天罰執行 17
小さい頃から、自分のやりたいことがよくわからなかった。
将来の夢は? と聞かれれば、相手の顔色を伺いながらまったく興味なさそうな職業を言う。そうすれば大抵の大人は、俺への興味が失せる。
最低限の大多数の人間の真似をしていれば、面倒ごとは起こらなかった。
だがある人に言われた「君は本気になったことがないんだね」と。その人は俺の本質を見ていた。その言葉は俺に深く突き刺さった。
俺は恐怖を感じた。より一層自問自答が増え、自分が他人と違うことが悟られないように、みんなの真似をして生きてきた。
でも今はわかる。
俺の本気も、やりたいことも。
まず再び会う。そして殴る、もしくは蹴る。満足するまで。そしてやるべきことを済ませる。黒い水を止めたら、連れて帰る。
それこそ俺がいま信じる、正しさ。
暗く、一寸先すら見えない闇の中。
足元に並ぶ非常用の蛍光灯の群れは、階段を照らすという職務を放棄している。
しかしこの二人は暗闇の中を足元を照らさずに、平然と階段を下りて行っている。
黒い金属に身を包んだ若者は狐の鬼面を上げ、上葉の素顔を晒す。いぶかしげに辺りをうかがい、そしてまた仮面を下げる。
仮面を被っていれば自動で暗視状態になり、こんなに暗くてもハッキリと周りを把握でき、平然と歩ける。
だが前を行く和装の男には、暗闇を補助するものは何もつけていない。エイボンには見えていないハズなのだが、そんな上葉の疑問などお構いなしに平然と降りている。
この暗闇がどう見えてるのか聞こうかと思ったが、やめた。またよく分からない説明を受け、エイボンもそれを察して曖昧に終わらせるのだろう。
だが、聞いておきたいことがある。
「ねぇ叔父さん。結局、スカイパニッシャーって何?」
「うん? スカイパニッシャー……ねぇ」
エイボンと上葉は足を止めず、進みながら話す。
「――大昔、まだ神が座す高度が、もっと低かった時代」
出だしから何時代なのかよくわからない説明をされ、思わずハイ? と上葉は声を漏らした。「なあなあでいいんだよ」とその部分については詳しく説明せず、エイボンは続けた。
「ある時神々の争いが起こり、そしていつしか終わった。一部の神々は星を去り、残った神々は力を使い果たし、人間と大差なくなってしまった。だから人間たちは自分たちで物事を決めなきゃいけなくなった」
「この話長くない?」
「短いとは言っていない。でもまあ人間みたいな雑魚風情がそんな大層なこと出来るわけもなく、あーでもねー、こーでもねーで困ったらすぐ暴力よ」
アハハハハ、と笑いながらエイボンは話しているが、上葉には笑うポイントがわからないため、とりあえず黙って聞いておくことにした。
「そんな時にある女性が現れた。彼女は瞬く間に争いの火種となる、自分と相反する考えを持つ連中を、片っ端から殴り殺し始めた」
「え、結局暴力?」
「そうだ。最初は人間たちも頑張ってやり返そうとしていたが、如何せん強すぎた。そして人間は恐怖を思い出した。神に付き従う根源の感情を。そして悟った、彼女こそが天に代わり、我々に罰を下す存在なのだと」
「じゃあ、そのバイオレンス女が」
「そう、彼女こそ最初のスカイパニッシャー。って言われる人。天罰を代行する者。ガンセットの乙女。だがまあ恐らくは、カウンタープログラムの一種だろうな。だから神の使いってわけじゃない」
「かうんたーぷろぐらむぅ?」
エイボンの口から飛び出てくる謎の単語に、頭がもげるほど首を傾げたくなるが、どうやらそれを聞く時間はもうないようだ。
「ま、それについては今度だな」
話しているうちに二人は階段の果てにたどり着いた。正確には、大量の黒い水が行く手を遮っている。
「ところで叔父さん、どうやってこの黒い水を止める?」
忘れるところだったが、肝心なことをまだ上葉は教えてもらっていなかった。勢い任せでそのまま黒い水に入るところだった。
「忘れてないぜ。ホレ」
そう言い、エイボンは透明な容器を渡した。珍しく袖の下から取り出したそれには、透明な液体が入っている。恐らくは、ただの水。
「上葉、正臣がお前さんらの血をどこに入れたか見てたな」
「うん、首の後ろに」
「それを同じようにセットしろ。そうすれば疑似宇宙と化しているシナプスにある、ドリームワールドを連結線として作られている仮想ゲートが……」
エイボンは言葉を止めた。なぜなら今はもう話していないのに、上葉が高速で首を縦に振っているからだ。
「……まあ、その水で蛇口が閉まるってことだ」
