第147話 料理の裏技?

(……身動きが取れない…? どうして…あ、ああ、そうだった)


 翌朝目を覚ました稜真は、目を開けて納得した。いつの間にか瑠璃を腕枕しており、かけていた筈の布団はなく、きさらの羽が2人にかかっていた。そして何故か、ももは稜真の手の中にいた。


(グリフォンの羽根布団だなんて、贅沢だなぁ)


 そっと身じろぎすると、瑠璃が目を覚ました。

「おはよう…ございます…」

「おはよう」

「…主の歌…最後まで聞けませんでしたわ…」

 話し声できさらも目を覚ました。

『きさらも寝てた!? 聞けなかった!』

 も途中で寝てしまったのだろうか、でろんと平べったくなってしまった。揃ってしょんぼりするさまが可愛らしい。

「また今度ね」

 そう約束すると、全員が浮上してくれた。




 簡単に朝食をすませ、昨日と同じく米を炊くのは瑠璃に任せた。


 稜真は暖炉に火をおこし、唐揚げの肉を取った残りの骨で、鳥ガラスープを作る。ついでに肉の切れ端が結構出ていたので、細かく叩いて肉団子にし、アイテムボックスに片付けた。

 スープさえ煮ておけば、当日仕上げても間に合うだろう。きさらに鍋の番を頼み、時々灰汁をすくいに行く。その間はずっと唐揚げを揚げ続けていた。

 ももは手持無沙汰なのか、家中の掃除をしてくれているのだろう。壁や天井をコロコロと転がっている。



 瑠璃のお陰で、午前中には予定していた分の米を全て炊き終えた。まだ手伝いたいと言うので、おにぎりを握って貰う。小さな手で握るのは大変そうだったが、1度コツを掴めば瑠璃は綺麗に握れるようになった。


 きさらも、もっと手伝いたそうにしているが、さすがに何も思いつかない。そう言えば、きさらは風の力で敵を切り裂いていたな、と稜真は思い出した。瑠璃は水の力で米を研いでくれたし、風の力で肉を切る事は可能なのだろうか?


 屋内では不安なので、油の入った鍋を火から下ろして外へ出た。大きなたらいに固まり肉を取り出す。

「きさら、この肉を風の力で切る事は出来る?」

『これを切るの?』

 きさらはあっさりと真っ二つにした。鎌鼬のような真空の刃で切ったのだ。


「この肉をもっと細かくしたいんだけど、出来るかな?」

『もっと細かく?』

「きさら、昨日私が水球の中に米を入れたのを覚えていますか? 風の力で肉を閉じ込め、切り裂けばいいと思います」

 瑠璃の言葉にきさらは首をかしげながら、肉を宙に浮かせて風の檻を作り、その中で肉を切り裂いていく。


「主はあの肉をどうしたいのですか?」

「挽き肉が出来たらなぁと思ったんだよね。細かくなる程ありがたいけど」


「細かく…。きさら、もっと小さな風の刃をたくさん作って、色んな方向から切ってみて下さい」

『んん?』

 首を傾げる角度を更に深くしつつも、きさらはやってくれた。傍で見ていると、まるで風で出来たミキサーのようだ。出来た挽き肉は少々粗挽きだが、充分挽き肉として使えそうだった。

「きさら、すごいな!」

『すごい?』

「挽き肉が出来たら、美味しいものを色々作れるよ」

 その言葉に、瑠璃が食いついた。

「美味しいものですか!? きさら、もっと作りましょう!」

 期待にあふれた顔をされては、何か挽き肉を使った料理を夕食に作らねばならないだろう。


 風の檻で囲んでいるならば、家の中で作業しても大丈夫だろう。家に入った稜真は肉の塊を積み上げ、順に挽き肉にして貰った。




 稜真は鳥肉を揚げながら、挽き肉を何に使うか考えた。元々肉巻きおにぎりと唐揚げだけでは寂しいので、時間が許せばもう何品か作るつもりだったのだ。せっかく油を使っているのだから、メンチカツでも作ろうかと思いついた。


 以前、瑠璃とサンドイッチを作った時にとっておいたパンの耳を取り出す。

「瑠璃、このパンの耳の水分を飛ばして貰えるかな」

「はい」

 瑠璃は、果物から水分を抜いて、ドライフルーツにしてくれた事があった。すぐにパンの耳から、水分を抜いてくれた。

「きさら。さっきのお肉みたいにして、これも細かくしてくれる?」

『は~い』

 乾燥しているパン耳は肉ほど時間もかからず、あっという間にパン粉が出来上がった。パン耳だけでは足りないので、購入してあったパンを追加した。


「──うちの子達は、皆優秀だね」

 稜真が瑠璃ときさらの頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。壁を転がっていたももが、ポトンと落ちた。

 稜真は落ちたももを拾い上げた。ももは調理の際に出た生ゴミを食べてくれていた。

「もももうちの子だよ。また頼むね」そう言うと、嬉しそうにぷるるん、と揺れた。



 パン粉と挽き肉は出来たが、時間と手が足りない。瑠璃はおにぎりで手いっぱいだし、から揚げはもう少し時間がかかる。どうしたものかと迷っていると、シプレがやって来た。

「こんにちは。忙しそうですね、リョウマさん。お手伝いしましょうか?」

「助かりますけど、シプレさんお料理は…」

「少しは出来ますよ。人の家で暮らしていた時に覚えました」


 試しに玉ねぎのみじん切りを頼むと、鮮やかな手さばきで刻んでくれた。これならば大丈夫だ。大量の刻み玉ねぎが出来上がる頃には、唐揚げは揚げ終わった。

 稜真は挽き肉に刻み玉ねぎと卵を混ぜて、塩コショウをした。ざっと混ぜて、楕円形にまとめる。小麦粉をつけ溶き卵に通し、パン粉を付ける。何個かやって見せたら、シプレはすぐに飲み込んで綺麗に形作ってくれた。

