第204話 手合わせと若木と…

 何故かふくれているアリアをうながして宿へ戻った稜真は、皆を集めて明日の予定を話し合った。

 明日は調査に費やし、明後日の早朝に出発する事になった。


 ──今回で最後の朗読になる。


 稜真にとってロマンス小説の朗読も楽しかったが、子供達が純粋に楽しんでくれる日々も楽しかった。寂しく思いつつも、始める前に今日でお終いだと告げる。

 子供達は空が晴れた事から分かっていたのだろう。複雑な表情を浮かべながらも、納得してくれた。

「ええ!?」と、後方の女性達から悲鳴が上がる。見ると、お茶会にいた面々が揃っていた。大人の方が聞き分けが悪いとは。


 ともあれ、部屋にいる全員が、稜真の声を耳に焼き付けようと、いつも以上に真剣に聞き入った。お茶会の余韻がぶり返し、その場でへたり込んだ女性もいたのである。






 朗読が終わると、久しぶりの晴れ間に喜んだ子供達は、我先に外へ飛び出して行った。一緒に出ようとしたマーシャを、村長が呼び止める。

「マーシャ。少し話をしてもいいかな?」

「…うん」

 不安そうなマーシャに、稜真とアリアが付き添って、別室に移動した。従魔達と瑠璃とイネスには、先に外に行って貰った。


 部屋のソファに座る時、稜真とアリアはマーシャを真ん中にして座った。村長はマーシャに気遣わしげな視線を送ったが、マーシャはぺこりと頭を下げてみせた。自分を怖がる様子がない事に安心したのか、村長はほっと息をついた。


「マーシャ。家を調べたら、ロブが遺したお金を見つけたんだよ」

 村長はお金を渡そうとしたが、マーシャは首を振って受け取ろうとしない。


「むらをでるとき、みんなにおかねもらった。ほかにもいっぱい。おうとではたらいたら、かえしにいかないと、っておとうさんがいってた。いっぱい、おかえししようって…。おみやげもかって、いつか…かえろうって…いってた」

 ゆっくりゆっくり話すマーシャは、涙をこらえるように唇を噛んだ。アリアが肩を抱き寄せ、稜真が頭を撫でる。


「マーシャは、アリアさまのおやしきではたらく。そして、おみやげもって、むらにおかえしにくる。おかねは、たすけてくれたひとに、わたしてほしい、です」

 マーシャは孤児院ではなく、アリアの屋敷に行くと決めたのだ。

「だが…」

 村長は言いよどんだ。親が遺したお金を渡してやりたい気持ちが大きいのだろう。


「村長。マーシャはこの旅でも、私を手伝って助けてくれているわ。勉強しながら働けばいいと、お父様に許可は頂いています。ちゃんとお給料も出るわ。私はいつも屋敷にはいないけれど、他の者が見守ってくれるでしょう」

「村にはマーシャの友達もいます。里帰りしたい場所はこの村でしょう。そのお金はマーシャの思いです。どうか、受け取って下さい」

 アリアと稜真が言えば、村長も納得した。


「マーシャをよろしくお願いします」

 村長は深々と頭を下げた。

「任せといて!」

 アリアが胸をドンと叩いて、力強く請け負った。


「マーシャ。いつでもここに帰っておいで」

「ありがとう」

 マーシャの口調は、まだたどたどしいが、徐々に元に戻って行くだろう。


「それにしても…」

 村長が苦笑した。

「リョウマさんがいなくなると聞いた妻の落ち込みようと来たら…。はは…、少々焼けますよ」

「あ、はは…」

 頬が引きつる稜真であった。




 話が終わると、マーシャは外へ駆け出して行った。

「元気になって来たね」

 くすっと笑った稜真は、料理を入れていた鍋と皿を受け取り、アイテムボックスに片づける。

「そうだね! さて、稜真! 手合わせやろ~」

「……はいはい」

 手合わせは村の広場で行う事になった。


 稜真は覚悟をしていたが、アリアは変に張り切っている。不安に思いながら柔軟をして体をほぐした。


『主、滑って危ないかも知れませんし、地面の水分は移動させますね』

 瑠璃が念話で提案してくれた。

『助かるよ。アリアが張り切っているから、全力出さないと不味そうだ』

 もっとも、アリアの相手をする時は、いつも全力である。


 瑠璃は人目に付かない位置から地に手を付け、水を操って移動させた。一部ぬかるんでいた地面も、誰にも気づかれない内に乾いたのである。




 稜真は木刀を、アリアは木剣を取り出して向かい合った。木刀同士の手合わせもやってみたいが、今回は木剣で相手をして貰う。アリアが手合わせをすると聞き、他の村人も集まり、広場はギャラリーでいっぱいだ。


