第226話 ガルディの母
ぶーぶー文句を言うアリアが降ろされた頃には、人族に対して不信感を抱いていた筈のリザードマン達は、すっかり歓迎ムードに変わっていた。
ガルディの説明のお陰だろうか、それとも『アリア様』のお陰なのだろうか。その騒がしさから、集落にいた者ほぼ全てが集まっていたらしい。従魔達も受け入れられ、グリフォンを怖がる者もいない。
集落の者を救った礼だと、今夜は宴をすると決まった。
宴は深夜まで続くので、今夜は集落に泊まる事になる。泊まるつもりはなかったが、お互いの種族の交流にはいい機会かも知れない。稜真もアリアも、リザードマンの集落に興味がある。
助けてくれた冒険者達には改めて礼をすると、集落の代表である長老が言った。長老は肌の色が茶褐色で背が丸くなり、杖を突いているリザードマンだ。
宴の為に肉を狩りに行こうとした人がいるのに気付き、アリアはアイテムボックスに入っていた肉を提供する事にした。それでは礼にならないと一旦は断られたが、アイテムボックスを圧迫して困っていると話せば受け取ってくれた。
体の大きなリザードマンはよく食べるし、集落の全員分だから、とアリアは魔牛を含めた10頭程を積み上げた。
『なぁ、リョウマ。あれはアリアが狩ったのか?』
ガルディが聞いた。
『アリアとうちの従魔だよ。俺は留守番していたから』
『グリフォンか…』
『きさらもだけど、そら……空色の鳥がいるだろう? あの子のレベル上げに行って狩ったんだ。手助けなしに、1頭狩れるようになったらしいよ』
『あの小さな魔鳥が? …まぁ…お前の従魔だからな』
呆れたようなその口調が、ノーマンと重なる。
『ははは…』
稜真は笑うしかなかった。
バルは昼まで門番の仕事があるので、門に残る。そしてもう1人の門番が、改めて謝ってくれた。
『悪かったな』
『怪しい動きをしたこちらも悪かったので、気にしないで下さい』
『いい奴だな…。リョウマって言ったか。宴の時、一緒に飲もうな!』
バシバシッ、とリザードマンの力で背中を叩かれ、思わずよろめいた稜真である。
(お酒ねぇ。どんな味か気にはなるけど…)
宴までは時間があるので、稜真達はガルディの家に向かって歩いていた。ムーとミーが手を引いてくれている。
「稜真、何言われてたの?」
「宴の時に一緒に飲もうって、ね」
「いいんじゃない。一緒にお酒を飲めば、人族との垣根もなくなるかも知れないし、私は構わないよ~」
稜真を見上げたアリアが、にへっ、と変な顔で笑った。
「……何?」
「稜真が子供扱いされてないな~、って」
「……」
「お酒に誘われたって事は、稜真は成人してるって見られたんだよね~。良かったね~」
うんうん、としたり顔のアリアを、どうしてくれようかと思った稜真だが、人族に対する印象を悪くする訳には行かない。今度たっぷりとお返ししてやろうと決めた。
(…あ、あれ? 何か背筋がぞくっと…。何故?)
