第142話 アリサとの依頼
ギルドから出た稜真とアリアは、のんびりと宿へ歩いていた。
「アリサと約束していた外の依頼はどうしようか?」
「稜真は明日から忙しくなるでしょ? 2人で依頼受けてるから、気にしないで。アリサと一緒にいられるのも、もう少しだし」
帰る前に、1日くらいは空けられるだろうから、その時に行けばいいかと稜真は思った。
「だからね、稜真。お弁当作って欲しいな~」
「今日のは、ノーマンさんに見せつける為に、頑張ったんだよなぁ」
「だって、美味しかったんだもん」
「はいはい。分かったよ」
同じおかずを入れる訳には行かない。それ程レパートリーがないのに、どうしたものかと稜真は頭を悩ませた。
翌朝。時計台前でアリアと別れ、稜真とノーマン達は従魔達を連れてギルドへやって来た。
依頼の確認をしたいのだが、未だに話が進められずにいる。どうしたものかと思っていた所へ、アリアとアリサがやって来た。
2人はギルド内の注目を集めたが、好意的な視線ばかりだ。
「おはようございます、リョウマさん。どうしたんですか?」
アリサが不思議そうに聞いた。
「おはよう。ベティさんがね。ノーマンさんに怒っているんだよね」
原因はアリアが負けた件である。話が進まないので、2人に付き合ってミーリャの受付へ向かう。
「アリサ。お弁当をアリアに渡してあるから、お昼に食べてね」
「え!? 昨日も頂いたのに申し訳ないですよ」
「アリアが食べたがったんだよ。だから気にしないで」
「…リョウマさんって、アリアに甘すぎませんか? もっと、ビシバシやった方がいいと思います」
「そうかな?」
「アリサ~!? なんて事言うのよ! 稜真は怒ると、すっごく怖いんだからね!! ビシバシやられたら、どんな目に合わされるか!」
「人聞きの悪い。まるで俺が何かやったみたいじゃないか」
(稜真ったら…。この間、私で遊んだくせにさ)
アリアはじとっと稜真を睨んだが、稜真は素知らぬ顔だ。仲の良い2人にアリサは笑う。
「アリアはさ。リョウマさんがなんでも出来ると思ってるでしょ」
「うん。だってなんでも出来るんだよ。強いし、優しいし、歌も上手だし。お料理もお裁縫も、私より上手いんだよ~」
「リョウマさんは、お裁縫も出来るんですか?」
「裁縫はアリアよりましなだけで、上手ではないよ」
怪我をしていた時に、暇つぶしにやっていただけだ。
その会話の違う部分に食いついた人がいた。言わずと知れたミーリャである。
「歌!? アリアちゃん! リョウマ君の歌って何!?」
「うふふふ。稜真はねぇ…むむぐぅ…」
稜真はアリアの口をふさいだ。
「……アリア、ちょっと黙ろうか」
ギルドで歌わされるのは勘弁して貰いたい。
「ねぇリョウマ君、聞きたい!」
「アリアが言っているだけで、そんなに上手くないです」
「むむぐぅむむ、むむぅむぐぐむぅ!(そんな事ない、稜真は上手いもん!)」
今この手を離したら、余計な事を言ってミーリャと盛り上がりそうだ。どうしたものかとため息をつく稜真に、アリサが言った。
「ね、リョウマさん。ビシバシやった方がいいでしょ?」
「そうだね…」
稜真はアリアの口をふさいだまま、シンの声を作り耳元で言った。
『お嬢様。余計な事を仰ったら、頭の先からつま先まで、フルコースでお手入れします。セリフ付きで、たっぷりと』
アリアがピキッと固まったので、稜真は手を離した。
「アリアちゃん、詳しく聞きたい!」
「あ、あの…、ミーリャさん。話すと身の危険が…。依頼受けたいから、相談に乗って欲しいなぁ、ね?」
もう大丈夫だろう。稜真は、未だベティに睨みつけられたままのノーマンがいる、隣の受付へ足を向けた。
「そろそろ許しちゃくれねぇかな…」
ベティはノーマンと目を合わせようともしないのだ。このままではらちが明かない。ノーマンをどかして、ネヴィルがベティに話しかけると、打って変わって笑顔になる。
「ギルド長からの依頼の件ですね?」
「はい。採石場までの街道調査と討伐依頼の詳しい資料を頂けますか?」
「準備出来ています。街道沿いは他の方達が行いますので、ネヴィルさん達は街道から離れた所に魔物がいないか、危険な箇所がないかの確認をお願いしたいのです」
「おーい、ベティさーん?」
ベティは地図を広げて、ネヴィルに説明する。
「この辺りです。少し広いですが、お願い出来ますか?」
