第6話
「…….なんだこりゃ」
SNSに送られてきた動画を見て、八崎シンヤは首を傾げた。まさか生きている間に『女王』である華宮アカネが全裸で犬の物真似をしている姿を観ることになろうとは……しかも、差出人のアカウントはアカネ本人のものである。あのプライドの高いお嬢さまが、たとえ冗談でもこんなことをするとは考えられない。
「と、いうことは誰かに強要されているということか……バカなヤツもいたもんだな」
鼻で嗤ってから、シンヤはスマートフォンをポケットに放り込んでタバコを咥えた。アカネを敵に回すということはこの国の政財界に大きな影響力を持つ華宮の一族を敵に回すということだ。命がいくらあっても足りるものではない。
シンヤ個人としては高飛車で可愛げの欠片もないアカネのことが嫌いだったが、彼の率いる半グレグループが最大の勢力としてこの街に君臨し続けるにはアカネの、いや、警察さえ黙らせる華宮家の存在が不可欠だった。ちなみに『飼い犬』と揶揄する者たちはことごとく暴力で黙らせてきた。
「お、おい! シンヤ! 大変だ!」
アジトのソファに寝そべってタバコをふかしていると、グループの幹部であるマサヤが慌てふためいて部屋に飛び込んできた。
「なんだよ……騒がしいぞ!」
「た、大変なんだよシンヤ……! アカネさんが死んだって!」
「なんだと?」
思わず飛び起きたシンヤの口から溢れたタバコが床に落ちて、フローリングに焦げを作った。
ここ数日、アカネからの連絡が途絶えていることがシンヤも気にはなっていた。そこへこの妙な動画だ。彼女の身に何らかの異変が起きているのは確かだが、だからといって華宮家の意向が伝わってこない状況で無闇に動くこともできずにイラついていたところだ。
「それは確かなのか……? いったい、何があった」
「それが分からないんだよ。二、三日前に学校で事故があってクラス全員死んだって話だけど……どの情報も曖昧でさ……!」
「ふん、上流階級お得意の情報統制ってヤツか……」
シンヤはマサヤから視線をはずして思案した。彼にとって問題はアカネの死因ではない。後ろ盾を失ったことにより、自分とグループが今後どうなるのか……
「潮時、だな」
「え?」
「アカネが死んだならこのグループはもう終わりだ。マサヤ、高飛びの準備を進めろ」
収入源と後ろ盾を失えばグループの弱体化は避けられない。そうなれば常々報復の機会を窺っている敵対グループのいいい餌食になり、シンヤはその辺のドブ川に浮かぶことになるだろう。さらに、今まで抑えつけることができていた警察もここぞとばかりに自分を逮捕しにくるに違いない。『女王』の死によって街を牛耳る『帝王』の座から一気に引き摺り下ろされた屈辱に歯噛みするシンヤのポケットの中で、スマートフォンがメッセージの着信を告げる。
「いや、マサヤ。高飛びの前にやることができた」
「……は?」
再び、アカネのアカウントからのメッセージだった。今度は動画ではなく、画像付きだった。
『こんにちは。飼い主を失った気分はどう?』
というメッセージが添付された画像に写っていたものは、彼らが非合法行為を行うためによく利用していた埠頭の倉庫だった。アカネの親が所有する会社のものだが現在は使用されておらず、専らシンヤたちが非合法な行為を行うための隠れ家として使用しているものだ。
「どこのどいつかは知らねぇが……まずはこの舐めたヤツをブチ殺すのが先だ」
あからさまな挑発に激昂したシンヤは、大人数の移動で目立つのは得策ではないと判断して少数のメンバーを集めて埠頭へと向かった。幹部の中からは敵対組織の罠である可能性を指摘して自制を求める声もあったが、シンヤは拳で黙らせた。今頃はアジトで冷たくなっているかもしれない。
ガランとした冷たい空間でシンヤたちを待っていたのは、意外なことに一人の女子高生だった。しかも、シンヤたちにはその顔に見覚えがある……少し前にアカネに命じられて彼らが輪姦した少女だった。
「やっと来たのね……待ちくたびれたわ」
「誰かと思えばおまえかよ……いったい、何のつもりだ? まだ犯られ足りねぇってのか?」
まさか、と少女は嗤った。
