、なんだよ」
空はその反応に、このふたりが何を考えているのか察する。そして表情は変えずに、心の中で笑みを浮かべる。
「さっき……優しいと言ったな。僕をお前らと一緒にしないで欲しい。この花だって、神前に供えたものだ。これから僕がする非礼を詫びるためにな」
そう言うと空は供え物の缶ジュースに手を伸ばした。どれにするか決めるとすぐにフタを開け、立ち上がると柵にもたれかかり、ふたりに見せつけるように一口飲んだ。
ニヤリと笑う空を見て、ふたりは安心した。このガキは幽霊なんかじゃない。俺たちの同類なのだ、と。
「なんだよお前、ビビらせやがって」
そう言いガタイのいい方が持っていたジュースをカラにして放り捨て、空と同様にまた新しいのを開けようとしゃがみ込んで供え物を物色する。
「お前はどんなネタ握ってたんだ? 俺のネタは特上でな。そのネタをちらつかせればあの女すぐに従順になってよ。顔もスタイルも良くてかなりもうけさせて貰ったぜ」
そう親しげに軽快に話しながら、どれにしようか迷う横で、空が動いた。
「ッオイ!テメェ!」
もうひとりの男が空が何をするか気づくが、遅かった。
すでに空の手は傾けられ、缶ジュースの中身がチョロチョロとガタイのいい方の頭に零れている。ガタイのいい方は何が起こったかすぐに理解した。だが怒りのあまりすぐには動かなかった。静かに怒りを蓄えている。
「臭かったよ彼女。アンタらと一緒で」
空は手を止めることなく、男の頭に液体をぶっかけ続ける。
「クセェオッサンの臭いがプンプン染みついてた。すぐにわかったよ。連日連夜ヤってないとここまで臭くならないって」
空は続ける。男の髪からポタポタと雫がしたたり落ち、液体がかけ終わったことを告げていた。だがまだだと言わんばかりに、空はあき缶をガタイのいい方の男に叩きつけ、追い打ちをかける。
「だからデートしてる最中も、ずっとテメーらとその客の顔がどんなもんか想像しちまってよ。全然楽しめなかったじゃねーか。おかげでイライラをちょっと彼女にぶつけちまった」
ガタイのいい方は立ち上がり、ポケットに手を突っ込んだ。中から取り出されたのは、ナイフ。そのナイフの柄には血が付着しており、そのナイフで何人も刺したことが容易に想像できる。
「ぶっ殺す!」
その言葉と共に男のナイフは空の腹部へと向かう。だがすんでのところで空はかわし、男の目の前から消えた。
素早い動きで一瞬で目の前から消えられ、男は空を見失って「どこだ!」と探しだす。だがすぐにトンと馴れ馴れしく、男の肩に空はヒジを置いて現れた。
「おっっっそ。じいさんなら今の間に10本は面を入れてたな」
すぐにナイフを振るが、またも空はかわす。
見ていたもうひとりの男が助太刀に入ろうとしたその瞬間、男の服の肩が突如燃え上がり、男は慌てて上着を脱ぎ捨てた。
「あの野郎ライター持ってやがるぞ!」
「すばしっこいネズミが、どこ行きやがった!」
男ふたりが空を探すが、すぐに見つける。空は隠れることなく、細い木の後ろでまるで壁越しに覗き込むように顔を出し、その反対は半分以上体が出ている。
「おちょくりやがって!」
ふたりが空に向かって走り出すと、まるで誘い込むかのように空は池の周りの、森の中へと入っていき、男たちも森の中へと進む。
ふたりの男は二手に分かれ、暗い夜の森をスマホのライトで照らして、空を探していた。
ガタイのいい方は、鳥の鳴き声や、自分が踏んだ枝の音に驚きつつも森の中を進んでいく。
ライトで照らしていくと、人影を見つけた。すぐさまナイフを構えて駆け寄るが、それは空ではなかく、ただの首つり死体だった。
「紛らわしいんだよクソ!」
そう叫んで踵を返したと同時に、森の中からもうひとりの男の悲鳴が聞こえた。
「おいどうしたァ!」
急いでライトで森の中を照らし、声の方向へと駆けていく。
「っんな!?」
そこでガタイのいい方が目にしたのは、もうひとりの男が口から血を吐いている光景だった。
正確に言えば、男の腹部にシカの角が突き刺さり、勢いそのまま角は男を貫通し、木に突き刺さっている。すなわち男は木とシカのパンに挟まれてサンドイッチになっていた。
そして突き刺さった角を必死に抜こうともがいているシカの背に、空がうつ伏せで寝転がっている。
「なあ、お前知ってるか。罪ってのはな、いずれ自分に返ってくるんだぜ」
現実離れした光景に、ガタイのいい方は声も出せずに、ただ見ていた。
「コイツ小学生のころ、ネコとか子イヌとか、小動物をカッターナイフで切り刻んで楽しんでたんだ。ちなみにこれは俺がやったわけじゃない。お前と一緒で悲鳴を聞いてきたらもう刺さってたよ。ホラ? 僕の言ったとおりだ。罪が返ってきた」
