第200話 外出の顛末は

 瑠璃を呼んだ稜真は、生活魔法で体を乾かした。瑠璃はもの言いたげにしているが、何も聞かないでいてくれた。

 宿に戻り、稜真はイネスを起こさないように部屋へ戻る。そして静かにベッドに入ると、あっという間に眠りについた。


 一方の瑠璃が部屋に戻ると、マーシャを抱えているアリアが、ぱっちりと目を開けた。身振りでこちらに来いと呼ぶので、渋々近づいた。


(瑠璃、遅かったじゃないの~。稜真は大丈夫? シャリウに襲われなかった?)


 アリアはマーシャを起こさないように、声を潜めている。


(どうして主様ぬしさまがいたと知っているのですか?)

(遠耳スキルだよ~)

(それで…)

(でも歌が終わった辺りで切ったから…)

(主様は帰りましたわ。詳しい話は、主に直接聞いてはいかがでしょう。それではお休みなさい)


 瑠璃は、稜真が中々呼んでくれなかったので苛立っているし、何よりも眠かったのだ。


(瑠璃~~!?)


 結局アリアは、夜明けまで悶々と時を過ごしたのだった。




 夜が明けるとすぐ、アリアは稜真の部屋へ駆けこんだ。

「稜真っ! 無事!?」

 部屋に飛び込みざまアリアが叫んだ。


「…ん…んん? なんだよ…アリア…。朝っぱらから…」

 稜真は目を覚ました。寝足りない重い体を起こしてベッドに腰かける。


 寝起きでかすれた声、少し乱れた衣服からのぞく鎖骨、そこはかとない色気にアリアはくらっとしかけたが、今はそれ所じゃないと気を引き締める。


「だって夜に──」と言い掛けたアリアは、身じろぎしたイネスに気づいた。

「えっと、稜真がドラゴンに連れ去られる夢を…見たの…」

 口ごもるアリアに、夜の出来事をある程度知っているのだと分かった。

「お嫁さんにされてたら、どうしようって…心配で…」

「また始まった…。嫁にはならないって、言っているのに。ふわぁ…」

 稜真は伸びをして体を目覚めさせる。


「だって~」

 アリアの目の下には隈が出来ている。気になって眠れなかったのだろう。稜真は突っ込むべきか、なだめるべきか、判断に迷った。


「え!? やっぱりリョウマさん、お嫁に行くんですか!?」

 イネスが、がばっと起き上がった。

「やっぱりってなんだ!? ったく…。2人共、嫁には行かないと何度言わせるかなぁ」

 力なく言う稜真に、イネスは「あれ?」と首を傾げ、きょとんとした顔をしている。


「男だと分かっていて、何故そんな心配をされるのか、理解できないよ」

「だって稜真だもん!」

「理由になってないから…」


「……おはようございます?」

 イネスは、ここでようやく、はっきりと目が覚めたらしい。会話の流れが分からず、どこかとんちんかんな挨拶をした。

「おはよう」

「おはよう! えっと…ね、イネス…」

 稜真と話したそうなアリアの様子が伝わったのだろう。

「俺、マーシャの髪を結んで来ますね」

 気を利かせたイネスは部屋を出て行った。



「アリア。シャリウは体調の悪いティヨルを、ずっと抱いていてね。すぐに帰ったんだよ」

「良かった~。瑠璃は詳しい話をしてくれないんだもん。心配しちゃったよ。──あのね。稜真の歌が聞こえた気がして目が覚めたの。遠耳スキルで聞いてたんだけど、その時シャリウが『やはりリョウマが欲しいな…』なんて言うのが聞こえて来たから。それに歌い終わったのに、稜真が中々帰って来なかったし」