「わかった!」
力強く頷くと、スーツの腕部の装甲が開いた、どうやらそこに収納できるようだ。賢いスーツだなと思いながら、上葉は水の入った容器をそこに収める。
「じゃあ、いってらっ、っしゃい!」
ダン!と普通は背中を叩いた時には鳴らない音が響き渡り、上葉は黒い水の中に落とされた。急いで階段を掴み上がり、顔を水面から出す。
「スゲェ音で何するん!?」
「戻んな。はやく行け」
「行くよ!? 行くけど俺のタイミングでね!」
「んなもん待っててくれるわけ」
エイボンが指をさす、その方向は上葉には向いていない。その先を見ると、黒い水の塊が、まるで手が肩を掴むようにあった。そう思った矢先、背後から次々と黒い水で出来た腕が上葉を掴み、黒い水の中に引きずり込もうとしている。
「うおおおおおおおお!?」
更に水面下でも誰かに掴まれているかのような感覚に襲われ、何十本もの腕が上葉に掴みかかっている。
抵抗むなしく、上葉は黒い水の中に沈んでいった。
それを見届けたエイボンは立ち上がり、さて、と上へ戻ろうと踵を返す。
振り返って一歩階段を上がったその時、ポチャン、と背後で水に何かが落ちる音がした。
「…………」
エイボンにはちゃんと聞こえていた。だが振り返らず、そのまま反対の足を踏み出した。音の正体を確かめようともせずに、上へ上へと戻っていく。
「……過保護だなお前さんは。家族ってのは、もっと互いを信じるもんだと、俺は思うけどな」
黒い水に沈んだ上葉は、いつしか引っ張られるような感覚から、激流に流されているような感覚に変わっていることに気づいた。だが黒い水の中はまるで深海。先は見えず、本能的に腕で顔を守り、目をつむる。
いつ終わるのかと思ったその時、終わった。
足元には床がある。だが水の中の感覚ではない。不思議に思いながら目を開けると、眼前に広がっていたのは研究所ではなかった。
「は……? 外?」
眼前には街並みが広がっている。それも見覚えがある風景。ここは間違いなく、裏海の駅前にある広場。円形のロータリーに囲まれた紛れもないその場所だが、違和感を感じる。それは街路樹から受けたもの。確かめるべく近づき、樹に触れるが、今はスーツでわからないことに気づく。脱いだら危なそうな気がしたので、そのまま樹をコンコンとノックした。そして、樹の感触と違うことに気づく。
辺りを見回し、確認する。やはり周りの建物も、地面も、広場に置かれたベンチも、すべて同じことに気づく。
「石だ……。この街、彫刻みたいに全部石で出来てる」
街からは人の気配は感じられず、それどころか鳥などの生き物すら見当たらない。更に空を見上げれば黒い天に星はなく、雲もなく、月も見当たらない。真っ暗闇だというのに明るく感じる。スーツも暗視状態になっておらず、明るいとスーツのシステムも認識していることがわかる。実に不気味な感覚。真っ暗闇なのに、見える。
「つーか、正臣さんどこよ」
恐らくここにいるはずなのだが、見当たらない。とりあえず周囲を散策しようと後ろを振り向いた。だが再び、上葉は目を疑った。
眼前には自分が知る駅前同様に、車道が伸びている。その横に歩道、そして街並み。それは一緒だったが、問題は車道の先にある。
結論から延べれば道がない。まるで崩れ落ちたかのように、ある一定のラインから町が消えている。車道の端まで行ってみると、やはり錯覚などではなく街が、いや世界が消えている。まるで分断されたかのように、広場とその周辺が孤島と化している。
「これ……どうやって帰ればいいんだ」
そう不安がよぎったその時、背後から足音が聞こえた。
上葉は一瞬にして体を捻って後ろへと飛び、足音から距離を取る。そして目の前には上葉が思った通りの人物が立っていた。
「居てよかった。来る場所間違えたのかと思ったよ」
そこに立っていたのは、土蜘蛛のスカイパニッシャー。その中には、蜂須賀正臣。
スカイパニッシャーのスーツを着ているので上葉だとわからないのは当然か、黙って上葉を見続けている。
だが不意に、相手のスーツから機械音声が鳴り響いた。
『チェック完了。同型機、限定領域活動特化型、スカイパニッシャー:TYPE・剃刀狐:KAMISORI GITSUNEと判定。装着者、名称不明。検索……完了。該当者なし。外部ネットワークにアクセス。類似情報を発見。適合率50%。一致情報から脅威と認定。敵性体反応と前提認識。戦闘パターン構築、並行で計算完了。現在の勝率、96%。排除可能領域と認定。排除行動を開始します』
