第143話 キーランとの対戦

 稜真は今日も引き続き調査依頼だ。

 朝早くから出発して、昨日と同じように調査をする。稜真が用意する昼食のお陰か2人の、主にノーマンのテンションが上がり、前日以上にはかどった。──捗りすぎて、担当分を終えてしまった。何日もかかる予定だったのだが。


 さすがに疲れたのでそのまま宿へ帰り、翌朝ギルドへ報告にやって来た。


 ベティが席を外していたので、ミーリャの受付に行く。

 3人で挨拶をしたのに、「おはようリョウマ君! 今日も可愛い!」と返された。他の2人は目に入っていないのだろうか。

「やだもう! 朝一番でリョウマ君の『おはよう』が聞けるなんて、今日は最高の1日になりそう! ほんっとに可愛くて、爽やか!」


 稜真の身長は、160センチを超えてからも順調に伸びている。

 以前この年齢だった時よりも、確かに伸びているのだ。こちらに来るまでの身長は、四捨五入して170センチ。それも、かろうじて165センチを小数点で超しただけだった。

 この調子でいけば、普通に170センチを超える日が来るかもしれないと、こっそり楽しみにしている。身長が高くなれば、年相応に見られるだろうと思っているが、余りにも可愛いと連呼されるとその気持ちが薄らぐ。


 このギルドに来ている大男達は190センチを超えている者も多く、それに比べれば確かに小さいが、それでも可愛いと言われる程ではない、と自分では思っている。

 これまで依頼を受ける時もミーリャから熱い視線を感じていたが、アリアと意気投合してからは熱の入りようが違う気がする。


「俺、そんなに可愛いんでしょうか…。身長伸びたのになぁ…」

「私達はリョウマ君を弟分だと思っていますしね。素直で可愛いと思っていますよ。でもミーリャさんは…。女性心理は難しいですね」

「女性心理は、俺にゃあ分からん」



 ミーリャはずっと悶えていて報告が出来ない。3人で戸惑っている所へ、ベティが来てくれた。

「こらミーリャ! 仕事しなさい!」

「え~? せっかくリョウマ君に癒されてたのに~」

 ベティは手にした書類でミーリャの頭に突っ込みを入れる。


「ベティさん、おはようございます。…あの…ミーリャさんの反応、前よりも熱が籠っていませんか?」

「おはよう。それなんだけど、ミーリャはドワーフとのハーフでね。ドワーフの種族特性として、1つの事にのめり込む性質があるのよ」

 そのお陰で、ドワーフは職人として名を知られるようになったのだ。それについては1人心当たりがある。


 それはさておき、ミーリャは稜真にのめり込んでいるのだと、ベティは説明してくれた。

「飲みに行ってもリョウマ君の話ばかりよ。いい加減にして欲しいわ」

「……どうして?」

「どうしてなのかは、私にも分からないわ」

 アリアと盛り上がるようになってから、拍車がかかったのだとベティは答えた。

 元の世界ならともかく、こちらの世界で自分にのめり込んだと言われても、稜真には全く理解出来ない。


 ミーリャの稜真に対する気持ちは恋愛ではなく、前世でのファン心理と同じなので、アリアは安心して一緒に盛り上がっている。そのアリアは、今日はギルドには寄らずにアリサと待ち合わせて、ポーラの店に挨拶に行くと言っていた。




