第231話 交渉スタート

 やはり栄養剤の破壊力は凄まじい。ルーテシアはコップの水と引き換えに、増血剤と栄養剤をきっちり飲むと、ガルディに約束させていた。稜真もガルディの体調は気になっていたので、良い事だと思う。


「うぷぷっ。涙目のリザードマンって、貴重〜」

「気の毒だよ、アリア」


 そんなこんなで色々あったが、ロビンとバルも合流し集落を出発したのである。




 集落を出てすぐ、稜真は体調が微妙なガルディを、無理やりきさらに乗せた。栄養剤の影響だけではなく、どうやら昨夜は余り眠れなかったらしい。

 渋るガルディに、稜真は笑いながら『お目付役を呼ぼうか?』と言ってやった。


『……乗る』

 ガルディは渋々きさらに乗った。

 その時、一瞬嬉しそうな表情を浮かべたのに、稜真は気づいた。リザードマンの表情は読みにくかったが、何度も意識を切り替えたせいか、自然と微妙な表情も読み取れるようになっていた。やはり男の子はグリフォンに乗るのが嬉しいのだろう。


『それで? どうして眠れなかったんだ?』

『…人族の町には、冒険者ギルドがあるだろう』

 ガルディは照れくさそうに言う。つまり、楽しみで眠れなかったのだ。まるで遠足前の小学生みたいだ、と稜真は思う。

 稜真に手合わせをねだっていたのも、睡眠不足のハイテンションのせいかも知れない。


 家を出る時ガルディは、弟妹達がほけっと自分を見る姿で我に返り、再び猫をかぶったが遅すぎた。

『ふふっ。ムーとミーがガルディを見る目が面白かったな』

 ただでさえまん丸な目を見開いて、口をぽかっと開けていた。可愛い!とアリアが2人を抱き込んで、頬ずりしていた。


『言うなよ。俺は落ち着きのある兄でいたかったんだよ』

『大好きな兄には変わらないみたいだし、いいんじゃないか?』

 あははっと楽しげに笑う稜真に、胸元に入っていたももが顔を出し、そっと頬をつついた。


 ももは構って欲しくなると、時折こうやってつついて来る。稜真が指で触れると、くるりとその指を巻き、満足そうに戻って行くのだ。そらは索敵をしながら、念話で見つけた物を報告してくれている。


 先導しているのはバルだ。アリアはバルの肩に座り、足をぶらぶらさせている。

「自分で歩くのにさ~」

「お前の歩幅で歩くと日が暮れる」

「むぅ!」

 むくれたアリアだが、リザードマンの歩幅に着いていけないのも事実だった。


「お前も変わったみたいだな」

「ふふん。成長したって言ったでしょ~」

「……」

「どうして黙るの!?」

「生き急いでいたのが、緩くなった」

「んん? それって褒めてる?」

「ああ」

 アリアは、にへっと笑った。

「稜真のお陰だもんね!」

「そうか」


 ロビンは静かにしていると思ったら、木の実の効果を確かめていたらしい。稜真とガルディの方へ行ったかと思えば、アリアとバルの方へ。何度も行ったり来たりしていた。


「うん! どっちの言葉も理解できるよ! 素晴らしいね! アリア様、何か人族の文字が書かれた物を持ってないかい?」

「文字? これでいい?」

 アリアが取り出したのは、ジークフリートの本だった。

「おお! 文字も読める! 意識すれば人族の文字を書く事も出来そうだ! すごいよ!」


 ロビンは、アリアを質問責めにし始めた。




 マクドナフには、2時間弱で着いた。

 集落からマクドナフまでは、道らしき物がない。町へ通勤するには、道が整備されるまでは難しいかも知れない。

 リザードマンは集落を隠していた訳ではないが、新たな住みかに来て3年と少し。薬草や畑、そして住居に手をかけるのが優先だった。町への行き来がなければ、道は出来ない。


 ギルバートが手配してくれたのだろう。門で止められる事はなかった。町へ入ると好奇の目で見られはしたが、これは仕方ないだろう。アリアがいるせいか、どちらかというと好意的な視線だ。


 ギルドに着くと会議室に案内された。稜真は案内だけで立ち去ろうとしたのだが、双方に止められてしまった。ここは付き合うしかない。


 まずはお互いの挨拶から始まった。ギルド側はギルバートとキーランだ。


「そちらの冒険者に、貴重な薬草地を踏み荒らされましてね。──何度も」

 先制はロビンだ。どちらかと言うと立場の弱いギルバートは、反論もままならないで、ロビンの話を聞いている。


 ロビンは理路整然とギルバートを責める。


「──なぁアリア。誰だ、あれ?」

「誰だろう…」

 稜真とアリアは呆然とロビンを見つめた。


 これまで2人は、ロビンが声高に興奮している姿しか見ていなかった。長老がいくら言っても不安をぬぐえなかったのに、今ロビンは落ち着いた声音で堂々とギルバートと話をしている。

 稜真は少し前に、ガルディに感じた思いを再び抱いた。まるで別人ではないか、と。


「あれは研究から引っ剥がすまでが手間だが、頭を切り替えさせる事さえ出来れば、使える奴だ」

 バルが教えてくれた。


「別人過ぎますよ」

「同感~」

「オレモ、シラナカッタ」

 ガルディまで驚いていた。



 ギルバートとロビンの舌戦は続いたが、途中でロビンが息をついた。


「貴重な薬草の群生地が元に戻るまで、何年もかかります。──こちらの要求は一切集落に近づかない事、と言いたい所ですが、アリア様方のお陰で町に興味を持つ者が増えましてね。何人か町で働きたいと言うのですよ」