アリアは身震いした。
『リョウマ。何を話している?』
ガルディの問いに、いつもは年相応に見られない事を話した。
『俺達が他種族を判断する時は、大きさ・色・雰囲気で判断するからな。リョウマは大きさよりも雰囲気で、年相応かそれ以上だと思われたんだろう。アリア…あーアリア様も、だな』
『16にしては小さいって言ったくせに』
『大きさが小さいのは事実だろう』
『それはそうだけどな』
大きさという表現が、微妙に心に刺さった稜真であった。
集落はログハウス調の家が並んでいる。2メートルを超す体躯と尾のせいだろう。家の大きさは一般的な人族の家よりも少し大きい。
『ここ!』
『ただいま!』
ムーとミーは手を離して、家に駆けこんで行った。従魔達は外で待たせ、稜真とアリアはガルディと中へ入った。
驚いた事に丸太の床の前に土間があった。リザードマンの家は土足厳禁なのだ。履物を履かないリザードマンは、家に入る時に足を綺麗に拭いて入る。
子供達が母親に飛びついて、よじ登っていた。母親は2人を抱き上げ、頬ずりした。
『お帰り。──おや、ガルディ。懐かしいお客様を連れて来たね』
母親もアリアを知っていた。
足を引きずるようにして歩く母親は、4年前のスタンピードで傷を負った。命があるのはアリア様のお陰だと笑う。門の騒ぎは聞こえていたが、足が悪い為、家で待っていたのだ。
当時ガルディは幼い弟妹を守るのに必死で、アリアを見ていなかった。
母親は、ルーテシアと名乗った。父親は仕事で外出中らしい。挨拶をすませたムーとミーは、従魔達と遊ぶと言って外へ行ってしまった。
ルーテシアは人数分のお茶を入れ、足の低いテーブルに置く。ガルディは胡坐を組んで座った。足の悪いルーテシアは、背もたれがない丸椅子に座る。テーブルも椅子も、どっしりとした作りだ。
『さて、聞かせてくれるかい?』
『…ああ』
ガルディは昨日の話を始めた。
言葉の足りないガルディを、時折稜真が補足する。精霊が治してくれたが、薬で治した事にして欲しいのも伝えた。
話の分からないアリアは黙ってお茶を飲みながら、稜真の声を堪能している。
(リザードマンの言葉って、シュッて音が混じるのね。何言ってるのか分からないけど、他の言語を流暢に話す稜真様は格好いいなぁ~。うふふ)
熱い視線に気づいた稜真は、アリアをチラリと見たが、怪しい方面に妄想している訳ではなさそうなので、放っておく。
『恩人の事は漏らさないよ』
ルーテシアは確約してくれた。
『さてと、お礼の前に。ガルディ?』
ルーテシアは立ち上がると、ガルディを手招きした。
『……はぁ』
ガルディは嘆息し、ルーテシアの前に行く。目を細め、ニッと笑ったルーテシアは、軽く身をひねるとガルディの顔を殴り飛ばした。
「「っ!?」」
稜真とアリアは揃ってぽかんと口を開け、床をゴロゴロと転がるガルディを見送った。
『やっぱり足が悪いと、踏ん張りが効かない。昔は外まで飛ばせたのにねぇ』
ガルディは頭を振って立ち上がり、頭を振りながら元の場所にドカッと座った。ルーテシアは何事もなかったかのように、丸椅子に座る。
『見苦しい所を見せたね。改めて、子供達を助けてくれてありがとう』
『はぁ…。どういたしまして…。ガルディ?』
『大丈夫だ』
心配そうな稜真に、ガルディは手を振って答えた。
『ガルディが出来る限りの事をしたのは分かっているのさ。それでも、私が心配した事実は消えないんだよ』
稜真はルーテシアの言葉をアリアに伝えた。
「なんと言うか…、愛には違いなさそうだけど……」
「そうだね…」
『リョウマ。精霊にも礼を言いたいんだ。呼んで貰ってもいいだろうか?』
ルーテシアは言った。
『はい』
稜真は瑠璃を呼んだ。今回も精霊らしく、瑠璃はふわりと宙に現れた。
『あらあら、可愛らしい精霊だ』
「瑠璃と申します」
瑠璃は宙で一礼して名乗った。上位の精霊は、人に名を呼ばれるのを嫌がるらしいが、瑠璃は特に気にしていない。稜真が付けた名を知って貰えるのが嬉しいのだと、以前話してくれた。
『ガルディを助けてくれてありがとう』
「主の
『リョウマには言ったさ。ルリにも直接言いたかったんだよ』
