第263話 きさらの父と説明に
稜真はきさらの父の背に乗り、バインズへ向かっていた。一刻も早く説明に行かねば、そう思っていたのに遅れてしまった。あれだけ続けざまに事が起これば止むを得なかったが、今頃町は騒然としているだろう。
アリアはきさらに乗り、そらを連れて屋敷へ向かっている。どこから報告が行くか分からないので、手分けして説明に行った方がいいだろうと判断したのだ。
──そして、押しかけて来た面々は湖の家に残っていたりする。
勘違いとはいえ、わざわざお祝いに来てくれたのだから、稜真はせめて料理でも振る舞おうかと思っている。期待に満ちた視線、主にシャリウとソルの視線に負けたからでもある。
グスターは石窯に興味津々だった。この神は料理も趣味らしく、幅の広さに驚かされた。何度か稜真と料理を作った瑠璃と、制作者であるシプレとソルが説明をかって出たので、今頃は料理を作っている事だろう。
ティヨルとシャリウは、チプレの子守りだ。稜真が出発した時、チプレは竜体のシャリウを滑り台にして遊んでいた。
残ったシュリは、稜真の料理を食べた事がないので、楽しみでならないそうだ。戻って来るまで昼寝でもしていると言っていた。
ももはチプレの子守りか調理の補助に残して行くつもりだったのだが、どうしても稜真から離れなかった。困惑していると、瑠璃が笑いながら教えてくれた。
「そらもきさらもいないから、自分が主を守ると決めているのですわ。私も、ももがついていてくれると安心ですもの」
「俺、信用ないんだなぁ…」
「そんな事ありませんわ。アリアと違って、主は自分から騒動を起こす事は……その…滅多にありませんもの! でも私は、主が何かに巻き込まれそうで、ちょっぴり心配なのです」
気を使って言う瑠璃に「あはは…」と乾いた笑いが漏れる。やらかしたばかりの身であるので、何も言えない稜真であった。
アリアだけを屋敷に行かせるのは少々不安だったが、妄想から我に返ったアリアは稜真に怯えていたので、余計な事は言わないだろう。──多分。
町のかなり手前で地面に降りる。グリフォンの背から降りようとしたが、きさらの父に止められた。
『リョウマ。お前は背に乗っていた方が良い』
街道は人の行き来も多く、稜真達は注目を浴びていた。人が背に乗っているからか怯えた視線はないが、降りてしまえば稜真は目につきにくいだろう。
きさらの父は、きさらの倍はある大きなグリフォンなのだ。
「その方が良さそうですね」
怯えの視線がないのは、稜真の顔が知られているからだ。冬場にバインズで良く依頼を受けていたお陰だろう。
目が合った人の顔に見覚えがあったので目礼すると、その人はほっとした顔で手を振ってくれた。他にも、稜真を知る人が知らない人に説明してくれているようだ。
「このまま行くなら、少し急ぎましょうか」
本気で駆ければ新たな混乱を呼ぶだろう。馬の並足よりも少し早いくらいのスピードで進み、町の入り口に着いた。
巨大なグリフォンを見た人々が悲鳴を上げ、辺りが騒然となったが、稜真に気づくとすぐに治まった。
顔見知りになった門番が、呆れ顔で待ち構えている。稜真はきさらの父から降り、その体に手を触れたまま近づいて行った。
「リョウマ…。そのでかいのは、新しい従魔か?」
「いえ…従魔ではありません。きさらの父親で娘を訪ねて来たんです。いきなりだったので、きっと騒ぎになっているだろうから、危険はないと報せに来ました」
「きさらの父親ねぇ。──ひょっとしてお前、白いドラゴンにも心当たりが?」
「…その…そっちも俺達の知り合いです…」
「あー、ったくよぉ!」
門番は唸ると、頭をガシガシとかいた。
見知らぬグリフォンと白いドラゴンの情報は、やはり町に届いていた。今ギルドには冒険者が集まり、対策を練っているそうだ。
「すみません」
「俺達って事は、嬢ちゃんとも知り合いなんだな。まぁ納得だ。危険がない事さえ分かればそれでいい。だがなぁ。従魔でない者を中には入れられんから、ここで待っていてくれ。ギルド長を呼んで来る…が、ちぃっと、時間がかかると思う」
「お手数をおかけします」
