第230話 ガルディ

 蜜蜂の女王は巣へ戻った。


「さて…どうしようか」

「ん~、私がマクドナフに行って来るよ。ギルド長に話しておかないと、準備もしなくっちゃだろうし。その間に稜真は、長老と話を詰めといたら?」

「そうだね。その方が良いか」


 報告書に関しては、明日のリザードマンとの話し合いが終わってからの方がいいだろう。稜真達は今夜も集落に泊まり、明日は話し合いの一行と一緒にマクドナフに向かう事にした。

 ガルディはいくらでも泊まればいいと言ってくれた。


「きさら。アリアとお使いを頼むね」

『は~い』

『そらも、いく? おねえちゃと、きさらの、つうやく』

「すぐに帰って来るから、通訳なしでも大丈夫! ね、きさら!」

「クォルル~」

 きさらは大丈夫だと頷いている。


「よっし! さっさと行って来ちゃおう」

 きっとザック達も心配しているだろう。アリアときさらは早速飛び立って行った。




 アリアと別れた稜真は長老の家に戻った。

 ちなみにガルディの肩には、ずっと瑠璃が乗っている。ガルディはもの言いたげに稜真にちらちらと視線をやるが、稜真は気づかないふりをした。使命に燃えている瑠璃を止められる訳がないのだ。


 昼食を交えながら話を進め、町へ行くのはロビンとバル、そしてガルディとなった。

 せっかく長老が人族の言葉が話せるようになるのだから、話し合いは長老が行くべきではないかと稜真は言ったが、交渉は若い者に任せると言う。正直ロビンの交渉には不安しかないが、ここまで長老が信用するなら任せるべきだろう。


 稜真はリザードマン側からの改善要望を書き出していた。ちなみに文字も人族と違っていたが、稜真は問題なく読み書き出来た。

 1番の問題だった住民の人族への悪感情は、『アリア様』のお陰で解決済み。鉱山の振動で蜜が減った。これは稜真が漏らした言葉によって解決済みである。


 主な交渉は、薬草地が荒らされた事と、この先の交流についてになるだろう。──まずは言葉の問題が最優先だが。


 実際問題、町に行きたがる者が増えているのだ。

 長老が言うには、冒険者志望は『アリア様』に対する憧れから。町で働きたいと言うのも、『アリア様』への恩を返したい思いからだった。領主の娘であるアリアが、私財から集落を救ってくれたと、バルが話してあったのだ。それだけ皆がアリアに恩を感じていた。


『長老。冒険者のアリアが伯爵令嬢である事は隠しているので、皆さんにも周知させて下さい。お願いします』

『分かった。恩人に迷惑かけぬよう、皆にはキッチリと伝えておくよ』


 後は直接話し合うしかない。人族に対する悪感情がないのであれば、対話で解決できる筈だ。町の人がリザードマンに対して、どんな反応をするかが不安だが、アリアがいれば大丈夫だと思う。その辺りはギルバートが配慮してくれそうな気がする。

 取引材料としては、薬と妖精種の蜜蜂の蜜だろうか。残念ながら魔法薬は作れないが、リザードマンの薬は良く効くと有名なのだから。


 稜真はいくつか助言したが、人族とリザードマンの視点の違いを指摘するにとどめた。ロビンがいたらあれもこれも注意したかったが、今頃はきっと創世樹の木の実に夢中だろう。




