第224話 リザードマンの集落へ 前編
『 』がリザードマン語です。
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森の中で野営の準備を整える。馬車の旅で手慣れていたアリアと瑠璃が、手早く火を熾した。
ガルディの為に、稜真は何か消化の良い物でも作ろうかと思ったが、カルツォーネが待ちきれない従魔達に押し切られた。ガルディとは、怪我をしたリザードマンの名だ。
リザードマンは卵から産まれる。子供達はひと腹の兄妹で、兄がムー。妹がミーだと名乗った。ガルディは長兄だそうだ。
稜真は作り置きのスープとカルツォーネを人数分取り出した。幸いリザードマン達にも好評で、ひと安心である。ガルディに、余っていた増血剤と栄養剤を飲ませようかと思ったが、人族と同じ薬でいいのか不安なので止めておいた。
夜も更け、すっかりきさらに懐いた子供達は、その体により添って眠っている。
指をくわえて物言いたげに稜真を見つめているアリアは、ももを付けて、早々にテントに放り込んだ。もう1つテントを張って、ガルディを休ませるつもりだったが、魔物の出る場所で警戒しない等あり得ないと言う。
「治療の後は睡眠も大切ですのに!」と、瑠璃がむくれている。
「責任感が強いんだね。瑠璃はアリアと眠っていて」
「主はどうしますの?」
「彼に付き合うさ。色々と話も聞いてみたいから」
パチパチと火がはぜる音がする。
稜真の索敵に引っかかる存在はいない。ガルディは強がっていたが、やはり体が辛いのだろう。木の幹に寄りかかって座っている。
稜真はマグカップに熱い珈琲を入れて渡した。この世界に珈琲は存在したが、どちらかと言うと紅茶派の稜真は滅多に飲まない。だが、夜更かしにはやはり珈琲だろう。
『ありがとう』
受け取ったガルディは、ひと口飲んでほっと息をついた。稜真はガルディの隣に座った。そして、いつものように警戒してくれていたそらを呼ぶ。
「そら。今夜は警戒しなくていいから、ゆっくりお休み」
『ここで、ねてもいい?』
「いいよ」
そらは嬉しそうに稜真の膝の上で丸くなった。
──静かな夜だ。
『ガルディさんは…』
『ガルディだ。敬称はいらない』
聞けば、リザードマンは敬称を付けずに呼び合うらしい。
『ガルディはいくつ?』
ガルディの身長は、190㎝はあるだろう。リザードマンの年齢は読めないが、どうにもその声が若く感じられる。
『15』
『へ…? 15…歳?』
まさかの年下だった。
『そうだ。お前は?』
『…俺は…16歳…』
『人族の16は、こんなに小さいのか?』
『くっ…。俺は…平均より…ほんの少し小さいから…』
ちなみに子供達は6歳だそうだ。
そんな話をきっかけに、ぽつりぽつりとお互いの事を話し始めた。
もちろん稜真は全てを話してはいない。それでも新しい町の話をし、集落の話を聞く内に、2人は打ち解けて来た。やがてガルディは、今日の出来事を話し始めた。
リザードマンは15歳になれば、1人前として扱われる。ガルディは弟妹を連れて、採取に出るのを日課にしていた。向かうのは魔物がほとんど来ない場所だ。
来ないと言っても警戒を怠っていなかったガルディは、魔狼が3頭こちらへやって来る気配を感じた。3頭の魔狼から2人を守り切るのは難しい。かと言って、今から2人だけを集落へ逃がすのも不可能だ。
ガルディは即座に心を決めた。
『いいか。俺は向こうに奴らを引きつけるから、おまえ達は隠れていろ。決して動くな』
そう言ってガルディは、匂い消しの薬草をムーに渡した。乾燥させて袋に入れてある。隠れ場所の周りにまけば、魔狼にも嗅ぎつけられまい。
『兄ちゃんは…?』
『向こうに人族が何人かいる気配がする。そちらへ誘導し、協力して片付ける。大丈夫だ。ここまで来る人族は冒険者だろう。だから心配するな。お前はミーを守る事だけ考えていろ』
『…分かった』
ムーはミーの手を引いて駆け出した。ムーもミーもこの辺りの地理に詳しい。何かあった時の為に、避難場所は頭に入れてあるのだ。
ガルディは剣を構えて魔狼に立ち向かう。2人に目を向けさせないように、浅く一太刀入れてから走った。仲間を傷つけられた魔狼は思惑通り、ガルディしか目に入らなくなる。
ザザザッ、と森の中を駆ける。
ある程度2人から引き離し、隙を見て斬りつけて反撃に出た。これならば冒険者の所へ行かずとも片づけられる。そう思っていたのだが、仲間を呼ばれたのは予想外だった。