入り口に近くにいれば邪魔になるので、少し距離を取って待機する事にした。手持ち無沙汰な稜真は、きさら用のブラシを取り出した。
「お父さん、ブラシをかけてもいいですか?」
『ブラシ? ふむ。好きにすれば良い』
稜真は嬉々として、きさらの父にブラシをかけ始めた。
温泉が気に入ったきさらの父は毎日入っているそうで、体はお日様の匂いがして清潔だ。その毛質はきさら程柔らかくないが、毛足が長く、ふかっとした手触りだ。妻と毛繕いし合うのが日課だそうだが、もつれている毛もある。特に毛の長く柔らかい胸元はもつれやすいようで、稜真は毛先から優しくとかす。
(…うわぁ。もっふもふだ)
右手でブラシをかけながら、左手でもふもふを堪能する。胸元から背中へ。脇腹から腹へ。脚も尾の先にもかけて行く。
ブラシをかけると毛に艶が出る。
きさらの兄よりも深い黒、まさに漆黒の毛皮に艶が出ると、なんとも美しい。全身余す所なく漆黒の中、肉球だけが焦げ茶色をしていた。誘惑に駆られて触れたが、カチカチだったのが少々残念だった。きさらの肉球は、もう少し柔らかい。
気持ちがいいのか、きさらの父は「グルルルゥ」と、喉を鳴らしている。腹の毛皮が艶めいて、まるで誘っているようだ。とうとう誘惑に負けて腹に顔を埋めると、背に比べると柔らかい毛が頬をくすぐる。
稜真にとっての癒し効果はきさらが1番だが、あこがれの黒いグリフォンに触れ、その毛皮に顔を埋めている感動に思わず頬が緩んだ。
「──よぉ。そこの従者様ぁ、何やってんだ?」
声に顔を上げれば、見知った顔の冒険者とギルド長のガルトがいた。
「ニコル久しぶり。ガルトさん、こんにちは。何と言われても、見ての通りだけど?」
「見ての通りって、お前なぁ…」
心地よさの余り、いつしか腹を出して仰向けになっている巨大なグリフォンを、ニコルは恐る恐る見やる。
「さすがはアリアを手なずけた男だよなぁ。こんなでけぇグリフォン、初めて見たぜ。腹を出したグリフォンも初めてだしな。で? こいつもたらしたんか?」
「ニコルまでたらし扱いはやめてくれる!?」
「だってなぁ。こいつ従魔じゃないって聞いたぜ? 従魔以外の魔獣がそんなんなってんの、俺は見た事ねぇぞ」
何やら視線を感じてそちらを見れば、野次馬達から注目を浴びていた。ぽかんと口を開いて絶句している者までいる。
「あ…はは…」
「お前、アリアよりもやらかしてないか?」
「あれよりはまし…な筈…」
きっぱりと言い切れない自分が辛い。
きさらの父はブラッシングが終了したと察し、あおむけの状態から体を起こした。ぐうっと体を伸ばすと、稜真に寄り添って足元に伏せる。
「そのグリフォンに危険がないのは理解した」とガルトが言う。元々グリフォンは知能が高く、むやみやたらに人を襲わない事で知られているのだ。
「リョウマは面倒を持ち込んでくれるな。危険がないのは助かったが、現れた理由がお前らでは、素直に礼は言えんぞ」
ガルトはこめかみを押さえている。
「はい…。申し訳ないです」
「白いドラゴンもお前の知り合いだと聞いた」
「…はい」
「詳しく話を──」
ガルトが言いかけた時、蹄の音が聞こえて来た。
「なんだ? やけに急いでやがるな」
少し待つと馬が駆け込んで来た。
「ヒヒーンッ!」
馬はきさらの父を見て驚いたのか、棹立ちになった。乗っていた男が必死になだめる。
少々時間がかかったが、男が馬を落ち着かせたのを見て取り、ガルトが話を聞きに行った。稜真はきさらの父から離れてはいけないだろうから、その場で待機する。
しばらくして、複雑な顔をしたガルトが戻って来た。馬に乗っていたのはサイラスだった。門番に馬を預け、ガルトと一緒に歩いて来る。
「…どうしました?」
ガルトは頭をかきながら、なんとも複雑そうな顔をしているのだ。
「あーリョウマ。さっき知り合いは白いドラゴンだと言ったな?」
「はい」
「前に見た報告書によると、リョウマの剣は赤いドラゴンに貰ったんだったよな?」
「そうですけど?」
その言葉を聞いたサイラスが、がっくりと膝をついた。
「…どちらもお前の関係者か」
何故サイラスはこんなに疲れているのだろうか。
「えっと、何かありました?」
