第194話 ワイバーン討伐 後編

『あるじー!? どこ! どこにいるの!!』


 そらが恐慌状態になり、稜真を探して飛び回っている。目の前で消えたのが理解できないのだ。

「アォ~ン!」

 クリフとフラウは遠吠えを始め、山羊達も落ち着かない様子で跳ね回る。


「これ、私にどうしろって言うのよ~!! 稜真の馬鹿ぁ!!」


 山にアリアの叫びがこだました。






 結界内に生き物の気配はない。稜真が指定した通り、ワイバーンと自分だけだ。

 結界を使う時に対象を指定出来るのか、側にいる者を巻き込まずに結界に入れるのか確かめたかったのだ。ついでに敵対している者でも問題のないと確認できた。

 申し分のない結果に、稜真の口元に笑みが浮かぶ。


「さて、ここなら本気を出せるな。相手になって貰おうか!」

 稜真は迅雷を抜いた。


 ワイバーンが脅威に感じていたのは、片割れをあっさりと倒したアリアだ。そのアリアがいなくなり、逃げ腰だった態度が変わる。

 自分を取り巻く世界が変わったような違和感を覚えるが、目の前にいるのは憎い人間の仲間だ。獲物までいなくなったのは業腹でも、敵討ちにはちょうど良い。数が減り、襲ってくれと言わんばかりだ。

 地に降りたワイバーンは、稜真を叩き潰してくれよう、と鋭い鉤爪のついた前脚を振りかぶる。


 稜真には、その動きは緩慢に見えた。本気を出すつもりだが、しばらくは様子を観察したい。こちらからは手を出さず、余裕を持って攻撃を避ける。


 ひらひらとかわされ続け、腹を立てたワイバーンは、クルリと勢い良く体を回転させた。

 予測はついた動きだったのだが、予想外に長かった尾が稜真の体を捕らえた。とっさに受け身を取るが、しなった長い尾の勢いは凄まじく、弾き飛ばされた。

「くっ!」

 自らも同じ方向に飛ぶ事で勢いを殺したが、全ては殺しきれない。


 ──地に着いた足が地面をえぐる。全身が軋む。


「……痛たた。力はついても実戦経験が少ないって、こういう時に出るんだな。気を抜いているつもりは、なかったんだけど…」

 対人戦闘には慣れても、ここまで大きな魔獣と戦った経験はない。人型の魔物とは動きが違う。魔獣の体の特性にも注意が必要だと、改めて気を引き締めた。


「さて、本気で行かせて貰う! 『炎よ!』」


 迅雷が炎を纏った。

 稜真の気配が変わった事に焦ったのか、ワイバーンはまた体を回転させた。


「同じ攻撃が効くと思うなっ!」


 間合いと動きをしっかりと把握していた稜真は、地を蹴り、宙に飛んで尾の攻撃をかわす。その尾で稜真を捕らえられなかったワイバーンは、獲物を見失い一瞬動きが止まった。

 稜真は飛び降りざまに、ワイバーンの尾を迅雷で断ち切った。


「グギャアアア!!」


 悲鳴を上げたワイバーンは、ようやく対峙している人間の恐ろしさに気づいたのか、慌てふためいて空へ逃げ出した。


 稜真は躊躇う。

 ここから炎の刃を飛ばしてもダメージは与えられるが、そこで確実に倒せなければ逃げられるかも知れない。例え結界内でも、逃げられて探し回っていては、短時間で戻れないだろう。余り遅くなれば、アリアとそらに心配をかけてしまう。


(…どうせなら、実戦で使えるか試してみるか)


 稜真は迅雷を鞘に入れると、柏手を打ち祝詞を唱える。


高天原たかあまのはら神留坐かむづまりま

神漏岐かむろぎ神漏美かむろみ命以みこともち

皇親神伊邪那岐すめみおやかむいざなぎの大神

筑紫つくし日向ひむかの橘の小門をど阿波岐原あはぎはら

禊祓みそぎはらたまふ時にあれませる  祓戸はらへど大神等おほかみたち

諸々もろもろ禍事罪穢まがことつみけがれをはらたまひ清め給ふと申す事のよし

あまつ神 くにつ神 八百万神等やほよろづのかみたち共に

あめ斑駒ふちこま耳振立みみふりたて聞食きこしめせとかしこみ畏み申す』


 長いと言っても、淀みなく唱えると30秒程度だ。現れた光の弓矢でワイバーンに狙いをつける。よろよろと飛ぶワイバーンのスピードは遅い。動く的を狙うのは初めてだが、当てられるかという不安はなかった。稜真は冷静に標的を見据えた。