不思議な事に、ルーテシアと瑠璃は普通に会話している。アリアは瑠璃の言葉は分かるが、ルーテシアの言葉は分からない。
「あれ? 瑠璃は何語を話してるの?」
「精霊の言葉は、どの種族にも伝わるのです。私も、どの種族の言葉でも理解出来ますし、話す言葉はその種族の方も理解してくれます」と、瑠璃が教えてくれた。
だから、きさらとももの言っている事も分かるのか、と稜真は今更ながらに納得した。
「へぇ、便利だね~」
「あら?」
瑠璃はふわりとガルディの隣へ移動すると、じいっとガルディの顔を眺める。
「……どうして顔が腫れていますの? 体にも打ち身がありますわね…。私は、安静にと言いませんでしたか?」
『……リョウマ…』
詰め寄る瑠璃に閉口したガルディが助けを求めた。
『無理』と答えはしたが、稜真は一応フォローしようと、ルーテシアがやったのだと瑠璃に言う。
『母の愛なんだよ』
そう言ったルーテシアを、瑠璃はきっ!と睨んだ。
「愛情表現は、治ってからにして下さい!」
『ごもっとも』
ルーテシアもガルディも、瑠璃に叱られて身を縮こめる。
大きなリザードマンが2人、小さな瑠璃に説教されているのは、実にシュールな光景だ。
「やっぱり瑠璃は最強~」
「そうだね」
宴は日が変わるまで続くだろうと、ルーテシアは言う。
『主賓がいなくなっても、あいつらは騒ぐ理由さえあれば、構わないのさ。アリア様達は途中で抜けて、うちで寝ればいい』
そう言ってルーテシアは、家を案内してくれた。
この家の天井は高く、開放感があった。
寝室にベッドはないが、柔らかい敷物が敷いてあり、丸くなって眠るのだそうだ。冬は敷物が毛皮に変わり、上に毛布を掛けて眠る。夫婦と双子は一緒に眠り、ガルディは個室だ。
「や~っと永年の疑問が解けた!」
アリアが嬉しそうに言った。
バルは質問の答をくれなかったそうだ。唯一、しっぽが切れるかに対してだけ、「切れるか馬鹿」と答えたらしい。
『あいにく、客用の寝室は1つしかなくてねぇ』
案内された寝室は、家族が眠る寝室よりも少し小さい。
ルーテシアの言葉を瑠璃がアリアに伝えると、その目が輝いた。稜真は懲りないお嬢様に拳骨を入れておく。
『ガルディの部屋に泊めてくれる?』
『ああ』
昼食はルーテシアが用意してくれた。
野菜の煮込みとパンだ。良く煮込まれた野菜は美味しかった。どうやらいつもの昼食よりも軽い食事らしく、戻っていたムーとミーが文句を言った。ちなみに従魔達は外で食べている。
『宴と来たらご馳走が出るからね。軽くすませた方がいいんだよ』
「ご馳走?」
ぴくりと瑠璃が反応した。
『ルリも参加すればいい。アリア様の連れが1人増えても、誰も気にしないさ。人族のふりが出来るんだろう?』
瑠璃は食事の時に、人間のふりをして旅をした話をしたのだ。
「主…」
上目遣いの瑠璃を見て、稜真は笑った。
「バレたらバレた時の事かな。この集落なら、俺が精霊を連れていても、気にしないかも知れない。でもバレないに越した事はないから、人間ぶりっこは忘れずに。言葉は分からないふりをしてね」
「はい!」
稜真の許可が出て、瑠璃は嬉しそうだ。宙に浮いていた瑠璃は早速床に座り、人間のふりを始める。
「通訳がいれば誤魔化せるよね~。ガルディもいるし、バルを捕まえてもいいね!」
「通訳されているふりをするのですね。ガルディから目を離してはいけない気がしますし、私、離れないようにしますわ」
アリアの言葉が分からなくても、瑠璃の言葉で話の見当がついたのだろう。ルーテシアはククッと笑った。
『ルリはちっこいからね。ガルディの背中に張り付いているといいさ』
「背中…。見張るにはもってこいですわね。──でも、肩に乗せて貰う事にしますわ。そらみたいに」
ふふっと、瑠璃は悪戯っぽく笑った。ルーテシアは瑠璃を抱き上げて、ガルディの肩に乗せる。小さな瑠璃は、ガルディの肩にぴったりなサイズだった。ガルディの負担にならないように、体重はかけていない。
リザードマンの表情は読みにくいが、ガルディはそれはそれは情けない表情に見えた。集落を、幼女を連れて歩かねばならないのだ。
『……リョウマ…』
『あきらめろ』
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