「人手が足りませんから、こちらとしては有り難い事ですが、アリア様が何かしたのですか?」


 アリアは昨日、交渉について話してくれたが、何故そうなったのかは言わなかったのだ。

 ロビンは4年前のスタンピードで、集落がアリアによって救われたと話した。集落を移転する補助もしてくれたのだと。


「アリア様…。リザードマンに伝手があると、目撃のお話をした時に何故教えて下さらなかったのですか…」

「移転先知らなかったし、まさか知り合いの集落だなんて、思っても見なかったもの」


「我らはアリア様に恩があります。そしてこの町の冒険者に命を救われた者もいる。ですから、これまでの事は問いません。これからの事をお話する為に来たのですよ」

「それにしては、太い釘を刺された気がしますがね」

「またやられては困りますからね。ここからは建設的な話をしましょうか」


 リザードマン側からの要求は、町へ働きに行きたいと言うリザードマンの受け入れと、宿舎の建設。


 ギルバート側は、育てている薬草地だと一目で分かるような柵の設置。

 働き手に関しては大歓迎なので問題ない。リザードマンの薬師に、是非町で店を出して欲しいと要求した。


「宿舎に関しては、すぐに返事は出来ません。1階を薬の店舗にして、上に泊まれるようにしてもいいですね。どちらにせよ建設に関しては、領主様の許可が必要です」

「あ~、実は他にも色々あってね。会議の内容を含めて、お父様に確認する必要があるの。宿舎に関しても確認するわ」


 アリアが『お父様』と言った事で、ギルバートとキーランはここにいるリザードマン達は、アリアが伯爵令嬢であると知っているのだと分かった。


「色々? 本当に、アリア様達は何をしてきたのですか」

「何をと言われてもね…」

「成り行きだったからなぁ。もっとも、真っ先にやらかしたのはアリアだけど」

「それはそうだけど! 稜真だって、皆をたらしたじゃないの!」

「たらしてないだろう!?」

「ムーもミーも、稜真に懐いてるじゃん! ガルディだって!!」

「それは…。だけど今回はたまたまだろう」

「行く先々で、たまたまを起こしてるじゃないさ」

「不可抗力だよ」


「つまりは、どちらもやらかして来たのですね…」

「「うっ」」

 否定出来ない2人であった。



 後は伯爵の返事待ちだ。詳しく話を煮詰めるのは、じっくりやればいい。

 ここでザック達4人が呼ばれ、ガルディがたどたどしく礼を言った。ガルディの元気な姿にザック達は喜んだ。


「そう言えば、もう1つ取引材料がありました」

 ロビンは言うと、ガラスの小瓶を取り出した。中にはとろりとした金色の液体が入っている。

「長老からのお礼です。どうぞ」

 そう言って代表のザックに小瓶を手渡した。

「これは?」

「リザードマンの礼なら薬ですか?」

「金色の薬って珍しいっすね~」

 ザックが持った小瓶を、エクバートとアスランとイグジットの3人が物珍しそうにのぞき込む。


「取引材料という事は、それは珍しい薬なのですか?」

 ギルバートが聞いた。

「薬ではありません。妖精種の蜜蜂の蜜です」

 人族側が、稜真とアリア以外全員固まった。


「──あの…申し訳ありませんが、もう1度言って頂けますか?」

 ようよう復活したギルバートが尋ねた。

「妖精種の蜜蜂の蜜ですよ」

 ロビンは眼鏡をくいっと上げて言った。


「ねぇ、どうして皆して固まってるの?」

「アリア様。妖精種の蜜ならば、この小瓶で金貨1枚になります」

 そう答えたのはキーランだ。

「こんなに小さいのに!?」

 稜真が蜜蜂に貰った時に出したジャムの瓶と比べると、5分1程度の小瓶なのだ。


「王都で買うと、ですがね。もしギルドに依頼が来たら、依頼料は銀貨5枚でしょうか」

「それでも高いよ~」

 妖精種の蜜は薬の調合にも使え、錬金術でも貴重な素材になるそうだ。


「取引材料になりますか?」

 ロビンがニヤリと笑った。

「もちろんです。定期的に納品して頂けるとありがたいですね」

 ギルバートは疲れたように額を押さえた。



「あれで金貨1枚? 私、いくら分食べたっけ?」

「たっぷりかけたからね…。きさらが食べた分を入れると、考えたくないよ」

「お嬢!? もしかしてリョウマさんの料理に使ったんっすか!?」

「うん。すっごく美味しかった」

 イグジットが小瓶をザックから奪い取った。

「リョウマさん! これで何か美味いもの作って下さい!」


 他の面子が反対するかと思いきや、目が輝いている。

 滅多に味わえるものではないし、是非食べてみたいそうだ。また料理依頼か、と思いはしたが、ガルディを必死に助けようとした姿を知っているだけに断れない。


「ガルディを助けてくれたあなた方ですからね。作りますよ。ただ俺の知識だと、蜂蜜クッキー、蜂蜜かけホットケーキくらいですか。肉料理にも使えるかな」

「「「「全部!」」」」

 ザックまで混じっている。この所、キャラが変わる人が多すぎる。

「……この量で全部は無理ですよ」

 稜真が貰った分を足しても、まだ足りない。最初に貰った分は朝食で使い切ったが、クッキーの礼に追加で女王がくれたのだ。


「日持ちさせたいなら蜂蜜クッキー。純粋に味わいたいなら、ホットケーキですね」

「ホットケーキ、すっごく美味しかったよ!」

「ウマカッタ」

 アリアとガルディが言う。


「「「「ホットケーキで!!」」」」

「了解です」


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