およそ人間には聞き取れない速度で、声が響いた。
だが上葉にはちゃんと聞こえていた。一部分だけだが『排除行動を開始する』と。
「来るか!」
上葉は腕を交差させ、勢いよく振り払った。それこそが武装への合図。振り払う動作と共に、スーツの両腕から巨大なカミソリが飛び出た。
そして機械のような唸りを上げながら、黒いオニのスカイパニッシャーが突っ込んでくる。それを迎え撃つために、黒い狐のスカイパニッシャーは刃を構える。
そして両者が激突した。
「ああ、こんの……! クッソ強ぇなぁ!」
飛ばされた上葉は、建物の壁へと打ち付けられた。スーツに守られてダメージはないが、今の攻防で右腕のブレードが折れてしまった。すぐさま折れたブレードが射出され、替えの刃が飛び出す。仮面のモニターには武装の残数が表示されている。右側は残り一枚、左は二枚、つまりは両方合わせて今は全部で五枚。
やみくもに正面から戦えば負ける。上葉の攻撃はまるで機械のような動きですべて防がれ、そして的確なカウンターを食らった。それだけで、今までの正臣とは段違いなのだと上葉は悟った。
『周囲に互換性のある武装を確認』
不意に耳元で声が響き、上葉はビクッと体を震わせた。それは上葉のスーツからのものだった。
「俺のもしゃべるのか」
先ほど声は互換性のある武装と言ったが、と思い足元を見ると、すぐそこに正臣のスーツに付いているハズの六本のアームクローユニットがあった。先ほどの研究所地下での出来事を思い出し、確かに出入り口を塞いでいた後、これがどうなったのかはわからない。恐らく流れ着いたのだろう。
そしてここにあるということは、いま相手のスーツにはアームクローが付いていない。背後は狙いやすくなっている。
「拾われたら面倒だ! 拾っとけ!」
スーツから信号が発信され、それを受信したアームクローユニットが再び動き出し、上葉の背面に飛びつくとそのまま背中に収まった。
一先ずこれで相手に奪われない、それでも勝機に近づいたかどうかはわからない。
だが悩む上葉などお構いなしに、黒いオニは迫って来ている。
上葉は駆け出し、相手とは反対方向に向かって逃げ出した。それがいま思いつく最善の一手。まずは恐怖しなければ。
「タイム! 作戦タァイム!」
一方地上では、エイボンが階段を上り終わり、外へと戻ってきていた。
「おかえり。上葉くんは、どうだい? いまどこにいる」
藪から棒の続曹からの問いに、エイボンは目を細めて遠くを見つめる。その視線を、続曹も目で追う。しかしその焦点は、どこにも定まっていないように見える
「……索敵範囲ギリギリってとこだな。仮想領域が石を材料に受肉し、現実のものとなった。まあ、見事に騙されたな。あんなへんぴな場所に、正臣が求めるものはない」
「ああ、入れ知恵されたようだ。それも嘘の」
そこで二人の会話は途切れ、エイボンはどこからともなく煙管を取り出し咥える。なんとも言えない雰囲気に、地上に残った紫苑と剣は何も言えず、それどころか二人が何を話しているのかわからずに、ただ黙って聞いている。
エイボンは煙をひと吐きしただけで、どこへとともなく煙管をしまった。そして続曹に向き直る。
「これも、お前さんの計画に入っているのか?」
計画。まるで今起こっている出来事の黒幕は、続曹だと言わんばかりにエイボンは問う。
「語弊のある言い方だ。ピュアな若者が私に対して敵意を持ったらどう責任を取るんだい?」
「もう数人持ってるじゃねぇか」
はぐらかすような言い方にいつもならエイボンは笑って返すが、今回ばかりは違った。なにせ今回は、事が事で、笑って済ませるには、大きすぎる。
「そろそろ答えな続曹。十数年も昔から、いったい何が目的なのかを」
続曹は首を横に振る。その問いかけは、正しくないものであると主張する。目的などは持たない。野望も希望も宿望も。ただ道に沿って歩くだけ。
「何が目的か……。いいや、違う。私は知っているだけだ。少し先の未来を、これから何が起こるかを」
そして続曹は高き天を指刺す。刺し示すは夜空の覇者である月を。三日月はまるで歯をむき出しであざ笑う。ギグルーフェイスは見下すかのように、クスクスと笑っている。
「海と陸は繋がった。起はすでに終わっっている。ならば次は承が来る。現代神話の第二幕が開演したのだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます