第201話 ワイバーンの調理法
宿の主人に聞いたところ、ワイバーンは珍しい肉の割に安く手に入る。それは、好まれる食材ではないからだ。とにかく肉質が固いのだと言う。
主人は干し肉にしようと、薄く削ぎ切りにして塩水に漬けていた。
干し肉は定番の料理法で、各家庭で漬け込み液の配合が違う。果汁を入れたり香草を入れたり、様々な工夫がされる。主人が仕込んだ肉を見せて貰うと、香草やスパイスらしい物が入っていた。干し肉は酒飲みには好まれるし、保存食にもなるのだ。
「──食べてみますか?」
「是非!」
嬉々として答える稜真に主人は笑った。
「今回の肉ではありませんが…」
そう言って、主人はワイバーンの干し肉を出してくれた。
見た目は白っぽいビーフジャーキーだ。ひと口かじった感想は、やはり『固い』だった。だが、良く噛みしめるとじわっと旨味が出て来る。確かにこれは酒のつまみに持って来いだろう。ピリッとしているのは、つまみ用に辛くしたかららしい。
干し肉はごくごく薄味に仕上げて、乳児の歯固めに使用したりもするそうな。
他の料理法はと言うと、時間をかけて煮込むか、塩漬けにして保存だ。ワイバーンの肉は固い上に筋が多いが、常温でも長持ちしてくれる。そして例え固くても、ここしばらく肉を食べていなかった村にとっては、ありがたいのだと主人は言った。
野菜や豆と一緒に柔らかく煮込まれた料理は、5~6日かけて食べるのだ。何度も何度も火を入れて煮込まれるこの料理は、徐々に水分と形が無くなって行き、最後にはパンに塗って食べると聞いた稜真は興味津々である。
こちらも家々で味付けが違うらしい。
煮込むか干し肉以外の調理法は、薄く切って焼く程度だった。
イネスはワイバーンを食べた経験、食材として使った経験はないそうだ。稜真が取り出した肉の塊を、興味津々で見つめている。
稜真は試しに薄く切り、塩をかけて焼き、イネスと味見した。
確かに固いが味は悪くない。淡白な味は鳥肉に似ていた。薄く切れば、焼いただけでも食べられるが、何か工夫したい。
まず初めに唐揚げを作る事にした。下味に漬け込むから、柔らかくなるかも知れない。村に醤油はなかったので、しょうがとにんにく、お酢、塩、コショウ、レモン汁を混ぜて下味にし、ひと口大に切った肉を漬け込んだ。こちらはしばらく放置だ。
他に柔らかく食べる方法は、挽き肉だろうか。きさらに頼む訳にもいかないので、包丁2本で丹念に叩いた。イネスがやりたそうに見ているので交代した。途中で主人が、ソーセージを作る挽き肉器があるのを思い出してくれ、途端に作業が捗った。
挽き肉はイネスに任せ、稜真はワイバーンの骨を煮込む。美味い出汁が出てくれるのを期待する。お湯が沸騰して来ると、驚く程の灰汁が出た。灰汁取りは主人が代わってくれたので、稜真は唐揚げに取り掛かる。
コンロ状の竈は2つあった。
灰汁取りをする主人の隣で、稜真は油を入れた鍋を火にかける。主人は揚げ物が珍しいらしく、稜真の手元を見つめた。
揚げ物料理は庶民には一般的ではないので、主人もイネスも初めてだった。一般的ではない理由は、油が高価だからだ。今使っている油は、稜真が出した物である。
カラッとキツネ色に揚がった唐揚げを3人で味見だ。
「少し、固いかな?」と、稜真は言った。鳥肉に比べると、だが。ももが欲しそうにしたので、肉を分けてやる。
「このくらいなら全然大丈夫ですよ! 俺は好きです!」
イネスは問題ないようだ。
「そうですね。これなら普通に美味しく食べられますね…。揚げ物、か」
考え深げな主人は、揚げ物について考え始めたようである。揚げ終えた唐揚げは、アイテムボックスにしまった。
煮込んでいたワイバーンの骨は、白濁したスープになった。
見た目は豚骨スープのようだ。全員で味見をする。見た目程こってりしていないな、と稜真は感じた。骨を取り出して、待ちかまえていたももにやる。自分の体の何倍もある骨を、ももはぺろりと平らげた。スープに人参と玉ねぎを入れて、更に煮込む。
イネスが作った挽き肉の半分に、卵、パン粉、玉ねぎのみじん切りを入れ、塩胡椒で味付けた。少し味見に焼いてみたが、あっさりしすぎている気がした。チーズをダイス状に切った物と、香草のみじん切りを足し、小判型に整える。ハンバーグのように焼いてみようと考えている。
見本を見せると、イネスと主人が競争して続きを作ってくれた。
そちらは任せ、残っている挽き肉に、生姜の絞り汁と卵、片栗粉、塩を混ぜ良く練った。
煮込んでいるスープに、混ぜた挽き肉を団子にしながら落としていく。しばらくすると浮き上がって来たので、ざく切りにしたキャベツを入れた。スープのコクが出ているので、味付けは塩だけだ。
味を調整していると視線を感じた。振り返ると、イネスと宿の主人が手を止めて、のぞき込んでいた。稜真はくすっと笑い、スープと肉団子を器によそい2人に手渡した。
片栗粉を混ぜたお陰か、しっとりとした肉団子に仕上がっている。スープの味も上々だろう。味見した2人も、目を輝かせている。
「次は、今作っている肉を焼いて貰えますか」
「「はい!」」と、元気な返事が重なった。
とは言え、竈は2つなので、イネスが引き続き肉の成形をし、主人が焼いてくれた。
焼けたら、また味見だ。
