天罰執行 19

『生体反応低下。心肺停止状態。自動CPR起動』

意識を失い、身体機能が停止した上葉にスーツから心肺蘇生が施される。数回の胸骨圧迫、呼吸補助、電気ショックにより、上葉の意識が回復する。

「ッ――!」

全身に痛みを感じながらも、体を起き上がらせようとした。

「グアア、クッソ痛って!」

全身の痛みとは比にならないほどの痛みを右腕に感じ、叫ぶ。右腕を見ると仮面のモニターに、現在の右腕の状態が事細かに表示される。

「要は骨折ね。わかりづらいわ」

骨折などいつ以来かと上葉は思い返す。幼少期、確か山で母と叔父叔母達と遊び、もとい遊びと呼ぶには過激すぎることばかりだったが、とにかく橋の上から谷に落ちて骨を折ったのが最後の記憶である。

人より頑丈に出来てるとはいえ痛覚はある。自分は万能に近いと思っていたが、それは今まで環境のレベルが低かっただけであり、錯覚だと思い知らされる。

『右腕の固定完了。モルヒネを投与。応急処置完了。右腕の戦線復帰まで約三時間』

スーツから麻酔が右腕に投与されたらしく痛みを感じなくなる。それどころか右腕の感覚がなくなる。

ここで三時間も過ごすとは思えない。現状上葉は右腕なしで何とかしなければならない。

だがそんな余裕など上葉には無かった。

石造りのデスクの山に、細かな瓦礫が音を立てて落ちてきた。見上げるとビルの四階から黒いオニがこちらを見下ろしている。

視線が衝突したと同時に飛び降り、土ぼこりを上げながら着地した。そしてゆっくりと土ぼこりの中から現れる。

上葉は散乱しているデスクを支えにしながら立ち上がる。そして動く左腕で相手を指さす。

「オイ正臣さんよぉ。いますぐ腕どっちか折れ。俺とアンタは対等、そこにハンデはねぇだろクソ」

上葉の言葉に一言も返すことなく、土蜘蛛のスカイパニッシャーは上葉に向かって距離を詰める。

「まあそうだよな。だったら俺がテメェの腕を複雑に粉砕してやるよ!」

圧倒的不利な状況にも関わらず、上葉は突っ込んだ。その行動にAIが苦言を呈し、上葉と小声で話す。

『回避推奨。作戦パターンの変更を提唱します』

「ダメだ、ビルから離れすぎてる。いいからさっき言ったとおりにやれ」

上葉は使いものにならなくなった右腕の位置を固定し、体の前面に構えた。相手の攻撃にひるむことなくタックルを繰り出し、そのままビルの壁にぶつける。

「いまだ抑えろ!」

抑え込みながら上葉は叫んだ。自身の後方に向かって。

だが何も起こらない。

背面にあるハズのアームクローユニットはうんともすんとも動かない。

正確には、上葉の視界の真横で六本足の機械が、まるで生き物のようにこちらへと歩いてきていた。

そして上葉は先ほどの、意識を失う前の出来事を思い返す。

「そういや、外してたな」

有無を言わさず土蜘蛛のスカイパニッシャーは蹴りを腹部に繰り出し、剃刀狐のスカイパニッシャーが瓦礫の山に打ち付けられる。

すぐさま上葉は立て直し、相手を見据える。

六本のアームクローは土蜘蛛のスカイパニッシャーから発せられた信号を受信し、その背面に飛びつき格納される。

そしてまるで花が開いたかのように六本のアームクローが展開される。

二本だけだった腕が八本に増加し、足二本を加え十本、土蜘蛛が完成した。

「……やっぱり、取ったか」

上葉がそう声を漏らす。そして土蜘蛛が一歩、上葉へと歩を進める。威圧するようにゆっくりと歩く。が、二歩目が出てこない。

なぜなら土蜘蛛のスカイパニッシャーは背面の自らの足に引っ張られ、身動きが取れなくなっている。

その背後、ビルの壁には六本のアームクローが深々と突き刺さり、動きを押さえつけている。引き剥がそうと掴みかかるがアームクローは器用に土蜘蛛のスカイパニッシャー本体を動かし、躱す。

