第146話 調理開始
現在時刻は夕方近く。
稜真は、せめて米だけでも炊こうと思う。研ぐのにも炊くのにも瑠璃の水を使えば、美味しく炊きあがるのだ。
「主。私がお米をまとめて研ぎますわ」
「まとめて?」
どういう風にやるのか見当もつかないが、稜真は今日炊く予定分の米を取り出した。瑠璃はにっこり笑ってその米を水に取り込んで、大きな水球にした。
水球は細長く変化して、玄関を通り抜けて外へ出た。瑠璃は球に戻した水の中で、米同士を摩擦させる。
「すごいな」
稜真はその様子に驚いた。瑠璃は水を入れ替えながら米を研ぐ。研ぎ終わった米は、そのまま水の球状態で宙に浮かせて浸水させておく。地味に手間のかかる作業が早々に終わってくれた。
「ありがとう、助かったよ」
稜真は米を炊く為の大き目の鍋を、商店で5つ購入して来た。これから先も大きな鍋は使う事が多そうだし、無駄にはならないだろう。元々持っていた鍋を加え、今日は鍋6つ分の米を炊く予定だ。
浸水が終わった米の水を切って鍋に入れ、水を計り入れる。その後はひたすら米を炊く作業だ。2つ並んだ
竈を2つとも使って、同時に炊く。
炊けた分の鍋は蒸らす為に、暖炉前の石畳に移動させ、新たな鍋を火にかける。
蒸らし終わったご飯は、大きな木桶に移し替え、冷めない内にアイテムボックスへ入れる。鍋の移動とアイテムボックスの収納だけは稜真がやったが、後は全て瑠璃が頑張ってくれた。
ももは、居間以外の部屋の掃除に回ってくれている。天井をころころと転がる姿に、重力はどうなっているのか不思議に思った。
きさらも手伝いたいと言って来たのだが、何をやって貰えばいいのか思いつかずにいると、暖炉前でふてくされてしまった。ペッタリと床に伏せて、どこかしょんぼりした様子のきさらは可愛らしい。
それならば、と稜真は固まり肉を金串に差し、火を入れた暖炉にかけた。
「きさら、夜ご飯のお肉を頼めるかな。時々回して欲しいんだよ。熱いからこの布を持って、こうやって金串を回すんだけど、出来る?」
きさらは稜真から布を受け取り、器用に持つと金串を回してみた。
『出来る! きさらがお肉焼く!』
「任せた。──あんまり近づくと火傷するから、気をつけて」
『気をつける!』
少し離れた位置でお座りをして、真剣に肉を見つめている。
皆が手伝ってくれるおかげで、稜真は唐揚げ用の肉を切り、下味に漬ける作業に専念出来た。
単純作業なので、手を動かしながら今日の出来事を思い返した。
依頼人達は「リョウマの手料理じゃなきゃ嫌だ」だの、「他の男の手が入った料理は嫌だ」だのと言っていたが、料理の味付けは稜真がするし、瑠璃は女の子だから問題ないだろう。
それならば、アリアにも手伝って貰えば良かったのに、何故自分は留守番させたのだろうか。肉を切りながら不思議に思った。料理下手のアリアでも、材料を切る事は任せられるのに。
指名依頼は、アリアから持ちかけた話ではない。相談に乗ったと言っても、話を聞いた程度だろう。それなのに、何故?
つらつらと考えていると答えに思い当たり、ため息が出た。
依頼人達に無理を言われた鬱憤を、アリアにぶつけてしまったのだ。
(……何をやっているんだか、俺は。明後日は、まずアリアに謝ろう)
今日の予定分の米は炊き終わり、肉の下処理は全部終了した。
「──今日はここまでかな。皆、手伝ってくれてありがとう」
アイテムボックスに、中途半端に残っていた料理で夕食にした。きさらが焼いてくれた肉も、上手く焼けている。薄切りにした肉を葉野菜の上に並べ、手早く作ったソースをかけた。きさらの分は厚切りにし、野菜もたっぷり、ソースもたっぷりとかける。
きさらは自分が焼いた肉に、自慢げだ。
瑠璃と
「……主を独り占めできるのに、アリアがいないと変な感じです」
どうやら瑠璃も同じ気持ちらしい。
『独り占めじゃない、きさらもいる!』
「ごめんなさい。そうね。アリア抜きで、皆で主を堪能しましょうか。こんな機会は滅多にありませんもの!」
「…堪能って」
「歌って貰って、添い寝して貰って、堪能するのです!」
「はは…。それじゃ、片付けて寝る準備をしようか」
「瑠璃、寝る前にお風呂代わりの丸洗い、頼めるかな? ずっと肉を切っていたから、さっぱりしたくてね」
『きさらも、主と一緒にやってほしい!』
「分かりました、一緒にですね」
もう寒くはないが、それでも水だけでは不味いかと、お湯を沸かして混ぜた。稜真ときさらを包む水球はいつもより大きい。瑠璃はいつも通り、顔だけは避けて体を水球で包み、汚れを流す為に水流を操る。その様子を見ていたももが、水流に飛び込んだ。
「もも!?」
稜真は手を伸ばして捕まえようとするが、するりとすり抜けて捕まらない。瑠璃も水を操って捕まえようとするが、全く捕まらない。
「主、ももは楽しんでいますから、大丈夫です」
「楽しんで? …それならいいか」
