第225話 リザードマンの集落へ 後編

 2人の腕に抱かれていたムーとミーが、目配せし合った。


『リョウマ、アリア』

 ミーが稜真の服を引っ張った。

『どうかした?』

『私の名前、ミリオリアアナスタージェ』


 今度はムーが、アリアの服を引っ張った。

『俺の名前。ムルティプランガザルタージ』

『それが正式名なのかな?』

『『そう!』』と、2人は声をそろえて自慢げだ。2人の説明によると、リザードマンは信頼した人にのみ正式名を伝えるのだそうだ。

『ありがとう』

 小さな2人からの信頼が嬉しくて、稜真は微笑んだ。


「どしたの?」

 アリアは会話の内容が分からず、首を傾げていた。まだ慣れていない稜真は、意識の切り替えに少し時間がかかる。リザードマン語に意識を集中していた稜真は、アリアが何を言ったのか分からなかったが、内容に見当はつく。

「この子達の名前、ミリオリアアナスタージェとムルティプランガザルタージなんだって」

「長っ!?」

「呼ぶ時はミーとムーでいいってさ」

「2人の名前をひと息に言えるなんて、さすがは稜真。私は無理~」


 稜真は今の所、きっちりと意識を切り替えて会話している為、片方の言葉しか分からないが、もう少しコツが掴めれば、同時に理解する事も出来そうな感じはしていた。



 ──先頭を歩くガルディは、そんな会話を聞くともなしに聞いていた。そして昨夜を思い出す。


 精霊の事は秘密にしてくれと稜真は言った。

『これからガルディの集落は、良かれ悪しかれ人族の町と交流が出来ると思う。俺は精霊が呼べる事を、アリア以外には隠しているんだ』

『分かった。昨日は、俺の怪我で帰れなかった事だけ話す。傷が治った事はどう説明する?』

 ガルディの皮の胸当ては傷ついて、血で濡れている。今は袋に入れて背負っていた。

『昨日の冒険者にしたのと、同じ説明を頼みたいんだ』

 稜真はガルディに、回復薬の話をした。


『そんな強力な回復薬があるのか?』

『持っていたんだよ。1本だけ。俺が死にかけた傷を塞いだらしい』

『さっきの話か?』

『そう。だから効果に間違いはないよ』

『…薬馬鹿がいるから、話をせがまれる。覚悟しておけ』

『分かった。ミーとムーにも口止め出来るかな?』

『俺が言い聞かせておく。ただ、母には全て話させてくれ。何か隠していても、すぐにバレるんだ…』

『ああ、母親ってそうだよね。ガルディのお母さんならいいよ』


『で? 俺達の言葉を話せるのはどうしてだ? あいつ等に女神の加護だと言ったんだろう?』

『それもか…。どうしよう…?』

『お前、隠さなきゃならないものが多すぎだ』

『本当だよね…』


 曖昧に笑う稜真に呆れたガルディは、それ以上聞かない事に決めた。グリフォンと精霊を使役し、他にも魔鳥とスライムも使役している稜真は、何があろうと命の恩人に違いはない。


 ただ、変な人族だと思った。


 人族とは外見の違いから、お互いの人となりが分かるまでは警戒し合うのが普通だと聞いていたのに、手当の際、稜真は躊躇せずに触れて来た。先に助けてくれた冒険者もだったが、稜真の手からは案じる心が伝わって来た。


 あれほど腹を割って話したのは、稜真が初めてだった。

 ムーとミーに兄ぶっているガルディは、家でも自分を出す事がなかった。集落では、ガルディと同世代に冒険者に憧れる者はいない。冒険者に憧れるガルディは変わり者だと思われ、敬遠されていたのだ。

 

 弟妹達があれ程懐いた事にも驚いた。名前を明かすのは、その人への信頼の証だ。よっぽど稜真とアリアが気に入ったのだろう。


 ガルディは先を越された悔しさから、自然と足取りが荒っぽくなっていた。




 集落は年経た大樹に囲まれた中にあった。

 ノーマン達ときさらで調べた時、この辺りは飛んだだろうか? もし飛んでいても、上からではきっと分からなかっただろう。大樹の枝は、集落の上を覆っているのだ。枝の隙間からは陽が入り、辺りは明るい。