「決まってるでしょ。復讐よ」
十数人もの凶暴な男たちを前にしながら、少女は落ち着き払って言った。自分たちに犯され、泣き喚いていた少女と同一人物だとはとても思えない態度に疑念が浮かぶ。だが、何らかの罠である可能性は考えられない。踏み込む前に周辺をチェックして、誰も潜んでいないことは確認済みだ。
「たった一人で? 笑わせんなよ。だいたい、俺たちがおまえを襲うように仕向けたのはアカネだぜ? 復讐ならそっちにするのが筋ってもんだろう……まぁ、もうこの世にはいねぇみたいだがな」
「知ってる。殺したのは私だから」
アカネと少女が同じクラスだと言っていたことを思い出し、シンヤは訝し気な視線を少女に向けた。だが、アカネが死んでこの少女が生きているという事実が何を示唆するのかなど、いまのシンヤにとってはどうでもいいことだった。どうせ破滅が避けられないのなら、今のうちにやりたいことをやっておくべきだ。例えば……たった一人で喧嘩を売ってきた生意気な女を思う存分いたぶるとか。
「なるほど……それが本当だとしたらおまえのせいで俺はこんな目にあってるってわけだ。だったら、何されても文句は言えねぇな」
クク、と含み笑いを漏らしたシンヤが顔を上げた。舌舐めずりをする野獣の目に揺れるのは、見るものを恐怖に陥れる残酷な嗜虐の光。
「悪いが、今はなにもかもぶっ壊してぇやりたい気分でな……おまえ、今度こそ死ぬまで犯してやるから覚悟しろよ……おい、こいつを取り押さえろ!」
だが、その指示に従ったものは一人もおらず、不審に思って辺りを見回したシンヤは驚愕の呻きを漏らした。
仲間の姿は一人残らず消えていた。
「お、おい! おまえら、どこへ行った!」
「もう死んだ」
シンヤがゆっくりと振り返ると、少女が微笑んでいた。ひどく、愉しそうに。
「てめえ!」
怒号を上げたシンヤだったが、少女に掴みかかることはできなかった。その両腕の肘から先がいきなり消滅したからだ。訳がわからず、シンヤは呆然と赤黒いその断面を眺めるしかなかった。
「あなたなんて、あの世でご主人さまの靴裏でも舐めてるのがお似合いよ」
冷ややかな言葉を投げつけられたシンヤの口から、怒りと絶望の絶叫が迸った。
「アカネさんを殺す前にスマホを奪っておいたのはいい判断だったわね」
ベッドの中でユキの髪を撫でながら、アイナが微笑む。
「はい。あの男たちと連絡を取っていた形跡が必ず残ってると思ったので。あ、スマホは帰る途中で海に投げ棄てて処分しておきました」
アイナの体温と甘やかな香りを満喫しながら、ユキは陶酔した眼差しで顔を上げた。
「そう……それで、次はどうするの?」
「はい、学校の先生たちを。職員室にいるところを襲わせたら一網打尽にできますね」
言いながらユキはクスクスと笑う。彼女からすれば、保身のためにアカネたちの所業から目を背け続けた教師たちもまた、赦すことのできない存在だった。彼らが適切な対応さえ取っていれば、事態はここまで悪化することはなかったかもしれないのだ。
「同じ学校内で二度も事件を起こせば目立つわよ? ただでさえクラス唯一の生残りとして警察から聴取を受けたりしたのでしょ?」
「大丈夫ですよ。あんなの、とても人間に可能な殺し方じゃないですから……そもそも、呪文唱えただけで逮捕されるなんてことはあり得ませんよね」
「そうね」とアイナは頷いた。
「実はもう、私に付き纏ってきている刑事もいるんですけど……大丈夫。邪魔になるようならすぐに片付けます」
「ふふ……頼もしいわね」
褒美をせがむように顔を寄せてきたユキにキスをしてから、アイナはもう一度その細い身体をギュッと抱きしめた。
「あと少し……あと少しで私の復讐も……全て、力を貸してくれたアイナさんのおかげです」
再びアイナの豊かな乳房に顔をうずめたユキは、だから気付くことはなかった。冷めたアイナの瞳に……そしてその中に揺らめく黄色い光に。
そして、その光が何らかの紋章を思わせる不思議な形状をしていたことにも。
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