「そうだ! ギルド長がリョウマ君にお弁当作って貰ったって、自慢してたのよ。うらやましいわぁ」

 ミーリャは指をくわえて、稜真を見上げる。いつになったら報告が出来るのだろうか。

「ミーリャさんもお菓子を食べたでしょう?」

「そうだけど…。ギルド長ったら、2回も貰ったって言うんだもの」

 仕方なく稜真はお菓子の包みを2つ、ミーリャに渡した。1つはベティの分だ。昼食の時にノーマンに強請られる事があるので、少量ずつ色々なお菓子を包んでおいたのだ。


 結局ここでは報告の話が出来そうにないと、ノーマンとネヴィルがベティの受付に移動して報告をしている。


「ありがとう、リョウマ君。愛してる!!」

「……ミーリャさん。…稜真に何言ってるのぉ…?」

 どこからともなく現れたアリアが、カウンターにかじりつくようにして、ミーリャをじっとりと見上げていた。頬はぷっくりとふくれている。

「アリア。ギルドには寄らないって、言ってなかったっけ?」

「顔を出した方がいいって、予感がしたのよぉ…」


 直接アリサの家に行き、2人でポーラの店に寄る予定だったのだが、ギルドに行かなくてはならないという強迫観念に襲われたのだと言う。

「…ミーリャさん?」

「あの…そのね、アリアちゃん。ほら! リョウマ君はいいお嫁さんになると思わない?」

「思う…けど……」

「思うな!」

 稜真の突っ込みは、あっさりと流される。


「仕事で疲れて家に帰ったら、可愛いエプロンをつけたリョウマ君が『お帰りなさい』って優しい声で出迎えてくれて、美味しいご飯が作ってあるのよ」

「いいですね~」

「憧れるわ~」

「憧れないで下さい! 何故、嫁!?」


「似合うから!」

「ですよね!!」

 やっかいな人物がタッグを組んだものだ。


 ギルド内にいる他の冒険者達まで頷いているのは、何故だろうか。ミーリャが持っているお菓子の包みを、うらやましそうに見ている。

 そんな中、1人だけ違う視線を稜真に向ける者がいる。視線を感じた稜真が振り返るとキーランがいた。憎々し気に稜真を見る視線がアリアに向くと和らぐ。


(やっぱりこいつは、ロリコンなのか?)


 ミーリャと理想の嫁について盛り上がったアリアは、アリサとの待ち合わせに遅れそうだと、慌ててギルドから出て行った。





 報告をすませ、稜真達はギルド長室にやって来た。全体の進捗状況を聞きに来たのだ。部屋にはキーランもいて、目があった稜真は睨み付けられた。


「リョウマ君、1度私と手合わせしてくれないか。最近自信を喪失する出来事があってな。是非君に協力して欲しい」

「自信を喪失? それでどうして、俺との手合わせになるんですか?」


 ため息をついたギルバートが説明してくれた。

 ギルバートからの依頼でアリアのガードをしていたキーランは、何度隠れてもことごとくアリアに見つかった。『アリア様』だけに見つかったのなら納得も出来るが、Dランクの稜真に見つかった自分が許せないらしい。

「すまないね、リョウマ君。私は止めたんだけどね」


「はぁ、キーランさん。それは、俺に負けて欲しいと言う事ですか?」

「負けて欲しい? Dランクのリョウマ君にそんな事は言わないさ。全力で相手をして欲しいと思っている」

「全力で…ですか」

 まだ経験は浅い稜真だが、ある程度は相手の実力が計れるようになっていた。スキルを使えば勝てる。使わなければ負けるだろう。──剣だけならば。


「剣だけではなく、なんでもあり。そして、木剣での対戦ならば、受けてもいいですよ」


 刃をつぶしてあっても、剣は剣だ。稜真が危険を避けたのだろうとキーランは思った。

「木剣で、か。承知した」


「おいキーラン。何考えてんだ?」

「アリア様の従者の力を見極めたいと思っただけだ。──自信が無くなりかけているのは本当だしな」

「それで対戦ですか。更に自信を喪失しかねませんよ…?」

「Cランク並みの腕だとは思うが、私はBランクだぞ? 負ける気はないし、木剣での勝負だ。怪我もさせやしないさ」

「リョウマの怪我は心配してねぇんだが…」

「キーラン。リョウマ君は私達から、何本かに1本は取るんですよ」

「お前達がリョウマ君を鍛えてやっているのは知っている。だが、どうしても1度勝たないと気がすまないんだよ」

「…難儀な人ですね、あなたも」


 稜真は準備をする為、厩に行く。きさらにまだ時間がかかりそうだと説明し、そらとにも、ここで待つように言った。──そして練習場で柔軟体操を始めた。




 キーランも準備の為にギルド長室を出て行った。

「あいつ…木剣で、の意味分かってねぇな」

 ノーマンが肩をすくめた。

「リョウマ君は、刀の方が使い慣れて来ていますからね。木刀で対戦したかったのでしょう」

 ギルドにある刃を潰した武器は、一般的な武器しかないのだ。


「しかもなんでもありだぁ? 本気で勝つ気だぞ、あいつ」

「この間のギルドでの騒ぎの時、キーランはいなかったのですか?」

「あの時は、私が用事をお願いして町を出ていたよ。リョウマ君は、キーランに勝てそうなのかい?」

 不思議そうにしたのはギルバートだ。色々と報告は聞いているが、実際に稜真が戦う姿を見た事はなかった。


「投げ技、剣術、全て込みなら、私達でも敵わないかも知れません」

「投げ技だけじゃねぇだろ? アリアが言っていただろうが、武術指南役に格闘を教わっているってよ」

「伯爵家の武術指南役なら、腕は確かでしょうね」

 ギルバートが言った。

「スタンリーって言ってな。元Aランクの冒険者だ」

「あの!? ──仕事は後にしましょうか」

 見逃す訳には行かない。3人も練習場へ向かった。




 稜真とキーランは、それぞれ木刀と木剣を持って対峙していた。何度か打ち合い、距離を取った所だ。


(やっぱり木刀を使っても勝つのは難しいな…)


