第140話 ノーマン対アリア

 稜真がきさらと町の外へ向かった後、残った面々は報告書の作成をしていた。


 ノーマンとネヴィルは、オークキング討伐を担当している。

 サイクロプスに関してはキーランからの報告もあるので、アリアに詳細を聞いたギルバートがまとめる事になった。

 アリアはギルバートに話を終え、持っている素材数の書き出しと提出も終えて準備万端だ。

 ノーマンの隣に陣取り、「うふふ~」と笑いながら座っている。


 ノーマンは冷や汗をかきながら、ゆっくり書類を書いた。アリアと対戦させられるにしても、せめてお目付役が戻ってからにしたい、と必死なのである。──が、抵抗むなしく、あっさりと担当分が終わってしまった。

 それでもノーマンは時間稼ぎをしようと、オークの素材計算に張り付いてみたり、ギルバートの書類仕事を手伝おうとしてみたりと、忙しそうな振りをする。


「「ノーマン、邪魔です!」」

 イラついたネヴィルとギルバートが叫ぶ。

「手伝ってやるって、な? 頼むから、手伝わせてくれよ…」


 結局そんな時間稼ぎも長くは続かず、ノーマンは呆れたネヴィルに引きずられ、ギャラリーで一杯の練習場に立たされる事となった。


「あれ~? 木剣でやるの?」

「お前、思いっきりやると言ってただろうがよ! 金属の剣で相手なんか出来るか!!」

「最初にやり合った時は、ノーマンさんから真剣でやろうって言ったくせに~。まぁ、なんでもいいや。早くやろ!」

「……あん時の俺は…ほんっとに命知らずだったよなぁ…」


 上機嫌でぶんぶんと木剣を振るアリアを見て、心の底からやりたくないと思ったが、ここまで来たらやむを得ない。ノーマンは渋々木剣を手に取った。


 ノーマンから見たら、アリアは見下ろす程に小さい。だが、剣を持って対峙すると、その体が自分を飲むほどに大きく感じるのだ。


(…楽しそうにしやがって、ったく!)


 深く深呼吸をして覚悟を決めたノーマンは、ダンッと地を蹴って一気に踏み込んだ。力一杯凪払った剣は、あっさりと受け止められる。

「チッ!」

 ノーマンと目が会ったアリアが、ニッと笑った。するりと体を変えふところに入られそうになり、ノーマンは慌てて飛びすさる。


 アリアは、まずは一撃当てるつもりだったのだが、読まれた事に驚いた。

「あらら。ノーマンさん、腕上がった?」

「Bランクだっつったろうがよっ! リョウマに追いつかれんように、頑張ったんだよ!」

「ふぅん。それなら、稜真とやる時みたいにしてみようかな」

 アリアはそう言うと、ノーマンに打ち込む。


 楽しげに、踊るように、何度も激しく。ノーマンは受け止めるのに必死だ。その一撃一撃が、痺れる程に重い。


「リョウマはいつも、こんなの相手にしてんのかよ。そりゃ腕も上がるぜ!」

「こんなのって、ひど~い。私だって、稜真に追いつかれそうで怖いから、頑張ってるんだよ?」


 これだけの攻撃を仕掛けながら、息も切らさず、どこかのんびりとした口調で話すアリアにムカつく。手加減されているのが、丸わかりである。

 ノーマンは「ふっ!」と息をはいて、攻撃に転じた。ノーマンの力強い連撃をアリアは正面から受け止め、弾き返してくる。


「お前はこれ以上頑張るんじゃねぇ! 人が必死にやってんのに、軽々とさばきやがって、くそっ!!」

「やだ、もっと頑張るもんね~」

 ふふっ、と笑うアリアに戦慄する。


 ノーマンは1度距離を取って、息をついた。正面からアリアと向き合って牽制する。緊迫した空気に、辺りは静まりかえっていた。


(くそっ! 負けるのは分かってたが、どうにか一矢報いる方法はねぇか? 何か、何か、何か……そうだ!)


