第223話 子供達

 稜真達は急いで声の方に向かった。ももは稜真の胸元にするりと入る。


「おい! ここら辺りにいる筈だ! きっちり探せ!!」

「見当たらねぇんだよっ! くっそ、どこに隠れやがった!!」

「早く見つけねぇと不味いぞ!」


 そっと様子をうかがうと、殺気立った雰囲気の3人の男が、藪を探り、岩に開いた穴に手を突っ込んで何やら探しているのだ。探すのに懸命で、こちらに気づいていない。


 稜真は念話で、きさらに逃げ道を塞ぐように移動させた。そらには、もし逃げられた場合こっそり後を追うように指示する。

 アリアも違う方面の逃げ道を塞ぐように移動し、大剣を構えた。稜真はいつでも迅雷を抜き放てるように身構え、アリアと目で合図を取り、声をあげた。

「何をしているっ!」

 声に驚いた男達が、バッと振り返った。


「──あれ? リョウマさんじゃないっすか」

「お嬢も」

「どうしてここに?」

 いきなり緩む空気に気が抜けた。稜真にエプロンを差し入れた、エクバート、アスラン、イグジットの3人だったのだ。


「どうしてじゃないわよ! ドスの利いた柄の悪い声が聞こえたから、慌てて来たんじゃないの!」

「皆さん? ガキって聞こえましたけど、まさか子供をいじめているんじゃないでしょうね?」

 むくれるアリアよりも、冷たい声音の稜真に引きつった男達は、慌てて弁解する。

「違いますって!」



 エクバートが代表して話してくれた。


 オークキングとサイクロプスの件があってから、ギルドでは周辺の調査を続けている。リザードマンと最初に出会ったのも、調査を行っていた冒険者だった。エクバート達も何度か引き受けており、リザードマンに出会った事もあった。

 今日も討伐依頼のついでに調査を引き受けて来た。


 ──と、リザードマンが1人、10数頭の魔狼に襲われていた。


 足元に転がる死体から、20頭近い群れだったのが分かる。協力して倒したが、そのリザードマンの怪我はひどかった。自力では動けないので、応急処置をして町へ、もしくはリザードマンの集落へ連れて行こうとしたが、子供がいるからと言う事を聞かない。

 片言の言葉と身振りで聞き出した所によると、子供はこの辺りに隠れていると分かったので探しているのだ。


「子供があんた達に探されて、出て来るとは思えないよ~。顔が怖すぎだもん!」

「「「お嬢、ひでぇ!?」」」


 漫才をしている暇があるのだろうか。


「はぁ…。皆さんは殺気だつ程に急いでいたのでは?」

「あっ!? そうだよ。早く見つけて、あいつを町へ連れていかないと不味いってのに!」

 この中ではリーダー格なのだろう。エクバートが嘆息した。

「リョウマさんの顔見ると、つい気が緩むんっすよねー」

 それでも雰囲気が緩いのはイグジットだ。アスランは真面目に、その辺りを捜索している。


「俺のせいにしないで下さい…。そのリザードマンはどこに?」

「ザックに護衛を頼んで、向こうに寝かせてます」

「ザックさんもいるんですね」

 彼らは基本4人で動いているそうだ。稜真に絡む事はどうにもばつが悪いのか、エプロン騒動の時は違う店で飲んでいたらしい。

「ザックさんって、誰だっけ?」

「ほら、アリアとアリサを連れて来た時、絡んで来た人」

「ああ~」


「どうやら子供達は上手く隠れているようですし、今はその人の傷を治しましょうか」

「リョウマさん、治せるんっすか?」

「王都で新たに作られた、高級な傷薬を1つだけ持っています。どんな傷でも治す、銀貨5枚の回復薬です」

「「「銀貨5枚!?」」」

「傷を治して、子供と合流し、その人を集落…もしくは近くまで送って行きますよ」

「リョウマさんには、きさらがいますもんね。ここから町まで行くよりも、自分の集落で治療した方がいいでしょうし、お任せします」

 エクバートが言った。


「きさら。魔物がこの辺りに近づかないように見張っておいて。そら、もも。出来れば子供達を探してくれる? 場所を見つけるだけでいいから」

『分かった』

『はーい』

 ももは稜真の胸から出ると、頬にむにゅっと触れてから地面に降りた。きさらもはりきっている。





 エクバート達に案内された場所では、木にもたれたリザードマンとザックがいた。稜真が軽く頭を下げると、驚いた顔のザックは手を上げて挨拶した。

 リザードマンは眠っているようだ。その時、そらから念話が届いた。

『あるじー。ちいさいの、かくれてる、みつけた』

『ありがとう。移動しないように見ていてくれるかな?』

『はーい』


 エクバート達を町に返し、リザードマンの傷を治してから子供を探すつもりだったが、眠っているのであれば、子供を先につれてくる方がいいだろう。応急手当はしてあるので、今すぐどうこうなる訳ではなさそうだ。


