第188話 シャリウの『妻』
とっとと逃げるつもりだったが、その前にお世話になった大地の精霊にはお礼を言いたい。
その大地の精霊は、木の精霊に話しかけていた。
「なぁ、お前。やはり、わしの元へ来ないか?」
「……おじい様がそう仰って下さるのは嬉しいです。けれど、私が側にいないと、この人は何人の女性を娶るか分かったものではありませんもの。今でも片手ではすまないのです。私の意識がなかった間に、妻が増えているかも知れません…」
(片手ではすまない?)
稜真のシャリウに対する評価は、底辺を突破しそうだ。
木の精霊は、姿が薄れ始めたここ何年の記憶が定かではなく、不安に表情を曇らせている。
「そなたがあのような状態であったというのに、新たな妻を増やす訳がない! 魔女と水の精霊に妻になれと言ったは、そなたを癒して貰う策だったのだ」
「本当ですか?」
「我はそなたに嘘は言わぬ!」
「……」
「愛しているのだ。ティヨル!」
「節操なしの言う事が信じられぬのは、仕方ないのう。それでもあの子は、あれを見捨てぬのだから…」
揉め始める2人を見て、大地の精霊はぼやいた。
「奥さんに対しては、純愛だと思っていたのに…。ご老人。シャリウの奥さんが何人いるのか、ご存知ですか?」
「わしの知っておるだけで、6人だの。あれを擁護したくはないが、この地が荒れておった時に助けられた者もおれば、この地の出でない者もおる。皆、死にかけた所をあれが助けたのじゃ。帰る所がないと嘆く者を保護し、受け入れ、いつしか増えて行ったとティヨルが言っておった。──もっとも、全てが若いおなごでな。妻としたのは、あやつの趣味じゃろうよ」
「う~ん。微妙」
アリアが言う。例え助けたのだとしても、尊敬は出来ない。
取りあえず仲直り出来たのだろう。シャリウと木の精霊は、再び抱き合っている。
稜真としては、早くこの場から立ち去りたいのだが、言い出す雰囲気にならず困惑していた。
シャリウの妻は若い女性ばかり、と言う事はやはり、シャリウはロリコンなのだろうか。シャリウ自体は長身で、20代後半の美青年に見えるだけに、14~5歳に見える木の精霊と抱き合う姿は犯罪臭がする。
「瑠璃…シャリウには近づかないように、ね」
アリアはあれだけ恐れられているのだから、心配ないだろう。
瑠璃は稜真の背に張り付いたままだったが、そろそろ回復したと判断し、下へ降りている。きょとんとした顔で見上げて来る瑠璃に、ロリコン疑惑の説明をしようか迷う。
疑惑が晴れてすっきりした顔で、木の精霊がこちらにやって来た。
「皆様、私はティヨルと申します。この度は助けて下さって、ありがとうございました」
「元気になって良かったよね!」
さて、この流れでお暇しようと稜真は思ったのだが、ティヨルはアリアににじり寄る。
「アリアさん、あの…、その……私…」
ティヨルがもじもじとしている。
ピンときたアリアは、「こっちこっち!」とシャリウから離れた場所にティヨルを誘った。瑠璃とシプレ、きさらも加わり、円陣を組んでこそこそと話しを始めた。
時折「きゃあ!」とティヨルの歓声が上がる。
「……何を話しているのかねぇ」
稜真は嫌な予感がするのだが、女性陣の中にも入れず見守るばかりである。
「わしには、おなごの事は分からんわ」
「我が妻が…魔女に染められてしまう…」
アリアも瑠璃も、帰ると言ったのを忘れてしまったらしい。
「ところでシャリウ。どさくさに紛れて、俺に近づかないで下さい」
「何を水くさい事を。リョウマと我の仲ではないか」
「どんな仲です!?」
「我が妻の為に力を合わせた仲だろう。他の妻達にもお前の歌を聞かせたい。我が家で歌ってくれぬか?」
「…歌いません…」
「シュリの山で歌う約束はしたのだろう?」
「…あれは…」
シュリに色々押しつけているので、改めてお礼に行く予定ではある。歌う約束もしたから、歌わせられるのは間違いない。だが、好き好んで歌う訳ではないのだ。
「魔女の元を離れ、我の元へ来ないか?」
アリア達との話がひと段落ついたティヨルが、シャリウに詰め寄った。
「あなた! アリアさんの事を魔女と呼ぶなど、失礼でしょう!」