「リョウマ君が一緒ですし、もう少し広くても大丈夫でしょう」
なにしろこちらには、グリフォンがいるのだ。
「助かります。それなら…そうですね。この辺りまでお願いします」
ベティは増えた調査個所を、後ろの壁に貼った大きな地図に書き込み、手元の地図はネヴィルに渡した。
「もしもーし、ベティさーん?」
やかましい!と口には出さずに思いを込めて、ベティはノーマンを睨みつけた。
「反省したし…充分に報いは受けたと思うんだけどな…俺」
「……リョウマ君は許したんですか?」
「俺は昨日、お返ししましたから」
「リョウマのお返しは、袋叩きよりも
遠い目をするノーマンに、余程の目に遭わされたのだろう事が分かったベティは、ようやく留飲を下げた。
「──へ? アリアと外の依頼…受けた、の?」
アリサに受けた依頼を聞いた稜真は青ざめた。てっきりアリアは、町の依頼を受けるのだと思っていたのだ。
「アリアがいれば大丈夫だと思って…不味かったですか?」
稜真は、深々とため息をついてアリアを見る。
「何よ稜真ったら。私の事、なんだと思ってるの!」
「……俺が初心者の時に何をしたか…忘れたのかな?」
「わ、忘れてないよ~」
「アリアは何をしたんですか?」
「数をこなした方がいいから、ってね。群れの討伐依頼ばかり受けさせられたんだよ。出会った頃の俺は、冒険者の事を何も知らなかったからさ」
「そっか。前に聞いた話は、全部逆だったんだ。討伐依頼ばかりもどうかと思うのに、群れ? なんて事を…」
アリサからの非難の視線を浴びたアリアはうろたえる。
「あの、その…だって…。稜真なら大丈夫だって思ったし、実際大丈夫だったもん。ね、稜真?」
「大丈夫だったし、お陰で強くなれたけど…ね。アリサは普通の子だから、くれぐれも無理させるなよ?」
「私だってそのくらい、分かってるもん。だから普通の採取依頼だよ。ほら、ね?」
アリアが見せてくれた依頼書に書かれていたのは、ノプシスの花の採取。稜真が覚えていない植物だ。図鑑を読み込んでいる稜真だが、料理に使えない植物は記憶が薄い。
心配ではあるが、採取場所は町から近かった。
「これなら大丈夫…かな」
「途中で魔物を見つける予定。索敵で1体だけの個体を探すつもりなの。これなら問題ないでしょ?」
「そうだ…ね。でもアリアだしなぁ。何かやらかしそうで怖い…。そら。アリアのお目付役とアリサのボディガードを頼むよ」
『まかせてー!』
そらは力強く頷いて、アリサの肩に移動した。
「──私、信用ないのね」
稜真とノーマン達は、担当の場所まで街道を歩いた。きさらは連日稜真といられて、ご機嫌だ。ももは最近のお気に入りなのか、ノーマンの頭の上に乗って、ぷるぷるしている。
「そう言えばリョウマ君。アリアさんは、どんな依頼を受けたのですか?」
「…採取依頼を…」
「って事は…。2人で出かけたのかよ!?」
「……はい」
「大丈夫でしょうか…」
「…そらにお目付け役を頼んだので…大丈夫だと思いたいです」
不安な気持ちを抱えながらも、予定の場所へ着いた。ここからは街道を外れ、森へと分け入る。稜真が索敵を発動させ、周辺の魔物の気配を探る。もちろん、見つけ次第討伐だ。
ネヴィルは地図を見て、魔物が潜伏していそうな場所を確認しながら先導する。
途中で出会ったのは、主にゴブリンやオークだ。これらに加え、たまに魔獣が現れる。稜真とネヴィルに加え、きさらが交代で倒しながら進んだ。
「ノーマンは何をしに来たのですか?」
「……応援?」
「そんなものは必要ありません!」
「んな事言っても痛いんだよ」
先日袋叩きされた打ち身が辛いとかで、ノーマンはずっと見ていただけだった。
「何しに来たのかは分かってんだろ? な、リョウマ」
稜真はノーマンに冷たい視線を投げると、ネヴィルだけに言う。
「今日もお弁当を作って来ました。もう少ししたら食べましょうか」
「それは楽しみです」
「きさらとももの分もあるからね。お仕事を頑張ってくれたからね」
ももは魔石を取った後の死体の片付けに、仲間を呼んでくれていた。
「クォン!」
きさらは嬉しそうな声を上げ、ももはノーマンの頭の上で揺れた。
「リョウマさん! お仕事しますので、ももをお願いします!」
稜真がももを受け取ると、ノーマンは剣を抜いて先頭に立った。
「現金な男ですよ、全く」
ネヴィルが呆れているが、やる気が出たのなら問題ない。
