第206話 帰路 前編

「ん~、いい天気~」

 アリアはぐっと伸びをした。今はイネスが手綱を握っている。


 この道は行きにも通ったが、急いでいたので周囲に注意を払っていなかった。

 帰路はゆっくりと街道の調査をしながら帰る予定だ。道の弱い箇所や、整備の必要な箇所のチェック、人通りの量などを調べるのだ。


 スケア村の依頼を受けたギルドにも寄って、依頼報告をしなくてはならない。


 川に沿った道を進んでいるが、ギルドのある村に寄った後は川からそれるので、今日はもう移動はせず、川向こうと下流の方を調べる事にした。稜真としては、河原にしか生えない植物も多いので、採取しておきたい。

 川の真横にある野営地には、人の姿はない。どうやら今日は貸し切りのようだ。野営の準備をする前に、稜真はマーシャとイネスを呼んだ。


「マーシャ、イネス。伯爵家で仕事をする気持ちに変わりはないかな?」

 稜真の問いかけに、2人は力強く答えた。

「ない。がんばる!」

「変わってません!」

「そうか。それなら、旦那様に連絡を入れるよ」

「どこかでお手紙を出すんですか? 俺達が先に到着しませんか?」

「大丈夫。きさらが運んでくれるから、すぐ届くよ。アリアもお手紙を送る?」


 稜真はここまでの報告書と、2人が伯爵家で勤める事についての手紙は書き上げてある。

「う~ん。そうだなぁ。私からも2人の事を書いた方がいいよね。ちょっと時間ちょうだい」


 この辺りの川幅は広い。こちら側は河原だが、対岸は1メートル程の切り立った崖になっていて、その向こうには、うっそうとした森が広がっている。

 アリアが手紙を書いている間に、メリッサの馬具を外し、河原へ連れて行く。メリッサが水を飲み始めると、従魔達も横並びになって飲み始めた。


 稜真がふと足元を見ると、平べったい小石がある。


(水切りにちょうどいいな)


 懐かしくなった稜真は、なんの気なしに石を拾い、シュッと川へ投げた。石は、ピッ、ピッ、ピッと川面を跳ねてから、沈んでいった。


(3回…か。腕が落ちたなぁ)


「リョウマおにいちゃん、まほう?」

「違うよ。投げ方にコツがあるだけ。やってみる?」

「やる」

「やりたいです!」


 マーシャ以上に食いついたのはイネスだ。男の子なら定番の遊びな気がするが、近くに川がなかったのか、もしくは家の手伝いばかりで遊びに行かなかったのか、やった経験がないと言う。

「私もやりたいですわ」と、瑠璃が稜真の服の裾を引っ張った。


 稜真が使う石の特徴を教えると、3人は河原を探し始めた。そらとも石をつつき、またはぴょんぴょんと跳ね回っては。稜真の足元に石を集める。

 水を飲み終えたメリッサは、草むらの草を食べてのんびりしている。きさらは大きくあくびをして、昼寝を始めた。


 そらとももが集めた石を稜真はもう1度投げる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッと、今度は5回跳ね、対岸近くで水に落ちた。

「こんなもんかな」

 勘が取り戻せて満足した稜真を、全員が尊敬のまなざしで見つめる。くすぐったくなった稜真は、石を手渡して、やってみるように言った。


 のみ込みの早いイネスは、すぐに出来るようになった。

 水との親和性が高いせいなのかは分からないが、瑠璃もあっさりとマスターした。マーシャだけは中々上手く行かなかったが、稜真が後ろから手をそえて投げ方を教えると、1度だけだが水の上を跳ねた。何度やっても1度しか跳ねなかったが、マーシャは嬉しそうに笑う。



「あ~!? 面白そうな事やってる! 私もやる!」

 手紙が仕上がったアリアがやって来た。

「アリアはやった事あるの?」

「ない! でもなんとなく知ってるもん。石を横投げすればいいんでしょ~」

 アリアは無造作に石を拾うと、横投げに「えいっ」と投げた。

 ドゴンッ、と対岸で音がした。


「あ、あれ?」

「アリア…。水にも入らないって、どうなんだよ」

「も、もう1回!」

 アリアは、そらとももが集めた石をむんずと掴んだ。


 ドゴッ! ゴガッ! ドゴンッ!


 アリアが投げる石は、水の上を走るどころか、まっすぐ対岸に飛んで破壊音を響かせる。

 横投げを意識しているからなのだろうが、低い位置から投げられた石は、斜め上に飛ぶ。方角もさることながら、一体どれだけ力を籠めているのだろうか。

 稜真が見本を見せるが、何度やっても水に付かない。


 ポーズだけは真似が出来ている。そうポーズだけは。


「……アリア」

 稜真は額を押さえた。

「お姉ちゃん…」

「アリアさま?」

「…アリア様…」


 全員がなんとも言えない視線を向けた。騒音で起きたきさらを交え、従魔達とメリッサは背後で震えている。


「なんで~!?」

「なんでも何も、力が入りすぎなんだよ」

 稜真は、よく跳ねそうな石を選び、アリアに渡した。アリアが即座に投げようとするのを止め、後ろから手を回してアリアの両腕をつかむ。


「いい? 手首の動きはこうだよ。腕はこう振って。──ほら、肩の力を抜いて?」


(んなっ!? か、体を密着した上に、耳元で話すなんてっ!! 本っ当に、稜真は天然なんだから~~!!)