「シャリウの奴、まだそんな事言っていたのか。心配かけて悪かったね」


 アリアは稜真の隣に腰かけた。その位置から見上げると、額が赤くなっているのに気付く。

「稜真、おでこ赤くなってるけど、どうしたの?」

「これ? 女神さんに突っ込まれた」

「赤くなる程って…、何か変な事言ったの?」

「あー、実はね」

 昨夜、シプレに諭されて反省した稜真は、正直にアリアに話した。




「──そうだったんだ」

「1人で、全てを背負ったつもりはないんだけどね。自分に出来そうな事がありすぎて、正直戸惑って、迷った」

 アリアは稜真にもたれた。


「あのね、稜真。確かに稜真は色んな力を持ってるし、場合によっては万能だと思う。でもね。何もかも稜真が背負う必要が、どこにあるの? 今回の件だって、子供達に手伝って貰って、みんなで力を合わせてマーシャの家を掘り出した。果樹園が無くなった事は、そりゃマーシャだって悲しいと思うよ。でもマーシャの一家は、新たなスタートを切る為に、無くした悲しみを乗り越えてから、旅に出たんだと思う。両親が亡くなったのは悲劇だったけど…。皆の力で、大事な物を手に入れられたでしょ。皆で力を合わせたから、マーシャの笑顔も戻って来たんだよ!」


「そう…だ…ね」

 アリアは『私がいるよ』、そう思いを籠めて、稜真に体重をかける。

「私もこれまで、色々1人でやらかしたけどね。皆が協力してくれたから、今の領地があるの。いくら力があっても、1人の力はたかが知れてると思うんだ」

 アリアの髪は寝起きのまま、まだ梳かしてもいない。稜真は手櫛で髪のもつれを整える。アリアはくすぐったそうに笑う。


「稜真がいたから、精霊達が力を貸してくれたんだもん。これ以上、出来る事はなかったと思うよ。稜真はちゃんと、その場その場で自分に出来る事をしてる。ううん。それ以上の事をしてる。だから、迷った時は相談して欲しいな。頼りにならないかも知れないけど…」


「アリアは頼りになるよ。俺の相棒だもんな」

「相棒? へへへ~」

「この世界の大先輩でもあるし、ね」

「微妙~に引っかかる言い方だけど…。いっぱい頼ってね!」

「ああ。迷ったら相談するさ。シプレにも甘えるように言われたしな…」

「ん? シプレを稜真が呼び捨て? ……ねぇ…シプレと、何かあった?」

 アリアがじっとりと稜真を見上げる。つっと稜真は視線を外した。

「……相談に乗って貰っただけだよ?」

「怪しい…」




 問い詰められた稜真は、朝からぐったりである。結局、抱きしめられて慰められたのだと白状させられたのだ。


「うふふ…。この間から、シプレとキスしたり、私のいない所で怪我したり、思いつめたり…。挙句の果てには深夜の果樹園でラブシーンだなんてね~」

「ラブシーンじゃないからね!?」

「相手がシャリウじゃないだけましだけどさ!」

「シャリウと抱き合うつもりはないよ!?」

「う~ふ~ふ~。晴れたら、延び延びになってた手合わせしよう!」

「………」


(手合わせは歓迎だけど、ほとぼりが冷めるまでは遠慮したいなぁ…。ボコボコにされる未来しか見えないよ)


「少しは手加減して欲しいな」

「手加減したら、修行にならないもん!」

「確かにそうだけど…。分かった。晴れたら頼むよ」

 稜真が承諾したので少しは気が晴れたアリアだが、未だにふくれっ面だ。


 そこへ瑠璃が1人で呼びに来た。

「おはようございます。そろそろ朝食に行きませんか?」

 アリアの様子から、イネスは付き合いの長い瑠璃を、様子見に来させたのだろう。


「瑠璃、いい所に! 聞いてよ! 稜真ったら、ワイバーンの討伐に行く前にシプレにキスされてたし、昨日は果樹園で抱き合ってたんだって!!」

「瑠璃に言いつけなくてもいいだろう!?」


「……主? 私がいない間に、そんな事をしていたのですか?」

「いや…その…ね。俺からした訳じゃないし…」

「しかも昨夜話してくれなかったという事は、私に隠そうとしたのですよね?」

「そう言う訳じゃなくって…ね…」


 結局、イネスとマーシャが様子を見に来るまで、2人がかりのお説教は続いた。

 アリアと瑠璃のお説教の結果、今日の読み聞かせは1冊増やされた。それでお許しが頂けるのなら安いものだが、朝から疲れた稜真は、こっそりため息をついたのだった。





(──料理がしたいなぁ)


