天罰執行 12

突如として現れた黒いオニは腕を組み、街灯にもたれかかる。まるでこれから何が起ころうとも、余裕のよっちゃんだと言わんばかりに。

「なんだアイツは」

上葉はそう疑問を口にしたが、どこかで違和感を覚える。あの黒いオニをどこかで見たような、どこかで会ったような、そんな感覚に襲われるが、ハッキリとはわからない。

「あちらさんはスカイパニッシャーだ」

疑問へのエイボンの答えに、律義にあいさつでもしているつもりなのか、バカにしたようにスカイパニッシャーはヒラヒラと手を振る。

スカイパニッシャー、確か剣がその名を口にしていた。全身武装しているその姿は十分人目につくと思うが、時子の口からその名は出ていない。こんなナリをしていても、目立たない術でも身に着けているのだろうか。

隙だらけに見えるが、異様な雰囲気をスカイパニッシャーは放っている。

「まあ俺としては名前なんざどうでもいいんだがな。それと無駄話をするつもりはない。単刀直入にいくぜ」

スカイパニッシャーはそういうと両の腕を休憩所の方に向け、両方の手で指を指す。その矛先は上葉と紫苑に向けられたものであった。

「そこの真っ黒くろすけ二人組、置いていけ」

その言葉に反応し、上葉はゆっくりと自身の右手を口に近づけて待機させる。いつでも黒い水で自分の拳を強化できるように。

理由はなんであれスカイパニッシャーは上葉と紫苑の二人のことを知っている。紫苑だけでなくなぜ上葉も入っているかは上葉にはわからなかった。だがしかし、ひとつだけ決まったことがある。

この黒いオニは、敵だ。

狙いが上葉だけならまだ余情の余地はあったが、紫苑を狙うと言うならば、テメェの泣き叫ぶ声が途切れるまでぶっ殺す。

近づこうと一歩踏み出す寸前で上葉はエイボンに止められた。

まだ待て、と腕で行く手を遮られる。

「お前さん、入れ知恵されただろ。だが続曹を裏切ってメリットはあるのか?」

その問いかけにスカイパニッシャーは笑い声で返す。

「わかってねぇなぁ俺という存在が、アンタとは旧知の仲だってのに。俺がいま求めるのは結果だけだ。プロセスでのメリットデメリットでお釣りがこようが借金にまみれようが、もうどうでもいい」

小さく機械音が鳴り響き、スカイパニッシャーの両腕の腹の装甲が輸送機のハッチの様に開く。

飛び道具でも出してくるかと上葉と剣は身構えるが何も飛び出してこない。

ただジャラジャラと大当たりしたパチンコ台のように、パチンコ玉が湯水の如く腕から溢れて地面へと滝のように降り注ぐ。

「アレなにこれぇ! パチカス御用達機能付き?」

その光景を見て驚きの声を上げたのは他でもない。スカイパニッシャー張本人であった。

は? と剣は声を漏らすが、お構いなしにスカイパニッシャーはOSを呼び出すとブツブツと話し始める。

「ヘイガイド、カスタマーサポートセンターに繋いでくれ、ああクレーマーになるとも、とびきり悪質のな。なにせ俺はパチカスじゃあねぇ。募金で騙す派です」

スーツの使い方を調べているようにはとても見えないが、相手が目の前にいない電話でも、動き回る日本人のようにせわしなく身振り手振りが多い。

だが同時に違和感を覚える。

ではスカイパニッシャーの足元に散らばるパチンコ玉はいったい何なのか。街灯の明かりの外へと転がって行ってしまったパチンコ玉が気になり、上葉は目を凝らす。

そしてキラリと光を反射したのを目印に、パチンコ玉をひとつ見つけた瞬間、目を見張った。

ひとつだけではない。先ほど腕から溢れたパチンコ玉が綺麗に均一に、並んでいる。

まるでこちらに狙いを定めているかのように。

「――このスーツ、土蜘蛛がモデルらしいぜ。だから子蜘蛛だ。弾丸のな」

スカイパニッシャーの言葉を皮切りに、意思を持つかのようにパチンコ玉が何もない地面から発射された。

「攻撃はもう数秒前に始まっている」

先ほどのスカイパニッシャーの行動は、演技。特に理由もない面白そうだからやってみた一芝居。

「クソ大根じゃねぇか」

弾丸の群れの半分は上葉に向かって飛んできている。

一瞬にして上葉は動いた。避けるためではなく、庇うために。

先ほどスカイパニッシャーが指を指した時に、すでに狙いは定められていた。

もう半分の弾丸は、紫苑に向かって飛んでいる。

紫苑の前には誰も立っていない。壁がいない。

だからこそ上葉は壁にならなければならない。一粒たりとも彼女に当ててはならない。そこに理由はなく、本能が壁になれと告げている。

「青春だねぇ。叔父さんは若いの大好きだぜ。まあ棺桶に片足突っ込んでるじいさんまで若いと思っちまうけどな」

ポンと上葉の肩に手が置かれる。それはエイボンのものであり、慌てて道に飛び出す子どもを抑えるかのように置かれている。

「――はなッ!」

放せと叫ぼうとした瞬間、上葉の目の前を弾丸が通り過ぎていった。

スローモーションのように景色がゆっくりと動く中、上葉はその弾丸を目で追っていく。

それもひとつだけではない。次から次へと目の前を通り過ぎていく。

間に合わない、と歯を食いしばったその瞬間、どこへとともなく弾丸が消えていった。

スローな世界から戻った上葉はわけがわからず、辺りを見回し弾丸を探す。

その光景を見ていたスカイパニッシャーはパンパンと手を叩きながら、腹を抱えて大笑いしている。

「ギャハハハハハ!イーハッハッハッハ!反則過ぎんだろテメェ!ぶっ殺すぞ!」

上葉が見るとその笑いと怒りが混じった感情の矛先は、エイボンに向けられている。

エイボンが静かに右手の人差し指を天に向かって指す。

そして一瞬にしてどこからともなく、先ほどまで肉を穿つために飛び回っていたハズの弾丸の群れが、その人差し指の上にまるでマジックかのように積み上げられ、揺れることなく綺麗に塔として現れた。

「攻撃ってのはな、ちゃんと当たるものを言うんだと、確かお前に言ったよな。ん?あ、いや、それ違う奴だったわ」

ハッハッハと苦笑するエイボンの余裕に、スカイパニッシャーが叫ぶ。

「認知症野郎が!ベンジャミン・バトンかテメェは!」

向けられた右腕から、今度はミニサイズのミサイルが発射された。

だがそれもエイボンが右手をかざした瞬間どこかへと消えた。そしてその次の瞬間には、バラバラに解体された小さなミサイルの部品が、音を立てながら地面に散らばる。

エイボンの手のひらには先ほどの弾丸ひとつとシルヴァニアミサイルの芯が乗っている。

「続曹の作品じゃねぇな。お前さんお手製か。鍛冶屋の腕は鈍ってないみたいだな」

相手の武器の分析を始めるほどの余裕ぶりを見せるが、それで終わる。それ以上はなにもない。

その様子を見ていたスカイパニッシャーは確信する。

「クックック、なるほどな。まさか本当に、俺を敵として見ていないなんてな」

上葉はその言葉で思い出した。昔小さいころに家族について聞いていた時、なぜみんな歳を取らないのか質問したことがある。その答えが上葉の家族は、上葉の母親とエイボンの兄弟姉妹が不老なのは、“守リ人”だからだと。

守り人は文字通り守る者。その契約を結んだものが守る対象を誤って手にかけることがないように、縛られている。

手が出せないということはその中にはスカイパニッシャーも含まれているということ。正確にはその黒いオニの中身が。

「敵の区別をする係は俺じゃないもんでな、いまみたいに不自由なことが多い。でもデコピンくらいは出来るぜ。まあ黒き石で作られたその鎧には効かんがな」

エイボンは「面倒なことで」とお手上げのポーズ。

エイボンは手が出せない。圧倒的な力で相手を翻弄しているが、手が出せないとなればエイボンに残されているのは防戦のみ。

だから見守るしかない、若い芽を。

「オンラァ!」

剣の雄叫びが轟いた。赤い拳が黒いオニに殴りかかる。そして同時にその横でも黒い拳が繰り出されていた。

その両者の一撃を、スカイパニッシャーは防ぐ。

同時に動いた二人の新芽は、お互いに顔を見合わせた。なんせまるで共闘しているかのようなこの構図は、二人は予想していなかった。

「うっわすっげぇ露骨に嫌そうな顔してる!」

「お前はいらん。その赤い腕だけもぎ取って貸せ」



「いいねぇ、3Pか。どっちが前で後ろかちゃんと決めてね♡ もちろん車の座席の話だよ!」

余裕の口ぶりでスカイパニッシャーは両者の体を拳ごとはじき返す。

二人は衝撃を後ろに逃がし、よろけて隙を見せることなく距離を取った。

「あれ、意外と強い」

「余裕かましてたのか、アホ」

「青木くん青木くん、それって語尾バカ? とっても変アホ」

あぁん!? と敵そっちのけでにらみ合う馬鹿と阿呆の隙を、スカイパニッシャーは見逃さない。

両腕の手のひらを開くと、引き絞られた武装から衝撃波が放たれて二人を襲う。

だがそれを二人は躱し、その証拠と言わんばかりに公園の地面のタイルが破壊される。

「おいバカ。初等教育で国語の時間にバカって言う方がバカって習わなかったのか?」

「うるせぇアホ。それを習うのは算数の時間だアホ」

「どっちもバカでアホだよ!」

二人の終わらない言い合いに、スカイパニッシャーが口を挟む。

今度はスカイパニッシャーの顎部≪がくぶ≫の装甲が開くと、口から銃口が現れ、周りの歯がカートリッジにセットされる。

「そして相対性理論で、俺はとってもジーニアス」

口から放たれた歯の弾丸は、集中的に剣を狙っている。その隙に上葉はスカイパニッシャーに飛び掛かるが、まるで後ろにも目が付いているかのように片腕だけで攻撃を捌かれる。