 剣を合わせるだけならば、対応出来た。キーランの力もスピードもアリア程ではないので、受け止める事も可能だった。

 だが、ノーマン達と同じく実戦の数が違う。ただ打ち合うだけでなく勝つとなると、まだ稜真には荷が重い。キーランは、とにかく体さばきが上手いのだ。

 どうしたものかと攻めあぐねている稜真に連撃を放って来る。

「くっ!」

 かろうじて全てを受け止める。


「リョウマ君、頑張って!」

 ミーリャの声援が聞こえた。ちらりと目をやると、1番前に陣取りベティと一緒に応援してくれている。

「よそ見とは余裕だなっ!!」

 キーランは先程よりもスピードを上げる。さすがに避けきれず、何度か体に打ち込まれた。


 反撃でこちらからも打ち込んだが、全く予測できない動きで懐に入られそうになり、稜真は慌てて距離を取る。距離を離されまいと、キーランは稜真を追い鋭く打ち込んで来た。何度か打ち込まれながらも、決定的な一撃だけは受けず、今度こそ距離を取る事に成功した。


「ふん。受けるのと、避けるのは巧いよな。だが、それだけでは勝てないぜ?」

「分かっていますよ!」

 稜真は少し息が荒いが、キーランの呼吸も上がっている。

「キーランさんの方が、俺より息が荒いですよね。そろそろ体力の限界が近いのではありませんか?」

「……減らず口を!」


 稜真は両手で持っていた木刀を逆手に持ち替え、軽く腰を落とす。

「型を変えた所で勝機は上がらないぜ」

「それはどうでしょうね」

「はっ! そろそろケリをつけるとしようか」

「賛成です」


 キーランが横凪に放った剣を、稜真は地に這わすように体を低くして避け、木刀を持った手を床に付き、そのまま体を回転させて足払いをかける。

「なっ!?」

 辛うじて避けたキーランだが、体勢を大きく崩す。稜真は回転の勢いを殺さず、更に捻りを加えて飛び上がり、回し蹴りを放った。

 キーランは木剣で受けたが、構えもせずに合わせた木剣では、なんの役にも立たない。


 バキィッ!!


 稜真の体重の乗った蹴りは、木剣を折り、キーランの胴に決まった。キーランは、壁まで吹き飛ばされて気を失った。稜真は荒く息をつく。


(……しまった。…力、籠めすぎたかも…)


 ちなみに、木刀を逆手に持ち替えたのは、動きやすくする、ただそれだけの理由だった。



 ギルド長室から降りて来た3人は、開始にこそ間に合わなかったが、ミーリャが声援を送った辺りから観戦する事が出来た。

「──あの体勢から、2度も蹴りを放ちますか」

「あいつと格闘での対戦は危険だな」

「勝つつもりでいたキーランには、致命傷ですね。気の毒に」





 キーランが目を覚ましたのは、ギルドの医務室のベッドだった。

 部屋を見渡すと、椅子に腰かけて呆れ顔をしているノーマンと目が合う。ネヴィルはギルバートと、調査結果の情報のすり合わせに行っている。


「お前なぁ。オークキングを倒したのがリョウマだって、知ってただろ?」

「あれは皆でかかって、リョウマ君が止めを刺したんじゃないのか?」

「いんや。グリフォンで突っ込んで行って、あいつ1人で倒したぜ。グリフォンの助けもなしで、だ」

「……」

「もう1つ教えといてやる。あいつ、冒険者になって1年経ってねぇぞ」

「は…はは…。全ての面で、私が敵う相手ではなかったって事か」

 キーランは手で顔を覆った。


「剣の腕だけなら、間違いなくお前が上だ。だからリョウマも条件をつけたんだろ。あいつがあそこまで勝ちにこだわったのは、初めて見たぜ」

「そうか…」

 神妙な面持ちのキーランは、「ネヴィルの方が良かったんだが…」と呟いた。


「なぁノーマン。ちょっと愚痴に付き合ってくれるか…」






「リョウマ。あー、そのー、なんだ」

「なんです?」

「さっき聞いたんだがな。キーランの奴、ミーリャが好きらしいぜ」

「……それでかぁ」


 今朝の視線も、アリアではなくてミーリャに向けられていたのだろう。自分に対戦を申し込んだ原因は、あの『愛してる』だったのだ。

 対戦の時に攻撃が激しくなったのも、ミーリャの声援の後だった。


(てっきりロリコンかと思って全力出したけど、悪い事したかも……)



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