 ノーマンは身構えたまま、ニヤリと笑う。

「なぁアリア。この間飲みに行った時なんだが、リョウマの奴、綺麗なお姉様方に囲まれてたんだぜ」

「ふぇ!?」

「おっしゃ! 隙あり!!」

 ノーマンの木剣が、アリアの胴に吸い込まれた。

「うぐっ!」

 前かがみになり力の抜けたアリアの剣を、ノーマンは弾き飛ばした。

「よっし! 1本取ったぞ!」


 ガッツポーズを取るノーマンに、ギャラリーの呆れた視線が集まった。

「……ノーマン」

「兄貴、それはあんまりじゃないっすか?」



「──負けちゃった」

 呆然と座り込んだアリアに、しばらく前に戻っていた稜真が声をかけた。

「お疲れ様。アリアが負けた所、初めて見たな」

 正確には他の者に倒された所を、である。稜真はアリアに勝った事はあったが、迅雷に身を任せての勝利だった。スタンリーでもアリアには敵わないのだ。

 例え誰が相手でも、アリアが負ける筈がないと稜真は思っていた。


「稜真! いつから見てた…の…」

 アリアが振り返るとアリサと目が合った。

「ア、アリサ!? ……あ、あの、えっと。…あの、私……私ね…、あ…ふぇええ……」

 アリアがぽろぽろと泣き始めたので、周囲が慌てふためく。


「アリアが泣いた!?」

 目の前で泣かれたノーマンは、初めて見た表情に慌て、おろおろする。


「アリア様が…泣いてる…」

「兄貴が泣かせた…」

「お嬢を泣かせるなんて…」


 ギャラリーから冷たい視線が集まり、ノーマンは引きつった。静まりかえっていた時に言った言葉は、練習場にいた全員が聞いたのだ。

「俺のせいかよ!? ……違うよなアリア?」

「ふぇ~ん」

 泣いているアリアが答えられる訳がなく、ノーマンは稜真に助けを求めた。

「リョウマ…なんとかしてくれ…」


「責任の一端はあるでしょう」

 稜真は冷たく言った。

「あ~、リョウマさん。もしかしてアリアが負けて怒ってる?」

「あんな方法を使われたら、怒ると思いませんか?」

「聞いてた?」

「はい。しっかりと。それに怒っているのは俺だけじゃないですよ。──頑張って下さいね」


 ノーマンの後ろでは冒険者達が剣を構えている。木剣ではなく、刃をつぶした剣だ。彼らはキーランを初めとした、『アリア様』好きの面々である。


「うわっ! お前ら、ちょっと落ち着け!」

 殺気立っている面々を、なだめようと必死になるノーマンだが、聞き入れられる訳がない。

「アリア様をあんな手で倒したあなたを、私達だけでお相手するのはもったいない。今、知らせを走らせましたから、お相手には困りませんよ。く…くくっ、楽しみでしょう?」

 キーランが笑う。 

「楽しみな訳があるか!」


 逃げようにも周囲は囲まれ、退路は断たれていた。




「…ふふふ」

 ベティは怖い笑みを浮かべて、ノーマンを眺めている。前回中々戻って来なかったミーリャへの仕返しで、のんびりと観戦していたのだ。

 