「いっくよ~」

 気の抜けた掛け声と共に、踏み込んだアリアが一足に打ち込んでくる。

「くっ!?」

 余程力が有り余っているのか、初手から全力だ。それでいてキーランとの対戦を考えてか、力と技巧を織り交ぜて木剣を振るってくる。


 アリアは舞うように剣を振るう。楽しげに木剣を振るうアリアは、美しく生命力にあふれ、思わず目を奪われそうになる。稜真は気を引き締めた。

「楽し! そうだね!」

「うん、楽しい! 稜真の腕が上がって、ほぼ対等に打ち合えるんだもん!」

、ね!」


 自らの力も素早さも、剣を持った当初に比べて跳ね上がっているのが分かっている。だが、アリアは余裕で一歩、いや何歩も先にいる。


「わぁ! アリア様、格好良い!」

「リョウマ兄ちゃん、本当に強かったんだな」

 子供達は素直に驚いていた。


「アリア様と打ち合える人間がいるとは…」

 大人は呆然するばかりである。目にも止まらぬ速さの剣技の応酬に、ギャラリーは見入った。






 稜真は横になって空を仰いでいた。


(…俺は…まだまだ、修行が足りないよな…)


 アリアとの手合わせはハードだが、それを楽しむ自分もいる。打ち合う程に自分の成長を感じられ、何よりも楽しげなアリアを見るのが好きだ。だがせめて、手合わせ後にへたり込まないようになりたいと思う。


『あるじー』

 そらが胸の上に舞い降りた。抱えて体を起こすと、ももが背中にぽにんと体当たりをした。


「リョウマおにいちゃん」

 マーシャが背に抱きついた。

「汗臭くないかな?」と聞いたが、マーシャは首を振る。稜真は立ち上がると、軽く延びをした。

「少し散歩しようか」


 村人たちに別れを告げ、果樹園まで歩く。

 瑠璃とアリアは、マーシャを真ん中にして手を繋いでいる。そらは近くを飛び、ももは何故かイネスの頭に乗っていた。


 雨上がりの空気は心地良い。


 ──あの日、シプレは生きている木があると教えてくれたのだ。雨が上がるまで、地の精霊が守ってくれると。


 しばらく歩くと、瑠璃が前方を指差した。

「マーシャ。あそこに木が見えませんか?」

「え?」

「こっちですわ」


 それは10センチ程頭を出している苗木だった。緑色の葉が、生き生きと伸びている。

 きさら達が土砂をどかしたのは、家の周辺だけだ。この辺りは、まだ土砂で埋まっている。頭を出しているのは、この木だけだ。


「いきてる…」

 マーシャはそっと葉に触れた。


 稜真は採取用のスコップを取り出して土を掘る。土の精霊が力を貸してくれたのか、さくさくと掘れた。

 埋まっていたのは1メートル程の若木だった。枝は何本か折れているが、細い幹に傷はない。


「どうするマーシャ。村で育てて貰う? それとも一緒に連れて行こうか?」

「つれていく?」

 こてん、と首を傾げるマーシャに、アリアが答えた。

「屋敷の庭に植えられるよ」

「いっしょにいきたい。でも、たびをするのに、つれていける?」

「ももがいるしね。旅の間も大丈夫だよ」


 シプレは、スライムは植物に栄養を与える事が出来ると言っていた。

「もも、この木を元気にしてあげてくれるかな」

 ももはふるふると揺れると、溶けるように若木の中に入った。すると、土に埋もれていた部分のしおれていた葉が、元気にぴんと精気を宿した。


 木から出て来たももは、マーシャの胸に飛び込んだ。任せろと言っているのだろう。


「…いざとなれば、稜真の歌があるし~」

 余計な事を呟いたアリアの頭に、稜真は拳骨を落とす。


「ぴぎゃあ!?」という悲鳴は無視し、稜真は採取スコップで木の周りをそっと掘り起こした。シプレの力か根は丸く纏まっており、傷つけずに掘り出す事が出来た。根を土ごと布で包み、綱で縛る。そして、馬車に乗せても傷まないように木の桶に入れ、動かないように土で固定した。即席の植木鉢だ。