「だが…」
「お黙りなさい! 大体あなたは、リョウマさんにお礼も言っていませんわ! リョウマさん!」
「……はい」
ティヨルの勢いに、稜真はたじたじである。
「夫が失礼いたしました。これの言う事は忘れて下さい。それで…その…私…、シュリさんの山で歌われる時までに、力を溜めて私も伺います!!」
ふんっ!と力を込めて力説された。回復したばかりのティヨルは、まだ木から長時間離れられないらしい。
「はい?」
稜真は思わず聞き返した。何故そこまで力を込めて言われるのか理解出来ない。ティヨルの後ろで、にまにましているアリアが気にかかる。
「歌を聞かせて頂く前から、お姉様がリョウマさんのお話を聞かせてくれました。意識がはっきりしなかったのに、何故か鮮明に覚えています。木の根元に立たれた時、リョウマさんの、その身に纏われている温かい気に、体ではなく心が癒されたのです。私に向かって歌って下さったあの歌。慈愛に満ち溢れた優しい声。その声に、苦しかった体が癒され、力が満ちて行きました。素晴らしかったです。正に至福の時でした…。今の私は、まるで生まれ変わった心持ちなのです」
ほぅ、とティヨルは頬を染めている。お姉様とは、シプレの事だろうか。
そこまで絶賛される歌ではないと思っているのに、面と向かってべた褒めされて、稜真は身の置き所がない。
「ティヨルがそこまで言うとはな…。さぁリョウマよ。我が家で共に暮らそうではないか!」
「……暮らしません。…どうしてそうなる…」
「あなた!! リョウマさんを我が家だけのものにするなど、許される事ではありません。アリアさんにお聞きしましたが、リョウマさんに加護を与えた神は、創造神様です。ルクレーシア様のお怒りを買いますわ!」
「くっ、ルクレーシア様の加護とは…」
「リョウマさんはこれから世界を巡り、全ての方に癒しを届けるのですから!」
「……届けません。…そんな使命は持っていません…」
稜真は力なく突っ込みを入れる。
この奥様は、シャリウよりも質が悪いのではなかろうか…。先程から、稜真の脱力感が半端ない。
「アリア…瑠璃…。彼女に何を話したんだよ…」
「へ? 稜真様の声と歌の素晴らしさについてだよ! ほら、あの歌はイベントで衣装着て歌った事があったでしょ~。どんな衣装だったかとか、照れくさそうに踊った振り付けとか、吐息とか、色っぽさとか、い~っぱい語っちゃった!」
稜真は頭痛がして、額を押さえた。
確かにイベントでアイドル並みの衣装を着せられ、ぎこちなく踊った事がある。加護の話はともかくとして、どうやら意気投合したあげく、あちらの世界の話もしたようだ。
「アリアがずっと語っているのですもの…。私は主がどれだけお優しいか、子守歌を歌われる時の慈愛に満ちた声の素晴らしさ位しかお話ししてませんわ…」
(瑠璃も語ったんだね…。ははは…、はぁ…)
取りあえず稜真は、アリアのこめかみをえぐっておいた。
「痛たたっ! なんで私だけ!?」
「……恥ずかしいから……」
ひらひらのアイドル衣装と振り付けは、正直思い出したくなかった。
「理不尽なの~っ!」
(それはこっちのセリフだよ…)
アリアとじゃれていると、ティヨルがやって来た。
「リョウマさん!」
「なんでしょうか、ティヨルさん」
「私の事は、ティヨルとお呼び下さい。夫だけ呼び捨てなどと、ねたましいです」
「いや、シャリウを呼び捨てなのは──」
アリアを魔女扱いしたり、色々と敬う気持ちがないからであって、基本女性を呼び捨てにするのは苦手なのである。
「呼び捨てにして下さらないのなら、リョウマ様とお呼びしますよ?」
稜真が『様』を付けられたくないのを、アリアに聞いたのだろうか。悪戯っぽい表情で脅された。
「……分かりました。ティヨル」
「アリアさんにお聞きしましたの。ルクレーシア様も、リョウマさんのファンになってらっしゃるとか。私もファンの1人に加えて頂きたいのです」
「……アリア?」
「だって。ルクレーシア様は稜真様のサインを欲しがったでしょう? って事は、ファンの一員だよね~」
(……確かにファン心理がどうとか言っていたけど、ファンに数えて良いものなのか?)