「ベティさん、ギルドの部屋をお借りしてもいいですか?」

「いいけど、あれはほっといていいの?」

「いいです」

 稜真はきっぱりと答えた。

「それじゃ、受付に来て」


「はい。ほらアリア行くよ。──抱き上げて連れて行こうか?」

「ひっく! だ、大丈夫…あ、歩く、から」

 ハンカチでは足りなさそうなので、稜真はアイテムボックスから取り出したタオルを渡した。タオルに顔を埋めて前が見えないアリアの手を引いて、ゆっくりと歩く。


「おわぁっ!?」

 背後から上がった悲鳴に、稜真は肩をすくめた。




 部屋に入った稜真は、温かく甘いミルクティをマグカップに2つ入れて部屋を出た。


 アリサは何も言わない。アリアは顔を上げる事も出来ず、しゃくりあげながらミルクティを飲んだ。そして、気持ちと呼吸を落ち着けて立ち上がると、ガバッと頭を下げた。


「アリサ! 嘘ついてて、ごめんなさい!!」

「……」

 アリサは答えず、こくりとミルクティを飲んだ。

「……アリサぁ……」

 アリアの目に新たな涙が浮かぶ。


「……何よ、その情けない顔。嘘って訳じゃない、話してくれなかっただけ、そうでしょ?」

「だって私…見習いだって言ったし…」

「そうだね。大した見習いもいたもんだわ」

「あぅ~」

 アリアは言葉もなくうつむく。


「…この間も謝ってくれたよね。もういいよ」

 もういいと言われ、アリアは力が抜けて椅子に座り込んだ。

「いいの? 本当に? ……アリサは私の事…怖くない…の?」

 それを聞いたアリサは身を乗り出すと、両手でアリアのほっぺたを容赦なく引っ張った。

「いひゃい!?」

「ぷっ、あははっ! アリアが怖い訳ないじゃないの。変な顔!」

「へんだにゃんて、ひろいよ!?」


 ようやく手を離して貰い、アリアは赤くなった頬をさする。

「本当にいいの? 私と…友達でいてくれるの?」

「私は友達を止めたつもりないけど? 変な事言ってると、もう1回引っ張るからね!」

 アリアは頬を手のひらでガードしながら、笑った。

「友達…えへへ…。ありがとアリサ、大好き」


 アリサの頬が、アリアと同じくらいの色に染まる。

「もう、アリアったら。──それともう1つ、伯爵令嬢だって事もリョウマさんに聞いたから」

「ええっ!? あの…えっと…」

「また謝ったら、引っ張るからね!」

 アリアが手をわきわきとさせたので、アリアは慌てて頬をガードした。

「ごめ…ありがとうアリサ…」

 えへへ、とアリアは笑った。



「安心したら、お腹空いちゃった~」

 アリアは立ち上がるとドアを開けた。ドアの外で壁にもたれて待っていた稜真が、こちらを見る。

「お待たせ、稜真」

 2人の顔を見れば、結果は一目瞭然だ。

「良かったね」

 稜真はアリアの頭をくしゃりと撫でた。


「うん。あのね、お腹空いちゃったの」

「ここでお昼にしようか。アリサもいい?」

「私もいいんですか?」

「数はあるからね。一緒に食べよう」


 稜真はポット入りの牛テールシチューを取り出した。鍋の分はなくなったが、ポットに入れた分はまだ残っているのだ。それとサンドイッチだ。

「変わり映えしなくて悪いね」

 前に作ったお弁当にも、サンドイッチを入れたのだ。

「とんでもない! テールシチューなんて、初めて食べました。美味しいです!」


 それまでずっと大人しくしていた、そらとにも取り分けて、全員で食事をした。




 お腹もふくれて落ち着いたアリアが、稜真をじっとりと睨んだ。

「思い出した…。稜真、綺麗なお姉様方って…何?」

「あれ…ね…。確かに間違いではないけど、16才に見えないって言われて囲まれたんだよ。はは…はぁ…」

 その時の事を思い出し、稜真は深々とため息をついた。


「そ、そうだったんだ、ごめんね。私、そんな事で騙されて、負けちゃったんだ。最初から手加減しなきゃ良かった」

「……アリアったら、あれで手加減してたの?」

「うん!」

「そうだよね。リョウマさんよりも強いんだもんね。はぁ、認識改めるのに混乱しそう…」


「えへへ~。所で稜真? 何か怖い事考えてる?」

 稜真は、先ほどから黒い笑みを浮かべていた。

「ノーマンさんへのお返しを、ね。ふ、ふふ…」

 稜真のお返し。アリアは、ほんの少しだけノーマンが気の毒になった。





 ボロボロになったノーマンは、練習場に放置されていた。

「宿へ戻りますよ、ノーマン」

「ネヴィルよぉ…。助けてくれてもいいだろうが…」

「あの勝ち方は、あんまりでしたからね」

 ネヴィルは肩をすくめた。


「まさかなぁ、あそこまで固まるとは思わなかったんだぜ? 一瞬でも隙が出来て、一撃入れられたら御の字だと思ってよ。痛てて…」

 ノーマンはゆっくりと体を起こした。怪我は打ち身だけで、倒れたのは力尽きたからだ。

「あんな手が、あそこまで綺麗に決まるとは、私も驚きました」

「ったく、どんだけリョウマが好きなんだか…」


「そうですね。それにしても、アリアさんが泣くとは思いませんでした」

「あれなぁ、焦った」

「ふふ、ノーマンが体を張ったおかげで、ギルド内は解決でしょう。力はあっても、普通の少女だと皆分かった筈です」

「成り行きだがな。──あっちは上手く行ったかねぇ」

「先程、仲良く話しながら、ギルドを出て行くのを見かけましたよ」

「そんなら良かったな、っと」


 ふらふらと立ち上がるノーマンに、ネヴィルは肩を貸してやるのだった。



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