最初の数なら1人でも倒す自信があった。守りきる自信がなかったから、安全策を取ったつもりだった。そんなガルディをあざ笑うかのように、10数頭の群れに囲まれている。
1人でどこまで数を減らせるだろうか。
死を覚悟したガルディだが、一縷の望みをかけ、腰に付けたバッグから呼び子を取り出し、思い切り吹いた。冒険者が気づいてくれる事を願って。
ザクッ!と、ひと際大きな魔狼に剣を突き刺す。
断末魔の声に深く息を吐く。1番手強い魔狼を倒せたが、まだ魔狼の数は多い。それなのに深く刺さった剣が抜けない。ガルディは、力加減を誤った後悔に歯噛みした。
その隙に剣を持った側の肩に、新たな魔狼が食いた。
『ぐっ!』
牙を突き刺す魔狼の血走った瞳と目が合った。ガルディは痛みをこらえて爪を伸ばすと、魔狼の目を切り裂いた。リザードマンの爪は伸縮自在なのだ。
「ギャンッ!」
剣はようやく抜けた。改めて構え、悲鳴を上げて離れた魔狼を牽制する。走って囲みを抜けようにも、右の太ももに傷を負っており走れそうにない。
──と。
「何か聞こえたのはこの辺りか?」
「もうちょい、向こうからっすかねぇ」
人族の言葉が聞こえて来た。ガルディはもう1度呼子を吹いた。
その音を聞きつけて駆け付けてくれた4人の冒険者と協力し、少々手こずったが全てを倒した。
「あんたすげえな! 1人でこんなに倒しちまうなんてよ」
実は冒険者に憧れていたガルディは、人族の言葉を勉強していた。まだ片言でしか話せず、早口で話されると理解出来ない。
「タスカッタ。アリガトウ」
「傷が深いな…。おい! 町に連れて行くぞ。お前ら、担架を作れ!」
傷の手当てをしている冒険者が言った。
「イカナイ。コドモ。サガス」
「子供? どっかに隠れてんのか…。俺らが探すから、お前はじっとしていろ」
よく分からないが、動くな、こちらが探すと言っているようだ。だが、ムーとミーが人族の前に姿を現す訳がない。自分が行かなければ、──それを人間の言葉で、なんと言えばいいのか分からない。
「こどもは、どこに、いるんだ?」
手当してくれた男はガルディの目を見て、ゆっくりと言ってくれた。
「ムコウ…。デモ…」
方向を指さし、自分が行かねば出て来ないと言わねば、だが説明する言葉が見つからない。言葉を探す内に、意識が遠退いていった。
話し終えたガルディは、冷めた珈琲を飲み干した。
『後はリョウマも知っての通りだ。考えて動いたつもりだ。だが、怪我をしたのは自分が未熟だからだ。まだまだだ…俺も』
『そんな事はない。ガルディはすごいよ。ちゃんと子供達の安全を確保して、自分が生き残る最善の道を探した。俺なんて──』
稜真は、自分が魔猿と戦った話をした。ギルドに提出した、修正済みの話だが。
『魔猿? 1人で倒したのか?』
『主に、ね。もっと他の人の手を借りる方法を、ガルディみたいに探すべきだったんだ』
『お互いに経験不足だな』
『そうだね』
稜真とガルディは、顔を見合わせて苦笑した。
翌朝。ムーとミーは胡坐をかいた稜真の膝に座って、朝食を食べていた。
怪我をしたガルディを気遣っているのか、稜真に懐いているのか。頭を撫でられてご機嫌な様子から、後者らしい。
朝食を食べてから瑠璃は湖に帰った。
残りの面々は、ガルディを先頭に集落へ向かっている。集落の近くまで護衛するだけのつもりだったが、集落へ招いてくれるらしい。助けて貰った礼もせずに、帰す訳には行かないと言われたのだ。
稜真の膝でゆっくり眠ったそらは、元気に周囲を警戒してくれている。
ももは稜真の胸元に入り、きさらの背にはムーが乗っている。結局昨夜は眠らなかったガルディを乗せたかったが、頑として聞いてくれなかったのだ。
(本当に頑固な奴だよ…)
ひと晩語り明かした稜真とガルディは、すっかり仲良くなっていた。今のところガルディの足取りに乱れはないが、様子がおかしくなったら有無を言わせずにきさらに乗せようと考えている。
稜真の隣を歩くアリアは、ミーを抱いて鼻歌交じりに歩いている。
「ご機嫌だね、アリア」
「抱き心地がいいの~」
アリアは言葉が分からなくても、子供達と仲良くなっていた。身振り手振りでも、なんとなく意志は伝わるものだ。そんなアリアに、稜真は昨夜ガルディから聞いた話をした。
リザードマンと人族は敵対していない。だが、いきなり町が出来た事で、不安を覚える者も多いのだと言う。
冒険者に、薬草の群生地を荒らされた事もあったそうだ。魔物と戦った形跡から、わざとではないと予想はついたが、貴重な薬草だった為、人族に対して怒りを抱く者もいるらしい。
