第144話 稜真への指名依頼

 稜真がキーランと対戦していた時、アリアはポーラの店にいた。


 ポーラと顔を合わせづらいアリアは、アリサの後ろに隠れていたが、「ほら、アリア」と背中を押され、おずおずと顔を出した。

 そんなアリアを見て、ポーラは笑っていた。商店に買い物に来ていた老婦人が、これまでのアリアの話を聞かせてくれたそうだ。

「アリア。これまで通りでいいのよね?」

 そう聞いてくれたポーラに、アリアは泣き笑いで頷いた。




 憂いが綺麗に晴れたアリアは、ギルドで昨日の話を聞いていた。

「そんな面白そうな事やってたんだ~。見たかったなぁ」


 ギルドの入り口を入ってすぐのホールには、待ち合わせ用にテーブルだけがいくつか置かれている。腰を据える場所ではないので椅子はない。

 その中でも大き目のテーブルに陣取っているのは、休憩中のミーリャと遊びに来たアリア、いかつい冒険者が4人だ。アリアは身長が足りないので、ミーリャが用意した踏み台に乗っている。

 アリサは引っ越しの片付けがあると、家へ帰った。


「すっごく、すっごく、恰好良かったのよ!」

「ああ! リョウマさん、すごかったよなぁ」

「負けちまうと思った所からの巻き返し! いや~惚れ惚れしたよな!」

「ちっこいのに強くて、優しいし、おまけに料理上手」

「俺さぁ。野営の時に保存食ばっかり食べていた話をしたら、すかさず料理をよそってくれてさぁ。感激したんだよ」


「うふふ~。稜真は気配り上手だもんね!」

 稜真を褒められて、アリアは上機嫌である。

「あの時の料理、美味かったなぁ。すごい人ですよね、お嬢」

「そうでしょ!」

「あんな人になりてぇなぁ」

「お前のその顔じゃ、無理じゃね? リョウマさん、可愛いもんよ」

「顔の事は言わないでくれ…」


「やっぱりあなた達もそう思う? リョウマ君可愛いよね!」

「料理を作ってるリョウマさん、天使だった」

「あなた達、リョウマ君のお料理2回も食べたのよね。ずるいなぁ」

「美味かったですよ」

「私だって、リョウマ君が作ったお菓子を食べたもの」


「お菓子ですか…。いいですね…」

「リョウマ君のご飯かぁ…。うらやましい……」

 男達とミーリャは、じとっと睨み合った。




 採石場および街道周辺の魔物調査と討伐は、大勢の冒険者が依頼を受け、手分けをした事で、ほとんど終わった。稜真達はギルド長室で、以後の流れを確認したのだが、稜真に手伝える事はなさそうだ。後は、伯爵との報告書のやり取りくらいだろう。

 話も終わり、ノーマン達と降りて来たのだが、異様な盛り上がりを見せている集団が目に入った。中心にアリアとミーリャの姿が見える。


 稜真は、呆れたような目でそのテーブルを見ているベティに聞いた。

「なんですか、あそこの集団?」

「あれねぇ…リョウマ君大好き人間の集いかしら」

「………は?」

「リョウマ、餌付け頑張りすぎたんじゃねぇか」

 ノーマンが言う。


 男達が『可愛い』とか『天使』だとか言っている声が聞こえ、稜真は脱力する。

「あれ、もしかして、俺の事を言っているんですか…」

 年齢も下なら、ランクも下の自分が、何故憧れの対象になっているのか理解出来ない。


 その男達以外にも、同じように思われているのを稜真は知らない。

 アリアの従者である事に加え、何度もその実力を目の当たりにし、おまけに熱狂的なファン2名の熱意が伝染した冒険者達にとって、年齢やランクなど関係ない、突き抜けた存在になっていた。