「大ありだ。白と赤のドラゴンが争っている。私はたまたま近くの村にいたので、馬を借りて人手を集めに来たんだよ」
神々のやらかしの次はドラゴンか、稜真は頭を抱えた。
サイラスの説明によると、上空で争っていたかと思うと急降下したり、また上昇したりしているそうだ。争っていても戦っている訳ではなく、人や村に被害はないが、いつ襲われるかと人々が怯えているそうだ。
「ちょっと待っていて下さい」
『瑠璃』
稜真は念話で話しかけた。
『どうかなさいましたか、主?』
『主さんとシャリウはどうしている?』
『夕食用の肉を獲って来ると仰って、お出掛けになりましたわ。ちゃんと人型で行かれましたけど』
『ドラゴン姿で争っているらしいんだ』
『…あの方々は…。ティヨルが主に持って来た獲物を取り出した時、言い争っておいででした。話の内容は分かりませんが、もしかしたら狩りの競争でもなさっているのかも知れません』
『はぁ…。止めて欲しいんだけどな…出来る?』
『お任せ下さい。ティヨルと行ってまいりますわ』
瑠璃の声には怒りが感じられた。任せても大丈夫だろう。
『頼む。すぐに止めないと夕食抜きだと言って』
『はい』
「今、確認しました。夕食用の肉を狩る競争をしているみたいです。止めに行くように言ったので、すぐに大人しくなるかと思います」
「連絡を取った? 念話か」
「はい」
「止められるのか?」
「止めなければ夕食抜きだと伝言しました。白いドラゴンの奥さんもいるので、大丈夫だと思います」
「もう1頭ドラゴンがいるのかよ!?」
ニコルが突っ込み、サイラスが青ざめた。
「いえ。奥さんはドラゴンではなく、精霊です」
「つまりは精霊にも知り合いがいるのか」
サイラスの声は疲れ切っており、稜真は申し訳なく思う。
「夕食抜きねぇ。夕食はリョウマが作るんだな?」
ガルトが言った。ここにいる人間は、報告書で稜真が料理が得意だと知っているのだ。
「──そうです」
「ドラゴン共を大人しくさせる為に、お前はさっさと戻って料理を作れ」
しっしっとガルトに手を振られた。
「急いで帰ります…。お騒がせしてすみませんでした」
稜真は深々と頭を下げた。
「今度差し入れを頼む。ドラゴンが争う原因になる程の料理だろう? 期待している」
シュリとシャリウが争った原因は料理ではないだろうが、ここは断れない。
「あ! 俺らの分もな!!」
ニコルが便乗した。
「分かりました」
「ふっ。マクドナフの冒険者達を堕とした料理か。楽しみだ」
「サイラスまで堕としたって、言わないでくれます!?」
「まで、か。誰に言われたんだろうな」
ふっ、とサイラスが笑う。
「誰だろうねぇ。こっちにも色々と噂が来てるぜ。色々とな」
にししっ、とニコルが笑う。
「どんな噂ですか!?」
代わる代わるいじられた稜真は、ムスッとした顔で黒いグリフォンにまたがって飛び立ったのだった。
「──従魔じゃないグリフォンに乗れるのがおかしいって事に、気づいてんのかねぇ、あいつ」
「気づいてないだろうよ」
「なぁサイラス。リョウマが念話で話した相手、なんだと思う?」
「知りたくない。私はこれ以上、脱力したくないからな」
「はっはー、同感」
「…ったく」
ガルトはため息をついた。
「サイラス。疲れているのに悪いが、とんぼ返りしてくれ」
「ええ。私が行った方が、話が早いでしょう」
「ニコル。領主様に話に行ってくれ」
「俺がそっち!? ──まぁ、今回はしゃあねぇな」
「俺はギルドで説明だな」
ドラゴンと戦わねばならないと、悲壮な覚悟をしている者達になんと言えばいいのやら、気が重いガルトである。
「説明も何も、アリア様と従者様がやらかした、そんだけでいいんじゃね?」
「そうだな」
ニコルとサイラスが言うのはもっともだ。
(マクドナフのギルドでは、餌付けされた冒険者が続出してるらしいな。集まった奴らをなだめるのにゃ、ちょうどいい餌だな。──ふん。料理を作ると言質は取ってあるんだ。リョウマには頑張って貰うとするかね)
ガルトはニヤリと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます