その後
乾いた金属音が響き、白球が高々と舞い上がった。
歓声があがる。快晴の空に大きな放物線を描いた白球は、そのまま風にのって観客席に落下した。ホームランだ。バッターの少年が一塁ベースを回るところでベンチにガッツボーズをおくった。昼下がりの少年野球。誰にでも訪れるその平穏な時間のなか、グラウンドでは白熱した試合が繰り広げられていた。
悔しそうなピッチャーの少年のもとにキャッチャーが駆け寄る。たがいにグラブで口元を隠しながらなにかを話している。
打たれたボールはストレートだ。私がいるところからコースは見えなかったが、バッターのフォームからしてインハイだろう。2アウト、ランナー2塁。3ボール、1ストライク。右打者の懐にくい込んでくる、クロスファイヤーとよばれる左ピッチャーの内角の直球に力負けしないように強く振り抜いた打球は、逆転2ランとなった。
観客席は沸いていた。熱心な父母たちが大きな応援をおくっている。芝生に寝転んだ私はそのなかでただひとり空を見上げた。
頭上にさんさんと真夏の太陽が輝いていた。あの夏と同じように。
その日はとても暑い日だった。夏の甲子園準決勝。うだるような暑さのなか、私はバッターボックスに立った。9回裏、2アウト、ランナー1、3塁。スコアは3−1。ホームランが出れば逆転サヨナラの場面で4番に打席が回ってきた。その日の私は4打数1安打だったが、最初の打席でソロホームランを放っていた。3ボール、2ストライク。フルカウント。18、44メートルさきにいるピッチャーが渾身のストレートを投げてくる。私はフルスイングで応えた。バットが空を切った。
ゲームセット。
夏の甲子園をベスト4で終えた私のもとに、秋に吉報が飛び込んできた。地元の球団にドラフト3位で指名されたのだ。何年も低迷しているそのチームは長距離バッターを求めていて、私に白羽の矢が立ったのだ。
迷うことなく入団した。
一年目は二軍で過ごした。プロのボールについていけなかったからだ。二年目の最後に一軍に呼ばれた。8点ビハインドの場面。7回、2アウト、ランナー無し。思いっきりいけよ。打撃コーチの言葉通り、初球をフルスイングした。打球は高々と舞い上がった。プロ初打席が初ホームラン。大差負けの試合ながらベンチで手荒い祝福を受けた。その日から一軍で使われるようになった。スタメンに名を連ねる回数も増えた。地元のマスコミも若い大砲に期待していた。
しかし、結果は振るわなかった。プロ十年目のその日、私はユニフォームを脱ぐ決意をした。規定打席は2回。通算ホームラン数は42本。ドラフト3位という順位からすれば物足りない数字だろう。じっさい、よく野次をうけるようにもなっていた。しかし、引退試合のその日、現役最後の打席に立った私に、スタンドは暖かい声援をおくってくれた。やめるなよ。おつかれさま。まだできるぞ。さまざまな声に後押しされ、涙が流れそうになるのをこらえ、バットを構えた。相手チームのベテランピッチャーが甘いコースにストレートを投げ込んでくる。フルスイングした。たしかな手応えの打球はしかし、スタンドに届くまえに失速しセンターのグラブにおさまった。フェンスぎりぎりのセンターフライ。
ゲームセット。
そこで私の意識はブラックアウトした。
無音で真っ黒な世界。僕はヘッドホンを外すと、頭にかぶっていたヘッドマウントディスプレイも外した。ここは量販店の一角のゲーム体験コーナーだ。
「いかがでしたか」そばにいた女性の店員が営業スマイルをうかべて長々と言葉を続けた。「こちらの『VR・引退後のプロ野球選手』はゲーム開始時に入力したドラフト順位、入団チーム、現役時の成績によって、その後の人生が決定します。監督、コーチの指導者コースから、テレビやラジオの解説者コースなど、さまざまなセカンドキャリアを体験することができ・・・・・・」
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