「──ねぇあなた達、リョウマ君のお料理食べたくない?」

「食べたいに決まってるじゃないですか!」

「ノーマンの兄貴が、肉巻きおにぎりとか唐揚げが美味しいって言ってたっけ」

「食いたいよなぁ」

「良い事思いついたの。アリアちゃんも相談に乗ってね」

「は~い!」

 ミーリャ達は、こそこそと相談を始めた。





 この日、稜真はきさらと触れ合っていた。いつも配達ばかり頼んで構ってやれなかった事が、気になっていたのだ。

 宿のうまやで、きさらにブラシをかけてやる。稜真にたっぷりと構って貰えて、きさらは嬉しそうだ。


 ノーマンとネヴィルはギルドへ行った。採石場へ向かう鉱夫の人数、護衛の冒険者の数がそろそろ出揃って来たので、予定を組む為だ。

 護衛の時には旅立っているであろう稜真は役に立たないので、伯爵へ送る文書がないか確認した後は、1人で受けられる軽い依頼でも探そうかと思う。

 アリアはアリサと一緒に、ポーラの商店に行くと言っていた。


「さてと、そろそろギルドへ行こうか」

 そらとは、定位置である稜真の肩の上。きさらの手綱を持って、ギルドへと向かった。




 ギルドへ入るとすぐに、ミーリャに呼び止められた。

「リョウマ君! 指名依頼が来てるよ!」

「俺にですか?」

 自分は町で依頼を受けてないのに、誰が依頼を出したのだろうか? 稜真は不思議に思いつつ、ミーリャから依頼書を受け取った。


「……これ、受けなきゃ駄目ですか…?」

「せっかくの指名依頼なのに、断るなんてもったいないわよ?」

「料理を作って欲しいって、これが冒険者の依頼でしょうか…」

 稜真は依頼主の箇所を見た。10名程の連名で、1番上にミーリャの名前があった。


「ミーリャさん、職権乱用では?」

「あら? 私は代表して書類を作っただけよ」

「肉巻きおにぎりと唐揚げ、ですか。申し訳ありませんが、米が足りません」

 そういう理由で断ろうとしたのだ。米が足りないのも事実だが、料理依頼等受けようものなら『嫁』や『天使』扱いが加速しそうな気がする。


 そこへアリアがひょっこりと顔を出した。

「稜真、見つけた! あのね、ポーラさんの旦那さんが、お米をたくさん仕入れたんだって。中々売れなくて、困ってるらしいの! あれ? どうしたの、頭抱えちゃって?」

「素晴らしいタイミングで言いに来たね……」

 稜真の背後で歓声が上がった。


「うふふふふ。リョウマ君。受けてくれるわよね? 依頼人で材料費は出すわ」

「もちろんです!」

 答えたのは先日、アリアとミーリャと共にテーブルを囲んでいた男達に加え、野営の時に見た顔もいる。


「…あなた達ですか。アリア、まさかはかったんじゃないだろうね?」

「ち、違うよ!? 確かに相談には乗ったけど、お米に関してはポーラが本当に困ってたから! 稜真なら、レシピ付けて売れるかも知れないって思って! だから、だから相談しようと思って探してて!」

 必死に言い募るアリアに、本当に偶然だったのだと分かる。


「……疑ってゴメン。余りにもタイミングが良すぎたからさ。ミーリャさん、この依頼受けます。材料の準備はお願いしますね」

 米、唐揚げ用の鳥肉、肉巻きおにぎり用の薄切り肉を頼んだ。アリアはギルドが購入してくれると伝えに、ポーラの店へ戻って行った。


「任せといて! それと、ギルド長が呼んでたわよ」

「それ、依頼の前に言うべきではありませんか? …行ってきます」

 ギルバートの用件は、伯爵への経過報告書の配達だった。報告書を受け取り、厩へ行こうと階下へ降りた。


「リョウマ君、ごめん! 少し人数が増えそうなの…」

 依頼を出した男達が、他の冒険者に詰め寄られているのが見える。

「……はぁ、分かりました。正確な人数を書き出して下さい。後で顔を出しますから」



 稜真は従魔達を連れて町の外に出た。

「何度も悪いね、きさら。また頼むよ」

『主に頼まれて嬉しい。行って来る!』

「ありがとな」

 きさらの首元を掻いてやると、嬉しそうに「クォルル~」と鳴いた。暫しきさらと戯れて癒され、石笛で空間を屋敷に繋いで見送った。そらとは、その間大人しく待っていてくれた。