「皆さん。従魔から念話で、子供達を見つけたと連絡が来ました。俺達が連れて来る間、この人を見ていてくれますか?」

「さすがはリョウマさんの従魔っすね! 俺らも手伝いましょうか?」

 イグジットが言う。


「いや…それは…」

 稜真が口を濁したが、アリアは濁さない。

「あんた達が来たら、子供が出て来る訳ないじゃん! 来なくていいよ~」

「「「お嬢ひでぇ!!」」」

 叫ぶ3人にザックは静かにしろと、順に頭を殴った。


「…まぁ、そういう訳なので、彼を守ってあげて下さい」

 稜真とアリアは、頭を押さえてうずくまる彼等を置いて、子供達の元へ向かった。



「ねぇ稜真、…薬って?」

 例の薬は1つしかなかった。そう、稜真に使った1つだけだ。怪我をした姿を思い出したのだろう。表情の曇ったアリアの頭に、稜真は手を置いた。

「ああ言えば任せてくれるだろう? 瑠璃に治療を頼もうと思うんだ。傷を見ないと、なんとも言えないけどね…」


 瑠璃が回復魔法を使えるのは知っている。体力の回復や打ち身の治療はいつもして貰っているが、怪我も治せるのかは分からない。例え癒せなかったとしても、きさらに乗せて集落に運ぶ事は出来る。



 従魔達と別れた辺りに来ると、『あるじー』と、そらが稜真の肩に飛んで来て、きさらが稜真にすり寄った。ももが藪の前で、ぴょんぴょんと跳ねている。

 その場所は、アスランが頭を突っ込んでいた藪だった。稜真が藪をかき分けて体を滑り込ませると、その奥に小さな穴が見えた。岩の影になっていて、分からなかったのだろう。

 穴をのぞき込むと2人の小さなリザードマンが、身を寄せあって震えていた。心持ち体の大きな子が、稜真に向かってシューシューと威嚇する。


「君達を心配している人がいるんだ。連れて行くから、そこから出て来てくれないかな?」

 稜真が優しく語りかけたが、警戒は止まない。稜真の背後から、きさらが頭をのぞかせる。突然現れたグリフォンに子供達は怯え、警戒音が強くなった。

「きさら。下がって姿を隠していて。怖がっているから」


 だが、きさらが姿を消して、改めて稜真が話しかけても出て来ない。

「はぁ…。駄目みたいだ」


「稜真のたらしが効かないなんて!?」

「たらし言うな…。怖い思いをしただろうし、人族への警戒心も強いんだろうね。どうすればいいかな…」

「ね、思ったんだけど、稜真ってリザードマンの役やった事あったよね?」

「…あった、か?」

 全く思い当たらず、稜真は首を傾げる。


「え~っとね。デビューして間もない頃だと思う。ファンタジーアニメのシリーズで1話だけ登場して、すぐにやられる役」

「デビューして間もなくで、ファンタジー?」

「タイトルは『ドラゴンファンタジア』で、魔法使いが主人公」

「……あった、な。あんな昔のモブ役、よく知ってるな。で?」

「稜真が言葉で説得すれば、出て来るって~」


 さっきから言葉で説得しているではないか。2人は一旦藪から這い出た。

「言っている意味が分からないんだけど?」

「リザードマン役やったなら、言葉が話せるんじゃないかなぁ、って」

「アリア…。いくらなんでも無理だろう」

「きっと出来ると思うんだな。ほらほら、早くしないとあのリザードマンの容態が悪くなるよ~」


 渋々引き受けたものの、なんと声をかければいいのやら。悩んだ稜真だが、そうしていても仕方がない。ドラゴンファンタジアの記憶を探る。

 大先輩方に囲まれて、ドキドキしながらの収録だった。ちょい役だったので意識を切り替えると言っても難しいが、実は原作小説のファンだったので、前後の情景が思い浮かぶと役の記憶も蘇った。


(俺が演じたリザードマンは、普通の言葉を話していたんだけど、大丈夫かな…?)


 意識の切り替えに成功した稜真は、藪に入って子供達に話しかけた。

『怪我をしたリザードマンが君達を気にしているんだ。連れて行くから、こっちに来てくれないかな?』

『お前…。なんで言葉が話せる…?』

 シューシュー言っていた大きな子が、訝しげに言った言葉が理解出来る。声の感じからして、男の子だろう。通じて良かった、と稜真は息をついた。


『言葉が分かるのは、女神さんの加護のお陰だよ』

 子供達を落ち着かせようと、稜真は優しく語りかける。

『女神様の…加護…』

 男の子は、大きな目で稜真をじっと見つめた。稜真は優しく見つめ返し、見つめ合う事しばし、ようやく穴から出て来てくれた。2人を抱きかかえて藪から出ると、ふふん!とアリアがどや顔をしていた。