剣は歯の弾丸から身を守るために、物陰に飛び込んだ。

「俺だけ集中攻撃かよ!」

物陰に隠れても弾丸は止まらない。永久歯も抜けきり終わるほど歯を撃っているのにスカイパニッシャーは攻撃の手を緩めない。

「当たり前だ この中で凡人はお前だけだからな」

「なるほど、バレてるってことね」

凡人、普通の人間、スカイパニッシャーは剣のことも調べ済みのようだ。なにせ剣はつい三ヵ月前まで普通の腕だったのである。この中では一番経験不足であることは、弱点になってしまっている。

そんなことは剣自身が百も承知の事実。先ほど上葉と戦った時は本気の一撃で倒されたというのに、スカイパニッシャーは上葉の猛攻を軽くいなしている。

力量とはこれほど目に見えてわかってしまうものなのか。

「知ってるぜ剣、なにせ俺はお前の親父と知り合いだったからなぁ?」

「父さんとだと……?」

スカイパニッシャーの歯銃が止まる。口から煙を吐き出しながら銃口を冷却させ次の攻撃に備える。

顔が空き、ぐるりと上葉の方を向く。そして一瞬にして懐に潜り込むとみぞおちを蹴り飛ばした。依然としてスカイパニッシャーの優勢が続く。

「俺はあの日あそこに居なかったがな、お前の親父の死に様はバッチリ監視カメラに写ってたぜ? 見たんだろお前も」

スカイパニッシャーは肩を震わせる。笑いを堪えるつもりなど毛頭ないというのに、まるで申し訳なさそうにしながら、笑いを刻んでいく。

「ククク、ざまぁねぇよなぁ? せっかくお前が自らを犠牲に、親父を突き飛ばして瓦礫の崩落から助けたってのに、ハッハァ、その後あっけなく研究所から逃げ出した“神速”に!殺されちまったんだからなぁ!ギャハハハハハ!!」

剣が立ち上がった。物陰から上半身が飛び出し、隙だらけな体が晒される。そこをすかさずスカイパニッシャーは威嚇射撃を行う。だが剣は臆することなくゆっくりと出てきた。

「あの時お前の両腕と一緒に瓦礫の下敷きになっていれば、苦しまずに死ねたのになぁ!?」

「挑発に乗るな剣!」

エイボンが叫ぶが、剣の歩みは止まらない。

顔は見えずとも、仮面の奥底でスカイパニッシャーがほくそ笑んでいるのがわかる。今度は正確に剣を狙い定めて撃つ。

数発剣の体に当たり赤い血が流れ落ちるが、血が出たくらいで和道剣の歩みは止まらない。

「ほう? おもしれぇ……」

スカイパニッシャーの眼前に、赤い腕の男が立ちはだかる。

スカイパニッシャーの顔面に頭突きを食らわすが動じず、身じろぎもせず、怒りの顔と見えない顔が相まみえる。

「キスしちまいそうなこの距離だとよく見えるぜ。いいツラするねぇ、赤腕クリムゾンフィスト。だが安いなお前は、もっとお値段張ると思ってたんだけどなぁ?」

額から血を垂れ流しながら、剣は眼前の黒いオニをガン飛ばし、その無駄口には答えない。

「悪いなエイボンさん。キレねぇ理由が思いつけねぇ……!」



戦いを見守っていたエイボンは「腕は赤いのに全然熟してねぇ。ケツが青すぎる」などとボヤきながら、その戦いに違和感を感じていた。

それはスカイパニッシャーの、あのスーツのメインウェポンが一向に使われない。その答えは背部に隠されていた。スカイパニッシャーの背部のデザインが変わっている。否、そこにあるものがない。

「アームクローユニットに遠隔操作を付けたな」

そこにないと言うならば、思い当たる場所は限られている。一番あって欲しくない場所を振り返り見ると、その予想は的中していた。

紫苑の姿がない。

「俺に気づかれないとは高性能だな。だが……」

エイボンには無意味。それを証明するかのように腕を虚空に伸ばす。

だが何も起こらない。

「索敵範囲外、いや隠したな? ようやくお前さんに入れ知恵した輩がわかったぞ。俺を理解わかのは! あの子だけだ!」

だからエイボンは叫んだ。奴のバックについている人間は、こちらを熟知しているのだから。

「悪い上葉! 弱点を突かれた!」

その叫びを聞いた上葉が見ると、そこにいたハズの彼女がいない。辺りを見回しても無意味だと薄々気づいていても、探さずにはいられない。

「紫苑!」

その叫びで剣の注意が逸れたのを、スカイパニッシャーは見逃さない。

片足を下げながら拳を構え、十分な距離、素晴らしい角度、そして下から剣のアゴをぶっ飛ばした。

突き上げられた拳をそのまま天に掲げながら、高らかに笑った。まるで勝利を宣言するかのように。

「アッハハァッ!お姫さぁまゲットォォォォォ!」

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