 集落の周りは、丸太で作られた頑丈な塀で囲まれており、入口に門番が2人立っていた。


 グリフォンと人族をつれて戻ってきたガルディに、警戒の視線が向けられた。

『ガルディ。ひと晩帰って来なかったと思ったら、何を連れて来た…?』

 向かって右側の門番が、1歩前に出た。


 稜真とアリアは、お互いにずっと抱いていたムーとミーを地面に降ろした。場合によってはこのまま町へ戻ろうと、アリアと視線を交わす。きさらはその場に伏せ、そらとももがその背に乗った。

 ガルディが説明している。大人の門番と並ぶと、少年であるガルディとの差が良く分かった。青緑色の肌は、門番の肌に比べるとガルディの方が明るい。背も頭1つはガルディが小さかった。


「どうなるだろうね」

 入れなければ入れないで構わない、と稜真は思う。焦らずとも、少しずつ交流を持てばいいだろう。

「ん~?」

 首を傾げたアリアは生返事をした。その視線は、ガルディと話していない左側の門番の方を向いている。その門番の方もアリアを見ていたかと思うと、ちょいちょい、と指でアリアを招いた。


「やっぱり! わぁい、バルー!」

 アリアはその門番へ向かって、駆け出した。


 アリアの急な動きに、ガルディと話していた門番がいきり立ち、槍を構えた。威嚇だろう事は分かったが、アリアに向かって突き出されようとした槍の柄を、稜真がすかさず掴み止めた。


『な、なんだ、お前!?』

 ガルディから見ても小さな稜真は、門番からしたら赤子のようなものだ。槍ごと振り払えそうな細く小さな人族。それなのに、まるで地に足が縫い止められているかのように、びくともしない。

『敵対するつもりはありません。どうやら相棒の方は、連れの知り合いだったようです。槍を下ろして頂けませんか?』


 それに答えず、門番は渾身の力を込め、槍を奪い返そうとした。青緑の肌が黒く見えるほどに力を込めた。手が小刻みに震える。だが、この人族は平然とした体で、困ったようにこちらを眺めるのだ。

 槍はピクリとも動かない。


 今の稜真は、リザードマンの言葉を話す為に、リザードマンのキャラクターに意識を切り替えている。雑魚キャラ設定で、すぐに魔法で吹っ飛ばされてやられたキャラだったが、どうやら力は強かったようだ。ルクレーシアの加護も働いている可能性もある。


 ──実は、稜真も槍が動かない事に驚いているのである。

 そこまで作り込まれていないキャラクターだったせいか、言葉を話す事を重点的に意識しているからかは分からないが、キャラクターに引っ張られる事なく自分の言葉で話せていた。


『馬鹿な…。わ、我らの言葉をそれほど流暢に話せる人族など、怪しすぎるわっ!』

『あー、それに関しては否定出来ませんね』

 槍を止めながら、稜真は器用に肩をすくめた。こちらに来ようとしている従魔達は、話がややこしくなるので念話で止めているが、止まらない者達がいた。


『リョウマをいじめるな!』

『馬鹿ー!!』

 ムーとミーだ。ムーが門番の足に噛みつき、ミーはぽかぽかと殴り掛かる。分厚い皮膚に物理的なダメージはないが、門番は困惑顔だ。

『こら! 止めろ!!』

 子供を振り払う訳にも行かず、掴まれた槍はびくともしないまま。門番はほとほと困り果てた。

『この子等がここまで懐く人族なら、悪い者ではないのだろう。分かったから、槍を放してくれ』


 稜真は手を放したが、ムーとミーは止めない。ムーなどは、かじりついたまま足で蹴っている。

『お前達、もう止めろ』

 ガルディが2人の首根っこを持って持ち上げた。ぷらぷらと揺れながらも、未だ門番に向かって頬をふくらまし威嚇している。


 稜真も仲裁に入ろうとした、その時──。


「んきゃ~っっ!?」

 アリアが頭上を飛んで行った。

 どこか余裕のある悲鳴に問題ないと判断したが、やはり気になる。

「そら。アリアの様子を見て来て…く……れなくても、大丈夫みたいだ…」


 ズドドドド、と駆け戻って来たアリアは、その勢いのままバルに飛び蹴りした。

「投げるなんてひどいよ!」

「前はお前が投げろと言っただろう」

 その足をひょいっと掴んだバルは、もう1度、今度は軽く上に投げた。くるん、と体勢を整えたアリアは、綺麗に着地した。


(ははっ…。俺は、アリアが1番チートだと思うなぁ…)