 内心パニック状態のアリアに手をそえたまま、稜真は石を投げさせた。程良く、と言うか力の抜け切ったアリアが投げた石は、ピッ、ピッ、と2度水の上を跳ねた。

 元々運動神経の良いアリアだ。1度成功すれば、2度目は容易かった。


 川の調査は明日に回そうと決め、今日はたっぷりと遊ぶ事になった。


 イネスは店の手伝いばかりで遊んだ事がなく、アリアもまた子供らしい遊びはして来なかった。こうやって遊ぶのも、いい経験だろう。

 固まっていた従魔達とメリッサも怯えから回復し、メリッサは食事の続きに戻り、従魔達は河原で遊び始めた。





 ひとしきり遊び、そろそろきさらに配達を頼もうとしたのだが姿が見えない。

「あれ、きさらは?」

「あっちにとんでいった」

 マーシャが対岸を指さした。しばらく前に、そらと一緒に対岸に行ったらしい。稜真がきさらを念話で呼ぼうとした時、そらが戻って来た。


『あるじー、おにくいっぱい!』

「お肉?」

『きさらが、もってくる』


 しばらくすると、きさらが鳥やウサギを腕に抱えて戻って来た。


「きさらが獲ったの?」

『違う。アリア』

「アリア?」

 稜真が死体を見ると、どうやら打撲が死因のようだ。

「──アリアが投げた石か」

「嘘っ!?」


「アリアさま、すごい!」

「ホントに!」

 マーシャとイネスの尊敬のまなざしと、瑠璃の呆れ果てたまなざしが、アリアの心に突き刺さった。

「あはは~」

 もう笑うしかない。


『まだある』

「──まだ?」

『ちょっと重たいけど、頑張る』


 そう言って飛んで行ったきさらが、水の上を引きずるようにして運ぶのは、自分と同じ大きさの熊だ。さすがのきさらも、何度か水に浸かりながら運んだ。

 熊は眉間以外に外傷はない。どうやらアリアが投げた石が、不幸な熊の眉間を貫いたらしい。


「これも、私なの!?」

「他にいないよね…。アリア、石は気軽に投げないように」

「そうします~」


 稜真は報告書と手紙を入れたバッグを、きさらの首に下げる。

「きさらだけで行かせるんですか? 見た人が驚きませんか?」

 イネスの気持ちは分かるが、その心配はない。稜真はいい機会だから、屋敷勤めを決めた2人に、きさらの秘密を教えようと考えている。


「きさら、頼むよ」

『は~い!』

「イネス、マーシャ。今から起こる事は、お屋敷の人以外には内緒にしてね」

 稜真はしいっ、と指を立てて見せた。そして、アイテムボックスから石笛を取り出して、吹き鳴らした。


 空間が繋がった先に伯爵邸が見えて、2人はポカンと口を開けた。


「あのね~、2人共。稜真はきさらをテイムした時、その山に棲むドラゴンから、空間を繋ぐ魔法具を貰ったんだよ。──よし、出~来た!」

 アリアは説明しながら、何かを紙に書き、穴を開けてひもを通した。


「さすがはリョウマさんです」

「リョウマおにいちゃん、すごい」

 2人はあっさりと受け入れたようだ。こんな簡単に受け入れていいのだろうか。ノーマンの突っ込みが、少しだけ懐かしくなった稜真である。


「あ、きさら。これ持って行って~」

 アリアは先程の紙を熊の首から下げた。紙には『お土産』と書かれている。

「クォン!」とひと鳴きしたきさらが、熊を引きずって消えて行った。


「お土産…」

「うん! 大きなお肉だし、料理長喜ぶよ~」

「師匠が引っ張り出される姿が目に浮かぶなぁ。帰ったら文句言われるぞ…」

「お肉だもん! スタンリーも喜ぶって!」

「まぁね」


「……リョウマさん。あんなお土産をきさらが持って行ったら、お屋敷の人達が驚くんじゃないですか?」

「前に1度やっているからね。きさらが持って行った事に対しては驚かないよ。それに、アリアが育ったお屋敷の人達だからな。色々と慣れているんだ」

「ああ…」

 アリア様を知っているマーシャはともかく、イネスがあっさり受け入れた。


「イ~ネ~ス~? 『ああ』って何さ!」

「こら、イネスを責めない! アリアも分かっているだろう?」

「分かってるけど!! むぅ~!」

「それはともかくとして、さてアリア」


(はっ!? お説教の気配がする!!)


 気配を感じ取ったのはアリアだけではない。


「リョウマさん、俺この鳥とウサギを処理しますよ。そのまま夕飯作ります」

「マーシャもてつだう」

「私も手伝いますわ」

 3人は野営地へと向かった。

 従魔達とメリッサも、そそくさと後をついて行き、その場には、稜真とアリアだけが残されたのである。


(見~捨~て~ら~れ~た~!!)



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