「やっぱ取っちまうよなぁ。元々は自分のなんだから」

いつの間にか上葉は距離を詰め、自分の腕にもてあそばれる土蜘蛛の目の前に、剃刀狐が立っている。

「どうやら、アンタがスカイパニッシャーになっちまった時点で対等ではなく、俺の方が上。らしいぜ」



さきほど上葉が建物内部で、武装関連の説明を受けていた時。

「じゃあ、いま付いてるこの六本腕も、向こうにくっつけられるよな?」

上葉は背面を指さし、この武装を相手に対してこちら側から装着に関する捜査が出来るか問う。

『可能です』

だが、相手のスーツにくっつけてしまったらこちらの命令は聞かなくなってしまい、自由に動かせる訳ではない。

『可能です』

そう問いかけると、思っていたのとは違う答えが返ってきたので、上葉は困惑した。

「いやでも、仮に出来たとしても一瞬だろ? 正臣さんにくっつけちゃうんだからさ、そしたら命令の上書き的なことされちゃうでしょ?」

『不可能です』

AIは答えた。ハッキリと、命令の上書きは不可能だと。

『最高権限は製作者である天宝院続曹ではなく、使用者である青木上葉にあります』

そしてAIは告げる。上葉が思いがけなかった答えを。

なぜならそれは、

『すべてのスカイパニッシャーシリーズは、青木上葉のためだけに作られました。貴方よりも上位の権限を持つ個体は、すべての世界において存在しません』



スカイパニッシャーシリーズに対して、世界中の誰もが上葉より上の権限を持っていない。

いったいなぜあのネクストコープの社長は、最高権限を上葉に与えたのかわからない。そんなことは考えても埒があかない。あの社長が何を考えているのかなどは、本人に直接聞くしかない。

それよりも今はこの好機を逃すわけにはいかない。

「誰だってそうしちゃうでしょ。俺だってそうしたさ。まあ疑り深い奴はしないと思うけどな」

眼前の上葉に気づき、右腕が振り下ろされる。だがアームクローの挙動によって、上葉が避けなくとも攻撃が外れる。

「偉いぞー六本足。そのまま抑えてろよ」

もがきながらも土蜘蛛のスカイパニッシャーは計算し、軌道を読む。そして今度は当てに来た。

だが上葉はそれを交わし、相手の懐に潜り込む。

そして左腕のカミソリ型のブレードを、ひび割れた胸部装甲に突き刺す。

懐にいるのならば、土蜘蛛のスカイパニッシャーの攻撃は当たりやすくなる。だがまたも上葉はそれを交わし、同時に左腕を捻ってブレードを折る。

次の攻撃を後ろに倒れ込むような形で上葉は避ける。左腕を軸に全体重をかけ、両足を折りたたんだ。

そしてバネの如く両足の蹴りを放つ。ひび割れた胸部装甲に突き刺さったブレードが更に押し込まれ、深々と突き刺さる。

その一撃によって胸部装甲は完全に砕け散り、決壊したダムのように黒い水が噴出した。

『――!』

声にもならないような音が鳴り響き、土蜘蛛のスカイパニッシャーが苦しむかのように、苦痛を払いのけるかのように腕を振る。

次の瞬間、漏電したのか目に見えるほどの電流が走り、黒い煙が全身から噴き出す。

力なくガックリとうなだれ、全身が重力によって引っ張られる形になる。

「止まった……?」

終始正臣は声を発さなかった。安否を確認したいところだが、それよりもまず言われた通りに蛇口を閉める方が先決だと上葉は考えた。

慎重に上葉は近づき、背面の首を覗き込む。ちょうど頭が前に下がっているおかげで、装甲の隙間に隠された差込口のようなものを見つける。

これか、と思い上葉は左腕に収納された水の入った容器を取り出す。これをセットすれば終わる。

そう安堵した瞬間、左腕が止まった。

容器を取り出そうと上げた左腕が、壁に打ち付けられる。一瞬の出来事だったが、その左腕を見て、原因が視界に入る。

アームクローの一本が、左手首を突き刺している。

そして今度は首に衝撃が伝わった。

土蜘蛛のスカイパニッシャーの腕が、ガッチリと上葉の首を掴んでいる。

『再起動完了。修復不可能なエラーを確認。チェックチェックチェチェチェチェチェククククク――』

壊れた機械の音声が鳴り響き、機械音が獣の如く唸りを上げた。

まるで黒い水が意思を持っているかのように胸部装甲に留まり、破損部位を塞ぐ。

上葉の右腕は折れて使えず、左腕は抑えられている。体も宙に浮き、地面が蹴れずにキックの威力が落ちる。

「さっきの電気でイカれたか!」

まるで上葉を黙らせるかのように、首を掴んだまま地面へと叩きつける。

地面に触れれたことで何とか相手をひるませる程度の蹴りが繰り出せた。だが土蜘蛛のスカイパニッシャーの攻撃は止まらない。

六本のアームクローの命令がリセットされ、再び土蜘蛛の意のままに操れるようになる。二本の腕と六本のアームクロー、計八本の腕が降り注ぐ雨のように、上葉をタコ殴りにする。