 今夜も泊まると告げたら、ムーとミーは大喜びで稜真にまとわりついた。胡座をかいて座ると、2人が膝に乗る。それぞれが、そらとももを胸に抱えていた。

 瑠璃は少し考えると、ふわりと浮いて、稜真の背中に貼りついた。この家の者は皆、瑠璃が精霊だと知っているのだから。


『おやおや。大人気だね、リョウマ』

 ルーテシアが笑顔でお茶を入れてくれた。

 貼りついた3人の子供達が、何かお話しして欲しいとせがむので、桃太郎の話をしてみた。

 リザードマン語で語ったが、そらにも理解出来ているようだ。どうやら創世樹の実で稜真と話したいと願ったそらは、稜真の言葉ならどんな言葉でも理解できるらしい。


 桃太郎の話が受け入れられるか心配だったが、ルーテシアとガルディまで真剣に聞き入ってくれた。子供達は言わずもがなである。何度も何度も、繰り返し話をせがまれた。

 昔はあった絵本などもスタンピードの時に失った。人族の町で売っていた絵本を買い、言葉が分かる者が翻訳した物だったそうだ。その翻訳者も今はいない。




「ただいま~」

 アリアが戻って来た。きさらに足ふき用の濡れタオルを渡し、自分は靴を脱いで中へ入る。

「明日の会合、了解しましたって」

 ザック達も気にして、ギルドにつめていたらしい。無事にガルディが回復して集落に戻ったと聞き、安堵していたそうだ

「ギルド長、頭抱えてたよ。ありがたいけど、どうしてそうなったって」


「あ、はは。──そうだ。アリアも木の実、いる?」

「まだ持ってるの?」

「あと2つ」

「私はいいや~。2人共話せたら、おかしく思われるでしょ~」

「まぁ…確かにね」


 稜真がリザードマンの言葉を話せる事は、話すべきか迷っている。交流が増えるのならば、言葉が話せる者がいた方がいいだろうが、どうしたものか。

 迷っている稜真にアリアが言う。

「稜真だから!で、大丈夫だって~」

「そんな訳ない…と思うけどなぁ」


 一応隠しておいて、必要なら告白しようと決めた。何か理由を考えておかねばならないだろう。


「ところで、家の前に人が集まってるけど、どうして?」

 稜真も先程から外の様子には気づいていたが、わざと放置していたのだ。


『……ちっ、しつこい奴らだ』

 ガルディが立ち上がった。すかさず瑠璃が肩に乗る。

『悪いね』と、稜真は苦笑して見送った。




 ガルディが出て行ってしばらく立つが、騒がしさは収まらない。ガルディは帰るように言うが、聞こうとしないのだ。

「表の人達は何を言ってるの?」

「──俺と手合わせしたいんだってさ。今朝もガルディが追い返してくれたんだけど、懲りないね」


 ネルの槍を止め、噂に聞いていた『アリア様』の従者をやっている少年と、どうしても手合わせがしたいと何度追い払ってもやって来るのだ。



『お前ら! リョウマはやらないって言ってるだろう!? いい加減に帰れ!』

『1回だけだって! 腕前を見るくらい、いいだろう?』

『駄目だ!』

『けち臭いぜ、ガルディ。お前だってやりたいくせに』

『当然だ。最初にリョウマの相手をするのは俺だからな!』

『なら、ガルディの次でいいから、な?』

『──それならいいか』


 聞いていた稜真がずっこけた。

「どしたの?」

「いや…。ガルディが止めてくれているのかと思ったら、違うみたいだ」


『ルリ!? ちょっ!? ひゃめてくれ!! あー、とにきゃく、おみゃえらはきゃえれ!』

 言い捨てて、ガルディは家に入って来た。何やら言葉が変だと思ったら、肩車状態に移動した瑠璃が、背後からガルディの口の端を引っ張っているのだ。口を出せない瑠璃の苦肉の策だろう。

 床に降りた瑠璃はガルディの正面に立った。


「手合わせをしようとは、何を考えているのですか!? あれほど安静にと言っているでしょう!?」

『だが、もう痛みもないし…』

「だがではありません!」

『リョウマ…』

『手合わせはしないし、瑠璃の説得もしないからね』


 正座させられたガルディは瑠璃に任せたが、表の連中は諦めていないようだ。

「うーん。血の気が有り余ってる連中は、私が相手して来るよ!」

「頼む」


 稜真に相手をして貰えなかったリザードマンも、アリア様に叩きのめされて一応は満足したのだった。




 早朝に目を覚ました稜真は、昨日出来なかった鍛錬をしようと外に出た。起き出した稜真に気づいたガルディが、見学したいと着いて来た。従魔達は子供達と夢の中。アリアと瑠璃もまだ眠っている。


 稜真は、全身に気を巡らせる所から始める。

 気を巡らせるのは、以前よりも格段に早くなっていた。

 指先から爪先まで気が満ちる。ゆったりとした動きから、徐々に早く。腕が、足が空を切る。


 ──ガルディは稜真の鍛錬を見て、体がうずいて仕方なかった。


 あの空を切る音。どれ程の力が籠もっているのだろうか。

 体術はリザードマンにとって、戦闘の基本である。体術を教わってから、武器を持つ練習を始めるのだ。稜真の動きは、ガルディが見た事のない物だった。


 小柄な体が気を巡らせると大きく見えた。

 人族の姿を美しいと思った事はないが、アリアと稜真は別だった。

 昨日『アリア様』が集落の者を次々に相手取るのを見たが、力強く華やかな動きだった。稜真は静かに、まるで流れるように動く。


『綺麗だ…』


 静けさの中に力強さを秘めている。稜真のあの蹴りを、自分は受け止められるだろうか。

 早い動きが徐々に遅くなり、ゆったりとした動きに変わる。ゆったりと見えるあの動きにも、どれだけの力が必要だろう。今の自分に、とてもあの動きは出来ない。


 一連の流れが終わり、稜真はぴたりと動きを止めると、深く何度か呼吸をした。今日は木刀の鍛錬はしない。


『リョウマ…』

『どうかした?』

 ガルディがキラキラした目で稜真を見ていた。




 稜真はガシガシッと頭をかいた。どうしてこうなったのだろうか。

『なぁリョウマ。俺とやろうぜ!』

『しません』

 ガルディが手合わせをしようと言って聞かないのだ。

『やろうってばよ!』


(またアリアが聞いたら、誤解して喜びそうな事を言う…って、いるし…)