「あ~。皆、脳筋だからね。きっと魔物しか目に入らなかったんだよ」
「あり得るね。自然破壊に関しては俺もやらかしているから、人の事は言えないなぁ」
シプレの祝福を貰ってからは、貴重な植物の位置が分かるようになり、戦闘中でもなるべく避けるようにしている。
鉱山が開かれ、人が増えた事で、魔物の生育域が変わる可能性がある。オークキングとサイクロプスの件は集落でも把握しており、鉱山のせいではないかと噂になっているらしい。
冒険者にあこがれる者もおり、静かに暮らしたい者もいる。町と交流を持つべきかも知れないと意見を出す者がいれば、集落の移転を考える者もいる。
意見は合わず、ピリピリした空気なのだとガルディは言った。そんな所にお邪魔していいものなのか稜真は気になったが、恩人は別だそうだ。助けてくれた冒険者達の話もすれば、集落の意見も変わるかも知れない。
冒険者に憧れているのは自分だ、と照れくさそうに顔を背けたガルディを思い出し、稜真はクスッと笑った。
(ギルバートさんは交渉したいと言っていたし、いい方向に向かうといいな)
「稜真がいるから大丈夫だよ~」
「また無茶振りを」
笑うアリアを見ていると、本当に大丈夫な気持ちになる稜真だった。
すらりと背が高く、目の細いガルディと違い、ムーとミーは手足が短く、ずんぐりむっくりとした体つきで、つぶらな瞳をしている。体の大きさは、アリアの腕にすっぽりと納まるくらい。男の子のムーの方が心持ち大きい。
「もふもふ、ふわふわ、もちもちは
アリアが言うには、ミーの体はひんやりしていて、鱗の手触りはざらつくかと思いきや、つるりとした触り心地だそうだ。
「程ほどにしなさいね…」
ミーは迷惑そうな顔をしている。
「このずんぐりしたフォルムもいい~。腕の中にすっぽりはまる、程よい大きさがまた~」
アリアはミーに頬ずりした。ミーがアリアの腕の中で、じたばたともがく。小さな手がきゅっ、と
「ほら。放してやって」
稜真はミーを受け取ると、きさらの背に乗せた。ご機嫌で乗っているムーの後ろだ。
ミーは、しばらく満足そうにムーに捕まって揺られていたが、軽く首を傾げると稜真を呼んだ。
『なんだい?』
『リョウマ。抱っこして欲しい』
稜真は見上げて来るミーの可愛さに、アリアの気持ちが理解出来た。抱き上げてやると、きゅっとしがみついて来るのが、なんとも愛おしい。
「さすがは幼女キラー。種族問わずだね!」
余計な事を言うアリアに拳骨を落としてやった。
「痛ぁ~いっ!?」
むぅ、と口をへの字にして頭をさすっていたアリアの表情が、突然曇る。
「……私には抱っこって、言ってくれないのにね。幼女キラーには敵わないかぁ」
「アリア?」
「あー、うん。なんでもないの。ちょっとほら、抱き心地が懐かしいな~なんて…ね。思っただけ」
アリアの手が、胸元の魔石のペンダントに触れた。昔育てたドラゴンのクロを思い出しているのだろう。
「この件が片付いたら、お墓参りに行こうか。クロは何が好きだったの?」
「
「料理した物は嫌いだった?」
「色々試したけど、炙ったお肉以外は駄目だった。それも軽く焼いた肉だけ」
「それ、アリアの料理って事?」
「あ、あれ? そう言えば、他の人が作った料理は試さなかったっけ。1度お菓子をあげたら、ものすごくがっついて…。もしかして……」
稜真はアリアの頭を撫でた。
「生まれてすぐは、料理は食べないんじゃないかな? クロは喜んで食べていたんだろう?」
「うん…。でも…。悪い事…しちゃったかな…」
落ち込んだアリアに、ムーが手を伸ばした。ぶんぶんと手を振って何やら話しているが、アリアには分からない。
「ムー、どうしたの?」
「抱っこって、言っているよ」
稜真が通訳した。
「えっ、いいの!? わぁ~い!」
早速抱き上げると、ムーはアリアにギュッと、しがみついた。その重みとしがみついて来る感じか、アリアには懐かしかった。
クロの体には突起があり、ごつごつして痛かったが腹側はすべすべだった。良く抱っこして散歩したものだ。
夜は、アリアが子守歌を歌ってやると、大の字になって眠った。アリアに対しては警戒心の欠片もないクロのなめらかな腹を軽く叩くと、ポンと良い音がした。
──そんな思い出が蘇った。
「…ふふっ。懐かしい…な…」
アリアの目からこぼれた涙を、ムーがチロリと舐めた。
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