手近な場所の探索を終えた。
午後からはきさらに乗って広い範囲の探索をする予定だ。その前に昼食である。
稜真は森を抜けた草原で敷物を広げた。いそいそと座るノーマンに、ネヴィルが呆れ顔だ。
各自の前にお弁当を並べると、ノーマンが歓声を上げた。
きさらの分は別だ。食器に野菜と果物を大量に積み上げ、別の食器に稜真が作ったおかずを乗せる。お腹を満たしてから、料理を味わうのである。
お弁当の中身はオムライスだ。
鳥肉、キノコ、玉ねぎ、ニンジンを入れて作ったケチャップライスをうす焼卵で包んだ。
まだ少し残っている魔鹿肉を叩いてミンチにし、小さなハンバーグにした。それに加えて、ほうれん草のバター炒めとフライドポテトをオムライスの回りに詰めた。
彩り的には綺麗だが、昨日のお弁当に較べると手抜きである。
きさらの分は、ケチャップライスをおにぎりにして薄焼き卵で包んだのだが、鉤爪で掴むのは難しいらしく悲しそうな声を上げた。普通のおにぎりと違って、ばらけやすかったのだ。
「ごめん。きさらには掴みにくかったね」
稜真は1つずつ、口に入れてやった。
『美味しい!』
きさらは稜真に食べさせて貰って、大喜びである。ももはお弁当箱ごと体で包み込み、少しずつ溶かして味わっていた。
ノーマンもネヴィルも、美味しそうに食べている。どうやら好評なようで、稜真は安心した。
食後、稜真はネヴィルと一緒にきさらに乗った。警戒すべき場所を指示して貰う為だ。ノーマンはその場で待機して貰う。さすがのきさらも、このメンバーでの3人乗りは無理だった。
きさらに乗って広範囲をネヴィルと確認。
魔物が潜んでいそうな場所を教えて貰い、上空から索敵。魔物を確認した後は少し離れた場所でネヴィルを降ろし、ノーマンを連れて来て全員で倒す。
──これを繰り返した。
ネヴィルは地図に、魔物の情報を書き込んでいた。今魔物を倒しても、潜みやすい場所には再び集まって来るものだ。この情報は、きっと後の冒険者の役に立つだろう。
今いる場所は崖の下だ。稜真がふと崖を見上げると、途中に小さな紫色の花が咲いているのが見えた。
「あんな所に咲く花があるんですね」
「ああ、ありゃあノプシスだな」
「………ノプシス?」
地図に情報を書いていたネヴィルが崖を見上げた。
「あの花は、ああいった断崖に生えるのです。……リョウマ君、顔色が悪いですが、どうしました?」
「……アリアが持っていた採取依頼、あの花の採取でした」
「あれを…ですか…」
「今日はここまでにして、早めに帰りましょうか」
1日で終わる依頼ではない。場合によっては野営も視野に入れ、2~3日かけて調べる予定をしていた。きさらのおかげで
「そうして貰えると、有り難いです…」
ギルドに戻ると、ちょうどアリア達が受付にいた。
「アリサ無事!? 怪我してない!?」
稜真はアリサの手を握りしめた。見た所五体満足なので安心したが、疲れた顔をしているのが気になる。
「──はい、なんとか」
「あれ? なんとかって、どうして?」
アリサの返事に、アリアが首を傾げた。
「……アリア?」
「危ない事はさせてないよ? ね、そら」
『うん。あのね、あるじー。おねえちゃ、ひょいひょいって。アリサは、だいじょぶ』
「ひょいひょい?」
アリアが採りに行く間、そらはアリサを守っていた。アリサは見ていただけだったらしい。
「──見ていただけなんですけど、もう心臓がバクバクして、変な汗かいて…。アリアったら、崖にひょいひょい降りて行くし、垂直な崖を上って行くし…。そうかと思えば高い所から飛び降りて、私…何度悲鳴を飲み込んだか…」
「それは俺も見たくないな…。アリサ、そら、お疲れ様」
「ゴブリンも見ましたし、アリアが倒す所も見せて貰いました。私にはまだ討伐は無理です。地道にギルドの講習を受けて、少しずつ強くなろうと思います」
「それがいいね」
このギルドには面倒見の良い人間が揃っている。いざアリサが外に出る時も、なんらかのフォローをしてくれるだろう。
「それにしても、アリアに付き合ってたら、命がいくつあっても足りないです。──リョウマさんを尊敬します」
「あ、はは。そう?」
そんな事で尊敬されても、全く嬉しくない稜真だった。
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