天罰執行 14

未然科学研究所。

ネクストコープが所有する研究所のひとつ。三ヵ月前の事故の爪痕をわずかに残しながら、ほとんどの瓦礫が撤去されている。

取り扱っているものがものなので爆発事故で世間は納得している。

未然科学とは即ち、化学で証明出来ていないものを化学で証明する。簡単に言ってしまえばオカルト科学である。

そんな胡散臭い謎の研究など、誰もが有名企業が変なことしてるくらいにしか考えていない。

だがここに、紫苑が居た。そしてこの謎に包まれたガラスの破片も。

「きっと他にも、もっと何かが居た」

幸いにも入り口の門は壊れており、そのままバイクで更地寸前の道とも言えない道を進んでいく。

隔たる壁は何もなく、すぐに上葉は目当ての二人を見つける。

「遅かったな上葉。にしても二股とは隅に置けないねぇ」

「ちげーし。……ここから見てたの?」

上葉の問いかけにエイボンはウィンクで返し、指で目を見開かせてその宇宙のような瞳を見せつける。

「ここから上葉の家なんぞ、俺にとっては目と鼻の先だ」

「ああ、エイボンさんがバッチリ実況してくれてたぜ」

瓦礫に腰掛け、赤い手で頬杖を突きながらニヤニヤと笑う剣の前を通り、エイボンは目的の場所へと上葉を案内する。更地の中に残された壁とも言えない瓦礫。その瓦礫の間には地下へと続く階段が残されていた。

「この先だ。あちらさんはずっと降りて行った奥で待ち構えている」

「紫苑は?」

「ちゃんといる。無傷だ。それと、目が覚めてギャーギャーあちらさんに怒鳴っているよ。元気なのはいいことですて」

それを聞き上葉は安堵した。だが油断してはいけない。人質の紫苑の安全が確保が最優先である。その為にはどんな犠牲も払うつもりでいる。

上葉はポケットの上から布に包んだガラスの破片に触れた。そしてエイボンが上葉のポケットに視線を向けた。

「見えない……ということはあるな、そこに本物が」

「見えないって、ガラスの破片が?」

上葉の漏らした疑問にエイボンが頷く。

「ああ、何も見えない。肉眼では見えるんだろうが、あんまり直接見るのはオススメできねぇシロモノだ」

上葉は先ほど見た、ガラスの破片に映っていた自分の姿を思い出す。初めて見たハズなのに、初めてとは思えない存在。このガラスの破片は、特別だ。

「それってやっぱり、アイツに渡しちゃうのってだいぶリスキーってことですか?」

エイボンの後ろから剣が顔を覗かせる。これをスカイパニッシャーが欲する理由を、エイボンは知っているかのように頷く。

「ああ。だがいずれにしろ避けられない。起こることは起こる。捻じ曲げることは出来ても消し去ることほど難しいものはない」

上葉の目を見つめながらエイボンは告げる。それはエイボンからの忠告。込められた真意はわからないが、用心しろと言うことだろう。

「じゃあ。取り返してくる」

「おう」

上葉は真っ黒な階段を降りていく。この先でスカイパニッシャーが待ち構えている。人質の紫苑と共に。引っかかるのは、スカイパニッシャーの言葉。上葉でなければいけないということを言われたが、人質解放だけでは恐らく済まない。

必ず何かが起こる。それは避けられないことなのだろう。




『放せ! これをどけろ! くたばれ! アホボケカス! 死ね! 三回ちんちんしてワンと遠吠えしろ!』

「だから効かねぇって言ってるでしょ。あと何最後の。箱入り娘が定番を知るとき伝言ゲームフィルターにでもかけるのか? もうシュレッダーレベルだけどな」

研究所の地下にある部屋のひとつ。乱雑に放置された機材を端に避け、確保された真ん中のスペースに玄河紫苑とスカイパニッシャーがいた。

紫苑は分離された六本腕のアームクローユニットに、画鋲で壁に張り付けられるかのように拘束されている。

ジタバタと暴れる紫苑にスカイパニッシャーは背を向け、黙々と慣れた手つきで機材を選びセッティングしている。

「クソがぁ!聞こえてんなら効くハズなのにぃ!」

「だーかーら、会話が成立してるのは音声を自動で文字に起こしてるからって言ってるでしょ。耳から入れなきゃいいんだから対策なんざ容易い」

暴れ叫ぶ紫苑とそれを放置するスカイパニッシャー。短いながら永劫に続くかのように思われる時間は、終わりを告げる時が来てしまえば案外あっけないものだと思える。そうスカイパニッシャーは感じ取った。その証拠にスカイパニッシャーの手が止まる。