 自分の使い勝手の微妙なスキルはさておいて、アリアには敵いそうにないと何度思わされているのやら。苦笑する稜真に従魔達が寄り添った。定位置についたそらとももを交互に撫でてやる。


 きさらだけは稜真に向かって体を低くし、尾をピン、と立てていた。

『主! アリア楽しそう! きさらもやって!!』

 冬のように投げろと言っているのだろう。

「──また今度ね」

『約束!』

「はいはい。約束」

 きさらの頭を、がしがしと撫でてやった。



 入り口の騒動を聞きつけたのだろう。門の中には、リザードマン達が集まっているのが見える。皆、アリアとバルを見て騒いでいるように見えた。


 ひとしきり旧交を温めたアリアが、稜真の所に戻って来た。

「あの人が話してくれたバル?」

「うん。まさかここにいるとは思わなかった」


 集まっている人々に、バルが説明したようだ。おおっ、と声が上がり、熱い視線がこちらに注がれた。こちら…、どちらかと言うとアリアを見て何か言っている。

 アリアが目を瞬いた。

「気のせいかなぁ。私の名前が聞こえる気がするんだけど…」

 確かにアリアの名が聞こえる。稜真は意識を切り替えてリザードマンの言葉を聞いた。


『あれが噂に聞いたアリア様か…』

『4年前と少しも変わっておられないわ』

『アリア様って人族だったの? 赤い色のリザードマンだと思ってた』

 最後に聞こえたのは男の子の声だった。「ぶふっ!」と、思わず稜真は吹き出した。


 アリアはきょとんとした顔で稜真を見上げた。

「皆、『アリア様』って呼んでいるよ」

「ここの人達まで『様』呼び!? どうして!?」

「リザードマンは敬称を付けないって聞いたけど、本当にどうしてだろうね」

「──どうしても何も、お前がやった事を思い出してみろ」

 集落の人に説明を終えたバルがやって来た。それと入れ替わって、ガルディが昨日の説明を始めたようだ。

 稜真はバルと挨拶を交わした。


「私、何かやった?」

「集落を救っただろうが」

「バルをちょびっと手伝っただけだもん」

「ちょびっとだと? 領主からだと言って出したのも、お前の金だろう?」

「それは…その…。バレてた?」

 バルは呆れ顔でアリアを見下ろした。


 あの時は、領地も困窮していた。税金も払っていない他種族を救う余裕などないのは、バルも気づいていたのだ。領地の復興が先で、もしバルだけが買い物をしようとしても、売って貰えなかっただろう。アリアがいたから、集落を再興する為の食料や種、道具を手に入れられたのだ。

 分かってはいたが、あの時は甘えるしかなかった。


 あの頃。アリアを捕獲に来た伯爵家の者と出会い、アリアが領主の娘であると知っていたバルは、その内借りを返しに行くつもりだったのだ。


「散々お前の恩を語って聞かせたからな。お前にだけは敬称を付けると、長老が決めた」

「ヤダよ~。やめてよ~」

「諦めろ。それにしても4年も経ったのに、お前は少しも変わってないな」

「変わってない訳ないでしょ! 大きくなったもん!!」

「……そうか?」

 バルはアリアを片手に乗せ重さを確かめると、ひょいっと肩に担いだ。


「重さも変わってない」

「成長してるもんっ!!」

 アリアはじたばたと暴れている。


 じゃれ合う2人を稜真は微笑ましく思う。

 稜真が来るまで、アリアは家族にも複雑な思いを抱き、素直に甘えられないでいたのだから。


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