第141話 引っ越しの手伝い

 稜真は早朝から、宿の厨房を借りてお弁当作りに励んだ。下ごしらえを手伝ったアリアは、出来たお弁当を4つ貰って出掛ける。目的地はアリサのテントだ。


「クルルゥー、クルルゥ」とそらはご機嫌だ。ティムに会うのが楽しみらしい。

 テント地の空気はまだ微妙だが、アリアは全く気にしない。そらに合わせて鼻歌混じりに歩く。

 今日はデリック一家の引っ越しを手伝いに行くのだ。

 家の細かい仕上げはまだだが、デリックは石壁の建築で忙しくなるので、その前に引っ越しすると決めた。


 町では外壁を石壁にする資材を運ぶ為、荷車は押さえられている。

 一家の大きな荷物は、家の敷地に運んだ馬車の荷台に乗せたままだし、テントに大きな荷物はほとんどない。アリサは何度か往復するつもりだったが、アイテムボックスを使えば1度で終わるので、手助けを申し出たのだ。──そらはティムの子守り要員である。



「おはようございます!」

 既にテントは畳まれており、細かい物の荷造りをしている所だった。

「おはよう、アリア!」

「おはようございます。アリアさん、と呼んでもいいのかしら?」

 迎えてくれたデリックとフリーダは、微妙な顔つきをしていた。伯爵令嬢である事は知らないが、アリアが高名な冒険者だと知った2人は、どう対応したものか戸惑っているのだ。


「はい。黙っていてすみませんでした。出来れば、今まで通りでお願いしたいです」

 どこか不安そうなアリアを見て、デリックとフリーダは顔を見合わせて頷きあう。


「アリアさんの気持ちも分かるわ。これからもアリサをよろしくね」

「挨拶が遅れてしまったな。おはよう、アリアさん。引っ越しの手伝いなんて、頼んでしまって良かったのかい?」

 あっさりと受け入れて貰え、アリアはにっこりと笑う。

「私は今日暇なので、是非手伝わせて下さい」

「出会った時から、助けて貰ってばかりだな。助かるよ」



「アリア、ここに置いた物よろしく!」

「はぁ~い!」

 アリアはアリサが言った場所に置かれた物を、ぽんぽんとアイテムボックスに入れていく。

 ティムの簡易ベッドは、まだ置かれている。ティムは誰も構ってくれないので、手足をばたつかせてぐずり始めていた。

「そら、お願いね~」

『まかせて!』

 そらがベッドのふちに止まって童謡を歌い始めると、ティムはピタリと泣き止んで、「あぶぅ」とご機嫌になった。


 そこへ通りかかったのは、スパイク達だ。宿がとれなかった彼らは、テント暮らしをしている。

「お? お嬢、今日は泣いてないな!」

「いつも泣いてるみたいに言わないで!? き、昨日はたまたまだもん」

 アリアは人前で大泣きした事を思い出して赤面する。


「お嬢、これやるよ」

 それは手のひらに乗るほどの小瓶だった。中に色とりどりの飴玉が入っていた。

「飴だなんて、お子さま扱いして~」

 ぷくっ、とふくれたアリアだが、西門での礼だと言われ、ありがたく受け取った。


「昨日、面白い物を見せて貰った礼でもあるしな!」

「……面白いって、どれの事…?」

「そりゃあ、全部だよなぁ」

「ああ。お嬢の腕前と、あんな手で負けちまった事、大泣きした事と、ノーマンの兄貴の袋叩き。いやぁ、見ものだったぜ」

「……大泣きは忘れて……」

「忘れんのは無理」

「可愛かったぜ」

 スパイク達は、ニシシッと笑う。


「あんまりアリアをいじめないであげて」

 アリサが言う。アリアは自分のせいで泣いたのだから。

「いじめてないよなぁ」

「そうそう、お礼を持って来ただけだぜ」

「これ以上言って、また泣かれても困るしなぁ」


「泣かないもの!」

「そりゃ残念。可愛かったから、もう1回見たかったのによ」

「……あなた達、確か、稽古つけてって言ってたよね? 今からやる?」

「お~っ!? お、俺ら、今日は依頼の予定だからな!」

「そ、そうそう!」

「また今度! それじゃな!!」

 もう少し時間を空けないとひどい目にあわされる、とスパイク達は逃げるように立ち去った。


「むぅ、残念」

「いいじゃないの。今日リョウマさんは?」

「ギルド長の手伝いで、あちこちね~」

「そっか。アリアも今日は忙しいから、ちょうどいいね」

「へ? 荷物運んで終わりじゃないの?」

「一緒にミートパイ作る約束したじゃない。リョウマさんに差し入れ作るよ!」

「え、あの、え~~っ!?」

 悲鳴を上げたアリアはアリサにせっつかれ、アイテムボックスに荷物を入れるのだった。


 そして、先程からその様子を見ていた人々から、送られる視線は変わっていた。




 きさらから念話を受けた稜真は、町の外へ迎えに行き、ギルドへ戻った。きさらは伯爵の返事と、当座の資金も持って来たのでギルバートに渡す。


「最優先で援助して下さるとのお返事でした。これでひと安心です。資材と人手も、手配はこちらに任されました。やりやすいように好きにやれと。──キーラン、試算の割り出しを頼む。今は鉱石よりも、石材の入手を優先したい。採石する人材を募集すると通達を」