紫苑もそれに気づき暴れるのをやめる。

壊れた部屋の入り口の向こうには闇が広がっている。その暗闇の中から足音が段々と大きく響いてくる。

そしてその足音の主が現れた。

「よぉ、このお嬢ちゃんが騒ぎまくるからスゲェ長く感じたよ。話で聞いてたよりこの娘だいぶ口が悪いんですけど」

スカイパニッシャーが黒いオニの仮面を向けたその先に、上葉が立っていた。

「俺のせいじゃねぇ。引き籠ってたせいで俗世にまみれて言葉遣いが悪化した。俺もですね、やっぱ最初のおしとやかな感じが素晴らしいと」

「うるせぇ!いいから早くこれを外せ!そんでコイツをぶっ飛ばす!一緒に殴ろう、共同作業だ!」

二人の会話をを遮るような形で紫苑が叫んだ。

上葉は落ち着けと紫苑を手で制す。確かにエイボンの言っていた通り、紫苑には何もしていないようだ。だが壁に磔にされている。ケガをしていなくとも彼女に危害を加えたのなら、問答無用でギルティ。だがまだその時ではないと、上葉はどこから来るのかわからないこの激情を抑える。

まだ確かめなければならないことがある。

「紫苑を返してもらう前に、ひとつ聞いてもいいですか」

上葉のその言葉にスカイパニッシャーは違和感を覚えた。だがその正体はすぐにわかった。いま目の前にいる上葉に、敬語で話しかけられた。スカイパニッシャーはクククと笑い声を漏らす。

どうやらもう正体はバレている。

「よくわかったな」

「名乗らないだけで、隠す気なんてなかったでしょ」

ならばもう隠す必要はないと、スカイパニッシャーは仮面に手をかける。

「いったいアナタは、何が目的なんですか……政臣さん」

黒いオニの仮面を脱ぎ去り、スカイパニッシャーはその仮面に隠されていた素顔を露わにした。

スカイパニッシャーの中身である、蜂須賀政臣のその顔は、いままで上葉に見せたことのない表情をしている。仄暗い闇に染まったその怨念。

「わかってんだろ上葉。復讐だよ。それこそ俺の正義の根幹だ」




子どもの時であったことは覚えているが、いつかというのは曖昧すぎて思い出そうとすることでさえ億劫に感じる。

それでも忘れられない、心に残る出来事がある。

それは幼い上葉が時子の家に遊びいった時の思い出。

あの頃から夏だというのに肌寒く、四季は崩壊していた。だから家の中で遊ぶのが定番だった。休日の日に上葉と時子、そして時子の兄である、蜂須賀和真ハチスガ カズマと一緒に遊んでいた。

「ねえこのクソゲーやめてさー。別のことしようよ」

「このテストプレイしてないって感じの当たり判定が面白いんだよ。あ、バグった」

リビングの床に上葉と時子がゴロゴロと寝転がり、時子がテレビゲームで遊んでいるのを上葉はただ見て楽しんでいる。そして二人の後ろのソファーでは和真がその様子を笑いながら見ていた。