「煮込んだ団子も美味しかったですが、焼いても美味しいですね。これなら、年寄りでも食べれますし、子供も喜びそうだ」
どうしてワイバーンの肉を挽き肉にするのを思いつかなかったのかと、主人は残念そうだ。
「ところでリョウマさん。さっき肉に入れた粉みたいな物は何ですか?」
主人が聞いた。
「これですか?」
稜真はパン粉を取り出した。きさらが作ってくれた物だ。
「はい」
「パン粉です。乾いたパンを細かくした物ですね」
屋敷では普通に使っていたが、パン粉は珍しいのだろうか。
「イネスの実家では使っていたか?」
「はい。俺は使った事ないですが、父は料理に使ってました」
どうやら村では珍しいらしい。固くなったパンは、スープに浸して食べるそうだ。
「固くなったパンを、下ろし金でおろしたりして粉状にします。挽き肉に入れると、肉のうまみを吸い、柔らかくしてくれますね。後は──」
唐揚げに使った油は冷めていた。稜真はフライパンに1センチ程残して、残りは片付ける。
まず、ワイバーンの肉を薄く切って、チーズを挟んだ。次に塩胡椒をし、小麦粉をはたき、卵液に通して、パン粉をまぶす。
そして先程のフライパンを熱し、裏表がきつね色になるまで揚げ焼きにする。
「これなら少ない油でも作れます。どうぞ、食べてみて下さい」
「サクッとして、美味しいですね…。揚げたせいか、それとも薄く切ったせいか、肉の固さも気になりません。酒のつまみにも良さそうだ」
もう1つ試してみようと、稜真は手のひらより少し小さな肉を、麵棒で叩き始めた。見る間に肉は潰れて、元の倍以上に広がる。本当は豚肉で作る、いわゆるミラノ風カツレツの調理法だ。
伸ばした肉に塩胡椒をし、小麦粉をまぶして溶き卵に通す。さっきと同じだ。違うのは、付けるパン粉に香草と、削ったチーズを混ぜたところ。これをさっきの油で揚げ焼きにした。
あちらで食べた経験があった稜真だが、調理法は知らなかった。これは「安くてうまい物は、私にも作れる」と、料理長が教えてくれた料理なのだ。似たレシピがあると知って嬉しかった。
主人は忘れないようにと、全ての料理をメモしていた。
「リョウマさんは、本当に色んな料理を知ってるんですね!」
イネスが言う。
「これは料理長に教わったんだぞ」
「え!?」
「安い材料を見栄えよく、美味しくする事にかけては、料理長の右にでる者はいないんじゃないかなぁ」
「でも、リョウマさんの料理、美味しいです!」
「ははっ! ありがとう。でも俺の料理は、ある意味イロモノだからなぁ」
こちらの世界では、と内心で思う。
「美味しければいいと思います! もっと教えて欲しいです!」
「ワイバーンの肉はまだまだあるから、イネスも一緒に料理を考えようか」
「はい!」
「リョウマさん。この料理、宿で出してもいいでしょうか?」
「どうぞ。色んなアレンジが出来ると思いますから、試してみて下さい」
アレンジ法で盛り上がっていると、女将が顔を出した。
「あなた。そろそろ食堂を開けますけど、今日のメニューはなんです?」
「あ!? …しまった、つい夢中になって忘れてたよ」
「すみません。俺も時間を忘れていました。でも、料理はありますし、あとは盛りつけだけですよね。足りなければ、肉は追加で焼きましょうか」
「でもこれはリョウマさんが…」
「一緒に作った料理ですし、良かったら使って下さい。ワイバーンの肉はたくさんありますから、また作ればいいですよ」
何しろ稜真のアイテムボックスには、1頭丸々の肉が入っているのだ。
「助かります!」
スープは大量に作ってある。他に用意するのはサラダだろうか。3人で手分けをして、準備に取り掛かった。
雨で天気も悪いし、それ程客は来ないと踏んでいたのだが、ワイバーンの珍しい料理が食えると、口コミで客が増えた。
ハンバーグと唐揚げは早々に無くなった。
スープは足りるが、チーズカツとカツレツも残り少ない。
手早く作るには、挽き肉が必要なハンバーグと漬け込み時間がかかる唐揚げは向かない。チーズカツとカツレツを急いで作る事になった。
肉を叩くのはイネス、味付けは稜真が行い、主人は次々に揚げる。添え物のサラダと盛りつけは、女将の担当だ。
「すみません。料理を教わった上に、お手伝いまで…」
「こちらも厨房をお借りしました。先日も、ね。だから気にしないで下さい。俺も、たっぷり料理が出来て楽しいです」
またドアが開く音がした。
「いらっしゃいませ!」と稜真が振り返ると、そこにいたのはアリアと瑠璃とマーシャだった。揃って、ぽかんと口を開けている。
苦笑した稜真は、改めて「いらっしゃい」と言って、席に座るように身振りした。
「稜真ったら、前にもやってたよね~」
くすくすとアリアが笑う。
「やったねぇ。ははっ」
笑いながら稜真は、マーシャとアリア用に、小さめに盛り合わせた料理を、瑠璃には1人前より少し多めに盛った皿を運んだ。
新しい料理に、瑠璃が目を輝かせている。
「色々作ったからね。ジャリジャリじゃないワイバーン料理、食べてみてくれる?」
「…ジャリジャリ……」
ぶつぶつ言うアリアの頭に手を置いてから、稜真はスープを取りに行った。
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