 それを聞いた稜真は不思議に思った。

「鉱山で石材も採れるのですか?」


 ギルバートが言うには、石材は別の場所で採れるそうだ。石材の採れる採石場は、それ程町から離れていない。徒歩で1時間くらいの距離だ。そちらにも人はおり、宿泊設備も整っている。常時採石され、溜まったら町まで運んで壁を作っていた。

 なんにせよ、まずは人手の確保が最優先だ。採石する人手も必要だが、移動の際の護衛の手配も必要になる。通り道の危険を排除しておく必要もあるだろう。


「ノーマン、ネヴィル、移動の時は護衛の連中まとめてくれ」

「へいへい」

「分かりました」


 準備には時間がかかる。出発は1週間後とし、その間に採石場周辺の魔物調査と討伐だ。こちらは稜真にも手伝える。

「……石材の移動も、お手伝い出来ればいいのですが」


 怪我をして、初めての冒険者活動だ。ひと月に1度は帰宅するとの約束もある。緊急事態なのだから、滞在を伸ばしても何も言われないだろうが、この事態で伯爵も心配している筈だ。

 屋敷へ帰る前に湖へ寄りたい。そうなると、やはり1週間後には町を出なくてはならないだろう。

 アイテムボックスを使えば、1度に大量の石材が運べるのに。稜真は、手伝えない事を申し訳なく思った。

 ギルバートは静かに首を横に振った。


「伯爵からの手紙にもありました。そろそろ帰らねばならないのでしょう? リョウマ君とアリア様にばかり頼っていては、先々困りますからね。予定通りに出立して下さい。報告書も仕上がりましたし、試算が出来たら、また届けてもらわねばなりません。伯爵と即座にやり取りが出来る、これだけでも助かっているのですよ。もう何度か頼まねばなりませんし。行ったり来たりですが、グリフォンは大丈夫ですか?」