空はゴロンと寝返りを打って、シカの背から落ちると地面へと着地した。そして「流石にかわいそうだ」と言うと、手刀でシカの角を根元から折った。
自由になったシカはそのまま逃げだし、森の中へと消えていった。
男は見た。シカの角の断面を。断面は失敗した割りばしのように、ささくれだってはいなかった。普通ならそうなると誰もが思うが、そうではなかった。角の断面は、まるでチェーンソーで切られたかのように綺麗だった。
その空の手刀が、男の方へと向く。
その時、木漏れ日の如く、月光が空の顔を照らした。そして男は思い出した。その顔には、見覚えがあることを。
「テメェは確か、ユースギャング“ハリウッド”の!瀧上!」
「元をつけろよ、ハリウッドに。まあ僕は、お前たちを最近知ったんだけどね。僕たちがいなくなったからって、好き放題やっちゃって」
男は一歩下がった、そしてチラリと背後を見ると、その先に先ほどまでいた池があることに気づいた。走って抜ければ、停めてある車に乗って逃げられると踏んだ。裏海にのさばっていたギャングチーム。ハリウッドのメンバーに会うのは初めてだが、うわさで聞く限り、イカれた連中が勢ぞろいしていることを男は耳にしていた。そしていま、その片鱗を垣間見ている。
だから男は逃げ出した。一目散に池を目指して。もう先ほどまでの怒りなんてどうでもよかった。元ハリウッドの奴らに関わりあうなど死んでもごめんだった。
だが逃げ出したその矢先。男の右足に激痛が走り、その拍子に転んでしまった。右足を見ると、深々と大きなトラバサミに噛みつかれていた。
「ほら、罪が返ってきた」
空はゆっくりと男に近づく。
「うーんでもなぁ、これだとなんだか罪と釣り合ってないような気がしないか? やっぱり手心を加えて正解だったな」
そう言うと空は、這いつくばって逃げようとする男に覆いかぶさると、勢いよく男のパンツをズリ下ろした。
「なにする気だテメェ!」
男は空に襲われると思ったが、空はもうすでに男から離れていた。
「期待してるとこ申し訳ないけど、僕はもう何もしない」
その言葉と共に、別の音が男の耳に入った。地面に顔を近づけているからか、大きな足音がこちらへと近づいてきているのがわかった。
「さっきお前にかけたの、ジュースじゃないんだよねー。知り合いに作り方しってる奴がいてな。そーいや最近連絡取れねーな。アイツのことだから変なバイトに首突っ込んで死んでそう」
「な、なにをかけたんだよォ!?」
恐怖のあまり、男の声が震える。その恐怖を和らげるように、空は優しく答えた。
「メスのフェロモンたっぷりのラブジュース。いやそれだと語弊を生むな」
そして男のすぐ真後ろで、足音が止まった。空はすでに安全に考慮してかなり距離を取っている。
男は見たくなかった。だが見ずにはいられなかった。なにせそれは大きく、無理やり視界に入って来る。黒い、大きなケモノ。
「僕、オスメスの区別つかないけど。まあこのクマたぶんオスだろ」
そして黒い大きなケモノは、男に覆いかぶさった。
「ヤメロォォォォォォォ!!」
数分後、いまだにクマは息を荒げ、時折鳴き声を上げていた。
下敷きになっている男はショックのあまり気を失い、上から押されるたびに体が圧迫され、ウッウッと口から音と共に胃の中のものが漏れる。
男の周りに敷き詰められた葉っぱには、血がしみ込んで赤い水たまりが広がっていっている。
そんな光景を、空は近くにあった腰掛けるのに最適な大きさの石に座り、頬杖をついて眺めていた。
「あーあ、汚ったね。クマさんのお子さんがクソまみれになってら」
ハハハと笑うが、それはから笑いである。それに気づいた空は深いため息をつくと、「飽きた」と言うと立ち上がって、猫背になりかけた背中を押して伸ばす。
木とシカの角でサンドイッチになった男。クマのムスコと山でサンドイッチになった男。双方を一瞥すると、何か感想を言おうとしたが、特に思いつかなかったのでその場をあとにした。
「クマさーん、そんなにいそしんでるとメスに嫌われるぜー。クマのメスにも腐ってる文化があるなら別だが」
とりあえずクマには別れを告げ、森を抜けた先の池を目指す。
だが、不意に空の足が止まった。
その視線の先は、雨生ヶ池。
森の中からでもその池に、水の波紋が見えた。連続して続いており、波紋の規模からしてそれは明らかに魚より大きな何か。
小さい頃からいつも家の庭でコイを見ていたからか、空にはわかった。
それは陸に近づいていることを。
「いるな……何か」
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