第232話 マクドナフの町とリザードマン

 話し合いを煮詰める為に伯爵から早めに返事が欲しいギルバートは、キーランに早急に要望書を仕上げるように言った。


「キーラン。簡潔に! 要望のみを書いて下さいね!!」

 また余計な事を書かれてはたまらないと、稜真は目を細めた。

「分かっている。……爆弾入りの差し入れには懲りたからな」


「それとアリア。報告書は仕上げてあるけど、アリアも一筆書いた方が良いと思うよ」

「そうする~」

 稜真がホットケーキを焼く間に、手紙を書いてしまおうとアリアは便箋を広げた。


「それじゃ作ってきますね」

「「「「よろしくお願いします!!」」」」

 ザック達は目を輝かせている。


 床をコロコロと転がっていたももが、稜真の肩に移動した。そらがついて行こうか迷っていると、ロビンに捕まった。

「クルルッ!?」

 そらは驚いたが、意外と優しい手つきに、すぐに落ち着きを取り戻した。


「そらに何をする気です?」

「魔鳥の観察。いやー、リョウマの従魔は綺麗だね!」

 ロビンに褒められたそらは、言われるままに翼を広げてポーズをとる。ロビンはそらの体のサイズをあちこち測って、スケッチを始めた。

 バルとガルディが、ロビンが余計な事をしないように見張ると言ってくれたので、稜真は安心して部屋を出た。


 キーランとアリア、ついでにロビンが書き物をしている間、残りの面々は雑談に勤しんだ。種族間の溝を埋めるには必要な事だろう。




 調理場から甘い匂いが漂い始めると、職員やギルドにいた冒険者達が集まって来た。

 稜真は物欲しそうな視線に気づいたが、ホットケーキは提供出来ない。ザック以外の全員が食べるだろうし、リザードマンの食べる量を考えると、とても他の人に回す余裕はないのだ。


 手際よく作業を進め、大量のホットケーキを焼き終えた稜真は、期待に満ちた顔でこちらを見る人々と目が合い、ため息を付いた。


(……何か食べさせないと、引いてくれそうにないな。クッキーは全部精霊と女王にあげてしまったし、パウンドケーキはここにいる全員分はないし。ああ、ピザならいけるか)


 調理場の大皿を何枚も取り出し、作り置きしてあったピザを乗せ、少し細めに切り分けた。多目に作っておいたピザは、残ったら屋敷の皆にお土産にしようと考えていたが、また焼けばいいだろう。


 稜真は、扉にかじり付くようにしていたミーリャを、調理場に呼び入れる。

「何々、リョウマ君!」

「これを皆さんに配って貰えますか? 切り分けてあるので、ひと切れずつ」


 ピザは細長いせいで、少し食べにくいかも知れない。手を洗ったミーリャに、取り皿に乗せたピザを渡した。

「ミーリャさんの分です。味見して下さい」


 ミーリャは早速かじりついた。熱々のチーズがとろけて伸び、目を丸くする。厚めの生地でこんがりと焼いたピザは、細く切ってもしっかり持ち上がり、食べにくくはなさそうだ。

 ぺろりと平らげたミーリャは、「美味しい!!」と言った。


「良かったです。それじゃ、お願いしますね」

「任せといて! ほらあんた達! 順番に並びなさい!」


 ミーリャに任せて会議室へ向かおうと調理場を出た稜真は、ずらっと続く列の長さに驚いた。


(こんなに集まっていたのか。……足りるかな)


 ざっと人数を数えると、なんとか足りそうだ。細く切っておいて良かったと安堵する。軽く目礼しながら通り過ぎると、「うまっ!?」と声が聞こえた。

 料理ばかり依頼されるのは困り物だが、自分の料理を喜んで食べてくれるのは嬉しいものだ。自然口元が緩む稜真に、列に並んだ者達は温かい気分になり、頬を染めて見送ったのである。



 会議室に戻る前に、稜真はきさらの所へ寄り、ホットケーキを少しと野菜を山積みにした。

「きさら、後でお屋敷までお使いを頼むね」

『分かった!』



 稜真が会議室に戻ると、要望書も手紙も書き終わり、机も綺麗に拭かれていた。


 ふんわりと厚みのあるホットケーキを3枚ずつ皿に乗せ、バターを乗せる。

 焼きあがるとすぐにアイテムボックスに入れたホットケーキは、バターをとろりと溶かす。その上から黄金色の蜂蜜を垂らすと、ゴクリと生唾を飲む音がした。

 準備が整った皿とナイフフォークをセットして、待ち構えている4人の前に置いた。


「どうぞ」

「「「「いただきます!」」」」

 我先にナイフとフォークで切り分け、口に運ぶ。無言で次々に口に入れる様子から、気に入ったのだと分かった。


 稜真に残りの面々からの物言いたげな視線が刺さる。稜真は笑いながら、全員のホットケーキのセットを始めた。




 リザードマン達は2~3日町に泊まる事になった。


 伯爵の事だから、早々に返事が来るだろう。移動時間がもったいないし、ついでに町の様子を見て、集落に伝えたいとロビンが言ったのだ。


 眠り方が違うリザードマンだが、泊まるのは普通の宿で大丈夫だと言う。バルが冒険者活動をやっていた時は、ベッドの上で丸くなって眠ったそうだ。

「旅先では贅沢は言えん。大きなベッドがあれば楽だが、慣れれば普通のベッドでも眠れるものだ」


 稜真が泊まっている宿が良いだろうと、ギルバートが手配してくれた。幸い、大きめのベッドがある部屋が確保できた。人族の宿の使い方は、バルが説明するだろう。



 ──翌朝早く、きさらから『お返事貰った!』と念話が来た。昼頃だろうと予想していた稜真は驚いた。


(旦那様…ちゃんと寝たんだろうか…。いつもいつも申し訳ないな)


 稜真はきさらを迎えに行った足でギルドへ向かう。リザードマン一行とアリアは、ひと足先にギルドで待っていた。


 伯爵からの手紙で話が煮詰められた。


 宿舎の建設と薬師の店については、真っ先に手を付けるようにと指示されていた。

 宿舎の建設が終わるまで、集落では人族の言葉の勉強を行う。

 町で働きたい者も、冒険者になりたい者も、言葉が通じないのが1番困る。受け入れ先の仕事場も幾つか名のりをあげているが、コミュニケーションが取れなくては話にならない。──グスターがいる工房なら、言葉も問題ないのだろうが。


 そして集落には、人族用の宿舎が建てられる事になった。

 今は落ち着いているとは言え、異変に対する警戒は怠れない。共同で異変の警戒に当たる事になったのだ。とは言え、アリア以外の人族は中々受け入れられないだろう。

 そこで、接点のあるザック達4人が滞在する事になった。ザック達はリザードマンの言葉を覚えようと、バルに教わり始めている。


 問題は税金だ。

 集落からは取らないが、町で働く者には税金がかかる。


 これについてロビンはあっさり了解した。アリアには返しきれない恩があるのだから、当然だと言う。この辺り、ロビンは全権を委ねられていたのだ。


 バルの受け入れと妖精種の蜜蜂の受け入れもOKが出た。ただしバルは双方の宿舎が建ち、ある程度落ち着くまではこちらに残り、交流の手助けをするよう指示されていた。

 妖精種の蜜蜂については、巣の場所など詳しくは帰ってから決めたいので、なるべく早く戻るようにと書かれていた。


 話を聞いたギルバートは呆れかえった。

「…これが、やらかした一端なのですね」

 稜真とアリアは、そっと視線をそらしたのだった。




 2日かけて細かい所まで話を煮詰め、今日リザードマン達は集落に戻る。ギルドからはキーランとザック達4人が集落に着いて行く。宿舎の場所や滞在についての注意点をまとめる為だ。


 この2日間、アリアがアリサと一緒に、バルを連れてポーラの雑貨屋へ行ったり、稜真がガルディとロビンを連れて市場などを回る内に、人々もリザードマンに慣れて来たようだ。


 ──ロビンの質問責めに合った人は閉口していたが。


「町では問題なく、リザードマンを受け入れてくれそうですね」

 ギルバートがホッとしたように言った。

「うんうん。顔が怖いリザードマンが受け入れられるか心配だったけど、この町の人は顔の怖い冒険者に慣れてるもんね~」

 そう言って、ぷぷっ!とアリアは笑った。


「お嬢ひでぇ!!」と、ギルドにいた冒険者達が口々に言う。

「ゴツいのばっかり揃っているのにも利点があったとはね。良かったわね、あんた達」

 ゴツく体格のいい冒険者が揃っているこのギルドでは、リザードマンの体格差もそれ程目立たない。


「姉御のがひでぇ!」

「あら誉めたのよ」

「誉められたとは思えねぇっすよ!?」



 リザードマンと仲良くなった冒険者も増えた。特にノーマンとネヴィルは同じ宿に泊まっていたので、夜は一緒に飲みに出かけていた。──稜真に止められたガルディは宿で留守番だったが。

 飲みに行けなかったガルディは、稜真から冒険者活動の話、アリアからバルの冒険者時代の話を聞き、それなりに楽しんだ。


 そんなガルディは今、稜真に詰め寄っていた。

「リョウマ! カエルマエニ、テアワセ」

「しません」

「リョウマ…」

「しないって言ってるだろう!? 体も治っていないのに!」

「アレカラジカンタッタ。モウナオッタ」

「俺の時は、ひと月は安静にしていたんだぞ。ガルディもせめて半月は静かに過ごす事!」

「ハンツキ…」


 ガルディはもどかしくなった。人族の言葉では、自分の思いを伝えられないのだ。


『半月後にはリョウマはいないだろう?』

『そりゃあ…。そんなに俺と手合わせしたいのか?』

『リョウマの型は綺麗だった。リョウマのあの動きに、自分の体術がどこまで及ぶのか、どうしても試したい』


 リザードマンは幼い頃から武術を学ぶ。まずは体術を仕込まれてから、武器を選ぶのだそうだ。ガルディは剣を選んだが、基本の鍛練は体術で行う。

 その真剣な眼差しに、稜真は根負けした。


『分かったよ。でも今は駄目だ。俺達はこの町には良く来るからね。集落にも顔を出すよ。手合わせはその時に』

『約束か』

『約束だ。ただし! ちゃんと栄養剤と増血剤を飲むと約束したら、ね』


 朝晩稜真が目を光らせて飲ませていたが、今夜からは飲まない気がした。ロビンに聞いたが、体力と力は人族より大きいが、回復力はそう変わらないそうだ。しっかり休ませて、薬を飲ませたい。

『…飲む』


 薬を飲むのを約束させた稜真は、自分が注目を集めているのに気づいた。ここのギルドで注目を集めるのはいつもの事だが、呆れ顔のノーマンとネヴィルと目が合い、ついでにアリアが苦笑していた。


「リョウマ?」

「リョウマ君?」

「あ~あ、稜真ったら~」


 三者三様の視線が向けられた。原因にようやく思い当たった稜真は、たらりと冷や汗が流れた。

「……アリア。俺…どっちの言葉で話していた?」

「リザードマン語」

「あちゃー」


 額を押さえた稜真は、ガシッ、ガシッ、と両肩をノーマンとネヴィルに捕まれた。

「リョウマ。今晩飲みに行くか」

「いいですね。じっくりとお話しを聞かねばならないようです」

「お、お手柔らかにお願いします…」

「スマナイ、リョウマ。オレノセイダ」


 ガルディのリザードマン語に無意識に反応したのは、自分のせいだ。バレたなら仕方ない、と稜真は開き直った。

『いいさ。話すべきじゃないかとは思っていたんだよ。ガルディ、せっかくだし冒険者登録するか?』

『する!』


 嬉々としたガルディを受付に連れて行く。ミーリャのキラキラした視線には近寄りがたく、ベティの窓口へ行った。

「ベティさん。冒険者登録お願いします」

「そちらの彼ですね」

「はい。代筆でも構いませんか」

「大丈夫ですよ」


 ガルディの冒険者登録は無料だった。

 集落のリザードマンが登録する場合は無料にするよう、話し合いで決まっていたのだ。

 登録を終えた稜真は、ずっと背中に感じていた視線に向き直る。ギルドにいる冒険者達は依頼にも行かずに稜真を見ているのだ。


「皆さん、彼は俺の友人です。この町で冒険者活動をします。人族の言葉を勉強中ですから、話す時はゆっくりお願いします」

「リョウマさんの頼みなら、喜んで!」

 皆、快く引き受けてくれた。


『ガルディ、俺の友人だからよろしくって言っといた』

「アリガトウ。──オレハ、ガルディダ。ヨロシク、タノム」


「それと皆さん。ガルディは俺より年下なので、面倒見てやって下さいね」

「リョウマさんより年下!? お嬢と同じ位か?」

「ってぇ事は、12、3才だな」

「リザードマンの年齢は分からん…」

「ああ。少なくとも20は超えてると思ってたぜ」


「……皆さん、俺の事を幾つだと思ってます? ガルディは1つ下の15歳ですからね?」

「「「ええっ!?」」」



(──俺は年齢ネタで、いつまで弄られるんだろうか)


 ぼやかずにいられない稜真であった。


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