第205話 シャリウの受難

 今日は空から調査をする。メンバーは、稜真、アリア、瑠璃だ。


 イネスとマーシャは、オルガとジェドに山羊の放牧に誘われている。何度も行った経験があるマーシャは楽しみにしている。

 山で昼食を食べ、夕方前に戻る予定だ。クリフとフラウがいるから大丈夫だとは思うが、稜真はそらとももに付き添いを頼んだ。

 バスケットにサンドイッチとお茶、パウンドケーキを詰め込んでイネスに渡す。そらともものご飯は、マーシャが自分のリュックに入れて運ぶと言ってくれた。アリアに貰ったリュックに、いそいそと詰めている。


 ピクニック気分のイネスとマーシャを見送り、稜真達はきさらに乗って出発した。




 川は雨で増水しているが、これは通常の姿だろう。ダムになっていたあの場所も、特に異常はなかった。


 そうして次に来たのは、シャリウの棲む淵。

 稜真は近づかないと誓っていたものの、どうにもティヨルの体調が気がかりだったのだ。

 稜真が木に近づくと、ティヨルが飛び出して来た。


「きゃあ、リョウマさん! 来て下さって嬉しいです!」

「ティヨル、元気そうですね」

 顔色もいい。あの夜とは別人のようだ。

「はい、もうすっかり! 心配して下さったのですか? ありがとうございます!」

「心配するのは当たり前でしょう。無理をしないで下さい」

「はい」


「シャ~リウ~!」

 一方、アリアは淵に向かって叫んでいる。

「シャ~リ~ウ~! 出て来ないの~? 奥さんがどうなってもいいのかな~」

 淵からポコッと泡が浮かんだが、それでもシャリウは出て来ない。


「よぉっし! ティヨル、こっちに来て」

「なんでしょうか、アリアさん」

 ふわりと浮かんで、ティヨルは近づいて来た。

「うふふふ。ていっ!」

 アリアがティヨルに抱きつくと、そのままふよふよと浮かんでいる。ティヨルは不思議そうに首を傾げた。

「おお~。浮いてる~」


 ザバァッ、と白いドラゴンが淵から現れた。

「わ、わ、我が妻に何をする気だ! 魔女め!」

 シャリウの声は、微妙に震えていた。

「あら、出て来た。ざ~んねん。今からティヨルに稜真の話をたくさんして、めろめろにさせようと思ったのにな~」

「……これ以上か? 寝ても覚めてもリョウマさん、リョウマさんと…。我の事などそっちのけなのだぞ…」


「リョウマさんのお話ですか!? 聞きたいです!」

 未だにしがみついているアリアを、ティヨルは抱きしめた。


「……アリア、何を話すつもりかな?」

「え? あっちの話だよ。心置きなく話せる人は、貴重なんだもん!」

 そう言えば前回アリアは、あちらでのイベントの様子を語ったのだった。

「するなっ!」

「え~、仕方ないなぁ」

 アリアはティヨルから手を離し、地面に降りた。


「ところでシャリウ。私と手合わせしてみない~?」

「……魔女は我を殺す気か? やらん!」

「そんな事言わないで、うふふふ」

 大剣を抜くアリアを見て、シャリウは恐怖でズザッと後ずさった。

「アリア、何考えてるの」

 稜真が聞くと、アリアはふくれっ面になって答える。


「だって! あの日シャリウが余計な事言うから、稜真の歌が聞けなかったんだもん! お返ししないと気がすまないもん!」

「それは、我のせいではないだろう!?」

「シャリウのせいだし!」

「リ、リョウマよ! 魔女を止めよ!」


 稜真はシャリウには答えず、きさらを呼んだ。

「俺は調査して来るよ。──ほどほどにね」

「了~解~」

「瑠璃。目に余ったら止めてやって」

「分かりましたわ」

「リョウマ!? 我を見捨てるのか!?」

「頑張って下さいね」


 稜真はシャリウに向かって、ひらひらと手を振った。そして瑠璃とティヨルの為に敷物を敷いて、お茶とお菓子を用意し、きさらに乗って調査に向かった。





 上空から周辺を見る限り、山も崩れておらず被害もなさそうだ。


『主、主! 思いっきり飛んでもいい?』

「いいけど、俺がいない方がいいか?」

『主と一緒に飛びたい!』


 久しぶりの晴れ間だ。きさらの気持ちも分かる。浮かれているきさらは、どんな飛び方をするか見当が付かない。稜真は手綱を手に巻き付けると、しっかりと首にしがみついた。


「いいよ、好きに飛んでごらん」

『わ~い!』

「うわっ!!」

 いきなりの加速だ。


 稜真の周囲はきさらが空気を操っているので、風の抵抗は感じない。ただ、はしゃいだきさらは真っ直ぐに飛ばず、急加速、急上昇に急降下、とアクロバティックに飛ぶ。しまいには、宙返りである。


(しがみついていて良かった…)