「じゃあ映画でも見るか。確か父さんがまた新しい映画買ってたぞ」

そう和真が提案しソファーから立ち上がると、ちょうどリビングのドアが開き、正臣が眠そうにあくびをしながら入ってきた。

「父さん、みんなで映画見ようと思うんだけどさ。オススメのとかある?」

正臣はボリボリと頭をかきながら夜勤明けの脳みそを動かし、マイコレクションの中からみんなで見るには何がいいかと思考を巡らせる。

「お、そういやアレがあったな。取ってくる」

そう言って部屋から取ってきた映画は、日本の映画館では公開されなかったアクション系作品。それもR-15指定の過激な描写が多い作品である。

「父さんこれ15禁じゃん。小学生に見せちゃダメだろ」

和真が苦言を呈するが、正臣は意味ありげにニヤリと笑い、有無を言わさず映画を再生し始めた。

「だからいいんじゃないか。R指定、子供は見ちゃダメ。子供にもわかりやすいと思うよ」

「? なにが」

「ダメってことが」

正臣はテレビの近くに居座る時子と上葉を後ろに引きずり、ポップコーンをレンジで温め始めた。これこそ家族で映画を見るのが好きな蜂須賀家では、よくある光景であった。

「お前たちはR指定ってどんなことか知っているか?」

人数分のコップにジュースを注ぎながら、正臣は上葉と時子に問いかける。時子は元気にハイハイと手を上げ。

「はい時子くん」

「R指定された作品は子どもには悪影響。それを見せるお父さんも悪影響」

時子の答えにハッハッハッと爆笑し、正臣は思わずジュースを少しだけ零してしまう。雑巾で拭きながら正臣は話を続ける。

「そうだ。年齢以下の人間には見せちゃいけない。でも15歳は見ていいのに14歳は見ちゃダメって線引きは、不思議に思わないか?」

「俺たちまだ8才だよ。大人の階段登らせたいならPG-12から始めるべきだって」

上葉がそう答えると、そういう問題じゃないでしょ、と和真が上葉の賢い頭をワシャワシャとかき乱す。

そして代わりに和真がその疑問に答える。

「ようはさ、お父さんが言いたいのはその年齢になってなくても、常識が備わっている子なら映画のマネしないってこと?」

その和真の代弁に、正臣は惜しいと首を横に振りながら、子供たちの前にジュースを乗せたトレイを置いた。

「そうじゃない。悪いことでもどんなものが悪いとされているか、知らなきゃ意味がない」

つまり正臣が言いたいことは、15歳未満は見てはいけないという意味ではなく、15歳未満が見てしまうと子供に悪影響を及ぼす内容が出てくると言いたいのである。その悪影響がどんなものを指しているのか、具体的に知らなければならないと。

「何が悪いか理論立てて説明なんかしたって子供にはわからん。ただ15禁なら映画の中身が全部悪いってわかるだろ? 悪を学んで真似しないようにしましょう」

「でもこの映画の主人公はさ、悪の組織にいるけど裏切って戦ってるじゃん。正義のヒーローってことは俺でもわかるよ。全員悪人の映画じゃないよ」

上葉が画面を指さしながら、自分が理解した映画の内容を伝えた。そこでちょうど雑魚敵の頭が飛び清掃車の中でミンチになり、オエーっと上葉と時子が舌を出す。

「そうそう、そうだな。それがわかってんなら大丈夫だ。まあ15歳になってからこの映画見れば、何が正義か悪かなんてわかるもんだ」


「――ほう? では40にもなって15禁の映画を見せるのが悪いってこともかもわからん大人には、制裁が必要だな」


突如として室内に響いた声に、正臣はぎこちなく振り返る。そこには買い物袋をひっさげた主婦が立っていた。

「お母さんおかえりー」

「ただいまみんな。あ、和真これ冷蔵庫にしまっといて、あと野菜も切っといて。いまから教育に悪い大人を絞めないとだから」

「かあちゃんカンベン!」

逃げようとする正臣の服の襟を鬼と化した楓が掴む。そして子供たちは壊されないようにいそいそとジュースの入ったコップなどを避難させた。

イヤー!と救いを求めて手を伸ばす正臣に、楓はツームストンパイルドライバーを決める。

「またプロレスごっこしてるー」

時子の何気ない一言に和真が噴き出すと同時に、電子レンジがポップコーンが出来上がったことを告げる。

「そうそう上葉くん。今日お母さん遅くなるみたいだから、またうちで食べていってね。今日はカレーだよん」

ポップコーンをレンジから取り出すと、楓から告げられた献立に、上葉と時子はやったぜと拳をぶつけ合う。

二人はそのままソファに腰掛け、ポップコーンを頬張りながら夫婦のプロレスを観賞し始める。

蜂須賀家での何気ないよくある日常のひとコマ。




いまならわかる。

あの日正臣はいったい何が言いたかったのか。

どういったものが悪かなんて、どうだってよかったのだ。

あの映画での悪の組織は、救いたい人々のために、救いたくない人々から搾取していた。救われた人々から見れば正義の組織でもある。そして正義の主人公は悪。

誰が正義だ悪だ言われようと、視点が変われば正義と悪など簡単に逆転してしまう。

すべての本質が正義でもあり、悪でもある。

そんな単純なことが、いつまでたってもわからない連中がいる。

殺された息子のために復讐を果たさんとする正臣は、上葉から見ればどちらでもない。正義と悪、両方の見方が出来る。

いや違う。

スカイパニッシャーは紫苑を人質に取った。

例え0.1パーセントでも彼女に危害を加える可能性があるならば、目の前にいる男は悪だ。

その復讐が正義と言うならば、それを邪魔しようとするこちらの正義は、悪となる。永遠と続く終わらない水掛け論。だからこそケジメをつけなければ。

俺こそが正義。だからお前は悪であると。


「――アンタの正義は、偽りだ」

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