 朝食を食べながら、稜真は思った。

 起こされたのが早朝だったので、ごたついたと言っても、朝食はいつもの時間だ。マーシャの髪は編み込みにされていて、イネスの上達ぶりが伺える。

 アリアと瑠璃の髪は稜真が結び、女性陣はお揃いの髪型だ。


 稜真は気分転換がしたかった。何よりもファンタジーの生き物である、ワイバーンの肉が気になっている。

 鯨や牛は尾の肉も美味しいが、ワイバーンはどうなのだろうか? 肉質は? 味は? 稜真が考えていると、アリアが笑った。

「稜真が何考えてるか、分かっちゃった。そろそろ料理が作りたい。ワイバーンは、どんな味がするのかな、でしょ~」

「当たり。俺、そんなに分かりやすいのか」

「うん!」


(爬虫類だし、ワニ肉に似ているのかな…。だとすると、鳥肉の固い感じだろうか?)


 宿の食事に出されないか気にしていたが、今朝までの食事には出ていない。


「アリアは食べた事ある?」

「あるよ~。固くて、ジャリジャリしてた!」

「ジャリジャリって…。ひょっとして、アリアが料理したの?」

「うん! 皆、感激して泣いてたよ~」

「それ…違う意味で泣いていたんじゃないのかな…」

「今思うと、そうだったかも…。だ、だって! 私の手料理が食べたいって言われたんだもん!」

 そらとが、ぶるぶると震えている。ももは、余程アリアの料理がトラウマになっているのだろう、震え具合が激しい。食事が終わっていた稜真は、そらとももを膝に乗せて撫でてやる。


 アリアはその時の話をしてくれた。


 何人かで依頼を受けた時、たまたま現れたワイバーンを倒した。

 その日は野営になった。美味しい物が食べたいと誰かが言い出し、アリアが料理した。食材はワイバーンしかなく、肉を串に刺して焼いたのだと言う。


 稜真は初めて会った時、アリアが焼いたウサギ肉を思い出した。

「串焼きがジャリジャリ…ね」

「あ…。稜真が今、何を思い出してるかも分かっちゃった」


 全員から生暖かい目を向けられたアリアは、はむっとパンにかぶりついた。






 ──雨は降り続いており、今日も止みそうにない。


 稜真は厨房を借りてワイバーンを料理する事にした。

 連日で申し訳ないと頭を下げる稜真に、宿の主人は快く了承した上に、料理を手伝わせて欲しいと言われた。クッキーをあれ程手際よく作った稜真が、どんな料理を作るのか気になったらしい。稜真としてもありがたい申し出だ。何しろきさらにも食べさせてやりたいから、多めに作りたいのだ。


「おてつだい、したい」とマーシャが言うが、色々と試しながらの料理は、どう手伝って貰えばいいか分からない。


「マーシャには、大事なお願いをしたいんだ」

「なに?」

「今日も雨で、きさらとメリッサは外に出られないだろう? 俺もかまってあげられないし、2頭にブラシをかけてやってくれないかな。マーシャが行ってくれると、きさらも喜ぶから」

「きさらと、メリッサにブラシ。やる!」

「私も一緒に行きますわ」

 瑠璃が言った。

「そらも行ってくれるかな?」

『はーい』


 きさらとそらのおやつ用に、木の実と野菜。メリッサには人参。2本のブラシと一緒に、瑠璃とマーシャに渡した。布袋に分けて入れたのだが、小さな2人では、抱える大きさになっている。

 厩まで運ぼうかと思ったが、「だいじょうぶ!」とマーシャが張り切っているので任せる。かさばっているが、それ程重くないのだ。


「アリアはどうする?」

「本を借りたから、部屋で読んでる~」


 イネスとももは稜真の手伝いだ。


 ──そう言う事になり、それぞれが行動に移した。


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