 きさらは、全身で楽しいと感情を表している。青空の下、グリフォンで空を飛ぶのは、稜真も楽しい。


「ふっ、あはははっ!」

「クォルルル!」


 1人と1頭の楽しげな笑い声が、空に響いた。




 稜真が戻ると、竜体でぼろぼろのシャリウが横たわっていた。

「シャリウ。生きていますか?」

「……なん…とか…な…」

 少しだけ気の毒になった稜真である。


「運動したりな~い!」

 アリアが大剣の素振りを始めた。ブオン、と空を斬る音にシャリウはビクッ、とする。

「アリア、もう止めなさい」

「は~い」

 稜真に言われ、シャリウをからかっていただけのアリアは、素直に大剣を鞘に入れた。


「あ、ここ、鱗剥がれてる~」

 剥がれかかっていた鱗をアリアがむしった。アリアの手のひら程の大きさの真珠色の鱗だ。

「ピッ!?」と、シャリウが可愛らしい悲鳴を上げた。


「アリア…」

「ドラゴンの鱗だし、高く売れるもん。稜真の歌が聞けなかった慰謝料に貰っちゃう」

「これが売れるのですか? ではアリアさん、こちらもどうぞ」

「ピッ!?」

 宙に浮いていたティヨルが、シャリウの背の鱗をむしった。


「ティヨルまで…。我が妻が、魔女に染められてしまった…」

 これ以上むしられてはかなわないと、シャリウは人化した。髪はもつれ、あちこちぼろぼろで眼鏡は傾いている。イケメンが台無しだった。

「瑠璃、回復してやれる?」

「主のお望みなら。後で魔力を下さいましね?」

「口からじゃなければ、いくらでも持って行って」




 シャリウの回復後は昼食だ。

 稜真は、瑠璃とティヨルが座っていた敷物の上に、サンドイッチとスープを取り出した。シャリウとティヨルも食べると言うので、その分も取り出す。

「稜真。もう1つ敷物なかったっけ?」

「あるよ」

 稜真は今敷いている物より、小さな敷物を取り出した。瑠璃が増え、料理を並べるのに狭くなって買い直してからは、使っていなかった。


 アリアは離れた場所にその敷物を敷き、1人分のサンドイッチとスープを置いた。

「シャリウはここで食べて」

「我とリョウマが座るのだな?」

「そんな訳ないでしょ!? 稜真からシャリウを隔離するの!!」

「…ティヨル…こちらに来ぬか?」

 シャリウは情けない顔で呼びかけたが、ティヨルは稜真の話に夢中で、こちらには見向きもしない。


「……リョウマよ。共に食事を…」

「あの夜も懲りずに不穏な事を言ったのですよね? そんな方とご一緒する訳がないでしょう」

 シャリウは、寂しそうにサンドイッチにかじり付いた。


 きさらにはワイバーンの料理を出した。宿で作った時に、避けておいたのだ。

 唐揚げ、ハンバーグ、チーズカツ、カツレツ。スープだけは、取り置き出来なかった。どれもきさらにとっては少ないだろうが、嬉しそうだ。

 きさらの要望で、野菜と魔狼の肉も出す。お腹をふくらませてから、稜真のご飯を味わうのだ。


 自分の話で盛り上がる女性陣の側で、居たたまれない思いで昼食を食べていた稜真に、半泣きの念話が届いた。

『主…、きさらのご飯…』

「どうしたの…って、シャリウ? うちの子のご飯を横取りするとは、どういう了見です?」

 稜真がきさらを見ると、唐揚げをシャリウが頬張っていた。他の料理もシャリウが食べてしまったようだ。


「いい匂いがしたのでな。ちゃんとグリフォンに分けてくれと頼んだぞ」


 気のいいきさらは、少しだけ分けたつもりだった。まさか全部食べられるとは、思いもしなかったのだろう。

『主のご飯……きさらの…。楽しみに…してたのに…。ふぇ~』と、きさらは泣き出してしまった。

 ポロポロと泣くきさらの頭を稜真は胸に抱いて、よしよしと撫でてやる。


「あなた! 自分よりも小さな子の食事を横取りにするとは、何を考えているのですか!」

「うふふ。シャリウは懲りないよね~」

主様ぬしさま、さすがにどうかと思いますわ」

 素知らぬ顔のシャリウに、全員が冷たい視線を送った。




「──で? どうして俺とシャリウが戦うのかな?」


 稜真達がいるのは、先程シャリウが横たわっていた場所だ。


「稜真だって、きさらの敵をとりたいでしょ~?」

「そりゃあ、ね」

「叩きのめしたら、すっきりするよ!」

「すっきりか…。まぁいいか。やるよ」

 稜真は迅雷を抜いた。


 シャリウにとっては、人間に負けるのが1番堪えるだろうとアリアは考えたのだ。そう、稜真がシャリウに負けるわけがない。

 竜体に変化したシャリウはとぐろを巻いている。白く輝く姿は、中身を考えなければ神々しくも見える。


「我とてドラゴン。魔女にはやられたが、そうそう人族に負ける訳にはいかぬ。リョウマには悪いが本気で行く」

「こちらのセリフです。うちの子を泣かせて、ただですむと思わないで下さいね」


「ふふん。シャリウったら、うちで怒らせたら1番怖いのは稜真なのにね~」

「主は、アリアにも勝ちましたわね」

 目は悪くても耳は良いシャリウは、その声にぴくりと反応した。

「……魔女に勝っただと? 料理とか、歌の勝負でか?」

「真剣での手合わせだよ~」

 シャリウは途端に及び腰になった。


「あなた? もし逃げたら、分かっていますね?」

 ティヨルの微笑みに、淵に逃げようとしていたシャリウは踏みとどまった。

「くっ! い、行くぞリョウマよ!」

 声が震えているのが、なんとも情けない。


 ゴウッ、と吼えたシャリウの周囲に、水の球が幾つも浮かぶび、稜真を目掛けて降り注いだ。

 稜真は避け、あるいは迅雷で切り裂く。


「避けた上に魔力の球を切るとは、本当にリョウマは人か?」

「失礼な、俺は普通の人間です!」


「「「「普通?」」」」


 正面のシャリウだけでなく、あちこちから疑問の声が上がった。


(…揃ってそんな声をあげなくても。…俺…スキルなしなら、ごく普通だと思うんだけどなぁ)


「普通の人族は、1人でドラゴンと戦わんし、何よりも魔女を手懐けはせんぞ」

「むぅ! ドラゴンと同列にするなんて、ひどい! 稜真、やっちゃえ!!」


「そうだね、決着を付けようか。シャリウ。炎で丸焼き、雷で丸焦げ、どちらが好みです?」

「なんだその選択肢は!? わ、我に炎は効かんからな!」

「では雷ですね」

 そう言ったものの、丸焦げは不味いだろう。


(──迅雷、焦げない程度に痺れる雷を頼む)