 いつの間にかやって来たアリアが、にんまりした顔でこちらを見ていた。


(他種族相手じゃ萌えないと思ってたけど、そんな事ないや。ゴツイリザードマンといると、稜真の可愛さが際立って、これはこれでありだね! 何言ってるのか分からないけど、稜真が迫られてるのに間違いなさそう~。うふふふふ)


『リョウマってばよぉ』

『……はぁ。だからやらないと言っているだろう』

『なんでだよ!?』

『大体ガルディは、まだ安静にしていなくちゃ駄目だ』

『もう治った』

『そんな訳ないだろうが!!』


「……ガルディ。何を言っているのです?」

 騒ぎに起きて来た瑠璃が、ガルディを睨んだ。ガルディは冷や汗を流して硬直する。外では思う存分お説教できない瑠璃が、ガルディの尻尾を掴んで家の中へ引っ張って行った。



「……さて、っと」

 怪しい視線を送って来たアリアには、取りあえず拳骨を入れた。


「痛たた…。え~と稜真。ガルディはともかく、昨日の人達と手合わせしなかったのはどうして? 稜真なら勉強になりそうって言いそうなのに?」

「やるとなると戦闘に意識が行くだろう? 言葉が分かるように意識している上で戦闘に集中すると、何かやらかしそうな気がしてさ」

 何しろ料理の時は、全く無意識だったのだ。


「でも、稜真が何か実力見せないと、納得しそうにないよ。あの人達」


 家の陰からこちらを窺う人達の姿が見える。昨日アリアに叩きのめされただけでは、足りなかったらしい。リザードマンの大きな体は、全く隠れていない。


「…仕方ないな。あれをやるか」

「あれ?」

「冬にやっていた、きさらとの遊び」

 先日きさらと約束もした事だし、ちょうどいい。

「ああ~。確かに実力は見せれるね~」



 朝から遊んで貰えるきさらは、尻尾をピンと立てて上機嫌だ。クッションになる雪がないから少し心配だったが、冬に何度も投げられていたきさらは、すっかり受け身が上手になっていた。


(これなら大丈夫そうだな)


 思いっきり突進して来るきさらを、稜真はぽんぽんと投げ飛ばした。そんな稜真に、リザードマン達は尊敬のまなざしを向けたのだった。


 大方は納得してくれたのだが、1人しつこい人物がいた。



『なぁ出発前に1回だけ!』

『…駄目』

『なぁってば、リョウマ!』

『体力が回復してないだろう!? 駄目だ!!』

『1回だけだから、な? リョウマ~』


 ──ガルディである。


 話し合いの一行は集落から町まで歩いて行くが、途中で冒険者に会ったら面倒なので、朝食が終わると瑠璃は湖へ戻った。


 ガルディはバルのように寡黙な人物だと思っていたのだが、稜真に絡む姿からは最初の印象を微塵も感じさせない。稜真の袖を引いて気を引いたかと思えば、背中に覆いかぶさって来る。そうかと思えば、びたんびたんと尾が床を打つ。

 まるで駄々っ子だ。


『はははっ!』

 ルーテシアが爆笑した。


『好かれたねぇ、リョウマ。この子は人見知りが激しいんだよ。冒険者をやっていたバルに憧れているから、言葉遣いなんかも真似してね。ふふっ。リョウマはうちの子全員に、随分懐かれたもんだ』

『ガルディは変わりすぎですよ…』

『大人ぶってるけど、まだまだ子供だからね』


『なぁ! リョウマってば!』

『しつこい!! あんまり言うと、栄養剤をオブラートなしで飲ませるからな!』

『飲んだら相手してくれるのか!? 飲む!! 母さん! 栄養剤くれ!』

 そんな事は言っていないのだが。もう治ったからと薬を飲むのを嫌がっていたガルディに、ルーテシアが薬と水を持って来た。


 稜真はルーテシアに、こっそりと尋ねた。


(……もしかして、こちらの栄養剤は不味くないのでしょうか?)

(いんや。人族と処方箋は同じだよ。ふっ。オブラートなしで飲む者などいないさ。あの子は昔から薬が嫌いでね。進んで飲むなんて初めてだよ)

 ルーテシアは、にまにまと人の悪い笑みを浮かべている。



 ──悶絶したガルディに、稜真と手合わせする気力が残っていなかったのは言うまでもない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る