おかげで左腕が自由になったが、一本の腕ではその猛攻を塞ぎきれず、全身の装甲がひび割れる。衝撃が装甲越しに上葉にも伝わり、仮面の中で黒い血が口から零れた。

そしてフィニッシュブローによって上葉の体は吹き飛び、広場の中心に置かれた石像にぶつけられる。

上葉はうつ伏せの姿勢から左腕で起き上がろうとするが、うまく力が出せずにブルブルと体が震える。

仮面の口が開き、吐き出されて溜まった黒い血が排出され、石畳を黒く塗る。

そして上葉は立ち上がることなく、地面へと倒れた。




地上では突如として現れた少女エゾと、続曹が争っていた。

宙に浮かぶ番傘に座りながら、右手で人形を糸で操るような手つきで瓦礫を浮かばせ、続曹を襲う。

対して続曹は四肢に簡易装甲を身に纏い、装甲からの噴射によって空を駆け、エゾの攻撃を躱す。

そして空を飛ぶ手段を持たない剣は、瓦礫に腰掛けながら頬杖をついて、その光景を見ていた。

「あんなに揺らしてちぎれないのかね二人とも。というかもしかしなくてもお互いにノーブラ?」

その言葉が聞こえたのかどうか定かではないが、兎にも角にも剣に目掛けて大きな瓦礫の塊が飛ぶ。

だが難なく剣は赤い腕でそれを弾き飛ばした。

「聞こえてたね。絶対聞いてたね。おねーさんたちぃ!ノーブラァ!?」

わざと聞こえるように大声で剣は叫ぶが、どちらからも返事は返ってこない。

暇すぎて変な行動に走っていることに気づいた剣は、おとなしく手頃な倒れた壁を見つけ、横になってテレビを見る昭和のお父さんのように行く末を見ている。


「まったく、君の恨みを買った覚えはないのだけどねエンツォ」

空中を舞いながら続曹はエゾに話しかける。その言葉に「恨み?」とエゾは首を傾げる。そして相手の思考パターンを知り、フフフと馬鹿にしたような笑いを漏らす。

「恨みなんて持ってないとも。ただ単にイラつくから。ストレスはストレスの原因でストレス発散しないと、他の人に迷惑がかかってしまうだろう?」

ここでストレスを発散しなければ、無関係の人間に対して鬱憤を晴らすかのような物言いをするエゾ。どこか別の場所で力を振るうと言うのならば、ここで止めておくのが一番だと続曹は判断した。

「いいとも。そのストレス解消に付き合おう」

笑みで返す続曹に、エゾは露骨に不機嫌そうな表情を見せる。

「……だからストレスが溜まるのよ」


「ちょっとこれ、どうなってるの?」

不意に剣は背後から声を掛けられ、振り返るとそこには地上に戻ってきた紫苑が立っていた。

「おかえりー。天使見れた?」

のんきに話す剣に一瞬紫苑は返事しそうになるが「あ!」と気づき、剣から顔を背けてチッと舌打をする。

「ひっでーヒステリック女。まあ自業自得なんですけどね」

紫苑は何か言おうとしたがやめ、二人は黙って争いの行く末を見守ろうとしたが、その終止符は即座にうたれた。

突如としてエゾが操る瓦礫がどこへとともなく消えた。ついでに剣が寝転がっていた瓦礫も消え、変な声を上げながら地面へと落下した。

「――ったく。瓦礫でお手玉するとは、お行儀が悪いじゃないか」

その言葉にエゾと続曹は手を止め、続曹は地上へと降り立つ。

声の主であるエイボンは、続曹と並び立ち、宙に浮かぶエゾを見据える。

「あら、職務放棄? 守り人がこんな所で役目を果たさずに、甥っ子を見捨てるなんて、なかなかやるじゃないか」

冷たい笑みを浮かべながら、エゾはエイボンを挑発する。

だがその言葉に怒りは覚えない。なにせエゾは勘違いをしているのだから。

エイボンはフッと鼻で笑うと、天を指さした。指し示すは月ではなく、宇宙の星々。

「……上葉は、やるぜ。愛する女のために本気を出す。じきに爆発が起こる」

愛する女と聞いて、剣は地面に寝転びながらヒューヒューとはやし立てる。それに黙って紫苑は剣の股の間を踏みつける。

「爆発が起こる。ビックバンが。それこそまさに、反逆の爆発だ。“黒き海”で高みの見物決め込んでる“異説の神々”に対する、爆発のテロリズム!」

エイボンは叫んだ。

このビックバンは、星が生まれる合図。爆発にかき消されないように、大声を上げる。爆発よりも大きい、人の声を。ソラであぐらをかく奴らに聞こえるように。

「起こせよビックバン!上葉ァ!己の運命さだめも!死にゆく未来も!神に隷属する雑魚の日常も!ぜんぶ吹き飛ばしちまえ!さあ、反撃の時は来たぞ!“青き海の守り人”よ!!」

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