 稜真が小声で迅雷に頼むと、了承するように、蒼白い稲光が刀身を走った。稜真は迅雷を構え、かけ声と共に振り抜いた。

「はあぁっ!」


 ピシャン!と、雷がシャリウを打った。






「リョウマさんはお強いですね」

 ティヨルは稜真に熱の籠った視線を向ける。

「でしょう! それにしても稜真は優しいよね~」

「本当ですわ」


「ど…こが…優しい…のだ」

 シャリウは痺れて身動きも出来ない。横たわり、息も絶え絶えである。

「剣で打ち合ってないから、痺れてても怪我してないじゃない──ちょっと焦げてるけど」

「それは…そうだ…が…」


 少々力加減を誤った迅雷を鞘に入れた稜真が、きさらを連れて来た。

「さてと、シャリウ。きさらに謝って下さい」

「我が…グリフォンに謝るのか…?」

 不満そうなシャリウに稜真は目を細め、アイテムボックスから何かを取り出した。シャリウの口をこじ開けると、中身を口の中に流し込む。


「ぐうっ!?」

 痺れて動けなかったシャリウが、びたんびたんと尾を振って、苦しみもがいた。


「稜真、何入れたの?」

「アリア特製ドレッシング」

「へ?」

「マクドナフのギルドで作っただろう? あの時の残り」

「捨ててなかったんだ…」

「食べられる物を捨てるのは、もったいないからね」

「この使用法はあんまりな気がするの」


 ドレッシングの効果は抜群だった。シャリウの顔の白い鱗が、青みを帯びて見える。


「グリフォン…よ。我が…悪かった…」

「きさら、どうする?」

『主、きさらが食べれなかったご飯、また作ってくれる?』

「ああ、今度はもっとたくさん作るよ」

『それならいい。主のご飯が美味しいから、いっぱい食べたんだもの。気持ち分かる』


「グリフォンよ、なんと良い子なのだ。本当にすまなかった」

 シャリウは人に姿を変え、改めてきさらに謝ったのだった。


 シャリウとティヨルに別れを告げ、一行は飛び立った。


 山の奥へ足を延ばしたが、問題はなかった。

 村へ戻る途中で放牧の一行と合流した。旅立ちが近いと分かっているのか、クリフとフラウが稜真にべったりだ。オルガとジェドとも再来を約束したのである。






 ──今日も晴天だ。


 マーシャは両親の贈り物を身に着けていた。

 ノースリーブのワンピースだけでは肌寒いだろうと、アリアがストールを羽織らせた。髪は稜真が編み込み、ハーフアップにして、髪飾りを付けている。


 無事だった両親の部屋を見回して、目に焼き付けたマーシャは、玄関のあった位置に立つ。


「……いってきます」


 外に出ると、皆と協力して土を掘った光景がよみがえった。

 きさらの様子を思い出し、口元に笑みが浮かぶ。マーシャは空に向かって両手を広げた。天から、よく見えるようにと。


 もう1度、空に向かって「いってきます!」と、大きな声で叫んだ。


 村の入口では、馬車ときさらが待っている。

 馬車の御者台にはアリアとイネスが座っていた。きさらを連れた稜真が、「行こうか」と笑いかけ、瑠璃の後ろにマーシャを抱え上げた。


 稜真がマーシャの後ろに乗ると出発だ。

 見送りは、今日の当番の村人、そして尾をブンブンと振っているクリフとフラウ。


 しばらく進むと、マーシャは振り返った。そこには、両親と一緒に出発した日と同じ光景があった。もう痛みは感じない。大切な思い出を胸に抱いて、出発するのだ。


 ──前を向いて。



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