ティヨルは稜真を見つめている。何を言っても無駄だろうと、分かる目つきだ。
「……好きに…して下さい…」と答えるしかなかった。
アリアと手を取り合って喜んでいるティヨルの熱意に不安を感じる。一応あちらの世界と加護については口止めをした。
「ご老人、手助け頂きありがとうございました」
稜真は大地の精霊に感謝を込めて深々と一礼した。
「なんの。わしも得難い経験じゃったわ」
「シャリウ、助かりました。水の件は頼みます」
今度は事務的に、離れた場所から淡々と言った。
「任せておけ。だがリョウマよ、我には素っ気なくないか?」
「当然です。男色がどうこう言う相手には、近づきたくありません」
「我は男色に走る気はないぞ。あくまでもリョウマが例外なだけだ」
「…れ、例外……?」
稜真はじりっと後ずさった。
「瑠璃、きさら、稜真を守るよ!」
「もちろんです!」
「クォン!!」
シプレも稜真の前に出、大地の精霊もそれに習う。不思議そうなシプレに、大地の精霊は笑う。
「そなたと同じじゃ。女神の加護より何よりも、この者が興味深い。樹木はわしの子供に等しい。その子供らを、ああも見事に救ってくれたのじゃからの」
「うふふ。リョウマさんは、とても面白い方です。見ていて飽きませんよ」
「それは重畳。さて白ドラよ。我ら全員を敵となすか?」
「
シャリウは、苦々しくため息をついた。
「あなた。リョウマさんの意に添わぬ事をなさるなら、私もこちらに回ります」
ティヨルまでが稜真の前に移動し、シャリウに冷たい視線を送った。
(…俺、どれだけ守られるんだろうか…)
1人蚊帳の外に置かれ、全員の背を見ながら稜真は嘆息した。
己の妻を含む総掛かりで詰め寄られ、シャリウは諦めたようだ。どんよりとうつむいている。
「……魔女に出会ってから、ろくな事がない…」
長身でイケメンの眼鏡青年が、捨てられた子犬のような表情をしても可愛くない。ティヨルはシャリウを見て、頬を染めて笑っている。やはり愛があるのだろう。
今度こそ帰路につく。
シプレはティヨルに、ここ何年かの話が聞きたいと頼まれていた。木の大きさではティヨルの方が大きいが、精霊になった年月はシプレが上らしい。お姉様と呼ばれているシプレを、アリアがうらやましそうに見ていた。
行きは瑠璃が連れて来たが、もう位置が分かっているので、自力で帰れるらしい。
(つ…疲れた…)
「ふふふ~ん、ふふ~ん」
「アリアはやけに楽しそうだね?」
「だって、着実に稜真様のファンが増えてるんだもん。ミーリャさん以外とファントークが出来るなんて、嬉しくって!」
「はい。主のお話がたくさん出来るのが、こんなに楽しいとは思いませんでした!」
「……瑠璃まで」
『主のお話、たくさん!』
「きさらもか……」
そう言えば、女性陣の円陣に加わっていた。
「ふふっ。今回も、稜真のたらしのお陰だよね~」
「──たらしのお陰?」
「大地の精霊もだけど、シャリウなんて完璧だったよ。ティヨルも、すっかり稜真様のファンだもん!」
今回は特に嬉しくない。特にシャリウ。絶対に淵には近づかないと、心に誓う稜真であった。
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