 形にするのを任せると、稜真はひたすら揚げ続けた。


 夕方過ぎには揚げ物は終了。肉巻きおにぎりは肉を巻き終わり、後は焼くだけである。残った作業はギルドで行う。調理場があるのは確認済みだ。

 鳥ガラスープも漉して、アイテムボックスに片付けてある。ちなみに漉した骨は、ももが食べてくれた。




 夕食に出したメンチカツは大好評だった。

「サクサクで、ひと口食べると中から肉汁があふれて来ます! 美味しいです!」

『きさら、またお肉細かくする! これ美味しい!』

 ももは揚げたてのメンチカツをすぐに体に取り込んだが、熱くないのだろうか? ほんのりピンク色が濃くなっている。お代わりを催促しているので、美味しかったのだろう。


「初めて食べましたわ。美味しいですね」

 シプレは鮮やかな手並みで手伝ってくれたが、カツは初めて食べたそうだ。

「今日はシプレさんに手伝って貰えて、助かりました。ありがとうございます。瑠璃、きさら、も助かった。ありがとう」


 褒められて、嬉しそうな瑠璃が言った。

「主! 今日は温泉に行きませんか!」

「そうだなぁ、ずっと揚げ物をしていたから行きたいけれど…」

 体に油が染みついている気がするのだ。

「アリアもいないから、主と一緒に入れますわ!」

「…瑠璃と一緒に?」


 バレた時のアリアのふくれっ面が目に浮かぶ。だからと言って、交代で入る間、瑠璃を1人にするのも心配だ。どうしたものかと困っていると、瑠璃がふくれて言った。

「もう! 主は困ると思っていましたわ。シプレ、一緒に行きませんか」

「温泉ですか。興味深いですね。ぜひ、ご一緒したいです」

「シプレさんに付き合って貰えるなら助かります。それなら行こうか」




「きさら、温泉まで頼むね」

 ももは稜真の胸元に入る。稜真の前に瑠璃を乗せたのだが、シプレが後ろからベッタリと稜真に抱きついた。


「……シプレさんは、空を飛べるでしょう?」

「あら、グリフォンの速さについて行けず、置いて行かれては困りますもの」

 シプレは、ふふっと笑い、更に密着度を上げる。

「……もう少し、離れて貰えませんか?」

 密着された稜真は、背中に感じる感触に頬が染まる。

「グリフォンに乗るのは初めてですもの。怖いのです」

 シプレは、くすくすと楽しげに言う。それでも少しは離れてくれた。


「…主、私が主の後ろに乗ります……」

「──そうしてくれる?」

 瑠璃は稜真とシプレの間に移動すると、シプレをキッと睨んだ。

「あらあら、残念ですね」

 シプレは瑠璃の両脇から手を伸ばして、稜真の腰に掴まった。


「………行きますよ」




 シプレと瑠璃ときさらには、先に温泉へ行って貰った。自分が入っている間、2人をきさらに守って欲しかったのだ。

 ももと待ちながら、稜真は周囲の索敵を始める。グリフォンの気配を感じるのか、これまでに魔物が近寄って来た事はないが、やはり気を抜いてはいけないだろう。


(今日、アリアはどうしていたかな)


 従者なのに側を離れてしまった事に、今更ながらに思い至った。


(……本当に、俺はまだまだだなぁ)






 この日アリアは、ベティの家のベッドにいた。二日酔いである。そらは心配そうにベッドの縁に止まり、アリアを見守っていた。

「……ごめんなさい、ベティさん。皆に迷惑かけちゃった…」

「気にしないで。うっかりとは言え、飲ませてしまった責任もあるもの」


 ベティの家まではノーマンが運んでくれ、ミーリャとベティは一晩ついていてくれた。

 しかも今日、ベティはギルドを休んでくれたのだ。ミーリャは、2人分頑張って来ると出勤して行った。

「お昼は食べられそう? スープを作ったの」

「お腹すいた」

 くるくる~っとお腹が鳴り、アリアは赤面する。ネヴィルが二日酔いの薬を用意して、ベティに預けて行った。その薬が効いたのか、頭痛も治まって来た。



 ベティは母親と2人暮らしだ。スープを作ってくれたベティの母に、アリアは恥ずかしそうに挨拶した。

「お世話になってます…」

「いいのよ。アリアちゃんには、私もたくさんお世話になっていますからね。これくらい、お返しにもならないわ」

 ベティと同じ笑顔。似たもの母娘だ。優しい味のスープをゆっくりと飲み干すと、鈍く残っていた頭痛も消えていた。


「アリアちゃん、明日の準備にギルドに顔を出そうと思うのだけど、一緒に行く?」

「うん。せめて準備は手伝わないと、稜真に申し訳ないもの」



 アリアはその日1日、会場の設営の手伝いに走り回ったのだった。



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