「行こうか」

 そう声をかけると、それぞれが肩に飛び乗った。




 ギルドへ戻ると、ミーリャがおずおずと紙を手渡して来た。

「あの、ね、リョウマ君。ちょっと人数が増えてしまって…」

 紙に書かれた名前の列に、稜真は頭痛を覚えた。

「──これ、ちょっとではないでしょう?」

 びっしりと書き込まれた名前の数は、ざっと百は超えているのではなかろうか。ギルバートを始めとしたギルド職員の名前もある。


 首をすくめて、小さくなっている男達がいる。どうやら稜真が依頼を受けたのを自慢したらしい。

「これだけの人数を1人で作るのは、勘弁して貰いたいですね」

 オークキングの討伐の時に大人数に料理を提供したが、それとこれとは別だ。特に肉巻きおにぎりは手間がかかる。


「あ、あの、私も手伝うわよ。ギルドにも料理の得意な人間はいるし、喜んで手伝ってくれるって言ってるわ」

 手を上げた職員は男性もいる。それを聞いたギャラリーから、不満の声が上がった。


「えー!? 俺らはリョウマさんの手料理が食べたくて、名前書いたんだぜ? 他の奴が作ったのはいらねえよなぁ?」

「そうだよ。リョウマさんの手作りがいいんだよ!」

「他の男の手が入った料理は嫌だ!」

「先輩方は食べた事あるだろう? オーク退治に行ってない俺等は食べてないんだぞ!」

「そうだそうだ! 食った奴らは辞退しろ!」

「こんな事に先輩も後輩もあるかよ!」

「何回でも食べたいんだよ!」

 先輩対後輩の睨み合いが始まった。



 商店から米を運んで来たアリアが、稜真の隣にやって来た。

「うわぁ。稜真ったら、大人気だね~」

「大人気、って…。つまりはあいつ等、俺1人に作れって言っているんだぞ」

「結局何人になったの?」

「ざっと、120人」

「この間より多いんだ…」

 不機嫌そうな稜真をよそに、冒険者達の言い合いは続いている。



 稜真から発せられる空気がどんどん冷え込んでいくのを感じて、アリアは青ざめる。

「そのくらいにしないと、そろそろ不味いんだけど……」

 呟いたアリアの耳に、何かがプツンと切れた音が聞こえた気がした。


「この話…。アリアも仕掛け人の一員、だよね?」

 淡々とした口調で、稜真は言った。

「え!? 私は話を聞いていただけだよ!」

 相談に乗ってと言われたが、結局は聞いていただけで、料理の作り方を話した程度だ。


「止めてくれなかったんだよね?」

「う、うん…」

「それなら協力は惜しまないよね?」

「も、もちろんですぅ…」


「皆さん!」

 稜真は騒がしい一同に向かって声を上げた。騒動の中でも不思議に良く通るその声で、ピタリと喧騒は止む。

「メニューに、アリア様が握ったおにぎりを加えようと思います。いかがですか?」


「アリア様が握ったおにぎりかぁ」

「食べたいな」

「ああ」

 それを聞き、名前を書いていたギルバート、キーラン、ノーマンは青ざめた。

「ちょっ!? お前らそれは──」


 稜真は止められないように声を上げる。

「それでは! 今現在名前を書き込んだ方の料理依頼、引き受けました。アリア様が握ったおにぎりは、全員に食べて頂きますね」


 喜ぶ一同をよそに、ごく一部の人間がうなだれている。

「あなた達も名前を書いたのですか? 何度も食べさせて貰っているでしょうに」

 名前を書いていないネヴィルは呆れ顔だ。

「んな事言ってもよぉ。もうすぐリョウマ達は町を出るだろ? 次はいつ食べられるか、分かんねぇし。あ、ネヴィルの名前も書いといてやったぜ!」

「なっ!? 余計な真似を!」


「……アリア様のおにぎりですか」

「……貴重な経験になりそうだ」

 ギルバートとキーランは、自らが名を書いたので仕方がない。稜真に対して複雑な思いを抱いているキーランだが、稜真の料理の腕は認めており、食べる機会を逃したくなかったのである。


 何故ギルド長達がうなだれているのか、ミーリャは分からない。

「ミーリャ、さすがにあの人数は増えすぎでしょう?」

「だって、お菓子を貰った事言ったら、職員の皆もうらやましがってたたじゃない。まさか手伝いを嫌がる連中がいるとは思わなかったのよ」

 ミーリャは手伝う人員を確保した上で、人数を増やしたのだ。

「リョウマ君の人気を甘く見たわね」

「悪い事しちゃったわ。──あ、ベティの名前も書いておいたから」

「いつの間に…」




 料理に時間がかかるので、依頼日は明後日の夕方過ぎにして貰った。ギルドの練習場にテーブルを置き、立食にする事にした。会場の準備は、名前を記入したギルド職員が喜んでやってくれるそうだ。追加の材料も用意された。

 練習場に積み上げられた大量の米と肉を、稜真は無言でアイテムボックスに詰めて行く。


「…アリア」

「はいっ!」

「俺、当日まで湖の家に行っているから」

「へ?」

「宿の調理場を借りる訳には行かないだろう。当日の朝に戻って来るから、朝から人数分のおにぎりを握る事、覚悟しておいて」

「え!? 私も行…」

「アリア」

「はいいっ!!」

「この町で留守番していて」

 終始淡々とした口調で言われ、怒られるよりもアリアにはこたえた。

「……はぁい…」


「そら。悪いけど、アリアをよろしくね」

『まかせてー!』

 まだギルドにいたノーマンとネヴィルにも、知り合いの家の調理場を借りて料理を作って来ると伝えた。

「ずっと一緒にいる訳には行きませんが、アリアさんの事、気にしておきます」

「ま、今更何も起こらないと思うがな」

「よろしくお願いします」



 ももを連れてギルドを出て行く稜真を、アリアは半泣きで見送った。

「…怖かったよぉ。ミーリャさん、どうして頬染めてるの?」

「怒ってるリョウマ君って、格好いいわ」

「ミーリャさんの方が首謀者なのに、私だけ割に合わない気がするの…」


 1番割に合わないのは、稜真だろう。


 町の外に出てきさらを呼び、湖まで移動。早速調理を開始しなくてはならないのだから。



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