 空間を移動するだけなので、きさらは元気一杯だった。

「大丈夫です。──そろそろお昼ですね。お弁当を作って来ました。ひと休みしませんか?」


「お弁当!」

 歓声を上げたノーマンは、いそいそとテーブルを片付ける。

 稜真はギルバート、ネヴィル、キーラン、そしてももの前にお弁当を置いた。材料は前日に買い込み、自分に出来る最高のお弁当を作ったつもりだ。


 お弁当が置かれた3人が蓋を開けると、色鮮やかなおかずが目に飛び込んだ。

 人参とほうれん草が入った厚焼き卵は、3色のコントラストが美しい。他に鳥の肉団子と根菜の煮付け、ポテトサラダが入っている。メインは魔鹿肉の味噌漬けだ。

 添えられているおにぎりは少し小さく握られており、肉巻き、塩漬けにした葉で包んだ物、塩で握った物と3種類が入っている。──3人は感嘆の声を上げた。


 ももの前に置かれたのも、通常サイズのお弁当箱だ。以前作った小さなお弁当は、ももには物足りなかったらしい。

 1人前のお弁当を前に、ももは嬉しそうに揺れている。


 いつまで待っても、ノーマンの前にはお弁当が置かれない。

「……リョウマ、俺の分は?」

「欲しいんですか? どうぞ」

 稜真が渡した小さな入れ物には、どこかいびつな形のおにぎりが1つ入っていた。おにぎりを見たももが、ぶるぶるっと震える。

「………これだけ?」

「何か問題でも?」


 昨日の稜真の様子から、何か仕返しされるかもしれないと覚悟していたが、まさかこう来るとは思わなかった。

「昨日の仕返しにしてもよぉ、これはないだろ…?」

 ノーマンは情けない声を上げた。


「アリアを泣かせたのですから、当然だと思いませんか?」

「おれは昨日、散々な目に会ったんだぞ……」

「俺はまだお返ししていませんからね」

 もちろん稜真は、ノーマンが1番堪えるであろう方法を取ったのだ。してやったり、と稜真は笑い、自分のお弁当を開く。


「リョウマ、大人げないと思わねぇか?」

「ノーマンさんに言われたくありませんね。おにぎりがあるだけでも感謝して下さい」


 ノーマンはお弁当をうらやましそうに見ていたが、諦めておにぎりを口に入れた途端、「ぐうっ!?」と、苦しそうな声を上げ、慌ててお茶を飲んだ。

「リョウマ…これ…誰が作った?」

「アリアが握りましたけど、そんなにひどいですか?」

 ノーマンはこくこくと頷く。


「それを全部食べたら、明日からはノーマンさんの分も作りますよ。だから、残さないで下さいね?」

「きついんだけど…。そうだキーラン! アリア様が手ずから握ったおにぎりだぜ。交換しよう!」

「アリア様のおにぎりは魅力的だが、お前と間接キスはごめんだ。私はリョウマ君の弁当を堪能する」

 そう言うとキーランは、魔鹿肉を美味しそうに食べた。


「なぁもも。お前のサイズにその弁当は多すぎるだろう? これと交換しねぇ?」

 ももはピキッと固まった。

「ももを巻き込まないで下さいね?」

 稜真はそっと、ももとそのお弁当をノーマンから遠ざけた。

 うらやましそうにお弁当を見つめるノーマンに危機感を抱いたのか、ももは取られないようにお弁当を体全体で包み込んだ。




 茶をがぶ飲みしながら、なんとか1個食べ終わったノーマンは、青い顔で机に突っ伏していた。

「そこまで? おかしいな…。味付けも俺がして、アリアは握っただけなのに…」

「なんかよぉ、苦み? えぐみ? ものすごい味だったぜ……」

「アリアさんの手から何か、魔力でも出ているのではありませんか?」

 ネヴィルが言う。


 これまでに下ごしらえを手伝って貰っても、おかしな味になった事はない。まさか、とは思うものの、否定しきれない所がなんとも言えない。料理をすると思った時点で、おかしくなるのだろうか?

 練習させるべきか、2度と係わらせないべきか、判断に迷う。





 一方。引っ越しを終えたデリック一家は、稜真が作ったお弁当を堪能した。

 時間の空いたデリックは、残っている作業に取りかかり、眠くなったティムの為に、そらは子守歌を歌う。そして女性達はミートパイ作りだ。



「──なんで~!?」

 アリアの悲鳴が上がった。

「なんでと言いたいのは、こっちよ…。どうしてこうなるの…?」

 アリサとフリーダは、母娘揃って頭を抱えた。


 パイ生地はどうやってもベタベタになり、怪しい固まりになる。パイに入れる具を作って貰おうとしたら、鍋に材料を入れて混ぜているだけなのに、フツフツと怪しい煙を上げ始める。

 それなら、とパイ生地と中身を用意し、成形するだけにしてみた。微妙な形には目をつぶってオーブンで焼く。すると今度は黒焦げになるのだ。


「アリアさぁ、手から変な魔力でも出してるんじゃない?」

「そんな訳ないじゃない!!」


 もうお手上げである。結局アリアが手伝えたのは、出来上がったパイをバスケットに詰めるだけだった。


「──今日はありがとね、アリア」

「ううん、こちらこそ。アリサ、フリーダさん、お手数お掛けしたのに、結果を出せなくてごめんなさい。材料もいっぱい無駄にしてしまって…」

「ある意味面白かったよ!」

「不思議だったけれど、楽しかったわ。お昼は美味しいお弁当頂いたし、リョウマさんに美味しかったと、お礼を伝えて下さいね」


 一家に別れを告げ、アリアはそらとギルドへ向かった。




「こんにちは!」

 アリアがギルド長室に顔を出すと、ちょうど今日の作業を終えた所だった。

「アリア、引っ越しは終わった?」

「うん。それで、差し入れ作って来たの!」

「……作って?」

「うん!」


「「「「「…………」」」」」


 部屋にいた全員が固まった。ももは机の上で、でろんと伸びてしまった。

「もう! 何よ皆して!!」

 いち早く我に返った稜真が聞いた。

「…アリアが…作った…のか?」

「頑張ったけど作れなくって…。作ったのはアリサとフリーダさん。私はバスケットに入れただけ…」

 部屋に安堵の空気が漂った。


「うぅ~~~!」

 アリアが唸って全員を睨んだ。

「いいかアリア。お前のおにぎり、壮絶な味だったぜ。お茶で流し込んで食った俺は、腹がちゃぷちゃぷしてんだぞ?」

「ノーマンさんには、あげないもん!」


 アイテムボックスから出したバスケットには、まだ温かいミートパイが入っている。アリアは、いい香りのするミートパイをノーマンに見せてから、稜真に渡す。稜真はミートパイをカットした。


「悪かった! 頼むから美味いもの食わせてくれ…。リョウマの弁当、俺だけ食べさせて貰えなかったんだぞ…」

「あのお弁当、食べれなかったんだ。仕方ないなぁ」


 アリアのお許しも出た。稜真はクスクスッと笑いながら、人数分の小皿にミートパイを乗せた。



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