 離れて行くワイバーンは、ある位置で壁にぶつかったような様子を見せた。


『我が前の魔を退けん! 神威かむいの矢!』


 キュィィィーン という音と共に、光の矢が放たれた。呪力で出来た矢はねらいあやまたず、ワイバーンの胴体を貫いた。


 ドォン!と地響きを立てて、ワイバーンが地に落ちる。とどめを刺すまでもなく、ワイバーンは死んでいた。検証時に岩を貫いたのと同じく、光の矢はワイバーンを貫いたのだ。


「怨霊や妖じゃなくても効果あり、か。そう言えば──」


 稜真は空を見上げた。あの時、ワイバーンが失速した場所を見て気づく。結界の壁があるのだ。

 つまり、スキルの発動時に、結界の大きさも変えられるのだろう。最初にアリアと試した時、範囲の指定はしなかった。どうやら今回は、ワイバーンに逃げられたら不味いと、無意識に範囲指定していたらしい。

 意識すると、結界の広さが感じ取れる。大体半径100メートル程だろうか。アリアと試した時は、もっと遠くの岩山を砕いていた。


(今度、結界の範囲限界も調べてみるか)


 そう考えながら、稜真は結界を解いた。




『あるじー!!』

 そらが胸に飛び込んで来た。ちょうど攻撃を受けた場所だった為、痛みに顔がひきつりかけたが、稜真はなんとか押し隠した。

『そら、びっくりした! あるじ、いない! いっぱい、さがした!!』

「ごめん。そらに次元結界のスキルを見せた事、なかったものね」


 そらの声がかすれている。鳴きながら探してくれたのだろう。短い時間にどれだけ声を上げ、自分を探していたのだろう。背を撫でてやると、小刻みに震えながら「クゥ…」と鳴いた。


「ごめんね」

 体をふくらませたそらは、よじよじと稜真の肩まで登り、頬に体をすり寄せた。足はがっしりと爪を立て、絶対に降りないと心に決めているらしい。


「稜真大丈夫? 怪我してない?」

「ああ、大丈夫だよ」

 無事を確認すると、アリアはぷくっとふくれる。

「私を置いて行くなんてひどいよ!」

「ごめんね。対象を指定して結界を作れるのか、試してみたくて、ね」

「それは分かるけど…。今やらなくてもいいのにさ」

「自分のスキルが、どこまで通用するのかも試したかったんだ。お陰で、例の矢が魔物に効くのも分かったよ」


「例のって…。ああっ! 聞きたかったよぉ!」

「あはは、山羊達は?」

「クリフとフラウが連れて、下山したよ。もう、大変だったんだからね! 2頭は遠吠え始めるし、山羊は跳ね回るし! そらに説明しようにも、稜真を探して飛び回ってるんだもの」

『…おねえちゃ、ごめんなさい』

「そらのせいじゃないよ。突然稜真が消えたら、びっくりするのは当たり前だもん!」

「はは…。俺のせいだね。今度、瑠璃やきさら達にも見せておくかな」

「是非そうして! きさらが恐慌状態になったら、私じゃ止められないよ~」


 稜真は苦笑しながら、ワイバーンの体をアイテムボックスにしまう。最初の1頭はアリアが回収済みだ。


 クリフとフラウにも悪い事をしたな、そう考えながら、稜真は離れた場所にあったワイバーンの尾に近づいた。

 ひと抱え程もある太さの尾を、なんの気なしに両手で持ち上げようとした。──のだが。


「痛っ!」と、稜真は思わず声を上げて尾を落とした。そらが飛び込んで来た時に痛みが走ったが、まさか物を持つだけで痛いとは思わなかった。どうやら、自分で思っている程、軽い傷ではなかったようだ。


「……重いじゃなくて、痛い? ねぇ稜真、痛いってどこが?」

「えーっと、ね」

 アリアが怖い表情を浮かべている。

『あるじ、いたいの? なんで?』

 そらが稜真の髪を、嘴でぐいっと引っ張る。

「ねぇ…。さっき大丈夫、って言ってたよね…。どういう事? ねぇ、稜真?」

『あるじ?』

「あー。ワイバーンの尾を受けて、飛ばされた時にちょっと、ね。打ち身だけで、大した事ないし……」


「あれの尾を受けて、飛ばされたの!? ううぅ~!! 今度結界使う時は、私を置いて行かないで!」

『そらも!』

 ぷくぷくに頬のふくれたアリアと、体をボールのようにふくらませたそら。それにプラスして、どちらの目も潤んでいる。


「すみませんでした」

 稜真は大人しく頭を下げるしかなかったのである。



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