「これで旅の間も大丈夫。マーシャ、毎日水をかけてあげてね」

「うん!」


「さぁ、早く帰ってお風呂に入ろう」

 稜真は植木鉢を抱え持った。地面が乾いていたとはいえ、手合わせで何度も地に転がった稜真は埃っぽいのだ。

「あ、リョウマさん、俺が持ちますよ」

 イネスが言った。

「そんなに重くないし、大丈夫だよ」

「リョウマさんが持つと、前が見えなくて歩きにくそうですから!」

「うぐっ。……それじゃ…頼む…」

 稜真が持つと、顔の前に枝が来ていたのだ。


「はい!」と元気よく返事し、イネスは植木鉢を受け取った。イネスが持つと、枝は胸の辺りで視界に問題はない。


「ぷふっ!」

 手を口元にあて、笑いをこらえているアリアを、稜真は睨みつけた。

「……アリア。お風呂から上がったら、分かっているね?」

「ひっ!? り、稜真は今日疲れたでしょ? お手入れは、日を改めよう! ね?」

「大丈夫だよ」

「ううっ。なんの為に思いっきりやったと思ってるの~」

 稜真は、ようやくアリアの魂胆が理解できた。


「つまり、お手入れから逃れようとして、思いっきりやったと?」

「久しぶりで力が入ったのが半分…だよ…?」

「逃れようと思ったのが半分、ね」

「だって! 朗読の交換条件だったじゃないの! 聞いてないのに、お手入れだけされるのは、解せないもん! ねぇ稜真。朗読に料理、読み聞かせと手合わせしたでしょ? 疲れてるよね? だから止めとこう! 自分でお手入れするし、今日はたっぷり寝るから、隈も取れるって! ね?」


「ふふ…。大丈夫。心配いらないよ。なぁ瑠璃」

「はい! お兄ちゃんの体調は、心配ありませんわ」

 瑠璃がアリアに向かって、舌を出した。


(瑠璃が回復したの!? しまった! その手があったか~~!!)




 お風呂からあがり、夕食前の1時間をお手入れにあてる。その間、他の面子はアリアの部屋にいる。イネスは字の勉強。瑠璃とマーシャには、お絵かき道具を準備した。


「稜真。お手入れするんじゃなかったの?」

 覚悟を決めてやって来たのに、なぜ自分は正座をさせられているのだろうか。


「お説教し忘れていた事を思い出して、ね」

「……な、なんでしょう?」

「男性の部屋にノックもなく飛び込んで来るとは、何を考えておいでなのでしょう。お聞かせ願えますか?」

 稜真が精霊にお礼をしに行った、翌朝の話だ。泊まり客が自分達だけだったこともあり、鍵はかけていなかった。

「あ…。それは、その…。稜真の事が心配で、それ所じゃなかったんだもの…」

「つまりは俺のせいだと言いたいのかな?」

「あう…あう…」


「もしも着替え中だったら、どうするのかな?」

「……役得?」

「旦那様にご報告します」

「すみませんでした!!」

 アリアは慌てて土下座に姿勢を変える。


「全く…。ノックして返事がなければ、入って起こしてくれるのは構わないけどね。いきなり飛び込んで来るのは、問題外」

「はい…。気をつけます」

「それじゃ、心配かけたお詫びと、台本を頑張って書いたのに聞けなかった埋め合わせに、たっぷりお手入れしようかな」


「げっ!? そ、それはお詫びというより、仕返しじゃ…」

「仕返しだ等と人聞きの悪い事を仰いますね。お詫びだと言っているではありませんか」

 アリアは正座したまま、ずりずりと後ずさる。

「遠慮します! 気を使わなくていいです! あっさりすませようよ! ね? 疲れが出ちゃうかも知れないし! 明日は早いんでしょ!?」

「そうだね。早く始めようか」

 抵抗を諦めたアリアが、よろよろと椅子に座る。


「そうそう。今度施術用に小さくて不厚めの敷物を購入しようと思うんだよね。たたみ一畳位の大きさで、アリアが横になれるサイズがいいかな。やっぱり、背中から首にかけてのマッサージは、座ったままではやりにくいからね」

「そ、そこまでしなくてもいいと思います!」

「今後必要になる可能性もありますから」

 稜真はにこやかに微笑む。

「ないと思います!!」


「さぁ、どうかな? 『それではお嬢様、始めましょうか』」

 シンに切り替わった稜真に、アリアは硬直した。

 若さのせいだろう。目元の隈は、もうほとんど目立たない。多少の肌荒れもあるが、こちらもひと晩寝れば解消されるだろう。だが、せっかくアリアが言い出したお手入れの機会なのだ。稜真は容赦する気はなかった。


『朗読が聞けなくて残念でしたね。ところで、お嬢様は私とジークフリード、どちらの声がお好みですか?』

 稜真は椅子に座ったアリアの後ろに回り、耳元にささやいた。

「どっち!? って…、どっちも稜真様の声だし…」


 穏やかで艶っぽいシンの声。俺様でぶっきらぼうなジークフリードの声。可愛い声も、元気な声も、アリアは稜真の演じる全ての役が好きだったのだ。


『おや。私を選んでは下さらないのですね』

「だって…それは…」

『しっ。お嬢様、そろそろお口を閉じて下さい』

 吐息が耳に触れ、アリアはぞくっとした。


(稜真ぁ!? いつも以上に色気籠めてるよね! ただでさえ破壊力あるのに、威力増してどうするの!? やっぱり、これ、手合わせの仕返しだよね!?)


 アリアは、いつも以上に色気の籠められたシンの声を、1時間たっぷりと聞かされたのだった。





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