水からは、ももが楽しんでいるのが伝わって来ると、瑠璃は言った。
流されている
瑠璃は少しずつ水を減らしてくれたので、終わる頃にはももは稜真の手に乗って来た。いつものように水分もすっかり取り去ってくれたので、全身乾いてさっぱりしている。
「もも、びっくりしたよ」
そう言って稜真がそっと指で突いたが、ももはご機嫌な様子で揺れている。
「ありがとう瑠璃、さっぱりしたよ」
『きさらもさっぱり、ルリありがとう』
「どういたしまして」
稜真は寝間着用のゆったりした上下に着替え、居間のテーブルと椅子をアイテムボックスに片づけた。そしてアリアと稜真の部屋から布団を持って来て、並べて敷く。きさらは、体が半分程しか乗らなかったが、気にしていない。
稜真はきさらと瑠璃を隣同士に寝かせ、自分は端に寝るつもりだった。皆が寝たら、宿題をしに自室に行こうと思っていたのだ。一応宿でも勉強はしていたが、屋敷へ戻る前にしっかりと復習しておきたかった。
だが、瑠璃は稜真に真ん中に寝るように言う。
「主を皆で堪能する為には、真ん中で寝て貰わなくてはなりませんわ」
「歌い終わってから、寝ようと思うんだけどな。横になったままでは歌いにくいし、声も出しにくいよ」
「でも、主と一緒に寝たいのです…」
『きさらも一緒に寝たい…』
ももはぺったりと稜真の胸に貼りついた。
「はいはい。それなら、上手く歌えなくても我慢してね」
稜真は部屋のライトの光量を抑えて薄暗くし、瑠璃ときさらの間に横になった。貼りついたままの
横になり、発声練習もしないままで歌い始めた歌は、少しかすれた声で始まる。かすれていても優しい響きに、皆うっとりと聞き入った。歌うにつれて張りの出る声は、甘く響く。
瑠璃の目が閉じかけては、パチパチと瞬きを繰り返している。体に響く歌は眠りを誘うが、最後まで聞きたい瑠璃は必死で睡魔と戦っているのだ。
きさらは既に夢の中。ももが揺れているのは、眠っているからなのか分からない。
瑠璃が可愛らしく抵抗している
眠りについた瑠璃は稜真の腕をしっかりと抱え、転がって来たももは胸元に貼りつき、きさらは体にぴったりと寄り添っており、稜真は身動きが取れなかった。
すぴー、くぷーという寝息が、両脇から聞こえて来る。
(──これじゃ抜け出せないな。今日はおとなしく寝るとするか)
稜真は、温もりを感じながら目を閉じたのだった。
一方。稜真に置いて行かれて傷心のアリアを、ミーリャが食事に誘った。人数がいた方が気も紛れるだろうとベティも誘い、稜真に目を配ると約束していたノーマンとネヴィルも付き合う。
料理と飲み物を注文して食事を始めたのだが、アリアの様子がおかしい。
「……アリアちゃん、まさかジュースで酔っ払った?」
恐る恐るミーリャが聞いた。
「酔ってないも~ん」
ぶつぶつ言いながら、アリアは机に突っ伏した。置いて行かれたショックが抜けないのだ。
「うぅ…稜真ぁ…」
「酔っ払いにしか見えないわ。ほら、アリアちゃん。あ~ん」
ベティが焼き魚をひと口、スプーンで運ぶと、アリアは口を開けた。むぐむぐと咀嚼するが、自分で動こうとしない。
「元気出せアリア。今頃リョウマの奴、やりすぎたって反省してるぞ」
「そうですよ、リョウマ君ですからね」
「よっし、皆で賭けるか。俺はリョウマがアリアに会ったら、まずゴメンと言うのに賭ける」
「それは賭けになりませんよ」
「リョウマ君なら絶対謝るわ」
「うんうん」
稜真は全員に行動を読まれていた。
「ねぇ、一歩踏み込んで、謝って抱きしめるってのはどうかな?」
ミーリャがにやにやしながら言った。
「リョウマがかぁ?」
「ないですね」
ノーマンとネヴィルは即座に否定した。
「あら、分からないわよ」
ベティはミーリャに乗った。
「では、女性陣は謝って抱きしめる。私達は謝って…どうする、ノーマン」
「そうだな。いいとこ謝って頭を撫でる、って程度じゃねぇか?」
「妥当ですね」
「アリアちゃんはどっちだと思う?」
「へ!? どっちって、そ、そりゃ抱きしめられたいけど、稜真がする訳ないもん!」
これまで成り行きでされた事は何度かあったが、謝る時に抱きしめるなんて、あの稜真がやる訳がない。
アリアは運ばれてきたジュースを一気に飲み干した。
「アリアちゃん、それ私の!?」
「はれ? これ、お酒?」
飲んだ感じは、それ程アルコール分は高くないと思った。前世の経験から、この程度なら酔わないし大丈夫だと判断したが、喉がほんわりと温かくなったかと思うと、視界がぐにゃりと歪んだ。
「にゃんで~、目が回る~」
ふにゃり、とアリアは机に突っ伏した。
「あちゃあ…、アリアに飲ませたと知られたら、リョウマに叱られるぞ」
「このテーブルの全員、連帯責任ですね」
「しまったなぁ」
「どうしよう…」
賭けどころではなくなった4人だった。
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