 軽くデコピンをし、きさらを2人に紹介して、その背に乗せた。子供達は目を丸くしている。

『なぁ。兄ちゃんの怪我、ひどいのか?』

『一緒にいた冒険者が助けてくれてね。応急手当もしてくれた。怪我の具合は…俺は見ていないから、なんとも言えない』

『助かる?』

 小柄な方の子が可愛い声で言った。この子は女の子だろう。

『手を尽くすよ』




 木に力なくもたれかかっているリザードマンを見て、男の子がきさらから飛び降りて駆け寄った。

『兄ちゃん!?』

 その声でリザードマンが目を覚ました。

『…ムーか。怪我はないか?』

『大丈夫! ミーも無事! 俺、兄ちゃんに言われた通り、隠れてた!』

『偉いぞ』

 稜真は女の子を抱き上げると、リザードマンの隣に降ろした。そしてリザードマン達から離れ、待っていた冒険者に向き直った。


「皆さん、後は任せて下さい。いつ町に戻れるか分からないので、ギルドと宿に連絡を頼めますか? 」

「了解っす!」とイグジットが軽く答えた。

 その頭を叩いたザックは、回復薬の話を聞いたのだろう。

「あっさり子供を見つけたお前なら大丈夫だろうな」と肩をすくめた。

「俺らが倒した狼は解体した。残っているのは、そのリザードマンが倒した分だ」

「はいは~い。アイテムボックスに片づけとくね~」

 アリアがひょいひょいと魔狼をしまった。解体した分の肉などは、スライムが来るよう、離れた場所に持って行ったそうだ。



「行くぞ!」

 ザックが言うが3人は動かない。物言いたげに稜真を見るのだ。

「……何か?」

「腹が減ったなぁ…と思いまして」とエクバートが答える。

「これから大急ぎで町まで行かないと…体力持つかなぁ」

 アスランがうそぶいた。

「……」

 イグジットは何も言わず、指をくわえて稜真を見ている。


「あんた達、保存食も持ってないの?」

 アリアが呆れて言った。

「当然持ってますよ。でも、なぁ」

「リョウマさんが、移動しながら食べられる物をお持ちじゃないかなぁ、なんて」

「……」


「お前等……」

 ザックは頭を抱えた。


「仕方ないですね」

 稜真はアイテムボックスから出した水で、汚れた手を綺麗に洗わせた。

「新作です。後で感想聞かせて下さい」

「温かいっす!」

 イグジットが嬉しそうに目を輝かせた。

「中に熱い具が入っているので、気をつけて下さいね」

 ピザの具が中に入っているカルツォーネだ。紙に包んであるので、食べやすいだろう。1人2個ずつ渡した。呆れていたザックだが、受け取る時は嬉しそうだった。


「ああ!? 私もまだ食べてないのに!」

「アリアはピザを食べただろう? 味は同じだよ。怪我を治したらね」

 後半の言葉は、うらやましそうに見ている従魔に向けてだ。


 温かいカルツォーネの香りが食欲をそそったのか、男達はそそくさと町へ向かった。

「早っ!? よっぽど食べたかったんだね~」

「治療の様子を見せる訳に行かないからね。すぐに行ってくれて助かったよ。さて──」


 稜真はリザードマンの前に膝をついた。身に着けていたであろう胸当てと剣は横に置いてある。

『今からあなたの治療をしたいと思います』

 リザードマンは不審げな目を稜真に向ける。

『ムーとミーに聞いた。女神様の加護で言葉が分かると。治療も加護か?』

『いいえ。精霊の力を借ります』

『精霊だと?』


 稜真は念話で瑠璃を呼んだ。精霊らしく現れるように頼んだので、瑠璃は宙にふわりと現れた。


「水の精霊の瑠璃と申しますわ」

 宙で一礼する瑠璃に、リザードマン達3人は目を丸くしている。


「主。この人の傷の具合を見たいのです。巻いてある布を外して下さい。アリア。子供達に傷を見せたくないですわ。あちらに連れて行って貰えますか?」

「は~い」

 アリアが手を差し出すと警戒した子供達だが、稜真が通訳すると納得してくれた。

 従魔達にも子守りを頼む。子供好きのきさらと、このところ子守り慣れしているそらとももは喜んで引き受けてくれた。


 布が巻いてあるのは、肩口と右の太ももだ。稜真が布を外すと、瑠璃が水を使って傷口を洗う。ザックもある程度は綺麗にしたのだろうが、水筒程度の水しかなかった筈だ。傷口は汚れ、血が固まっていた。瑠璃の水が傷を洗うと、新たに血が流れ出す。傷むのだろう、リザードマンは歯を食いしばっている。

 傷は深く抉れていた。通常のリザードマンの体温がどうなのか知らないが、子供達に比べて低い気がする。


「瑠璃。この傷を癒せる?」

「大丈夫ですわ。主の魔力を分けて下さい」

「いいよ」

 瑠璃に言われ、稜真は瑠璃の手を握った。瑠璃から放たれた光がリザードマンを包むと、傷口は盛り上がり、ゆっくりと塞がって行った。


「これで大丈夫ですわ。でも流れた血は戻りませんから、ゆっくりと休ませないといけませんよ」

 そう言うと、瑠璃はじーっと稜真を見た。

「あの時は心配かけたね。治療してくれてありがとう」

 稜真が抱きしめると、瑠璃は頬をすり寄せた。


『助かった』

 リザードマンは立ち上がり頭を下げた。

『もう傷む所はないか?』

『ない』


 そうこうしている内に辺りは暗くなって来た。傷の治ったリザードマンと相談し、集落へは明日の朝戻る事になった。



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